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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第十話 疑念

 

 息を吹き返すと空が上から覗き込んでいた。目が合うと溜息をついて力なく微笑む。膝枕されているがまだ体が動かない。その旨を伝えると、空は頷いた。

「なんかあれだな」

「あれですねえ」

「慣れてきたのか、順応してきたのか」

「なんかどっちも言えますね。今度も息してませんでしたし」

 そう言われて、阿呆みたいに口を開けてなかっただろうなあ、と少し心配になった。ふいに自分の唇に触れて、ぎくりとした。この感触、リップクリームか?


「どうしました?」

「もしかして、空」

「はい?」

「前回、というか今も、息が止まっている時、もしかして、い、いや、なんでもない」

 空が見たこともないくらい赤面し顔を背けた。これ以上この話題に触れないほうがいいだろうな。俺自身もやばい感じになってしまう。

「こ、今回も夢を?」

 空がまだ収まらぬ頬の熱を、手で仰ぎながら聞いてきた。

「鮮明な夢だったのに覚えてない。なんか空もいた気がする」

「そうなんですか。私、どんな風に先輩と接していたんだろう」

「空は俺の見ているのは夢じゃなく記憶と思っているんだな」

「先輩が最初に言ってたのもあるけど、もう何が起きてもびっくりしないかな」

 俺はくすりと笑って上半身を起こした。

「そっちのほうがいいな」

 空が小首を傾げる。

「あ。馴れ馴れしくてごめんなさい」

「だから、そっちのほうがいいって」

「うん……」

「夢は良く覚えてないけど、空が俺に何も遠慮してなかったのは、すごく自然だった。それが当たり前のように」

「私がそれを見れないから適当な事を言ってません?」

「かもな?」

 空は微笑むと、両の手で自分のお腹を押さえた。

「先輩、我が儘いいですか? お腹空きました」

「お。いいぞ。どんどん我が儘になってくれ」

「パン食べたいです」

「時間掛かるがいいか?」

「あ、お買い物になるのなら他のものでも」

「いいや? 種は仕込んでるが焼くのに時間かかるだけだが?」

「先輩何者ですか。シェフかなにかですか」

「まあ、これには理由がある。そこで待っててくれ。昨日燻したソーセージがある。それとオムレツでいいか」

「聞いてるだけでお腹が要求しちゃう」

「待ってろ」

 笑ってエプロンをつけるとキッチンに立つ。暫くすると空の寝息が聞こえてくる。それを聞きながら調理を続けた。


 こんな夜がずっと続け。

 空が安心して眠れる夜がずっと続け。


 フライパンの上の爆ぜるソーセージを見ながら思いに耽る。

 今回の一連の出来事で不可解な事が多すぎる。父親がいつ殺されたか。何故に犯人は死体を奪った? 自身に繋がる証拠隠滅? 

 空が聞いた警察の話では検死が済んでいなかったが死因は一目瞭然の状態だったらしい。ショック状態だった空には見せられないと、詳細も教えてくれなかった。おそらく警察側の配慮だろう。

 空の家に行く必要がある。犯人に会えるわけもないが、あれから訪れた痕跡とかあるかもしれないし、ご近所にもそれとなく聞いてみよう。

 だが空には内緒にしておこう。言うと空は引き止めるだろうし、空自身も行くと言いかねない。


 今朝方、毎朝欠かさずやっている合気の鍛錬を終え母に頼み込んでみた。

 あまり頼りたくないが元公安の父親のつてで何か聞けないか、と。

 母はいつもの笑顔を置いて、真顔で「それは重要で必要な事?」と聞いてきた。

「空にちゃんと眠れる夜が必要だから」

 ソファで眠る空を見ながら母は小さく二度頷く。

「そうよね。わかった、天弥君に聞いてみる。ところで、ふうちゃん、なにか隠し事ない?」

 その質問の真意を探ろうと表情を観察したが、母たる故の質問か、何かを気付かれているのか分からない。だが母には隠し事はしない。無駄だからだ。

「ある」

「それは空ちゃんと関係が?」

「かなり深い、と思う。でもまだよくわからない」

「そっか。話せる時になったら聞かせなさい。あなたはいつも人の事だと視界が狭くなるから慎重に動きなさい。だけどあまり事件に突っ込まないでね。警察に任せるの。私も乃木君に空ちゃんの事情を説明するわ。九頭竜家が預かるって言えば分かってくれる」

 それは非常にありがたかった。少なくとも警察には怯えなくて済む。

「ごめん母さん、家の名前出したくないのに」

 乃木さんは鎺市市警の刑事部長で母の武道の弟子でもある。所縁もある人だが家の名前を出して空の捜索を抑えないと、父殺害の疑いはなくても死体遺棄と遺体遺失時の事件の関連では空は重要人物になってるのは明らかだ。検死が出来ない以上、空の潔白も証明できないが、関与も証明できない状況だけど。

 だが、あまり大事にしたくないが家の力を使ってでも空は守りたい。

「今回は特別。というか、ふうちゃんの為じゃないよ。将来うちの嫁に来るかもしれない空ちゃんの為。それにお父ちゃんの胡散臭かった研究が何か関係しているような気もするし」

「気が早えよ。というか俺はフられたからな? でも爺ちゃんがなんで」

 母は俺の疑問をスルーし話をつづけた。

「今日は捕縛の練武だからついでに話しとく。今年は全国大会に出るらしいから機嫌いいのよね」

「おお。乃木さん張り切ってたからなぁ」

「ま。行ってくるね。む? 私がいないからって空ちゃんと変なことしちゃだめよ。あなたはともかく空ちゃんにはまだ早い! 結婚してからよ?」

「なんの話だよ!」

「まあ、できっこないかあ」と言うと笑いながら部屋を出ていった。

 なんかへたれ認定されているようでくやしい。

 母が玄関のドアに鍵をかける音を聞いてから、背に冷汗が流れた。


 母さんは何を知っている? 

 警察関連の話は分かる。だが爺ちゃんの話は今までの話とどう繋げた?


 祖父の仕事の方はよく知らんが、ライフワークは民俗学の研究家だぞ。



 


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