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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第八話 変化


「最初は疲れてるのかな、と思っていました。だけど日に日に口数が少なくなりやつれていきました。心配だから病院に行ってと何度も頼んだんです。でも、病気の類じゃないことは明らかでした」

「なぜ?」

「分からないけど、目が、目というか視線が怖いほど痛いんです。殺気じみたというのかな……とにかく生気はみなぎっていて、決して疲れ果てた目ではなかったんです。そして家出をする晩」

 空に緊張が走る。言うべきか悩んでいる。何度か口を開きかけるが、出かけた言葉を何度も喉の奥に飲み込んでいた。

 少し呼吸を整えて俺を見る。

「父が私の肩を掴み……あの嫌な目で私を見たんです。その目は血ばしって……まるで、まるで……そして、父はこう言いました。」

 空は一呼吸おく。そして小さい肩が震えている。

「喰わせろ、と」

「喰わせろ、か」

 空は小刻みに頷く。

「すると苦痛にもがくように転げまわってそして逃げるんだ、って、逃げてくれって私に言ったんです」

 空の顔を見る。必要以上に喋ると心が持たない。こんな話を長くさせるべきじゃない。ここで止めるべきか悩んでいるうちに空は続けた。

「雄たけびを聞きました。まるで獣のような。そして額から、何て言えばいいのか。角みたいなのが生えて」

 俺の反応見るかのように視線を投げてくる。俺は頷いて続きを待つ。

「目の錯覚じゃありません。でも錯覚だったと思いたい。目から血を流しながら叫びました。次に出た言葉が人としての最後の言葉です」

 今にも泣き出しそうな顔。だが下唇を噛んでこらえている。なにかを思い出そうとしていているのか、それとも躊躇しているのか。

「隠」

 そう言うと天井を見上げる。

「“おぬ”は目覚めたりや。否、“おぬ”は今や“おぬ”に非ず。憎きや、憎きや、うつほ……憎きや、うつほ。幾千夜の帳の数だけ刻んでくれる」

 俺を見て空は続けた。

「その時の父の赤い目が金色に輝き」

 空の小さく震える手。

「喰わせるんだ、と飛び掛かってきました。ここで不思議なんですが、父の体がキッチンの方に飛ばされたんです。カウンターの横から見える足が動かなくなって、急いで外に出ました。警察に通報して、夜は警察署で過ごしたんです」

 鬼か。

「あんなに優しかった父が。どうしてこんなことになったんでしょうね。鬼。私が鬼の子って言ったのは父の変貌だけじゃなく、父が喋っていた言葉、“おぬ”は、知っているかもしれませんがその言葉は鬼の語源とか隠語らしいんです」 

「隠れる、と書いて鬼か。伝承では鬼はいつも隠れ住んでるもんな」


 はたと気付く。

 これは言うべきか。それとも気付いているのか。隠、を調べたくらいだ。知らないわけがない。

 ようやく空が人から離れようとする本当の理由が判った。


「うつほ。これは空を意味する言葉だな?」

 空がびくりとして俺の腕に顔を埋めて、小さく頷いた。


 ……鬼。

 それは伝説であり御伽噺だ。詳しく知ってるわけじゃないが酒呑童子や桃太郎の原型の吉備津彦命くらいの話は読んだことはある。一時期ブームとなった陰陽道でも陰陽師、阿倍清明も鬼を使役したとかなんとか。

 人が鬼になる。

 空の話だと鬼であったものが人の形をしていたのかもしれない。空はたった一人の肉親を目の前で亡くした。いかほど悪夢に悩まされただろう。いかほど涙を流したであろう。心細く彷徨い、命さえ絶とうと考えたんだろう。もしかしたら、それでも生きろと言うほうが間違っているのか? 苦しみながら生きろと言うほうが残酷なのではないのか?

 

 違う。断固として違う。

 終わりにしていいわけがない。


「空」

 呼びかけに体を震わせ、そっと俺を見上げる。

「考えよう」

「考える?」

「そうだ。全ての手段、推測、準備、覚悟。全部出し尽くして、やり尽くしたら、また考えよう」

 空が困った顔をした。

「それって終わりがないんじゃ……」

「問題か?」

「ダメです。先輩を巻き込むわけには」

「それだよ。巻き込む、巻き込まない、じゃないんだ。これは恐らく、俺も関係している」

「どういうことですか?」

「空の話を聞いて、俺に起きている不可解な事が偶然じゃないことが判って来た。空と再会していから、俺は何かしらの夢を見ている。ほんの数秒づつだけどな。そう、夢かと思っていた。多分、記憶を掘り起こしている」

「どんな記憶ですか?」

「俺は昔、名が無いと書いて、名無きと、よば」


 朧! 若様が名を思い出された!


 ようやくか。永かった。この千年。本当に。儂は悟られぬように気配を斬る。ぬかるな。


 手繰り寄せたこの糸、離せましょうや。そっちは頼みましたよ。


 目の前が暗くなると、鼓膜を破りかねない耳鳴りが襲ってきた。激痛と共に、脳を手でかき回すとこの感覚になるのではないかと思うほどの断片化した記憶の奔流が渦巻く。断片化された記憶は飛び回り、一つ一つがぶつかり合い、混ざり合い、溶けあっていく。

「先輩!」

 呼びかけに答えられずに床の上でのたうち回った。親父さんと俺を重ねて見ているのか、空の顔に恐怖が浮かぶ。


「大丈夫だ、空! これは違う!」

 額が割れるように痛い! 

 記憶が物理的に爆発しそうだった。


 桜花! これはなんだ!


 ご安心ください。若様の体が再構成されつつあります。ああ、綾姫様からお離れください。姫様の力が若様の鬼を眠らせている! 私は姫様の結界で動けません、羅漢坊、若様の体をお守りしなさい、このままでは弾け飛ぶ!


 あいわがった。


 なんだ! 朧、桜花? 羅漢坊? 今度は夢じゃない、現実(ここ)だ!


「先輩!」

 空が俺の顔を両の手で挟む。体がガクガクと揺れ、空の顔も良く見えないでいる。

「どうしよう、先輩!」

 息を荒げて空を見る。痛みを堪えるために声にならない苦痛の声を上げる。俺の顔に触れている空の手を握った。


 姫様の目を見ないで下さいまし! まだ姫様は、綾姫様は起きていません。若様のお命が危のうございますから! 姫様のお手を額にお付けください、そして丹田に力を!


 俺は綾姫の手を、いや。違う違う違う。空の手を額につけた。



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