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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第十五話 水無月 茜


 翌日、悲しみに暮れる時間がないほど慌ただしくなった。警察の現場検証で本宅に入れないから取り敢えずの食事の買い出しにコンビニへ。帰ってきたところに、空の為の家具が届き二階へと搬入。セキュリティ会社や保険屋やら、予感はしていたマスコミ関係。これは乃木さんが後始末してくれたので大事にはならなかった。警察が帰った後の本宅の片づけや修繕の為のリフォーム屋への連絡。

 きつかったのは片付けの最中に蘇る昨晩の悪夢。空にはダイニングには入らないように言っておいたが本人も無意識に見ないようにしていた。一番キツイのは空だ。


 一息入れた時にはもう夕方になっていた。母は近所周りへの根回しとなにやら俺が通っていた高校にも行って来たらしいが、それは察しがついた。空の復学の話だろう。

「もう一生分は働いた。二度と動かないわ」

 古めのソファに体を投げ出し、扇風機の前を占拠する母は心底疲れ切った顔をする。

「母さん、空はまだ洗濯物やら洗い物やってるぞ」

「いい嫁だわ」

「だれが嫁か」

「いやなの?」

「嫌じゃないけど向こうにその気がないよ。俺はフられてんだよ?」

「そうかなあ?」

 キッチンから洗い物をする音と空の鼻歌が聞こえてくる。ああ、これが幸せってやつだなぁと思っていると、悲鳴が聞こえた。慌てて飛び上がりキッチンを覗くと空が腰を抜かしてへたり込んでいる。

「ごめんなぁ、お嬢ちゃん」

 キッチンの扉から顔を覗かす髭面のおっさんがすまなさそうに頭を下げていた。驚くのも無理はない、身長二メートルを超える父親は昨晩の事件を経験した空にとっては鬼そのものだった。


「ごめんなさい」

 土下座で謝る空に父はにこやかに「僕の方が悪いんだ、ごめんね?」と、頭を下げる。

「天弥君、でっかいからねぇ」と父の膝に乗っかる母はどうみても子供にしか見えない。

「おかあさんが、天弥君、って呼んでるのでイメージ的に可愛い人かとてっきり勘違いしてて」

 まぁ、母の容姿から想像はつかんわな。ご近所でも少女と野獣夫婦で通ってるし、家族で地元以外に出かけると高確率で警察の職質に会うんだよなぁ。

「可愛くなくてごめんよ」

「いやあああ、そういう意味じゃないんです!」

「空ちゃんも天弥君って呼んでいいのよ」

「母さん無茶言うなよ。ぱっと見、ビッグフットだぞ、父さんは」

「そうだぞ、ママ。というかママだけずるいな。パパがいいな」

「子供か! もっと無茶だよ、父さん! てか期待する目、やめろよ!」

 空が口に手を当てて堪えきれずに笑い出す。

「初めまして、水無月空と言います。故あってお世話になることになりました。不束者ですが宜しくお願いします、お父さん」

「ママ!」

「天弥君!」

 目を輝かせて二人は手を取り合う。もうやだこの夫婦。

「嫁じゃないからな」

「あんまり否定すると空ちゃんがさみしそうよ」

「え? あ、いや。おかあさん、なんというか、その」

 空が困った風に笑う。

「困ってんじゃん。この話はなしだ。で、父さんが帰って来たのは理由があるんだろ」


 父が背もたれに身を預け、整えている顎髭を撫でる。機密部署の室長らしいが目立たない人間の方が良くないか?スーツよりマンモスの皮の服が確実に似合う父なんだが。

「こっちの方が聞きたいことが山ほどあるが、まずは分かっている事から話そうか。もちろん口外すべきじゃないんだが、当事者の二人には必要である事と、これから協力を頼むことになるかもしれないしね」

「協力?」

 父が空を見ると、でかい体で頭を下げた。

「お父さんの事はすまない。まずはそれを謝らせて欲しい。後手に回りすぎてしまった」

「そんな、頭を上げてください。私が先輩のご家族を巻き込んだんです。謝らないといけないのは私の方なんです」

 母が微笑んで、父に「ね?」と言うと、

「確かに茜君にそっくりだ」

「私は母を殆ど知らなくて」

「今度うちの職場に来ると言い。君のお母さんの映像記録は山ほどある。宮内庁管理の機密書類なんで持ち出しは一切出来ないのが申し訳ない」

 空が目を輝かせて身を乗り出した。

「行きます! 是非お願いします!」

 父がにこやかに微笑むと、少し沈黙を保ち口を開いた。

「九頭竜と君のお母さんの話をしよう」

 空の目を父は見つめた。

「空君のお母さんは、鈴鹿御前の転生者だ。驚異的な身体能力と戦闘技術、故に鬼と間違えられてね。それが僕ら九頭竜家との出会い」

 空は黙って言葉を待つ。

「九頭竜は古来から皇室と時代の傑物たちと密接に関わってきた家柄でね。主に裏方の問題を片付けてきた。ご存知の通り、鬼や妖怪、まとめて怪異と呼んでいて、いわゆる祓い屋さ。透、君の父親が茜君の話を内緒にしていたのは理由がある。ご両親は自分の子供に同じ道を歩ませたくなかった。お父さんは墓までその秘密を持っていくつもりだったんだ」

「同じ道を、ですか?」

「鬼を殺し続ける修羅の道さ」

 空は膝の上で自分の手を握りしめる。多分それは正解だ。優しい性格の空が血にまみれて戦う姿は想像できない、というか、させたくない。

「鈴鹿御前とお父さんのウツホの血。その奇跡的な出会いで君が生まれた。そして次の奇跡こそ、想像を超えたものだった」

 空は母を見た。小さく頷く母。

「二つの血が同時代に生まれ、子に引き継がれるなんて、神の奇跡としか言いようがない。良く例えになる太平洋に時計のパーツを投げこんだら偶然、組み上がったレベルさ。君は二人の、二つの血を受け継いでいる」

「あまり実感が。お母さんは、その、転生前の記憶を?」

 父は頷く。

「まあ、歴史の出来事に関して聞くと、符合することもあったけど、知らぬ、ばっかりでね。忘れたんじゃない、覚える時間や見聞する暇があるくらいなら弓の鍛錬をしていた、とか。咲子(しょうこ)が脳筋侍とよく呼んでたなぁ。もちろん最初は疑ってたよ。でもそんなのはどうでもいい事だった。彼女の強さが証明した。動画を見れば分かる。まあでも、その部分はお勧めしない。君のお母さんは死の間際まで、侍だった」

 父は少し寂し気に俯く。しばらく間をおいて空を見た。

「産後、二日後にはもう戦いに出ていた茜君を、僕ら二人で彼女を引き留めようとしたんだ。だけど僕らを睨んでこう言われたよ」


「我が子が血に染まることを望む親が何処に居よう? 私は戦うのは止めんぞ。誰が何と言おうとな。例えお前達の頼みでもだ」


「君のお母さんは君が戦わなくても良い世界を作るために必死だった」


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