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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第ニ十三話 猫又


 もう生命維持はやっております。ご安心を。


 俺の過去の名がトリガーになったか。この様子は過去に心が持っていかれるやつだ。

「姫様! 姫様!」

 沙耶が空を抱き上げて、こちらを見る。

「桜花がいるなら助けられるんでしょう! 姫様を助けろ! いや、助けてください! お願い!」

 桜花も知っているのか。疾風の声が聞こえた時も、きっと記憶に引っ掛かったんだな。

「安心しろ、苺。しばらく夢を見るだけだ。きっとお前のことも思い出す」

「本当に?」

「ああ。空は俺が背負う。家に来い」

 沙耶、いや苺でいいや、可愛いし。苺は頷くと俺に空を預ける。


 背負った空の手を握り、鼻をすすりながらついてくる。

 ああ。こいつは本当に空の事が好きだったんだな。何年だ、あれから。

 千二百年か。

 こいつも俺と同じだ。空をずっと探して、待って、諦めて、溜息をつく。

「長かったな」

「あなたに何がわか……いや、そうですね。あなたなら分かるのか」

「風鈴でいいよ。苺」

「そうもいかないです。ナナキ殿」

「どれだけ過去を思い出している?」

「草薙の乱の百二十年前に生まれ、綾姫と同じ日に土に還り、三度の転生を経て今回で四回目。ほぼ全て」

「ひゃ、く、まさか猫は猫でも、猫又か」

「そうです」

 妖怪か。まあ鬼もいるからな。なるほどこいつの人外の強さ、技術。妖怪のなせる業か。記憶の蘇りじゃなく持ったまま生まれたんだな。

「色々話を聞きたい」

「綾姫が無事、戻られたのなら」

「無事?」

「え? 普通は死にますよ」

「え?」

「え?」

「ああ! 生まれる時に記憶を置くって、置いてこないと死ぬのか!」

「あなたは鬼だから普通に記憶を持って生まれきたからその危険性を知らなくてもって、あれ? ナナキ殿、もしやあなた今、人間なのですか? 私を覚えていないのはまだ記憶が完全に戻っていない?」

「説明しそびれた、っていうか何度も話をしようと。だがその通り、俺は記憶を引き出すたびに心肺停止だ」

「それは……ごめんなさい」

 むむ。素直だな。少し俯く紗耶を見て俺に提案が一つ思いついた。

「苺、お前の今の家族は?」

「いません」

「悪い事聞いたか? 気を悪くしたらすまん」

「親は事故で亡くなりましたのでお気になさらず」

「頼みがあるんだ。暫くこっちに来れないか?」

「私には目的があって来ているのですが、既に果たしたわけなので内容次第です」

「学校内での護衛を頼みたい」

 苺は空を見て、

「問題ないかと。言われなくとも、ずっとお側に居るつもりでしたので」

 好きすぎるだろ。

 あれ?

 じゃあ空といたいと思ったら、もれなくついてくるわけ? 勘弁してくれ……。

「現世の年は?」

「十六歳」

「は? 十六? いや、十六?」

「あまり女性に年を連呼するのは感心しませんが」

「お前、めっちゃ美人で大人っぽいな」

「口説いているように見えないから今の発言は許します」

「普通に褒めてんだけど? ともかくこっちの高校に編入して空の護衛を頼みたい。俺は流石に学校は入れん」

「不審者どころじゃないですしね。どうやって編入を?」

「そこはなんとなる」

 まあ、父頼みだが。

「その代わり、約束を」

「なんだ?」

「今生は綾姫の笑顔を守ってください。もうあの時の姫様は見たくない」

 俺の知らない過去か。出来るならそうしたい。だが希望と現実の乖離は甚だしい。俺に関してはな。

「約束は出来ん。俺は一回鬼と戦って死んだ。何も出来ずにな。守るどころか泣かしてばかりだ」

 本当に不甲斐ない話だ。

「ナナキ殿、昔の貴方は!」

「いや言うな。俺は人間なんだよ。でも俺の命は空にだけ使う。俺が逃げることはないし、空が俺より先に死ぬことはない」

 苺が暫く沈黙する。言葉を選んでいるんだろう。その話によっては俺も昏睡するかもと配慮しているのかもしれない。

「あなたは何も分かっていない。ですが、私が姫、空様の傍から離れることはありませんから、私にとって選択肢にもなりません」

「あ、もう一つ。頼みがある」

「存外に遠慮がないですね。会ったばかりだというのに」

「まあね。空の為なら手段は選ばない」

「そういう事なら。で、なんです?」

「姫様はやめておいた方がいい、空と呼んでやってくれ。そっちの方が喜ぶよ」

「そ、それは畏れ多い。我が主に……」

「じゃあ、お姉ちゃんとか。離れて暮らしていた俺の妹、って事でいいや」

「雑な設定ですね、無理臭いですが」

「いいんだよ。それがありうる家柄だから」

「そう、ですか。……おね、おね、おね……」

 新しい発声練習だ。

「何を照れてんだよ」

「照れてなんか!……そうですね。嬉しくて私は照れている」

 苺が顔を赤くして何度か口を開こうとしている。深呼吸して一瞬息を止めた。

「お、お、お姉ちゃん」

「なあに? 苺」

「あああああ、おきおきおき、起きてたああああ」

 苺も可愛いなあ。いっそ俺の家に養子縁組にした方がいいな。相談しよう。

 兄貴、は違う。お兄ちゃん、お兄様。ふむ、お兄様だな。

 うむ。良き。

「いたたたたたたあ!」

 背中から両の頬を引っ張られた。これは殺気だ。

「なにひゅんだ!」

「見えてないけど、えっちな顔」

 理不尽だ!

「というわけで、俺の妹、涼風 苺だ」

「なんか凄く可愛いんですけど」

「おおお、お姉ちゃんのほうが可愛いし」

「でも名前、変わっちゃうの? 大丈夫?」

 気遣い無用と首を横に振る苺。

「苺は姫様がつけてくれた大事な名前。何も食べれなくて餓死寸前のところ、苺を姫様が嚙んで柔らかくして食べさせてくれた。姫様の傍にいるなら私は苺です」

「む」

 でたよ。空の我儘モードが。

「お姉ちゃんでしょ」

「お姉ちゃん、か。でも、いい、のかな?」

「なにが?」

 空は俺の背中から降りる。なんか寂しい。

「私がお姉ちゃんって呼んでると、ナナキ、いや兄さん、になるのか。誤解されて許嫁と思われるけど」

 解せぬ。俺を兄さんと呼ぶときには練習どころか、何の感情もなかった。少しは顔を赤らめ照れて欲しかった。

「私が年上だから、そ、それはおかしくないんじゃないかな?」

「え、嬉しそう」

 だよな! もっと援護してくれ!

「そんなことない。さ、はやく帰ろ、苺」

「はい、お姉ちゃん」

 もう空の七変化にも慣れてきた気がする。下僕化しそうな自分が悲しい。



 家に帰り帰宅していた父と母に事情を説明すると、まあ予想通りだ。母は苺の可愛さに悶絶し、父は終始だらしない顔をしていた。もちろん養子縁組は相談する前に言い出した。ああ、また母の散財が予想される。しかも今回は父もいるぞ。念願の娘だからな。うちは破産するかもしれん。



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