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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第二十七話 巫鬼道


 若様、十分に気をお配りくだされ。この気配、巫鬼道で御座います。


「巫鬼道?」


 道教の祖、神仙術の一種でござまして、巫覡(ふげき)、今で言いますと巫女、といえばお分かりになりますかな。そのような者が鬼を駆り出しております。


「巫女なのに鬼を?」


 土着した神仙の類や迷信などが巫鬼道の始まりです。苦渋を強いられていた文字書きを知らぬ民は身近な自然を拠り所としたんでしょう。仏や神とは違う、自然そのものを敬っているのです。言わば八百万の神々への信仰ですな。


「鬼も自然の一部、か」


 は。もとより神仙術は我らが人間に伝えしもの。それを逆手に取られましたが。


「何故鬼は人に関わったんだ?」


 我らのみで生きてはいけぬのです。


 朧のいつもの声より心なしか寂しげに聞こえた。




 件の者は我らが結界内に侵入した事を気付いてるはずです。十分にお気をつけなされよ。


「わかった」


数分も立たずに冷気が立ち込めてきた。鬱蒼とした気配が佇む住宅街の通りに、放置された手荷物と携帯が地面に転がっている。それを拾おうとすると目の前から消え、十数メートル先に現れた。

 否。

 自分が後方へ飛ばされた。

「空間系の結界か。螺旋は動けるか?」


 今やってるよ、ちょっと時間頂戴。結界の中に結界とか並じゃない、この巫覡、相当な手練と見るべき。位相のずらし方が複雑に絡み合ってるなあ。んー、これ組木細工がベースね。芸術的と言ってもいい。でも見覚えがある。


「任せるよ」

 螺旋は九家でも特異な存在で、四次元に干渉し捻じ曲げることが出来る。時間軸は限定されているが未来予測を三秒程前後を観ることが可能だった。

 少女を思わせる声の持ち主はおそらく地上最強だろう。

 前世では草薙も螺旋とだけは直接的にやり合う事を避けていた。


 じゃあいくね! 実空間と結界に引っ張られると骨肉裂けちゃうから気をつけてね!


 声に似合わない恐ろしい事をさらりと言った。

 空気が震え始め肌がひりつく。


 螺旋の能力は名の通り「捻り」

 あらゆる物を、そして空間さえ捻じ曲げる。


 


 小枝が折れるような音がした。

 ふと気付くと鼻から血が滴り落ちる。


 若様、だいじょうぶ? 空間の位相が固着するまで、なんとか持ちこたえて。


「ああ、続けてくれ」


 再び何かが大きく折れる音がした。闇が訪れたのはほぼ同時。螺旋が結界を破壊したのだろう。暗闇に目が慣れていてないせいか、全てが蠢く闇だった。


「なんだおまえ」

 声の主は見当たらない。周囲の気配はどれも存在を示唆するように蠢いていた。

 闇を背に影が動いた。その一部に何かを抱える黒い腕から白い肌が見える。


「なんだおまえ」

 それは再び問いかけてきた。闇の塊は人の形を為していたが、身丈は人の倍はあるだろう。その太い腕のようなものが何かを抱えている。俺は息をするのを忘れていた。

 それは人であり、しかも知った顔だ。

「奏に何をした」


「これは鈴、音だ。俺、の妹だ」


 そいつは俺にゆっくり近づいてくる。一歩近づく度に、頭の先から闇がはらはらと剥がれ落ちていく。 

 徐々に顔が現れ始めた。

 波打つ長い髪を分け、額から突き出た捻れた角。

 そして金色の目。

 容姿だけ見るならば、それら以外は人と変わらない。

 しかしながら。

 しかしながら、だ。

 その青年の面影を残す鬼を美しいと思った。

 隆々とした筋肉は月明かりに照らされ、ぼろぼろの着物の上部分ははだけて垂れさがり、辛うじて腰の帯で止まっている。腰には具足の名残か、割れた黒い胴丸の一部と四間の赤い草摺が垂れ下がっていた。だがそれに悲壮感はなく、名のある芸術家が魂を掘り込めた彫像を見ているようだった。

 圧迫する存在感が、俺の息を止めにかかる。

 吐かれた息は、急激な冷気で冷やされ白く凍り、まるで質量を帯びているかのようだ。


 これが鬼か。

 先日の鬼はまだ人の部分を残していた。

 この鬼は、言わば純度が違う。人を思わせる面影が見当たらない。


「鈴音を、奪い、にきたか?」


 その金色の眼は俺の中を覗き込んできた。意識が奪われ、持っていかれそうになる。


 いけない、若様!


 螺旋の声で呪縛を断ち切る。


「ほう。禁錮ノ術をや、ぶれるのか」


「その力、お前が巫覡なのか?」


「ち、がう。俺は馬鹿だ。力しかねぇ。だから賢い鈴音にもっと強い力を、もらった。

 だけど、鈴音は消えた。どこに行った? ずっと、ずぅっと探している。

 あ。

 ああ、そうだ。

 ここにいるんだ。もう離さない。

 ずぅーっと。ずぅーと探してた。

 お前の、好きだった、鈴の、音鳴らしてなぁ。

 泣き虫だったお前は、これを揺らすと、眼を細めて笑ったなあ」


 鬼は鈴をちりんと一振り鳴らすと、奏を愛しそうに見た。

 突如沸き起こった怒りが胸の内に渦を巻き始めた。

 眼の前の鬼の匂いが強くなる。その中に混じり物を感じた。鬼の中に人、それとも人の中に鬼か?

「おまえ……その力、妹の力だな」

 鬼が俺を見据える。だが怒りはその呪縛を上回った。

「喰ったな……巫覡とその力を喰ったな」


 鬼は咆哮した。

 それは悲痛な叫びだった。

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