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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第二十話 転生体


 夏休みに入る前、空の父親の葬式を執り行うことになった。

「きちんとお別れをするの。でないと亡くなった人は安らかに眠れないから。輪廻が切れたとしても魂は必ず行きつくところがある。絶対に茜ちゃんは透君を待ってるのよ。早く見送ってあげなさい」

 その母の言葉に空は曇っていた表情を晴らした。

「はい!」


 当日は小雨だった。通達出来たのは学校関連と、秘密ではあったが怪異室の職員が数名。驚いたことに九頭竜家からも数名来ていた。知らないところでの繋がりがまだあるな。親族は居なかった。空の言う通り、水無月茜の振る舞いと奇行により親族は縁を切っているらしいが、間違いない、空の母は誰も巻き込みたくなかったのだ。

 

 空は喪主を務め、粛々と弔問客への挨拶を執り行う。

 気丈に微笑みむ空に大人たちは涙ぐみ、ある者は肩を叩き、年配の女性は軽く空を抱擁する。

 俺は少し離れ警戒をしていた。もちろん鬼へのだ。だがそれは杞憂に終わり出棺の時間となった。


「血の匂い」

 その言葉に驚き、声がした方へと向く。白い傘で顔は見えない。背を向けていたが少しだけこちらを向いた。腰まで伸びた長い髪が揺れる。

「空のご友人、ですか? ご案内しますよ」

 傘がくるくる回ると、出棺を待たずに少女と思われる人物が去っていく。

「朧」

 返事がない。今日はクマゴロウから離れ一緒に来てもらっていたが、おそらく少女を追ったな。

「桜花」


 大丈夫です。鬼ではありません。


 安心して緊張を解くと、空がすっげえ顔で睨んでいた。なんか指さしているが何を怒っているんだろうか。空を見たのか桜花の音なき小さな笑い声が聞こえる。


 若様も大変でいらっしゃる。


「どゆこと?」


 野暮な事は言いませんが、もう少し自信をお持ちください。


「なんのだよ」


 ご自分でお見つけくださいまし。


「桜花は昔からそうだよな。俺は馬鹿なのにはっきり言わない」


 桜花がまた笑い、傍から離れていく。

 ったく。

 少女の姿が見えなくなって暫くすると雨が止む。弔問客も傘を畳み、まるで旅路を祝うよう、と表情が明るくなった。


 やれやれと、頭を掻いていると朧の気配が戻った。


 見失いました。


「朧が!?」

 大きな声を出してしまい慌ててスマホで喋っているふりをした。


 気配が消えたのです。何も存在していなかったかのように。


「鬼じゃないと桜花が言っていた」


 その通りです。ですが人かどうかも怪しい。


 

「そうか」と、思案気にしていると空がまだ睨んでいる。何を与えれば機嫌良くなるのだろうか。子供扱いすると更に不機嫌になるしなぁ。高校の頃の空は素直ないい子のイメージだったのに。

 でも今の空が良い、断然な。そんな事を思っていると空がずんずん近づいてきて、

「皆さんがお帰りです、手伝ってください」と、変わらず不機嫌なまま頬を膨らませている。

 ああもう可愛い奴め、あんとき本当に押し倒しておけばよかった!

「いたたたた」

 思いっきり頬をつねられ、引っ張られて祭儀場の中へと連れられて行く。

「また、えっちな顔をしてました!」

「いやしてないって」

「してました! さっきの綺麗な女の子と何をする気ですか!?」

「女の子? 誰?」

 空が俺を開放すると、下から睨んでくる。

「長い髪の綺麗な子です。白い傘の」

「ああ。いや、知らんぞ。空の友達じゃなかったのか?」

「え? いや知らない」

「ははーん」

「いたたた」

 今度は俺が空の頬をつまむ。

「空がやきもち焼くときは頬を膨らませる」

 俺の手を振り解くと、ぷいと顔を背ける。耳が赤い。可愛い。

「そんなのするわけない。さっきの子とデートでもなんでもすればいいんです。万年彼女なしの先輩にはおめでたい話ですね!」

 そういうと、ずんずんと祭儀場に入っていった。なにかの手続きの為か職員と話している。空に見えないように背を向け目を細める。

 では何者だ?

 考えても埒が明かない。

「他の兄妹は起きれそうか?」


 疾風は間もなく。羅漢坊は若様の護衛、螺旋は起きてますが、綾姫、ではなく、空様の護衛を常に。


「九家最強の螺旋なら安心か」


 忘れてたくせに。


「お、螺旋ちゃん。ご機嫌はいかが?」


 もう! ずっと呼んでたんだよ! なのに若様は!


「今度、なにか形代見つけておいしいものを。あれ? 生物には入れんの?」


 入れるよ? 追い出すから魂は死んじゃうけど。


「う。それはちょっと駄目だな」


 例外が一つ。転生体を見つければ。


「なんだそれ」

 その問いには螺旋の代わりに朧が答える。


 我らの体は既に転生しているのです。ですが記憶を持つ魂は、こうして抜け出しております。


「戻れば今の体の魂はどうなる?」


 なにも。その体がもつ記憶に過去の分が追加されるだけで変化はありません。


「なるほどな」

 過去の記憶がないから今は普通に暮らしているわけだ。


 それに赤眼、青眼の転生体は既にお会いなされています。


「へ?」

 あ。まさか。

「本家の双子か! どおりで感じられないはずだ」

 おいおい、危うく俺は俺と結婚するところだったじゃないか。まあ、体は血縁じゃないが。


 あやつら、いつも双子で生れます故に。きっかけがあれば目覚めましょうぞ。


「兄妹たちの転生体は今どこに?」


 我らは不明です。会えば分かりますが。


「そうか」

 仮に戻ってもらったとしても抜け殻の俺に何が出来るんだろうなあ。ますます何も出来ない先輩になるだけだな。でも、いつまでも俺のお守りは酷な話だ。なにか手段を考えよう。おそらく身体能力がずば抜けて高い人間が目印になる。本家の双子はまだ中学生だが、姉の真赭(まそほ)は全国女子空手大会無差別級の優勝者で、妹のあいは世界薙刀大会の優勝者だ。うちは合気道。もしかして九家が全部挌闘系じゃないよな?


 袖を引く空に気付き振り向く。

「あ、わりぃ」

 まだ目を合わせてくれない。

「火葬場に」

 空がまだ袖を摘まんだまま、何か言いたげにしている。

「おう、行こうか」

 歩こうとしたが空が動かないので振り返り顔を覗き込んだ。

「どした?」

「さっきはごめんなさい」

「うん?」

「怒ってごめんなさい」

「ああ、気にするな。それにな」

「はい」

「俺はお前にべた惚れなんだ。何されても怒らんよ」 

 やっと目を合わせて「それならいいです」と言って俺の袖を掴んだまま歩き出す。耳が赤いのは言わないでおこう。また機嫌を損ねられても困るしな。

 俺はニヤけ、

「だれが万年彼女なしだ!」

「今怒らないって!」

 向き合ったまま間を置き、やがて笑い合った。

「そういうところ好きですよ」

「そこだけ?」

「そこだけ」

「そっかあ」

「そうです」

「頑張らないとなあ」

「頑張ってください」

「ん、どういう意味だ」

「知りません」

 隣の敷地内の火葬場に歩き出す。すると遅れてきた奏と高坂が遠くで手を振っていた。

 

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