第二十五話 復讐
「それは生きていると言えるのか?」
「生物学的には」と苺は事もなげに言う。
空が俯いている。シンキングタイムの流れだな。
「空、それは無しだ」
自分が安全な場所に行くことで俺たちに被害が及ぶ事がないのなら、空の選択はそれ一つになるだろう。
「でも」
「言いたいことはわかる。だけどな、現段階でも選択肢にならない理由がある」
「証明してください」
納得と説得、どっちとも提示しろと言いたげな眼差しだ。これが本来の空だ。少し嬉しくなった。いつもは、泣いてばかりじゃない。先に考え抜いて答えを探すのがこいつだ。
「その秘儀とやらの効果が疑わしい。空海ですら七年と七ヶ月と七日かかった儀式だぞ。そんな力を持つ高僧が現存するのか。次に、効果が現れるのは即時でないと意味がない。一番障害になる問題は、こんな話を誰が信じるのか、てことだ。父さんの職場でも転生に関しては懐疑的らしい。鬼は物理的に存在しているが転生を証明する手段がない。証言を確かめられないからな」
「私も同じ理由で、転生の話は誰にもしていません。真言宗は輪廻の捉え方が違うので。ただ高僧の点は解決できます」
「いるのか?」
「いるもいないも、目の前に。羅刹眼を最初に持ったのは誰です?」
「空海だな」
苺の視線が空へと誘導する。
「綾姫の先祖は空海か!」
「先祖というほど離れてはいません。三世代程だったかと。ます素養がないと羅刹眼は持てないはずです。これはおそらく、宗派は関係ありません。お姉ちゃんは羅刹に選ばれただけでしょう。眞生樣と同じ匂いをしていますから」
「ちょっと待て。話しは逸れるが、結局、空は空海の血筋で鈴鹿御前の子供ということか」
「鈴鹿御前? 母君がですか? SSRキャラ同士の合成とか、どんだけチートな……」
「スキルは羅刹眼に、近接の九頭竜だからな」
「ナナキ殿は要らないキャラでは」
「要るな。必須だぞ?」
ゲームをしない空は何の話の事か分からないが、自分を安心させるための会話と理解して苺に抱きついた。俺でいいのに。
「ありがと、苺ぉ」
「現状把握は大事です。心配事は男どもに任せればいいんですよ。お姉ちゃん、今、私達がやらなくちゃいけないのは九頭竜九家の転生体を探すこと。多分、他にもいるかもです。頼光や綱とかね。それに集中です。夏休みなのは僥倖でした。怪異室とやらに情報集めにいきましょう」
「そうだ。お母さんの記録があるんだって。見に行きたいの」
「鈴鹿御前の生動画があるんですか? それは興味深い。噂では聞いていた方ですが実際にお会いした事がなかったんです。見ればお姉ちゃん覚醒するかも」
「そ、そんな都合よくいくわけが」
「おや、お兄様。何を焦られているんです。まさかご自分よりお姉ちゃんが強くなることを恐れていますか?」
「いいか、苺。空は今でも俺より強いんだ」
「そんな事ない」
「さっきも空に押し倒されて」
「違います!」
真っ赤になった空に両頬を摘ままれた。尖らせた口先が可愛い。
「にゃ?」
同意を求めるように苺に肩をすくめる。
「はあ。ナナキ殿、昔の面影もなく残念です。昔の貴方は美しく強くあられて、孤高の鬼人でしたのに」
そんな事言われても。
「え! その話、聞きたい!」
「今晩は遅いので、明日帰ってからゆっくり。お部屋にも戻ろ?」
空は少し残念そうに立ち上がり、苺に手を引かれていく。なんか疲れたなと溜息をつくと、ドアの影から空がひょっこり顔を出す。
「ありがと」とはにかんで言うと部屋に戻っていく。
その笑顔の為なら俺は何でもするよ。
なんでも、な。
「私は転生者を追ってこの街に来ました」
翌日の晩、苺が大切な話を、と切り出し、出来れば両親も同席してほしいと頼んできた。世間で起きている知られざる事象を話したい、とからしい。
「それは鬼だよな。鈴鳴りと言うやつか?」
「覚えていましたか。本来は武蔵、今の東京ですね。そこの鬼なんですが半年前に異様な感覚、血の高揚が抑えきれないほどの波動が起きた夜に目が覚めたようです」
「半年前、か」
と言ってしまって後悔した。空が察して、
「もう大丈夫。お父さんが完全に変になった時期と符合します」
「世間的にも殺人事件が多発時期よね」
「ママの言うとおりです」
な。いつの間にママと呼ばれちょる。ということは家のイエティは念願のパパか。
「今日、お姉ちゃんが学校に行っている時に、お父様に資料を見せていただきました」
違った。だがお父様でも満更でもないらしい。鼻の穴がピクピクしている。
「おそらく東京に鬼が集まりつつあります」
父が身を乗り出し、補足をする。
「最初の殺人事件が多発した月は前年度から比べると三十二倍だった」
「おいおい、マジか」
「公式には発表しとらんよ。だが翌月、各県の殺人事件のうち死体がない事件で絞ると全体で八十%、行方不明者は二十%となった。言うまでもなく異常な数値だ。いいか? 全国で一斉に同じ比率なんだ。怪異どころじゃない」
「転生した者と食われた人の比率は一対四?」
「おそらく、な」
「いや、大事だろう! 何でニュースになっていないんだ!」
「風鈴、鬼が来たときのことを思い出すんだ。彼らは映画で出てくるゾンビみたいな思考力を持たない奴だったか? なぜ怪異室の監視をかいくぐりここに来れた?」
その通りだ。異常な暴力衝動を除けば何ら人間と変わらない。奴らは計画を立てて襲撃した。それは知能犯に近い。怪異対策のメンバーと鬼の戦いは昔から続いており、主要メンバーには特別な警護体制になっている。それを知った上での襲撃だ。
「俺等の情報を何処から? 漏れ、いや漏らしたやつがいる?」
「そういうことだ。警察、マスコミにも転生者がいる。苺君に怪異室に来てもらったのは、燻り出しの為でもあったんだ。幸い、うちに内通者はいなかったよ」
苺の鼻か。
「さっきの話しの続きだが、大量殺人事件の翌々月、殺人事件は例年並みに落ち着いた。だが行方不明者が急増している。この発生率を地図に当てはめていくと数値の推移にある法則が浮かび上がる」
「東京に集まっている?」
「そうだ」
背筋が凍った。鬼を集めてどうする?
決まっている。
百鬼夜行。
冗談にして笑い飛ばすつもりが俺の頭は拒否した。
「戦を再開させるつもりか、草薙。お前の敵はもう居ないんだぞ」
「風鈴、敵とは?」
「スサノオ。空を奪った神だよ」




