第十六話 継子
空は父の言葉をひとつひとつ噛みしめ、何かを見据えて聞いていた。多分、頬に流れる涙にも気づいていないだろう。
「止めれなかったの。天弥君も空ちゃんのお父さんにも。……私にも」
「いいね? 君のせいではない、空君。母としての愛情が誰より強かったんだ。君が愛しくて、しょうがない。そう言って、笑っていたよ」
空がしばらく落ち着くまで飲み物を取りに行った。空が泣き腫らした目を隠そうともせず泣き続け、母が隣に座り空の肩を抱く。父は涙が零れないように、時折天井を見上げていた。
空が落ち着く頃にはコーヒーは冷え、代わりに趣向変えて紅茶にする。
「有難うございます。お母さんの心が私に溶けて、なんか甘いです。お母さんに恥じない、強い人になりたい。戦ったりは出来ないけど」
「空ちゃん、試してみないかな? あのね、鬼と戦えって言うんじゃないの。一応これでも私は茜ちゃんの師匠でもあるのよ? お母さんが貴方を想って歩いた道を見てみない?」
「私も?」と言うと両手を突き出して不格好な構えを取った。
「そう、嫌じゃなければ」
「お師匠様、宜しくお願いします!」
「やだ! おかあさんのほうがいい!」
「はい、おかあさん!」
おいおい。文字通りの伝説キャラの血を引いた空が九頭館竜師範に弟子入りだと。俺が空に勝てる要素がなくなるし、覚醒したらどうするんだ。
でもまあ、いっか。
今の笑顔を見ると、そっちのほうが大事だ。その笑顔は俺にとって救いなんだ。試合が終わった瞬間、あの瞬間。俺が笑ったのはお前がいたからだよ。
「なぜ鈴鹿御前の事が秘密に?」
「ふうちゃん、良く考えて。鈴鹿御前は鬼にとって天敵でもあるけど仇でもある。鬼を集めるには良い餌だと考える人間も居るのよ。ただでさえ疲労困憊の私たちのチーム、とくに茜ちゃんの負担は増やしたくなかった」
「でも母さんは金童子には話してたよね」
「ウツホの力は巫女の強力な力。だけど力を使う巫女自体は非戦闘員と言ってもいい。危険を承知で力を奪いに来る、それが透君の結論だった。彼らにとって脅威な力だけど、予想通り彼らの方がウツホの力を知っていたのは昨晩の動きで分かったよね。効果の影響範囲、逃れる方法。対処方法も。彼らにはウツホを奪う自信があった。そこで逆に考えたの。空ちゃんが鈴鹿御前の力を持ったウツホなら、おいそれ手出しをしてこない可能性が高い。茜ちゃんが散々暴れまわってるから、彼らにとって十六年前の悪夢の再来どころか、絶滅の危機よ」
「鬼には警告、か」
「それに警戒すべきは鬼達だけじゃない。むしろ人間側の方。だから鈴鹿御前の話はタブーにした」
「なんでさ」
「最大の理由は本家、九頭竜が来る」
俺は唸った。そういうことか。
「えっと先輩、どういうことですか?」
「俺の名字は涼風、父さんの性だ。だけど母が嫁いで分家扱い。爺ちゃんには二人の子、つまり叔父と母がいるんだけど東の竜、西の竜とか他は省くけど分家ごとに呼称があって九つに別れてる。九頭竜の本家は京都なんだが跡継ぎが生まれてなくてさ。昔から俺に本家に来い、とうるさいんだ。小学校の頃、何度も監禁もされたよ。真赭と藍という双子と耀という従兄弟がいるんだが、妹の双子たちは規格外に強いのに本家はどうしても男子に拘っているんだ」
「でも男の方がいるんですよね。あれ、先輩?」
忌まわしい過去を思い出して、深いため息が出る。
「いや、なんでもない」
「ふうちゃんはマーちゃんとあいちゃんにめっちゃ好かれてるのよ。おにいちゃんと結婚するぅ、ってね。ここまでは可愛らしい話だけど、実際にふうちゃんは誘拐さながら本家に監禁され、双子のどちらかと結婚を迫られたのよねぇ」
「二人とも可愛いけど、おかしいだろ。家の為に結婚って。二人が可哀そうだ」
「でも二人は本気だったからね。ふうちゃんにフられてめっちゃ泣いてたらしいよぉ」
「あの子ら、まだ中学生だよ! 二人には悪いけどどうにかしてる」
「む」
「な、なんだよ、空。やきもちなら嬉しい」
「女の子の恋心を軽く考えないで欲しい」
恋する男心も考えて欲しかった。へこむ。
「で、双子の婿入りがおじゃんになったから、今はプランBが遂行中。耀くんの嫁探しなのよ。最初からその線で動かなかったのは、長男の耀君は生まれた時から歩けない子だから、兄さんから距離を置かれているの。祓えない男子は男子非ず、だからね。あまり元気がないのが心配だけど、誘拐騒動の時も僕がこんなだからって謝ってくる優しい子よ」
「耀は俺なんかよりずっと頭が良い。引き手数多だろ。なんか飛び級するとか?」
「耀君はもう卒業したぞ」
「十六だったよな? 高校って飛び級あんの?」
「あるところにはある、だが卒業したのはMIT」
「は?……は?」
「まだ未成年だが、既に内定がいくつもあるらしいぞ。何処が耀くん受け入れるか、裏でオークションされている噂もある。本人は怪異室希望だがな」
何その勝ち組の頂点っぽい話。俺は項垂れて涙が零れそうになる。
「もう耀が本家継げばいいじゃん」
「そこが九頭竜なのよ。祓えが全て。だからなの、ハイブリッドの空ちゃんが嫁候補になりかねないのよ」
「あ、あの、そこに私の意志は」
「血が残せればいいんだ。文句があるなら五感を全て壊すのさ。それから子を為せばいい、とね。それくらいのことを本家はやる」
「鬼より酷い、気がします」
全くだ。人間なんて本質は鬼と変わらない。食事に人間を好む、その違いだ。
あれ。誰の話だ。
「まだ本気で動いていないのはウツホは本家にも謎な話だから。古文書や古事記、伝承やはてはお伽噺、そっから推測しかできなくて、だから仮説が飛び交っていた。そこで茜ちゃんと透くん夫婦は、話をすり替えた」
父が母の話に頷き、腕を組んで話し出す。
「ウツホは鬼に恐怖を呼び起こし近寄らせない力、とね。それでも強力な力だけど、現代兵器で何とかなるレベルなら、と。おまじないレベルに仕立てたのさ」
と、父が話し終えたところに声が届く。
それは羅刹眼と言うものです。




