第九話 夢現
「朱、碧、二人には茨木童子を止めて欲しい。彼奴は西から援軍として駆けつけるだろう。横から突っ込んでくれないか」
「えー! 本隊やりたいゾ! 奴は綱に任せておけヨ! 草薙をバラバラにしないと、気が済まないシ!」
さらしから零れそうな胸を揺らしながら憤慨している朱を碧が宥めた。
「朱姉ちゃん、茨木抑えないと若様の本隊、持たないの。綱ちゃんだけじゃ無理。ただでさえ若様の負担、大きい。私達が頑張らないと、皆、やられる。それに茨木はあたし達の同族。あたしらがけじめ、つける」
俺が岩に座っている碧の頭を撫でると目を細めて喜ぶ。それを見た朱は自分も自分もと、ぴょんぴょん跳ねてねだってきた。膝をついて頭を下げた朱の頭を少し乱暴にぐりぐりと撫でまわす。朱はかえって喜び「あワワワワワ」と声を漏らしている。
両の手が塞がった俺に綾姫が笑いかけてきた。
「護鬼殿、周りのおなご衆は皆貴方様を慕っていますね。誰をお選びに?」
「お戯れを、綾姫様。今は草薙の首、それしか見ていない」
「綾姫様も人が悪い、若様はとうに貴方様を選んでいらっしゃる」
「抜かせ、朧。我は鬼ぞ。人とは相容れぬよ」
綾姫が寂しく俯き、ゆっくりと背を向けた。碧が綾姫の頭を撫でている。
「若様の馬鹿!」
朱が目の前に来ると頭を下げて睨んでくる。朱と碧は俺より三尺程でかい。俺を見下ろす双子は十尺は余裕で越えているだろう。双子の鬼の種族はそういったものばかりだった。故にこの戦の要でもある。その一族の長の娘の一人、朱は腕を組んでまだ俺を睨んでくる。
「そんなのわからないゾ! 鈴音だって上手くやってル。ボクらと綾姫、どう違うのサ! ボクのほうがすこーしおっぱい大きいくらいだゾ!」
と言って、綾姫の倍の身丈の朱が胸を張った。
「朱、私に喧嘩を売りました? もうお団子あげません」
「ち、ちが、綾姫、お団子しまわないデ」
「それ以上その胸を大きくするつもりなの? あ! ななき様? なんで笑うんですか!」
「いや、笑ってない」
「若様、笑ってた」
「碧の見間違いだ」
「こうなったら、朱! あなたの胸をよこすのです」
「引っ張らないデ! こぶじゃないから取れないヨ!」
こぶでも取れないぞと思っていたところ、
「綾姫は若様に大きくしてもらえばイイ!」
口をつけていた盃の酒をむせ返した。吹き出した先がよりによって綾姫にかかってしまう。
「あいや、済まない。朱が悪い」
「仕方ありません。責任取って私の胸を大きくしてくださいまし。鬼には打ち出の小槌がありましょう」
「あれは童たちの伽話で、実在はしてない」
「じゃあ御手で」
「綾姫樣、勘弁してくれよ」
綾姫は頬を膨らませていたが、俺の困り顔に満足して笑い出す。周りも笑い出すが面白くない俺は、椅子に座り徳利ごと酒をあおった。
「ななきさまの、そういう所、好きですよ」
「ほっといてくれ」と言う俺の膝に、姫は動じず腰掛け、下から見上げてくる。幼い頃の姫は目が合うと嬉しそうに微笑んだ。それは今も変わらずにいる。
七尺近い俺にとって綾姫は子供のように小さかった。小さい頃から物怖じしない子だ。
俺は鬼だぞ。
「もう! 綾はもう子供じゃないんです! 子だって産めるんですよ! さあ、抱いてくださいまし!」
周りの連中はげらげらと笑い囃し立てる。桜花は頭を抱え、氷姫は俺を睨んでくる。
「おまえは未だ十六だ」
「行き遅れの死狂い姫と呼ばれてますが?」
「そりゃア、姫様が悪イ。槍振り回してたら男も寄ってこないヨ。ただでさえおっぱいが無いのにナ?」
「あけえええええ!」
綾姫は俺の膝から飛び降りると朱を追いかけまわした。
朧が傍に立つと溜息をつく。
「あの連中ときたら。あと半月もすれば大事な戦だというのに」
「よいさ。これで」
俺が椅子から立ちがると七人の鬼が目の前に並んだ。
「朧、桜花、羅漢坊、螺旋、疾風、焔、氷姫、赤眼、青眼」
「我らは御前に」
「まぁ、なんだ。本当に済まない。巻き込んだ」
鬼たちはお互いの顔を見合わせると笑い出す。
「この大戦、人の命運をも掛かっていますがそんな事はどうでもいいんです。頼光や綱が酒呑童子をやりゃあいい。坊ちゃん、我らはいけ好かない草薙をぶち殺すだけでさあ」
「焔! わきまえなさい! ひょうは若様のご下知ならばなんの不満がありましょうや。なんならお子だって産みます!」
「しれっと劣情醸し出してるなぁ」
「な! 疾風、そんな言葉どこから!」
「あははは。氷姫、いい加減若様困ってんじゃん。若様の側室なら入れるかもよ?」
「側室……ああ、それでもいい……」
「螺旋、煽るな」
「いいじゃん、朧爺ちゃん。どうせ最後になる。先の事分かんないからさ、いい夢みとこ?」
「そうですね。螺旋にしては良いこと言います」
「にゃははは。桜花姉ちゃんは綾姫様しか興味ないけどねぇ」
「当たり前です。あの子はほっとくと何するか分かりません」
「ちげぇねぇや」と笑うと焔は真顔になる。
「この世がどうなろうと構いやしません。だがつまらない世を作ろうとしている草薙は止めなきゃならねぇ」
「そうだ。おもしろぐねぇ」
「おおぅ、羅漢坊、だよなあ?」
羅漢坊は焔の首に己の腕を巻くと、二ィ、と笑う。
俺は焔に頷き、他の者の目を見た。
変わらず頼りになる連中だ。この乱は止める、必ず。
綾姫を見ると朱の腕に抱かれて眠っていた。まるで赤子だなと微笑む。
「兄妹たちよ、命、預かるぞ」
「御意!」
鬼が嗤う夜。
それはまだ肌寒い春の夜だった。




