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【休載中】金髪ツインテールと風紀委員会  作者: リオン
第3章

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落第クラスの闇 1

「さてと、お兄ちゃん。ご飯の前に聞きたいことがあるから答えて!」


「メシ食いながらじゃダメなのかよ。腹減ったぁー」


「まぁいいじゃねえか、千夜。んじゃいただきまーす」


「ちょっとおじさん!……もう!」


千夜を言葉を意に返さず食べ出すおじさん。

俺も今日の夕飯に箸をつける。

今日の夕飯は海鮮丼で、おじさんが夕方魚屋に寄ったら特売で売ってたらしい。

マグロ、カツオ、ウニ、イカ。真ん中にはイクラが盛り付けられていて、店で販売したら普通に1200円はいきそうな豪華な盛り付け。

そんな千夜も口いっぱい頬張りながら食べてるし、東雲もニコニコしながら食べてる。

なんとも微笑ましい光景ですな。


「んでさ、お兄ちゃん。なんで東雲さんとお友達になれたの?」


「んー、気づいたら友達になってたってのが正しいかな」


「いえ、夏夜くんは私が困ってる所を助けてくれたんです。それで流れで友人になったのが実際の所ですね」


「へー、お兄ちゃん、昔から人が困ってると助けちゃう癖があったからねぇ。それで東雲さんも籠絡されたと!」


「人聞きが悪いぞ!千夜!悪ぃな東雲、ん?」


俺は東雲を一瞥すると、顔を赤くしながら恥じらう東雲が居た。


「お、おい、東雲、顔赤いぞ?」


「お兄ちゃん、何かいやらしい事して思い出したんじゃない?」


「んなことしてねぇよ!」


どちらかといえば、毎回いやらしいことしてるの東雲さんの方なんですけどね。

相手は俺じゃなくて有紗だけど。


「た、確かに友人として尊敬しているという意味では、籠絡されたかもしれませんね。彼の勇気や覚悟は、誰でも出来る訳ではないので」


そんなことを思ってくれてたんだな。

だとしたら、友達として恥じない行動をしなきゃだめだな。

今日みたいな失態は許されないし、下手したら退学になってしまう。

そしたら、東雲たち皆が失望や落胆をして俺から離れてしまうからな。

そんなことはさせない。俺の楽しいスクールライフの為に。

興梠の傀儡くぐつにはならんぞ!


「ありがとな、東雲。俺もお前のこと尊敬してるよ」


「そ、そんな、滅相もございません……」


更に東雲の顔が紅潮したのは気にしないでおこう。


「でもまあ、お兄ちゃんが風紀委員だなんて、どんな悪い手を打ったんだか」


「悪いことなんてしてねえよ。あれだ、生徒会長のご指名なんだとよ」


「おい、夏夜、生徒会長のご指名ってどんだけ目をつけられてんだよ。だいたい外部からの風紀委員とか、そもそも有り得ない話だぞ」


それに関しては俺も正直、あの計画を興梠自身から打ち明けられるまで理解できなかった。

確かに、聖麗の風紀委員は未来の出世のためのエリート街道だ。

誰だって風紀委員になりたいし、それはA、B組から漏れた内部進学の奴らだって例外じゃない。

今日の合同委員会も見た感じ内部進学者が大半を占めるイメージだったし、もしかしたら俺たちC組が異例中の異例なのかもしれない。


「そういえば、おじさんは在学中、どの委員会に居たんだ?」


俺のおじさん、日向徹夜ひゅうがてつやは聖麗のOBだ。

OBであるから聖麗の事情は詳しそうだが、おじさんが在学していたのは10年以上前だ。

多少なりともシステムは変わってるかもしれない。

だが、聞く価値はありそうだ。


「俺が在学中の時は夏夜と同じ風紀委員だったよ。ま、俺は内部進学でルーザー組でこの通り体格が良かったから、見た目で風紀委員になれたけどな」


「ん? なんだ? ルーザー組って」


「ルーザー組ってのは、70人の枠から漏れた人間のことを指すんだよ。ちなみにA、B組に入れた人間はウィナー組だ」


内部進学者でもそんな呼び方があったんだな。

俺ら外部の人間はそんなの関係ないからどうでもいいけど、やっぱりこの学校の闇は相当深そうだ。


「ちなみに、今でもその呼び方は内部でも言われ続けてますよ」


「詳しいんだな、東雲」


「ええ、お母様が聖麗の出身ですから」


だから詳しいのか。

ごめんな、さっき心の中で姫ペディアって言って。


「まぁでも、OBの俺からしたら、外部進学の夏夜が風紀委員になったってのは、俺も鼻が高いよ!」


「全然うれしくねぇ……」


「なんだよ、聖麗風紀委員は履歴書に書けるぞ」


「そうですよ、夏夜くん。誇っていい事です」


事情を知ってる東雲さんがそんなこと言っちゃダメですって……。


とにかくだ。

現生徒会長の興梠が、今の聖麗学園のシステムを変えたいのは事実であり、咀嚼そしゃくして考えれば、内部も外部もウィナーもルーザーも関係ない、ひとりひとりが平等であり、快適な学園生活を作り上げる事が彼の目標だ。

だが、生徒会の任期は1年。

9月の頭に発足し、一学期修了の時点で任期満了という形になるから、実質興梠に残された時間は3ヶ月も無い。

となると、興梠が急いで自分の計画を遂行したいのが伺える。

1年の俺たちが来た時点で成し遂げられなかった計画が、俺の入学を機に実行が可能になったのだ。

俺自身、飛んだ迷惑なのだが、そこはもう、飛んで火に入るなんちゃらだ。

不慮の交通事故にあったと思うしかない。

交通事故で例えたら、興梠は計画的に起こした事になるがまあ、それは仕方ない。


「んで、お兄ちゃん。東雲さんのことはどう思ってるの?」


千夜がニヤニヤしながら俺の顔を覗いてくる。

多分俺らの関係を誤解してるんだな。

俺が東雲を好きだと思ってるだろう。

確かに東雲はかわいいし頭も良いし、なんでもそつ無くこなせる。

友人として一緒に居て楽しいし、何だかんだ東雲とのやり取りは苦にならない。

千夜みたいに妹みたいな存在で、特別な感情など持ち合わせてないのだ。


「何か勘違いしてるけど、東雲とは普通に友達だからな?」


「ふーん。そんなこと言って、お兄ちゃんのパーカー着てるし、わざわざ貸してあげるってことは、普通の友達ってことは無いんじゃない?」


「千夜!お前なぁ!帰りの途中で雨降ったから貸しただけだよ! 変なこと言うな!」


「そうですよ? 千夜さん、私たちはただの学友です」


「なーんだつまんない!」


「さっきからそう言ってるだろ?」


これだから年頃の女の子は。

こうやってすぐに恋バナに話を持っていこうとするから、お兄ちゃん困っちゃうよ。

今恋愛なんてしてる場合じゃないからな。

俺は諦めないぞ!楽しいスクールライフ!


「でも友達出来てよかったじゃん、お兄ちゃん。東雲さんお兄ちゃんのことよろしくね!」


「こちらこそ。不束者ですが。それと千夜さん、私のことは姫奈とお呼びしてもよろしいですよ」


「うん、わかった! 姫奈お姉ちゃん!」


「お、お、お姉ちゃん……」


東雲の身体がピクピクと痙攣したのは気のせいだろうか。

あ、まずい。これ、厨二病おっぱい星人出てくるぞ。


「もう1回言ってくれ!もう1回言うのだ、千夜ちゃん!」


はい、出てきました。

俺にとっちゃこの東雲がデフォだから、なんとも言えないけど、急なキャラの変わりように、千夜も困惑する。


「え? え? 姫奈お姉ちゃん?」


東雲は席を立ち、千夜に詰め寄る。

千夜の後ろに立つと、指をガシガシし始めた。

咄嗟になんのことか理解したおじさんは、席を立ち、厨房に引っ込んで行く。

止めないのかよ。


「悪ぃ千夜。これが東雲のデフォなんだ」


「デフォ? え? 何? 意味わかんない!」


悪いな千夜。東雲の気が済んだら止めるから我慢してくれ。

なんで事前に止めないかって?

この間、事前に止めようとしたら、放課後になるまで有紗の胸を狙ってたからだ。

そりゃ諦めるよな。

ことある事に飛びついてちゃ、こっちも止めるのをやめちまうぜ。


「嬢ちゃん、よぉ見たら良ぇ身体しちょるのぉ。せやけ、ちょいとテイスティングっちゅうもんさせてくれや。ほんのちょっとやさかい」


なんで人のおっぱい揉む時だけスケベ関西人が出てくるんだよ、このおっぱい星人は。


「姫奈お姉ちゃん……手つき、あっ、エロい。んっ……」


「ええのぉ、若い子の喘ぐ声は。ほな、もっと鳴いてみい」


「やだっ……ねぇ、お願い。あんっ……うっ……」


もう顔までオッサンになってるよ、東雲さん。

あなた、さっきまでお嬢様モード入ってたのに、この落差まじでエグいぞ。

てか、マジもんのお嬢様ってのは驚いたけど、こうも本性がこんな感じだと、東雲財閥のご令嬢様ってのが嘘に思えてくるな。

そろそろ止めるか。

千夜の顔も完全とろけちゃってるし。


「おい、東雲。終わり」


俺は東雲にチョップを食らわす。


「まだまだ夜はこれからやでぇ!!……あうっ」


チョップされた頭を抑え、涙目になりながら俺を睨む東雲。

そんな顔したってダメですよ。

終わりは終わり。

毎回こんなの見させられてる俺の気持ちにもなってくれ。


「酷いのだ! 千夜ちゃんのまだ足りないのだ!夏夜、貴様!」


「あのな!お前、人の妹になにしてんだよ。ちょっとは遠慮ってもんをしろよ!あと、本性出てるからな?おっぱい星人」


「誰がおっぱい星人だ!」


お前だよ。

ったく、これじゃ埒が明かないわ。

てか、夕飯も食べ終わったし、そろそろ東雲を駅まで送らないとな。


「姫奈お姉ちゃん……もう、こんなこと、しちゃだめだよ……。私、おかしくなっちゃう……」


「ほう嬢ちゃん、ほんなら次は限界を超えてもらおうかのう……あうっ」


「ばか言うな。有紗だけにしとけ」


俺は尽かさず東雲に再度チョップを入れた。

ったく……本当にしそうだから気をつけないと。

でも驚きだ。千夜がお姉ちゃんと言っただけで本性が丸出しになるとは。

もしかしたらだけど、東雲には妹がいないのだろう。

だとしても、トリガーがそこになるのは東雲さん、あなた案外ちょろいですね?

俺は席から立つと、東雲の荷物を持って出口に向かう。


「東雲、もう遅い時間だから、駅まで送るよ」


「その心配は要らないぞ。使いが迎えに来る!」


あら、意外と手際が良いのね。

すると、出入口のドアが開く。

俺はその方向に目を向けると、1人の女性が立っていた。

栗色でセミロングの髪の毛、身長は170センチといったところか、女性にしては高身長で、スーツを着ている。


「夜分遅くに申し訳ございません。姫奈お嬢様のお迎えに参りました、私、専属の執事、坂口と申します」


女性なのに執事か。

普通だったらメイドなのだが、そこの細かい所は気にしなくていいだろう。

坂口さんが現れると、東雲はトコトコと彼女の元へ向かう。

俺は坂口さんに東雲の荷物を渡した。


「ありがとうございます。お嬢様、お帰りの用意が出来ましたので、ご移動をお願い致します」


「申し訳ない、坂口。では帰るとしよう」


いつも見ているお嬢様モードに戻る東雲。

こうして見ると、やっぱり本物のお嬢様なんだな。


「あ、そういえば夏夜くん、お代はどうすればいいですか?」


「あー、いいよ。そんなの受け取れないし」


「それは参りません。おいくらですか?」


横からすっと坂口さんが入ってくる。

胸ポケットから財布を取り出すが、いくらだろうか、1万円札の束を取り出すではないか。

あの海鮮丼にそこまでの価値ないっすよ。


「坂口さん、それは受け取れません。懐に戻してください」


「いいえ、お食事をご馳走頂いたうえに、上着まで貸して頂いたのです。我々も受け取ってもらわないと困ります」


お堅い人だなぁ。

ホントに要らないのに。

俺が受け取りを拒否ると、坂口さんは渋々お金を懐に戻した。


「では、いつかお礼をさせて頂きますね」


「気が向いたらでいいですから」


そういうと、坂口さんは先に行ってしまった。

東雲も歩き出すが、足を止めて踵を返す。


「なぁ夏夜、今日はありがとな!」


「おう、また明日」


「また明日!おやすみ!」


そういうと東雲は坂口さんの後を追うように去っていった。

喫茶店は嵐が過ぎ去ったかのように静まり返ってた。

おじさんは食器を洗っていて、千夜は東雲に揉みしだかれて、まだダウンしている。

俺たち日向家は割と明るい家族だけど、ここまで静かに聞こえるのは、一重に東雲という存在がそれ以上に上回っていたという証拠だ。


「お兄ちゃん、姫奈ちゃんって学校だとあんな感じなの?」


ようやく回復した千夜がゆっくりお茶をすすりながら、質問してきた。


「あぁ。親しい仲には厨二病おっぱい星人になるな」


「厨二病おっぱい星人って……。有紗ちゃん大変だね。私はあんなの毎日耐えられないよ」


「そうだな。まあ、それがあいつの個性だって諦めてくれ」


良かったね、東雲さん。

あなたの性癖を個性って言って、庇ってる人が居て。

でも、明日から本当の戦いが始まる。

俺の退学を賭けた戦い。

俺は夜空を見上げ決意を胸に、強く拳を握った。


風紀委員会に入って、1年代表に選定されて暫く月日が経った。

風紀委員の仕事、小テストなど色々やる事が重なって計画を進行させることができなかったが、今日は何も無い日。

ようやく計画を実行できる日がやってきた。

あれから興梠は何も言ってこないし、全部俺に任せるつもりなのだろう。

昼休みになると、俺はすぐさま弁当を取り出す。

いつも昼休みになると俺たちは机を繋げて一緒に昼食をとるのだが、今日は何故か金川先輩もそこに居た。


「金川先輩? 今日はどうしたんですか?」


「ん? 私が居ちゃだめなの?」


そんな純粋な目で見ないでくださいよ。

すげぇかわいいんで。

でも金川先輩がいることに驚きを隠せない、クラスメイトたち。

そりゃそうだ。

聖麗学園を仕切るピラミッドの頂点、生徒会副会長にして風紀委員会委員長の金川彩花かながわあやか先輩だ。

そんな大物が1年のクラスに居たら、嫌でも注目は集まる。


「もしかして、夏夜が進行中の計画についてですか?」


有紗が質問すると、金川先輩は頷いた。

予め、有紗と冬馬にも説明してある。

最初は2人とも憤りを隠せて無かったが、興梠の理想を伝えたら、渋々理解してくれた。

だが、金川先輩はどう思っているのだろう。

なんせこの人は興梠に1番近い存在の人だ。

そんな人が計画の全貌を知らないわけが無い。


「興梠が日向くんに計画を打ち明けてから1週間以上たったじゃない? その間何らかのアクションがあると思ってたから気になってはいたけど、何も報告がないから来ちゃったってわけ」


有紗が反論する。


「金川先輩? こんなこと言うのもあれですけど、私たちはまだ1年ですよ? 夏夜ひとりにこの事を押し付けるなんて、余りにも酷ではないですか?」


「確かに酷ではあるわ。けど、現状この件で確実に計画を遂行できるのは、日向くんしかいないの。それだけは理解してほしいわ」


やはり腑に落ちない。

確実に計画を遂行できるのは俺しか居ないのは疑問だ。

この間の合同委員会で先輩たちに会ったが、決して見た目負けしている人は少なくなかった。

それなのに、計画を遂行出来ないってどういうことだ?

もしかしてだが、見かけ倒しってことはないだろう。


「夏夜だけが計画を遂行できるのはおかしな話。副委員長の大神さんだって居るのに」


冬馬の言う通りだ。

副委員長の大神は筋骨隆々のThe体育会系って感じだし、力勝負になったら、俺が勝てる保証はどこにもない。

だが、喧嘩は筋肉だけじゃないってのは確かだ。

力に頼ることもあるが、実際は駆け引きをして、相手の裏をどれだけ取れるかにかかってる。

真正面から戦うなんて、小学生のちゃちな喧嘩レベルなのだ。


「大神はダメよ。ああ見えて凄く小心者だし、争いごとになるとビビっちゃうんだから。3年のくせにそんなんだから、2年の私に生徒会副会長と風紀委員長を取られるわけ」


金川先輩って2年だったんだ。

なんだか意外だった。

大人っぽくてかわいいし、リーダーシップもあるから、てっきり3年かと。

でもまあ、今の発言で大神が使えないってことはわかった。

あの体躯で大神が使えないって分かったら、あとの奴らも言わずもがなだろう。


「他に使えるやつ居ないんですか?」


俺の質問に、金川先輩は深くため息をつく。


「残念ながら居ないわね。居たら1年の日向くんに頼まないもの」


そりゃそうか。

聞いたのが野暮だったな。

俺はご飯を食べ終わると、弁当箱をカバンにしまい、席を立つ。


「夏夜、どこにいくのだ?」


「今から落第クラス行ってくるわ」


「なら私も行く!」


「それはだめだ。東雲は巻き込めない」


「私も風紀委員だぞ!行くに決まってるじゃないか」


口に出しては言えないが、正直東雲が来てしまうと足でまといだ。

東雲を巻き込みたくないという気持ちもあるが、なんせ行く所は落第クラス。

何が起きるかわからないし、もし争いごとに発展してしまったら、助けが誰も来ない状況で東雲を守りながら戦うのは、現実的に考えて俺でも厳しい。

あんなアナーキーな場所は俺ひとりで充分だ。


「悪ぃな東雲。これは俺ひとりの仕事だ。心配は無用」


「夏夜のばか! 私を頼れ!」


「東雲さん、今回は日向くんを信じてあげて。あなた日向くんみたいに戦えないでしょ?」


「そ、それは! そうだが……」


自分の中で考えて理解してくれたようだ。

ナイスアシストです、金川先輩。

今度食事でも行きましょう。


「あ、夏夜」


俺が教室を出ようとすると、冬馬が呼び止める。

冬馬が俺に寄ってくると、金川先輩も俺に寄ってきた。


「なんかあったら僕を呼んで。って言っても勝手に助けるけど」


「悪ぃな冬馬。多分お前の力が必要になる」


「日向くん、私も何かあったらサポートするね」


「ありがとうございます。金川先輩」


「あとこれ」


金川先輩は俺にノートの切れ端を渡して来た。


「私の連絡先。その……何かあったら連絡できないと……ふ、不便だと思うから……渡しておきます……」


金川先輩顔赤いっすよ?

恥じらう顔可愛くない?

でも、男子に連絡先渡すの慣れてないのかな?

まあ、俺も女の子に連絡先渡すのも、渡されるのも慣れてないけど、この反応、やっぱり金川先輩かわいいっす。

先輩は小走りで東雲たちの所に戻って行った。


「夏夜はモテるね」


「いや、あれは上司の連絡先渡されただけだろ。あと、俺はモテないし、冬馬に言われるとムカつく」


「鈍感か」


常にモテる冬馬くんからそんなこと言われたら、煽りにしか聞こえなくなるからやめて頂きたい。

俺は冬馬と別れると、教室を出て落第クラスに向かうのだが、1人の男が俺の目の前に立ち塞がった。

こっちは急いでんだから、足止めしないでくれると助かるんですけどね。


「日向夏夜やっと見つけたぞ」


俺の前に立ち塞がったのは、いつぞやの相澤なにがしくんだった。

俺にやられた傷が言えてないのか、左腕は包帯が巻かれてて固定されていた。

あらあら、骨折しちゃってたのね。ごめんなさい。


「んだよ、相澤なにがし。俺急いでんだけど」


「話は短いからよく聞け。あと僕は相澤樹あいざわたつきだ!」


あーそうだそうだ、下の名前樹だった。

いや、どうでもいいよ。

そんな敵意剥き出しで睨まれても怖くないよ。


「日向夏夜、金川先輩と何を話してたかは知らないが、僕の彼女にちょっかいを出さないで欲しい!」


「は? どういうこと?」


「だから! 僕の彩花に手を出すなって言ってるんだ!」


え? うそ! なにがしくん、金川先輩と付き合ってんの!?

まじか、え。ショックなんだけど。

俺、金川先輩のこと良いなって思ってたから、まじでキツい。

こんな奴と金川先輩付き合ってんの?

じゃあ俺、この間彼氏ボコったことになるじゃん。

でもなんで金川先輩報復してこないの?

普通彼氏やられたら、ビンタの1つしてくるじゃん。

そんなことどうでもいいけど、なんかショックで立ち直れないかもー。


「なにがしくん、金川先輩と付き合ってんの?」


「僕の名前は相澤樹だ!覚えろ!」


「うん、だからさ、付き合ってんの?」


「名前覚えたか!?」


「だーかーら、付き合ってんの? 金川先輩と」


「そ、そりゃ、もちろん……その予定……」


「あ?」


その予定……?

てことは、付き合ってないってことだよね?

予定ってことは、こいつは金川先輩が好きで、今日たまたま俺たちと昼食を食べてるとこを見てしまったから、嫉妬心に駆られて、わざわざ俺に忠告して来たってことだよね?

俺の彼女って、騙ってまで。

それってさ、ダサくね?

俺は無言でなにがしくんを睨みながら詰め寄る。

なにがしくんは冷や汗を垂らしながら後ずさりする。


「お前さ、金川先輩と付き合ってないのに、俺の彼女とか、オンナとか言ってんの? それって俺と金川先輩が喋ってたの見て嫉妬したから、嘘まで言って牽制したってことだよね?」


「そ、それのどこが悪いんだ! これから僕の彼女になるんだから、関係ないだろ!」


「きもっ」


「はうぅぅぅうっっ!!!」


なにがしくんは膝から崩れ落ちる。

実際にダサいしキモいから心の声が漏れてしまったってのもあるけど。

イケメンのくせに性格残念とか終わってるな。

ホントにこいつが1年代表に選ばれなくてよかったよ。

俺は崩れ落ちたなにがしくんを見向きもせず歩き出す。


「どこへ行く! 日向夏夜」


「どこでもいいだろ。お前には関係ない」


俺はなにがしくんの声を気にも止めず、その場を去った。

ったく、何が言いたいのかよく分かんなかったけど、とりあえず心の中で誓ったのは、俺は絶対にあいつに金川先輩を渡さないと誓ったのであった。



「ここが落第クラスか……」


俺が足を運んだのは、落第クラスがある旧校舎だった。

落第クラスが隔離された場所にあるってのは聞いていたが、まさかこんな古びた旧校舎を使ってるなんて。

戦後日本で聖麗学園の前身、聖麗塾だったころの校舎でここで多くの塾生を輩出した場所。

当時の教育レベルでは高水準だった聖麗塾は、全国から多くの塾生が門戸を叩き、人数が爆発的に拡大。

そして高度経済成長期前に聖麗学園と形を変え、現在に至る。

その時に今俺らが使ってる校舎が出来たのだが、年々改築とメンテナンスを行い、新築同様の校舎に見えるので、にわかにも年季のある学校と思えずらいのが面白いところだ。

旧校舎は1階建てで横長に教室がある。

落第した各学年ごとに教室は別れているが、もちろん1年のクラスは誰も居ない。

他の空き教室は使わなくなった備品、机椅子などがテキトーに放置されていた。

今日俺がここに来た目的は、喧嘩を仕掛けるというよりかは、しっかりと下火を付けに来た形だ。

まあ、いきなり喧嘩になる可能性は十分にあるのだが、どうせ勉強についていけなくなって落第した落ちこぼれの集団だ。

喧嘩の腕っ節なら誰にも負けない。

珍しくメガネをかけた俺は、まず勢い良く2年の教室のドアを開けた。

ドアを開けた瞬間、中に居る人間は俺に注目する。


「誰だよあんた」


「おい、ここのクラスで仕切りやってるやつはいるか?」


「あ? そんな奴居ねーけど。てかてめぇ誰だつってんだよ」


いかにもグレちゃった男が俺に詰め寄り胸ぐらを掴む。

力は弱いし、イキってるだけ。

まあ、ここは何もせず付き合ってあげるか。


「風紀委員会で生徒会1年代表日向夏夜だ」


「おっと、エリートさんがこんなとこになんの用だよ。ここはてめえみたいのが来る場所じゃねえぞ!」


あらあら、どこぞのスジモンみたいな威嚇の仕方しちゃって。せいぜいチンピラ程度ってとこですかね。

俺は両手を挙げた。


「ちょっとー、そんないきなり胸ぐら掴まないでよ。怖いじゃん。俺は話に来ただけ」


「お前よ、先輩に対して口の聞き方なってねえんじゃねえの? 舐めんじゃねえぞ」


「あらあら、すみません。落ちこぼれの連中に敬語なんて必要無いと思ってたのでー」


俺がそう言った瞬間、ゾロゾロと集まってくる。

あながち間違いでは無いのでそんな事で怒らないで欲しいのだが、旧校舎で好き勝手やって見放されてる奴らなんだから、落ちこぼれってのは否定できないだろ。

でもさすが、腐ってもエリート学園の生徒。

そこら辺のプライドはまだ持ち合わせていたか。


「先輩たち、こんなとこで日々時間を潰すだけなら、勉強しましょうよ。確かに自習ばっかりで大変なのは分かりますけど、勉強してテストで良い点数取らないと、元の場所に戻れませんよー」


「てめぇ! 俺らのこと何も知らねえくせに、知ったようなクチ聞いてんじゃねえよ!」


俺の胸ぐらを掴んでた奴は頬に右ストレートをかましてきた。

別に痛くはないのだが、せめて顎を狙ってくれれば上手く倒れる芝居が出来たのに。

俺は微動だにせず、頬を抑えて痛がる素振りをした。


「なにするんすかー! 痛いじゃないですかー! 暴力反対」


「は? なに温いこと言ってんだよ。ここはな、何しても許される場所なんだよ。例えてめえが大きな声で叫んでも、誰も助けに来ねえからな!」


やっぱり東雲を連れて来なくてよかった。

でも、ここで手をあげてしまえば、下火どころか大火事になりかねない。

それでも良いんだが、やっぱり当初の予定は守らないと。


「またまた!そんな事ないって!誰かぁ!たすけてぇぇ!」


シーンとするクラス。

誰かが助けることも、廊下から駆けつける音もしない。

そんなの分かってることだが、これで奴らも調子づく

教室中が笑いの渦に包まれた。


「んだよ!こいつ! おもしれえ! こんな奴が1年代表かよ。聖麗も終わったなぁ!!」


「怖くなって助け呼んだって、本校舎から離れてんだから誰も来ないに決まってるだろ。バカも休み休みにしろって!」


分かっていたけど、ここまでバカにされるとちょっとイラって来るのは気のせいですかね?

今凄くコイツらを地べたに這いずらせたい。


「さてと、ようやくご理解頂けたので、君はこれから僕たちのおもちゃになりまーす」


「おい、取り抑えろ」


他の奴ら2人が俺の背後に周り、羽交い締めにしてきた。

ちょっとばかしの抵抗をするが、もちろん解こうと思えば解ける。

だが、俺は素直に拘束された。

すると、鳩尾みぞおちにパンチが繰り出される。

力入れてるから痛くないけど、鳩尾はちょっとキツい。

何度も何度もパンチを入れてくる。

同時に俺のイライラのゲージも上がってくる。


「天下の生徒会もこんなもんですか。あーあ、飛んだ肩透かしですねぇ!!勝手に旧校舎来て喧嘩ふっかけて来て、蓋開けたらボコボコにされてやんの!バカかてめえは!」


我慢、我慢だ俺。

蓄積された痛みで顔も歪んでくる。

力も抜けて来て足に感覚が無くなってきた。

最後に右ストレートを頬に食らった俺は、その場に倒れ込んだ。

倒れ込んだ俺を見て、クラスの連中はまた大笑いする。


「おい、わかったか? お前みたいな奴が来て良い場所じゃねえんだよ。分かったらさっさと帰りやがれ!」


倒れ込んだ俺の腹に蹴りを入れると、そのまま教室の奥に引っ込んでしまった。

良し、これで予定通り下火は付けた。

俺は立ち上がると教室を後にする。

鳩尾を押さえて歩き、唇をなぞると、薄らと血が垂れていた。

好き放題やりやがって。

抵抗しなかったらここまでやるのかよ。

喧嘩じゃなく、一方的なリンチだから負けたことにはならないけど、やられっぱなしってこんなに悔しいのね。


「いやいや、派手なやられっぷりだったね。日向くん」


「なんだ、居たのか」


声がする方向に顔を向けるとそこには、腕を組みながら壁にもたれかかっている興梠が居た。

なんでここに居たのかは不明だが、おそらく金川先輩から話は聞いてるのだろう。


「しかし、君がやり返さないなんて、珍しいこともあるんですね」


「バカ言うなよ。今日は下火を付けに来ただけだ。相手を伸すことが目的じゃねえ」


「確かに。いきなり喧嘩に発展したら、警戒されるのがオチですからね」


「分かってるなら余計なこと言うな」


つくづく人の神経を逆撫でする男だ。

俺はかけていたメガネを外し、興梠に渡す。


「これに全部映ってる。あとは好きにしろ」


「ご苦労様。初回にしては上々の立ち上がりだ」


実は俺が装着していたメガネには、マイクロカメラが仕込まれており、さっき起こった一部始終を録画していたのだ。

そのため手を出すことをしなかったのだが、これも興梠の指示である。

ただ手を出すなとは言われてなかったが、このメガネを渡されて、大方の予想はついていた。

この動画を証拠とし、手をあげてきた連中をこの学園から追い出すなんて、やっていることは騙し討ちと一緒だ。

でも、ここまでしないと無法地帯と化した落第クラスを一掃することはできないし、何よりこのやり方が1番効率が良い。

そして、明日以降に退学者が出た場合、このやり方が通じなくなるのも目に見えている。

一辺倒な策ではあるが、この後のやり方はどうする気だろうか。


「んで、明日以降はどうする。同じ手は使えないぞ」


「まあ待ちたまえ。次の実行は、今日君に暴行を加えた生徒たちが粛清されてから君に指示するよ」


粛清……ね。

穏やかな言葉では無いが、時間が無い興梠にとっては形振りは構ってられない。

興梠の生徒会長としての任期は、一学期の修了まで。

それまでに落第クラスの人間全員を退学させ、システムを作り変えなきゃいけない。

しかも、一学期が修了する2週間前には生徒総会があり、そこで学校規則の改定やらなんやらが行われる。

丸1日を使って行われる生徒総会は、興梠にとっては最後の大仕事であり、計画の最終段階が実行される日であるのだ。


「んじゃ、俺は戻る」


「そうか、お疲れ様。今後も期待してるよ、日向夏夜くん」


「期待すんな。なんであんたの角行鬼にならなきゃいけないんだか」


「だとしたら、私は安倍晴明ですね」



教室に戻ると、真っ先に東雲が俺の方に向かってきた。

心配そうな面持ちで見る東雲。

俺は東雲の頭をクシャクシャと撫でた。


「ただいま。何ともなかったよ」


「何ともなかったって、どれだけ心配したと思ってるんだ!」


「んな、心配されるような事はしてねえよ」


俺の存在に気づいた有紗と冬馬も俺に近寄ってくる。

有紗は俺の顔近づくや、右手で俺の顎を持った。

え? これ、いきなりアゴクイされてます??

有紗さん、あなたそんなに大胆な方でしたっけ?

いや、体型はかなり大胆なお方ですけど! いやそうじゃなくて、顔も近い!いい匂い! そして美人すぎる!


「夏夜、血が出てるわよ。あなた、口を切ると醤油とかの酸味系が滲みるから気をつけてね」


「お、おう……」


そう言うと、有紗は俺の口元をハンカチで拭いてくれた。

おい、断じてキスなんか期待してねえぞ。

期待してねえからな!


「でもごめんな、みんな。心配かけて」


「全くだ!怪我までしてきおって、一体なにをしてたんだ」


一緒に行くのを拒否られた東雲は、大層ご立腹の様子だった。

仕方ないだろう。あの状況で東雲を同行させても東雲は何も出来ないし、逆に敵の標的になってしまう。

東雲を守りながら戦うってなると、確実に手をあげてしまうことにもなるからな。

実際に今日は、最初の下火として、暴行の一部始終を録画し、暴行を働いたものを退学にする計画だ。

退学に追いやることができれば、落第クラスの人間たちも、自分たちがいる場所も狼藉を働けば退学になるという恐怖心、そして、俺に対するヘイトを集めることができる。

あとは、興梠から聞いた話だが、裏で落第クラスを仕切ってる奴を炙り出すこと。

それが出来れば、計画はほぼ成功と、興梠は言っていた。

首尾としては上々だが、今後すんなりと上手くいくとは限らない。

裏で仕切ってる奴が出てくれば、苦戦を強いられるだろう。

気を引き締めないとな。


「東雲、俺はお前を遠ざけたくてやってる訳じゃない。現に俺は怪我して帰ってきた。ってことは俺がボコられたってことだろ? そこにもし東雲が居たらって考えたら、何人も居る相手に対して、東雲を守りながら戦うなんて無理なんだよ。だから分かってくれ」


「そこまで言うなら、納得するが……。次は私も連れてけ!」


「それはダメだ」


「どうしてだ!」


「東雲が行くにしては、あまりにも危険すぎる」


「大丈夫だ!私の心配はしなくていい!」


ダメだ。

俺の言うことなんて1つも聞いちゃいない。

たまに居るんだよな。

自分は弱いくせに、仲間が強いと自分も強くなった気になるやつ。

虎の威を借る狐って言葉が1番しっくりくるが、正にそんな状態が東雲だ。

確かに俺は喧嘩が強い。

誰にも負けたことはない。

でも、東雲は違う。

東雲財閥のご令嬢で、おそらく……いや、確実に喧嘩とは無縁の世界で生きてきた。

身体は華奢だし、筋力も無い。

そんな子があの無法地帯に行ってみろ?

カッコウの餌なのだ。

ここは強く言わないとな。

東雲の為にならない。

そして、この件に関わらせたくない。

自分の口から遠ざけてないと言ったが、あれは嘘だ。

俺がこの計画を失敗したら、もしかしたら東雲も退学になる危険性がある。そんなリスクを背負ってるのに、東雲に顔向けできない。


「東雲、喧嘩したことあるか?」


「も、もちろん!あるぞ!」


「そこらの痴話喧嘩じゃねえぞ」


東雲は俺の気迫に押されたのか、一歩後ずさりする。

はたから見たら俺は悪者だ。

でもそれでも構わない。

東雲の為になるなら、鬼にでも蛇にでもなる。


「俺が言ってるのは、殴り合いの喧嘩だ。命のやり取りだ。それを東雲、お前はしたことあんのかって聞いてんだよ」


「ちょ、ちょっと夏夜、姫奈ちゃんにそんな分かりきったこと……」


有紗の言葉を、冬馬が制止する。


「有紗、大事なことだよ。止めちゃだめ」


さすが冬馬は分かってる。


「言え、東雲」


「もう……いい……」


「あ? 聞こえねえよ」


「もういいって言ってるの! 夏夜のバカ!」


東雲の目には大粒の涙が零れていた。

俺を睨むと、東雲は教室から飛び出して行く。

なんのこと?と周りのクラスメイトたちは俺に注目するが、東雲が泣きながらクラスを飛び出すのを見て、ヒソヒソ話を始める。

どいつもこいつも好き勝手しやがって。

俺の苦労なんて、誰も理解してねえ。

するといきなり、俺の頬に平手が舞い込んで、パチンと乾いた音が鳴った。

有紗だった。

有紗が怒りに満ちた表情で俺を見る。


「夏夜、あなたサイテーよ」


そう言葉を吐き捨てると、有紗も東雲を追って教室から出て行った。

高校に入ってから色んな人に叩かれたり殴られたりしてるな。

落第クラスの奴らから受けた暴力よりも、有紗のビンタのほうがよっぽど痛かった。

どうして誰も理解してくれないんだ。

東雲も東雲だ。

目に見えた恐怖がありながら、何故自ら危険に身を晒そうとする。

俺を助けてくれるのは嬉しい。

でも、一度冷静に考えてみれば、もしあのまま着いて来ていたら、自分じゃ対処できない事態まで発展していたってことが想像出来なかったのか?

これは決して面白半分で遂行してはいけない計画なのだ。

だから東雲は巻き込めない。

東雲の将来のためにも。


「夏夜、君の気持ちは良く分かるよ」


「悪ぃな、冬馬」


「ううん。東雲さんを巻き込みたくないんだよね」


「あぁ。東雲には、この計画は荷が重すぎる」


「そうだね。あとできちんと有紗に言っておくよ」


冬馬は全てを理解してくれてる。

本当は冬馬自身だって、俺に加勢して一緒に戦いたいって思ってるはずだ。

俺と冬馬は小さい頃からの幼なじみだ。

いつだって行動を共にしてきた。

俺が暴走しそうになると、いつも止めてくれた。

だから、俺の良き相棒でもある。

冬馬が居なかったら、今頃俺はこの世に居ないかもな。

それくらい大事な時に駆けつけてくれるし、のんびりマイペースに見えて喧嘩も強い。

喧嘩の仕方は俺が教えたんだけどね。


「でもさっきの夏夜、怖かったよ。東雲さん可哀想。ちゃんと謝ってね」


「は? そんなに怖かったか?」


「女の子にあの睨み方は良くないよ」


「ごめん。気をつける」


昼休み終了のチャイムが鳴った。

それに合わせて俺と冬馬は席に着くが、戻ってきた東雲は俺と目を合わせてくれなかった。

どうやら、相当心に来たようだな。

話しかけるなオーラが出てるし……。

まあ、いいか。

タイミングを見て、その時に謝ろう。

そう心の中で決意し、昼休み後の授業が始まった。




それから2日の月日が流れ、今日は木曜日。

生徒にとっては1番ダルい曜日だ。

まだあと1日も学校があるのかと考えてしまい、気分は憂鬱になってしまう。

あれから東雲とは口を利いてなく、何だかんだで気まずさも残ってしまう。

有紗も俺には怒ってるらしく、すれ違っては睨み付けられる始末だ。

今日は風紀委員会があるから、それまでに謝罪しないと。

そう考え込みながら歩いていると、昇降口の左手側にある学校掲示板に人だかりが出来ていた。

後ろから冬馬もやってくる。


「夏夜、おはよう」


「おはよ、冬馬。これなんなんだ?」


「僕も今来たところだから、なんの騒ぎなのか分からないね。もしかしたら、何か学校で良くないことが起きたのかな?」


俺と冬馬も掲示板の方に向かって行く。

人混みをかき分けて進んで行くと、掲示板には、1つの通達が貼ってあった。

俺は通達の内容を読む。


「あぁ、この間夏夜が旧校舎に行った時の件だね」


「興梠……。マジで退学にしやがったな」


そこにはこう書かれてあった。

旧校舎2年教室において発生した校則違反について、

先日、風紀委員会兼生徒会1年代表の日向夏夜が見回りの為、旧校舎を巡回中、旧校舎の2年生が1年代表に対し集団で暴行を行った。共に巡回を行っていた1年生の報告により、件が発覚。本校生徒会は厳正なる聞き取りの結果、旧校舎2年生以下5名を退学に処す。


目の前に居るのが俺だと気づくと、みんなは後ずさりして去っていく。

校舎に入って行き、廊下を歩いても、階段を登っても、教室に入って椅子に座っても、人の視線とヒソヒソ話が目に映る。

仕方の無いことだ。

これまで無法地帯だった落第クラスに、テコ入れをしたんだ。

そりゃ、人の目は全て俺に向けられる。うざいけど。

落第クラスの奴らからしたら自分たちの楽園に、余所者が勝手に土足で入って無差別に殺されてるのと一緒だ。

何がおかしい、何が悪い。

事情を知らなければ俺はただの被害者で、加害者は校則に則って退学になっただけだ。

それの何がいけない?

でも、心の奥底から、そんなこと思えなかった。

だって、騙し討ちして退学に追いやっただけなのだから。

遅かれ早かれ卒業式前日になれば、落第クラスの連中は退学になるけど、それが今日に早まって退学させられただけ。

自分でも訳が分からなくなるくらい、頭が混乱していた。

するといきなり校内放送が入った。


「1年代表の日向夏夜くん、至急生徒会室にお越しください。繰り返します……」


声の主は金川先輩だ。

正直助かった。これ以上人の目に晒されて居ては、俺自身どうにかなりそうだった。


「冬馬、行ってくるわ」


「行ってらー」


俺は教室を出ると、そのまま生徒会室に向かった。

その道中でもやはり、人の目は俺に集中するのであった。


生徒会室に入ると、興梠、金川先輩、大神が座って待っていた。

会計の人が居ないけど、気にしないでおこう。


「おはよう、日向くん。一躍学校の有名人だね」


興梠がニヤついた表情で俺を見てくる。

俺はそんな興梠を意に返さず椅子に座る。

大神は満足そうな顔をしていて、金川先輩は平常運転だ。


「んで、なんの用だよ」


「いきなり本題に入るなんて、君もせっかちだねぇ」


「いいから話せ、興梠」


「んじゃ、話をしよう。金川くん、よろしく」


本題を丸投げされた金川先輩は深いため息をつく。

そして、おもむろに話始めた。


「今回の退学者の件についてだけど、日向くんよくやってくれたわ。感謝するわ」


「感謝って、人の人生台無しにしたんだ。その言葉は相応しくないですよ、金川先輩」


「そ、それはそうね……」


「まあ、良いじゃねえか。遅かれ早かれ、あいつら落ちこぼれは卒業式前日に退学になるんだ。人生見つめ直すって機会を与えたって考えれば、日向のやったことは賞賛されるぜ」


うるせーよ。大神。

見てくれだけの奴に言われると腹が立つ。


「それで、今回は5人の退学者を出した訳だけど、今月中に楽落第クラスの2年生を全員退学にしてほしい。決して簡単なことじゃないけど、日向くん、やってくれるわよね?」


やらなきゃ退学だからな。

そんな確認しなくたって、やるもんはやるよ。

しかしまぁ、今月中に2年全員を退学させるなんて、酷なこと言うよ、金川先輩。

2年クラスにあと20人ほどは居るってのに、あとの2年全員を退学にさせるとか、無茶ぶりにも程がある。


「やってくれるかい? 日向夏夜くん」


「興梠、やらきゃ退学にするくせに、いちいち確認してんじゃねえよ」


「はははっ!期待してるよ、日向くん」


生徒会室を出ると、俺は深いため息をついた。

誰かの人生を潰すことをして、本当にこんなことをしてもいいのだろうか。

でも、やらなければ俺自身が退学させられる状況で、やらない選択肢は無い。

心の中は葛藤だらけで、こんなことなら喧嘩に明け暮れてる時の方が何も考えず楽だったかもしれない。

興梠に好きなように扱われて、俺の気持ちはそっちのけ。

歯向かえば東雲が巻き添えを食らうし、誰かを傷つけずに解決するなんて、今の俺には思い浮かばない。

また酷くため息をついた。

教室に戻ろうとした瞬間、生徒会室のドアが開く。

興梠が出てきた。


「まだ居てくれて助かったよ」


「なんの用だよ」


「今日君は午後の授業は参加せずに、旧校舎に向かってくれ。先生方には許可を取ってある」


それは即ち、俺に計画を実行しろという命令だ。

自分だけ高みの見物をしやがって。

興梠は俺にペンを手渡す。


「なんだよこれ」


「マイクロカメラを仕込んだボールペンだ。押すと勝手に録画を開始するんだが、今日はこれで撮影をして欲しい」


興梠は俺の胸ポケットにペンを差し込む。

ペンを差し込むと、いつにも無く真剣な表情になった。


「わかってると思うが、今日で2年を掃討できれば3年が出てくる。必ず裏で仕切ってる奴をあぶり出して欲しい」


「質問いいか?」


「なんだい?」


「生徒会長のあんたが、なんで裏で仕切ってる奴を把握してねえんだよ。あんたなら調べれば分かるはずだろ」


興梠レベルの人間だと、このことは知っていて当然だと思っていた。

だが、彼は仕切ってる人間を炙り出せと言っている。

興梠は顔をしかめた。


「私だって調べたさ。しかし、落第クラスと言っても腐ってもエリート学園の生徒だ。隠し通そうと思えば、私でも暴くことは難しい」


「何のための生徒会と風紀委員会だよ」


「仕方ないさ。生徒会と風紀委員なんて、出世コースの踏み台なのだから。君みたいに出世に無欲で喧嘩の強い人間は稀なのだよ」


興梠の言ってることに妙に納得してしまった。

相澤みたいな奴が特殊なのは頷けるが、他を見れば己の出世の為に会に入った奴ばかりだ。

そこで俺が矢面に立たされることは、決まっていたことなのだ。

だから興梠は俺を風紀委員に指名してきた。

けど東雲は? なぜ彼女も風紀委員になる必要性がある。

この間聞けなかったことを、俺は興梠に聞こうとした。

だが、ここで予鈴が鳴ってしまう。

大神と金川先輩も生徒会室から出てくる。


「さ、もうそろそろ授業が始まるねぇ。私はここで失礼するよ」


「がんばれよ!日向!」


「日向くん、無理しないでね?」


金川先輩の上目遣いサイコーです!

あの2人はマジで要らねえ……。

俺も早く教室に戻ろ。

俺は足早に教室へと戻って行った。




「夏夜おかえり」


「おう、冬馬」


俺が教室に入ると、俺以外のクラスメイトは椅子に座り、教科書とノートを広げて勉強をしていた。

今となっては見慣れた光景なのだが、さすがはエリート学園。

少しの時間でも勉強に充てるなんて、エリートにも程があるぜ。

俺は横をチラッと見ると、東雲もペンを走らせて勉強をしていた。

いつもの事ながら俺に怒ってるから見向きもしない。

早く謝らなきゃな……。


「んで、生徒会とは何話してたの?」


「ん?あぁ。今日また計画を実行する」


「時間はいつなの?」


「午後の授業の時だな。手が早いのかなんなのか、先生には許可を取ってるらしいぜ」


ピクっと東雲がこっちを見た気がしたが、おそらく気のせいだろう。

俺は冬馬との話を続ける。


「とりあえず、またひとりで行くことになったから少々不安だけどな。でも、何事も無く帰ってくるよ」


「そう。ならいいけど、無理しないでね」


本当は冬馬にも来て欲しい。

それくらい今回の任務は厳しいものになるからだ。

5人の生徒を退学に追いやった奴が、ノコノコとまた同じ場所に戻ってくるのだ。

残された奴らからしたら報復だって辞さないはず。

いや、必ず報復してくる。

先生も来なければ、監視カメラも無い旧校舎で、何が起こってもおかしくないからだ。

2年全員からリンチを食らってしまう危険性だってあるし、もしかしたら、仕切ってる奴が出てくるかもしれない。

病院送りが優しいボーダーになるだろうな……。

とりあえず、自分自身の安全を祈っとこ。アーメン。


昼休みになると、俺は早めに昼食を済ませ、教室を後にした。

妙な緊張感が心の中をこだまする。

心を落ち着かせようと深呼吸すると、目の前にはまたあの男が立ちはだかった。


「またお前かよ、相澤なにがし」


「樹だ!た!つ!き!」


「悪ぃ悪ぃ、俺ヒマじゃないんだ」


相澤を軽くあしらって過ぎ去ろうとするが、相澤は俺の腕を掴んで離さない。

俺は相澤を鋭く睨んだ。


「なんだよ。まだ俺と殺るつもりか?」


だが、相澤の目は怯んでなかった。

寧ろ、仲間意識があるような目つきで俺を見る。

そういえば、こいつ俺が負わせた怪我治ってたんだな。

あれからそんなに日は経ってないのだが、骨が折れたりの重傷にならなかったのは幸いだ。


「まあまあ、名前を覚えないのは水に流してやる。だが、話は聞いた。また落第クラスに行くのだろ?」


「どこからその情報仕入れたんだよ」


「僕の情報力を舐めないで頂きたい。バッタリ廊下で聞いてしまったってのが最大の理由だがね」


あーあ、それ言わなければこいつもやるなって思ったのに。

やっぱりこいつも何かと単細胞のおバカさんだったのね、相澤なにがしくん。

最も、こいつは金川先輩にゾッコンだし、先輩に会いに行く途中で思わぬ副産物を手に入れたって感じだな。

でも、ノゾキはだめだよ?

生徒会室で行われた会話だもん。

お巡りさん、ここです。


「それで? 何しに来た。お前には関係無いし、このことは誰にも言うな」


「だめだね。話を聞いてしまった以上、僕も一枚噛ませてもらうよ?」


バカかこいつ。

そんなことをしても死にに行くようなものなのに、何故こんなバカげたことに志願して行くんだ。

いや、待てよ。

このバカの事だ。

今回の事で、落第クラスかなり警戒しているってことは、どんなバカでもそこまでの考えに至るだろう。

そうしたらこんな短いスパンでまた落第クラスに行くっていうことはしたくないし、普通しない。

集団でリンチをくらっておしまいだからだ。

だが、こいつは一緒に行くのを志願した。

なら考えられるのは一つ。


「お前、金川先輩にアピールしようとしてるだろ」


「は!? べ、べ、べ、別にそんなつもりはない!」


「言い切れるか?」


「い、言い切れ……ないが、言い切れる」


どっちだよ……。

深いため息が零れた。

まあ、どっちでも良いけど、そんな不純な動機がある人間は連れてけない。

何せ喧嘩をしに行くわけじゃない。

一方的にボコられて証拠を押えるだけなのだから。

もし、命の危険に陥ったとしても、俺は難を逃れることはできるが、相澤は無理だ。

こいつと喧嘩したから分かる。

相澤はアスリートであって、喧嘩の仕方が分からないのだ。

汚い手を使ってでも勝つという手段を知らないし、プライドや自尊心が高く、それを傷つけられると暴走するのがネックだ。

まあ、俺も人のことを言えたタチではないがな。


「あのな、遊びに行くわけじゃねえんだ。冷やかしなら帰ってくれ。あと、俺の邪魔をするな」


「君がそんなことを言っても僕は付いて行くよ」


「お前、死ぬぞ? 一切手は出せねえんだからな?」


「分かってるさ。なんならダメージを負う量を分散させれば君も大怪我をせずに済むだろ?」


「お人好しかよ。お前の芸能活動に支障がでても知らねえからな」


「それも覚悟の上さ」


本当に知らないからな。

俺は俺の任務を遂行するだけだ。

正直、こいつがどうなろうと知ったこっちゃない。

俺と相澤は落第クラスがある旧校舎に向かった。



旧校舎に着くと、いつもより禍々しい雰囲気に包まれていた。

旧校舎の廊下を歩くが、人影は一切見当たらない。

むしろ本当に人が居るのかと思うレベルで静寂に包まれているし、俺たちの歩く足音だけが廊下をこだました。


「なあ日向、落第クラスの奴ら今日は学校に来てないんじゃないか?」


「いや、それは有り得ねえ。出席名簿は確認してる」


この学校の風紀委員の特権として、全クラスの出席状況を把握できる権利がある。

もちろんそれは、落第クラスの出席状況を把握することができて、2時間目が終わった後に職員室で把握済みだ。

2、3年ともに休んでいる生徒は1人も居ない。

やがて2年の教室の前に立ち、ドアを開けると、そこには武装した2年生が待ち構えてた。

リーダーらしき奴が前に出てくる。


「待ってたぜ日向夏夜。今日はしっかりお礼させてもらうからなぁぁぁあ!!!」


やべ、結構マズい状況かも……。

俺1人で来てたら、マジで人生終わってたかもな。

チラッと相澤を見るが、正直この状況、相澤でも不安の表情を隠しきれてなかった。


「相澤、お前は逃げろ。まだ間に合う」


「ごめん、そうもいかないや」


後ろには武装した2年生がゾロゾロと出てきた。

一体どこに隠れてたんだよと思うが、今はそんなこと悠長に考えてる暇は無い。


「さて、日向。言い残したことはあるか?」


「退学おめでとうございます」


「舐めやがって……。お前らやれ!!!!」


2年生が一斉に襲いかかって来た。

俺と相澤はすぐ分断されて、2年生の攻撃を避ける。

実際は避けるのに精一杯で、気を抜いたらすぐさま袋叩きだ。

だが、避けるのにも限度がある。

俺は羽交い締めにされて、腹に何度も鉄パイプをたたきこまれる。

両足も何度も殴打されて、足の感覚が無くなってきた。


「おい、これがてめえの実力か? やり返してこいよ!」


「はぁ? こんなの全然痛くねえよ」


「その割には結構苦悶の表情浮かべてるじゃねえか!」


2年生の攻撃は止まない。

チラッと相澤を確認するが、相澤も同じ状況で、鼻と口から出血していた。

相澤だけでも逃がさないと。

俺は羽交い締めにしてるやつを振り切り、相澤を押さえつけているやつを無理矢理引き剥がす。


「逃げろ!相澤! そして応援を頼め! この場は俺がなんとかする!」


「そんな……こと言って……自分が、手柄を、独り、占め、するだけだろ……」


だめだ、もう相澤には逃げる体力も気力も無い。

その場で相澤はヘタレこんでしまった。

俺は相澤を立たせようとするが、後ろから容赦なく鉄パイプを打ち込まれる。

どんどん痛みは増して行き、俺も立ってるのがやっとになってきた。


相澤から引き剥がされて、俺は教室の真ん中に倒れ込んだ。

至る所から蹴りが繰り出されて、意識が遠のいていく。

さすがにこれはキツいや。

間違いなくこいつらは退学になるけど、それと引き換えに俺の命って重くないですか?

これだけやられて反撃したら正当防衛は成立するけど、興梠から反撃していいという指示は貰ってない。

いや、手を出すなという指示も貰ってないから、反撃して良かったのかな?

うわ、もう分かんねえ。

とりあえず言えるのは、今から反撃したところで、ボロボロの身体でこの全員を相手にするのは無理だ。

意識が薄れる中、一人の女の子の大声が聞こえた。

幻聴かな? 東雲っぽい子の声聞こえるけど。

そういや、東雲に謝ってなかったな。

ちゃんと謝ればよかった。ごめんって。

有紗にも冬馬にも謝ればよかった。

なんだよ、後悔だらけじゃん。

楽しいスクールライフなんて俺には無縁の世界だったよ。

千夜もおじさんも母ちゃんも、こんな俺でごめん。


「やめてえええええええ!!!!!!!!!」


その大声で2年生の攻撃は止んだ。

むしろ、俺を袋叩きにしていた2年生が床に転がっている。

ボヤけた視界に目を細めて見ると、そこには、見覚えのある青髪の親友、長谷川冬馬が立っていた。


「冬馬……」


「ヒーロー見参」


俺の意識が戻ってくると、教室のドアの前に東雲と有紗も立っていた。

ふたりとも不安の表情でこっちを見ている。

そういえば、相澤は?

そう思い相澤を見ると、完全に気絶していた。


「なんで、なんでここに居るんだ!東雲!有紗も!」


「ばかやろう!心配だからに決まっておる!」


「心配は有難いけど、ここに来たらだめだ!逃げろ!」


俺はこの件に東雲を巻き込まない為に遠ざけていた。

例え喧嘩をしても、東雲をこの件に関わらせたら、取り返しのつかないことになるからだ。

でも、ここに東雲が居る。ましてや有紗まで。

自分で自分の身を守れない子がここに来てはダメなんだ。

俺は冬馬に立たされると、ボロボロの身体で東雲たちの元に向かう。


「東雲、有紗、早く逃げるんだ。この身体じゃお前らを守れない」


「何言ってるんだ!夏夜、お前も逃げるのだ!」


「バカ言ってんじゃねえ!逃がすかよ!」


いきなり2年生の一人が襲いかかってくる。

俺は鉄パイプを受け止めると、残った力で2年生の顎を振り抜く。

これが何人も相手ってなると、ましてやふたりを守りながら逃げることは無理に近い。

だが、それでも2年生の攻撃は止むことを知らない。

2年生が攻撃して来ては何度も返り討ちにして、2人を逃そうとする。

だが、逃げる場所には2年生が道を塞いでて通れる気配もない。

頼みの冬馬は一人で何人も相手をしているし、相澤は気絶していて戦闘不能だ。


「いいか、俺の後ろから離れるな。いざという時は、窓からでるんだ。壁伝いに移動するから、壁から離れるなよ」


「うん……」


「冬馬!!」


「なに?」


「あとどれくらい耐えられる」


「3分。それ以上は無理」


3分もあれば十分だ。


「なら耐えてくれ。俺は2人を逃がす」


「りょ」


「東雲、有紗、これを渡しておく」


俺は胸ポケットに刺してあるペンを東雲に渡す。


「なによこれ」


「これに俺がリンチくらった映像が残されてる。それを興梠に渡して欲しい」


「夏夜、これはどういう……」


「時間がないんだ!早く逃げるぞ!」


「そうよ姫奈ちゃん、私たちがここに居ても夏夜が戦いづらくなるだけよ」


東雲は解せない表情をしていた。

無理もない。

東雲を巻き込まないために説明はしてないし、遠ざけてきた。

そんな東雲が純粋な疑問を持つのはしょうがない。

だが、今はそんなことしてる場合じゃないのだ。

今は逃げるのが先決で、こうする間にも冬馬の限界は近づいている。


「夏夜、後で私たちにしっかり説明してよね?」


「わかってる!」


俺と東雲、有紗の三人は教室の窓に向かってゆっくりと歩きだす。

逃げることを察知したのか、数人の2年生が俺たちを攻撃してくるが、俺は全部返り討ちにする。

たまに有紗の肩を掴んだりしてくるが、それを引き剥がし鳩尾に1発重いのを食らわせる。

また前に進んで阻む奴を返り討ちにしての繰り返しだ。

そして、ようやく教室の窓に着いた。

旧校舎は1階しかないから、窓から出ても怪我の心配は要らない。

窓から出たら、そのまま真っ直ぐ走って本校舎にたどり着く。


「2人ともよく耐えた」


これで2人を逃がせれば、冬馬の応援に行ける。

窓を開けながらチラッと冬馬を見ると、限界を迎えていたのか、相手に押されていたのだ。


「夏夜……」


「ごめんな東雲、後でしっかり説明するから」


「うん……私もごめん……」


「いいよいいよ。悪ぃのは俺だから」


やっと謝れた。

2人が逃げてくれれば後はこっちのものだ。

2人は窓から出ると、一目散に走って行った。

これでミッションは完了。

さてと。

ここからは俺のターンだ。


「待たせたな、冬馬」


俺は冬馬に群がってる人だかりを一人ずつ引き剥がして行く。

冬馬にたどり着く頃には、冬馬もボロボロになってた。


「遅いよ。死ぬとこだった」


「悪ぃ。でももう大丈夫だ」


俺らの周りを2年生が取り囲んだ。

対して反撃をしてないから人数はそんなに減っては居ないが、それにしても明らかに人数が多すぎる。

だが文句は言ってられない。

俺は背伸びをする。

顔を2、3発叩くと、気持ち的に身体が楽になった気がした。


「んっしゃぁぁぁぁあ!! 2年の先輩方、決着つけましょうや!」


「夏夜、あとでご飯奢ってもらうからね」


「いいけど、おじさんの飯で我慢してくれ」


「じゃあ、タコライスでよろしく」


「おい、日向とそのお友達、ごちゃごちゃうるせえんだよ! 学校来れなくさせてやるからよ、大人しくやられろや!」


わー、いかにも三下悪役ムーブの発言だー。

まあでもいい。

どんなに足掻いた所で、こいつらの退学は決定的になった。

あんなあっさり東雲と有紗を逃がせるとは思わなかったが、ここからは俺たちの番です。

2年生たちが一斉に襲いかかってくる。

しかし、一斉に襲いかかって来ても、攻撃できるのはせいぜい2人程度。

俺は鉄パイプを振りかざした奴の攻撃を受け止めると、攻撃出来なかった奴の鳩尾に蹴りを食らわす。

そのままの勢いで鉄パイプを持った奴を殴り飛ばす。

後ろから鉄パイプを持った別の男が殴りかかって来るが、そんなの想定内。俺はしゃがんで避けると、振り下ろされた鉄パイプは目の前の奴に当たる。

こんな数で圧倒されてるのに、俺たちはまともにやり合っていた。

無理もない。

喧嘩において多数が少数を攻撃する際、殴りかかれる人数はせいぜい2人程度。

しかも、相手は武器を持ってるから、他の奴らは安易に近づけないし、もし近づいたら巻き込まれる危険性がある。

喧嘩慣れしてない奴らはそんな事など分からず勝手に大勢で突っ込んでくるのだ。

だから、直前で攻撃が繰り出せなくて逆に俺に利用されるのだ。

冬馬もその戦法を適用していて、次第に2年生の数は減っていく。

だが、それと同時に俺らの体力も限界に近付いていた。


「冬馬! 起きてるか!?」


「夏夜こそ、手止まってるんじゃない?」


「ばーか、俺を誰だと思ってんだよ」


「天下の黒鬼、日向夏夜」


「お前さ! そのあだ名ここで言うなよ」


「自分で聞いてきたんじゃん」


「俺の名前だけで十分だろ!」


「うるさっ」


「おい、冬馬、今なんつった!?」


「はいはい、ごめんなさい」


俺らが言い合いをしていると、残っている2年生が鉄パイプを落として後ろずさりしている。

あ、冬馬くん、バレちゃったじゃない。


「お、お、お前まさか……黒鬼の……」


「あ? そうだけど? あとそのあだ名で呼ぶの今後禁止な?」


「何が禁止だよ……。なんでこの学園に居るんだ……」


後ろずさりするリーダー的存在の奴は尻もちをついた。

俺はそいつの目の前に便所座りして、ネクタイを掴み引き寄せる。


「なんでって? ちゃんと受験受けて合格したから、聖麗の生徒なんでしょうが」


「あ、有り得ない……。そんな事が有って許される訳が無い……」


確かに町の噂になってる黒鬼が目の前に現れたら怖いよな。

俺でも怖いって思っちゃうもん。

むしろ、この人たちにとってはホラーだしな。

エリート学園に喧嘩最強の男が居たって聞いたら、悪い意味で身震いしちゃうのも分かるよ、うん。

でも、今はそんな事はどうでもいい。

こいつらを裏で仕切ってる奴の情報だ。


「おい、痛い目遭いたくないなら正直に応えろ。学校内で腐敗した落第クラスは学校外でも問題を起こしてるな?」


「うん……うん!!」


学校外で起こした問題とは、聖麗の生徒らしき人間が原付バイクで引ったくりをする事件が相次いで発生し、警察沙汰になっている。

あとは、近隣の高校と揉め事を起こし、商店街のゲームセンターで暴行事件が起きたこと。ゲームセンターの筐体が複数破壊されている被害も出ているのだ。

しかし、一切犯人の特定が出来ず、捜査は難航。

だが、この間スーパーで万引き被害が出て1人の生徒を警察は補導。

その生徒は落第クラスの人間だった。

反省の色は無く、へらへらとしていたのだ。

しかも、これは罰ゲームと言っている始末で、罪の意識がなかったという。

余談だが、聖麗学園はほとんどの生徒の家系は中流階級クラス以上で万引きする必要性はない。

興梠含め生徒会はこれを組織的な犯行と断定。

俺が入学したことで本格的な掃討が始まったと言うわけだ。

興梠は建前上、綺麗な事を言っているが、実際は学校外で起きた事を消す為に、早く膿を排除したいのが真の目的なのだろう。


「お前らを組織し、動かしてる奴は誰だ」


「言ったところでお前らには関係ない! どうせ退学になるんだから好き勝手やらせろよ!」


「てめえらの行動が、聖麗学園全生徒に迷惑がかかってんだ! これ以上好きにさせるわけけえだろ!」


「だとしても、俺は言わねえ! 自分で頑張って突き止めるんだな! ばーか!」


「んのヤロー!」


俺は拳を振りかざそうとした。

だが、その拳はドアが開く音で静止する。

俺はドアに振り向くと、1人の男が立っていた。

金髪でセンター分け。両耳にはピアスがしていて、ダボったクリーム色のカーディガン。体格はいかにも3年生って感じで、チャラそうだ。


「なになにー? 昼休みに様子見に来たら、すごいことになってんじゃん」


男はズケズケと教室に入ってきて、棒がついた飴を舐め始める。

俺は奴のことを知っていた。


「清春きよはるくん……?」


「わー!夏夜じゃん! この学校入学したんだねー!」


加藤清春かとうきよはる俺の2つ上の先輩で、中学時代お世話になった人だ。

とても頭が良くて、気が利くお兄ちゃん的な存在だが、ちょっとやんちゃな部分が有り、よく揉め事を起こしていた。

根っからの女好きで、よくそれ絡みで喧嘩が絶えない。

イケメンだから女の子引っかかっちゃうんだよね。


「おっと、冬馬もいるじゃん!」


「どうも」


「そこで気絶してるのは相澤樹くんだね? あーあ、可哀想に……」


「清春くん、何しにここに来たんだよ」


「いきなり本題に入るなんて、夏夜も無粋だよね」


「俺が回りくどいこと嫌いなの、あんたも知ってるだろ」


「確かにそうだったね。でもさ、逆に聞くけど、いいかな?」


急に清春くんの雰囲気が変わった。

清春くんは近くに2年を並べると、落ちていた鉄パイプを掴み、いきなり殴打した。

教室中に悲鳴が鳴り響く。


「お前らさぁ、あんだけ足付けるなって言ったのに、このザマなに? だから使えないって言ってんの! 所詮落第クラスは落ちこぼれの集団だよねー。ざぁーこ」


俺と冬馬は咄嗟に清春くんを止めようとした。

だが、身体のダメージと疲労で軽く吹き飛ばされる。


「清春くん、止めろって!」


「落第クラスを仕切ってるの清春くんだなんて……僕は信じない」


「残念冬馬、これ現実」


冬馬は清春くんに憧れてた。

誰にでも仲良く接する清春くんは根暗気質の冬馬に気さくに話しかけて仲良くしてくれる唯一の先輩なのだ。

そんな憧れの清春くんが悪事に手を染めてるなんて、理解したくない。

冬馬の表情は絶望に変わっていた。


「ちなみに、俺落第クラスじゃないよ? ちゃーんと3年C組に在籍する生徒だから、今まで興梠が尻尾掴めなかったのも理解できるでしょ?」


「そういうの自分の口から言うもんじゃないでしょ」


「ん? いーのいーの。どうせ俺がここに来た時点で正体晒してんのと一緒だから。でもさ、夏夜たちも貧乏くじ引かされちゃったよねー。あの興梠に顎で使われてんだから」


「あんたには関係ない」


「あれ?あれ? 夏夜って誰かの言うこと聞くタイプだったっけ? 夏夜も丸くなっちゃったね」


清春くんは俺の神経を逆撫でしてくる。

昔はこんな人じゃなかった。

問題児ではあったが、仲間を思いやる、温かい人だったのに、何故にこうも俺らを煽ってくる。

清春くんの表情は笑顔だったが、目は笑ってなかった。


「清春くん、なんでこんなことするの?」


「冬馬、 まだ入学して間もないから分からないことだらけだと思うけど、学力の成績だけでこんなにも格差が生まれるなんて不思議じゃないかな?」


「確かにおかしいよ。でも、落第クラスでもない清春くんがなんでこんな事をするのか、僕には理解できない」


「理解? 出来なくて当然だよ。俺には俺の宿願があるからね」


「宿願?」


清春くんは鉄パイプを投げ捨てると、近くにあった椅子に座る。


「んー、答えてあげてもいいけど、1つ条件があるかな」


「なんだよ条件って」


「夏夜、冬馬、俺に付け。そしたら教えてやる」


「バカ言ってんじゃねえよ。あんたの悪事の片棒を担ぐつもりはねえよ」


「んー、それは残念だね。冬馬はどうする」


視線が冬馬に集中する。

だが、冬馬は俯いてて顔をあげようとはしなかった。

別に悩んでるわけじゃない。

憧れの人が誰かを不幸にするような悪事に手を染めてて、失望と落胆をしているだけだ。

きっとそうに違いない。


「冬馬、清春くんは変わった。もう昔の、俺らが知ってる清春くんじゃねえよ」


「それは酷い言い草だね、夏夜」


「あんたは黙ってろ」


「うーこわーい!」


俯いてた冬馬が口を開く。


「僕は、ずっと清春くんが憧れだった。いつか清春くんみたいな人間になれたらなって思ってた。でも清春くんが僕を必要としてるなら、清春くんの力になりたい」


「ふざけるな冬馬!」


俺は咄嗟に冬馬の胸ぐらを掴んだ。


「いいか、清春くんは変わったんだ。昔からやんちゃすることは変わんねえけど、あいつがやってることは人を不幸にすることだ。そんな奴の悪事の片棒を担いで、冬馬まで清春くんみたいになったら、俺はお前を友達と呼べなくなるだろつが!」


「夏夜は分かってないよ。いつだって清春くんが正しいじゃないか。清春くんのやることはいつだって誰かの心に刻まれる。そう、僕の心にも清春くんの偉大さが心に刻まれてるんだ!」


「いい加減にしろ!!!」


俺は冬馬を殴りつけた。

冬馬の口から血がスラッと流れる。


「分かってねえのはお前だよ冬馬! 清春くんはお前にとって憧れかもしんねえ!でもな、憧れの人が悪いことしてんなら、お前はそれを止めるべきだろ! なんでお前までそっちの道に行こうとすんだ!」


「うるさいうるさいうるさい! 夏夜が1番分かってない」


冬馬のパンチが俺の右頬を貫く。

負けじと俺も冬馬に殴り返したが、冬馬は俺の腹に膝蹴りを2発お見舞いしてくる。

そんな殴り合いが2分続いた。

周りの声や視線なんて関係なかった。

冬馬を清春くんのもとに行かせない為だ。

もし清春くんの所に行ってしまったら、引き返せなくなるし、俺は冬馬と友達をやめる。

そんな事にはしたくなかった。


「冬馬、目を覚ませ。俺はお前を退学にさせたくない」


「勝手に言っとけよ。僕は間違ってない」


「あー、お熱い所申し訳ないんだけどさぁ〜」


いつの間にか清春くんは俺と冬馬の間に割って入っていた。

そして、俺と冬馬の頭を掴み、互いに衝突させる。

額に激痛が走った。


「ってぇ〜、何すんだよ!」


「いや、だからさ、お熱い所申し訳ないんだけどさ、もう俺ら冷めたわ」


「は?」


「あのさ、つまらない喧嘩見させられてさ、こっちは退屈してるの。正直お前らが仲間になろうがならまいが、俺はどーでもいいし」


「じゃあ、なんで聞いたんだよ」


「え? その場の思いつき。俺が何のために落ちこぼれ使って悪さしてる意味聞かれたらさ、教えるための条件とか出してみたくなるじゃん?」


「あんた、ホントにゲスに成り下がったな」


「ちょっと口が悪いね、夏夜」


清春くんは俺の胸ぐらを掴むと、頭突きを食らわせてきた。

あまりの痛さに俺は頭を押さえて悶える。

清春くんはその姿を一瞥し鼻で笑い、冬馬の前髪を掴んで顔に近づける。


「冬馬さ、俺に憧れるのは良いけど、俺、お前のことなーんとも思ってないよ? てかどーでもいいってのが正しい表現かな? まあいいや。どのみち、お前が付き従って来ても、そこら辺の落ちこぼれどもと扱いが一緒になるのがオチなんだけどね。どう? それでも、俺の側に居たい?」


ゲス野郎すぎる。

その言葉は冬馬にとって死の宣告みたいなものだ。

憧れてる人からこんな突き放され方をされたら、心臓を握り潰された感覚になる。

冬馬の目から大量の涙が溢れてきた。


「あーあ、泣いちゃった。裏切られた気分かぁ。こっちは裏切ったつもりはないんだけどね」


清春くんは冬馬を雑に投げ捨てる。

額の痛みが引いた俺は、残りの力を振り絞って清春くんにつかみかかった。

それを見て清春くんは嘆息する。


「なんだよー、まだやる気なの? 夏夜さー、もう限界じゃん。いい加減諦めよ?」


「あんたは終わりだ。この事も興梠に報告する。落第クラス同様、あんたも退学になるんだ。そんで警察に自首するんだな」


「汚い」


清春くんはその言葉で一蹴すると、俺の顎に重たい1発を食らわせる。

俺はその場に倒れると、清春くんはそのまま馬乗りになり、何発も俺を殴った。


「ちなみにさ、証拠も何も無い時点で、興梠が俺に処分を下すことなんて出来ないの分かってる? 有紗たちがここに来てたのも知ってたし、なんなら夏夜、マイクロカメラを仕込んだペン渡してたよね? そこに俺は映ってないはずだけど?」


確かにそこには清春くんは映ってない。

だから、清春くんを処分する確たる証拠はない。


「それで勝った気分かもしれないけど、悪いけどこっちも色々と対策を練ってやってるからね、君たちはいつまでも俺には勝てないんだよ」


「それでも、俺はあんたを退学にさせる」


「だからさぁ!!! 証拠がないでしょ!!! 」


一段とパンチが重くのしかかる。

やべぇ、このままだと意識を失う。


「これ以上、俺の邪魔をしないでくれるかな? じゃないと、夏夜が大切にしてる、東雲さんだっけ? どうなっても知らないよ?」


俺の頭の中で何かが切れる音がした。

ダメだ。

この人に何を言っても聞きやしない。

ましてやこの会話に東雲を出すなんてもっての外だ。

俺はフラフラになりながらも清春くんの元に向かう。

身体はとっくに限界を迎えていた。

それでも、俺にはやることがあるし、守らなければならない人や使命がある。

俺はこの人を許しちゃいけない。


「まだやる気なの夏夜。そろそろ鬱陶しいんだけど」


「黙れよ。東雲は関係無いだろ。東雲に手を出したら許さない」


「うーわ、なに? 夏夜って、東雲って子に惚れてるの? 最高じゃん! これは東雲さんをたっぷり可愛がらないとね」


「清春らぁぁぁぁぁあ!!!」


俺は最後の力を振り絞って清春くんに殴り掛かる。

だが俺のパンチは虚しく、清春くんの手のひらに収まった。


「夏夜、お前の前で慰めものにしてやるよ」


「っるせぇぇぇえ!!」


俺はすかさず左フックを放つ。

清春くんはヒョロっと避けるが、俺は攻撃の手を休めない。

もし休めたら、それこそ俺は立てなくなる。

だが、俺のパンチは清春くんに届かない。


「冬馬! 手を貸せ! 清春くん止めるぞ!!」


「無理だよ……夏夜……」


「いつまでもメソメソしてんじゃねえよ! 立って戦え!」


しかし、冬馬は立ち上がることは無かった。


「夏夜、そろそろ終わりにしようよ。飽きた」


「あ? 舐めた事言ってんじゃねえぞ清春」


「先輩に対しての口の利き方じゃないね。じゃあ終わりにしよっか」


そういうと清春くんは俺の腕を取り後ろに回す。

足で右膝の裏を落とすと、頭を掴んで地面に叩きつけた。

ダメだ。もう立てない。

清春くんは俺を仰向けにすると、何度も何度も顔面を殴打する。

もう痛みなんて感じなかった。

反撃する力も無くなっていて、意識だけが段々薄れていく。


「夏夜、お前は俺に勝てない。けどさ、何度でも立ち向かって来るのは目に見えてるから、1つだけ警告してやる。もしまた俺のやることを止めに来るなら、お前が大事にしてるもの全部ぶち壊すからな? んじゃ、おやすみ」


清春くんが右ストレートを俺に食らわすと、そこで意識は途絶えた。






あれ、ここはどこだ?

頭がフワフワしてる。

視界の周りはモヤが掛かっていて、前が見ずらい。

でも俺の目の前にはひとりの女の子がいる。

幼稚園生くらいの大きさなのだろうか、身体は小さく、髪の毛は金髪色。

でも後ろ姿で顔は確認できない。

俺は女の子に近づくと、そこにはもう2人子供がいた。


「もしかして、冬馬? 有紗?」


そこには幼少期の冬馬と有紗が居た。

でもどうして。

2人の顔はどんよりしていて、目には涙を浮かべている。

俺は3人にたどり着くと、金髪の女の子の手は、血でべっとりしていた。

そう、3人に囲まれる中に、小さい頃の俺がいたのだ。

なんだよこの記憶……。

そんな記憶、俺には無い。

見たことが無い。

金髪の女の子も泣きじゃくっていて、正直見れる光景じゃない。


「お、おい、お前らどうした?」


もちろん、俺の声は届かない。

ただただ3人の会話だけが進んでいく。


「早く病院に連れて行かないと! 夏夜死んじゃう!」


「わかってるわよ! 電話が繋がらないの!」


「私のせいで……私のせいで……」


「姫奈ちゃんのせいじゃないよ! 夏夜は姫奈ちゃんをかばったんだから」


「でも!でもぉー!!」


おい、待て。

今姫奈って言ったのか?

なんなんだよこの記憶、訳わかんねえ!

俺は小さい頃から東雲と友達だったのか?

確かにこの女の子はどことなく東雲の面影を残してる。

だとしてもだ、なんで俺はこれを覚えてないんだ。


「夏夜くん、起きて、起きてぇ……」


血まみれで倒れている幼少期の俺は、今にも死にそうな虚ろな顔で、3人を見てる。


「俺……死ぬのかな……だとしたら、誰かを守れて死ねるならそれでいいや……」


「そんなこと言わないで! 夏夜くんは助かる」


「そうか……姫奈ちゃん、怪我ない?」


「私の心配はしなくていいの!」


「その口調だったら、怪我は無さそうだね」


また遠くから声が聞こえた。

俺の名前を呼ぶ声。

若い頃の徹夜おじさんがこっちに走ってくる。


「夏夜!夏夜! 大丈夫か!!」


おじさんは俺の意識を確認する。

でもどんどん意識が無くなっていくのが見てわかる。


「おじさん、夏夜どうなるの?」


「大丈夫、ここに来る途中で救急車呼んでるから、もうすぐ到着する! おい夏夜、寝るんじゃないぞ!」


「おじさん……うるさいよ……頭に響くじゃないか……」


「馬鹿野郎!そうでもしないと、お前寝ちゃうだろ!」


「へへっ……そうかもね。ひとりじゃなくてよかった」


東雲が俺の手を握る。

いつしか俺は俯瞰して見ている身体から、小さい頃の身体になっていた。

身体は重たいし、頭から血は出ていて意識も朦朧としている。

おじさんは絶望しているみたいな顔をしているし、周りのみんなは泣きじゃくっている。


「夏夜くん」


「どうしたの? 姫奈ちゃん……」


「大丈夫、みんなここに居る。だから安心して。どこにも行かないよ」


この言葉、どこかで聞いたことあるって思ってたけど、東雲の言葉だったんだな。

俺が喧嘩でブチ切れて、なだめるために冬馬がよく俺に言い聞かせてたけど、案外身近な人の言葉だったなんて、ちょっと笑っちゃうな。

でも、涙を流しながら微笑む彼女は、たとえ幼少の頃の東雲とはいえ可愛かった。

そして、どんどん景色が白んでいく。

多分そろそろ目覚めるのだろう。

夏夜、夏夜と、俺の名前を叫ぶ東雲の声が白んで行く意識の中でこだました。





「俺、死んだの?」


目を開けると、そこは、全く知らない天井が上にあった。

いや、死んだわけないってのは分かってる。

しっかりと手足の感覚はあるし、ふかふかのベッドの心地良さも感じる。

ひとつ難点なのは、全身がとにかく激痛に見舞われているところだ。


「不吉な事を言うな!バカ夏夜!」


すみませんね、バカ夏夜で。

俺はこの声を聞いた瞬間、ホッと安心した。

俺のベッドの横には、東雲が座っていたからだ。

東雲の顔を見ると、目が赤く腫れていた。

なんで腫れていたのかは大体検討はつく。

俺はひと言、どうしても東雲に言いたかった。


「東雲……ごめんな」


東雲は俺の謝罪を聞くと、スラッと目から涙が零れた。


「いつもいつもひとりで抱えて……私は……ずっとあなたに守られてばかり……」


どんどん東雲の言葉に嗚咽が混じってくる。

いつもの厨二病おっぱい星人の喋り方ではなく、お嬢様の東雲姫奈がそこに居た。


「私は……あなたに何も返せてない」


「返さなくて良い。別に音を売ってるわけじゃないし、友達なら助けるのは当たり前」


「でも、私は……」


「分かってるよ、納得できないんだろ? 」


東雲は静かに頷いた。


「じゃあ、いつか俺がどうしようもならなくなった時、その時は助けてくれよ」


「約束ですよ?」


東雲は涙を流しながら微笑む。

あの夢で見た幼き頃の東雲と全く一緒だった。

やっぱり、俺はずっと東雲を守ってきたんだな。

どうして、あそこで俺が倒れていたのか分からないけど、これだけは分かる。

俺はずっと東雲を守る使命があることを。


「やあやあ、ようやくお目覚めですね、日向夏夜くん」


上機嫌な声が部屋に響く。

言わなくても分かるだろう。

クソ生徒会長。

てか、ここまじでどこ?


「君が病院に運ばれたって聞いた時はビックr……イデッ!! ちょっと、金川くん!もっとぶつかりなさい!」


渾身のタックルで興梠を退かした金川先輩。

ベッドに横になってるから見れないが、おそらく興梠は尻もちをついたのだろう。

ちくしょう、見たかった……。


「夏夜くん大丈夫!?」


心配そうな面持ちで駆けつける金川先輩。

俺の元に来るやいなや、俺の手を握って胸元に充てる。

ちょっとちょっとちょっと!!

胸!ムネ!MUNE!!

当たってますよ!!

潤んだ瞳にプルっとした唇。

そして、マジでキスする5秒前的な顔の近さ!

ごめん、ちょっと唇前に出していいかな?

するといきなり、俺と金川先輩の顔の間に手刀が入る。

咄嗟に金川先輩は後ろに引いた。


「なにするの? 東雲さん? 危ないじゃない」


「ちょっとハエが飛んでたので失礼を働きました」


そんなハエなんて飛んでないのに、邪魔するなよぉー東雲クン。

あともうちょっとだったのにー。


「ところで金川先輩、ここは病院ですか?」


「そうよ、あなたと長谷川くん、そして相澤くんが花壇で倒れている所を、警備員がみつけてね、事態の重さを見て運ばれたの」


学校の花壇といえば、校門がある脇道の花壇の事を指しているのだろう。

わざわざそこに運ぶなんて、清春くんの奴、なにが狙いなんだ。


「でも、あなただけでも目を覚ましてくれて助かったわ」


「は? 冬馬は?相澤は?」


「残念だけど……2人とも意識不明の重体よ」


何言ってんだ?金川先輩は。

そんなの有り得ない。

いや、俺が意識を失ってから次の標的は冬馬になったのだろう。

相澤は元々意識を失ってたけど。

それでも、清春くんやりすぎだ。

俺だけをやればいいだろ。

脅した挙句、冬馬まで手にかけやがって。


「さすがに校内に知れ渡って、午後は即時下校になったわ。警察も動いてしまったから、夏夜くん、君は事情聴取になる」


警察まで動いちゃったのかよ。

こんな状況になってしまったからには、興梠も面を食らってるはずだ。

学校内で収まる話が、こんなにも肥大してしまったのだから。

しかも清春くんにとってはなんの痛手にもならない。

東雲に預けた証拠を使っても、清春くんはこの表舞台にすら出てこない。


「なあ東雲、あの証拠は渡したのか?」


「え? うん、渡したよ」


「確かに、東雲さんから証拠は受け取ってるわ。でもここまでするなんて、信じ難い話よ。報復に走るとしても、これはやりすぎ」


しかも俺は清春くんに脅されてる。

この件で清春くんを強引に表舞台に引きずり出したら、彼は激昂して東雲の安全まで脅かされる。

俺の家族の千夜やおじさん、それに母ちゃんのことだって危険に晒すことになるし、ここで清春くんの名前を出すのは得策じゃない。


「ここまで表沙汰になったんだ。おい、興梠。お前はどう思ってんだ」


「私ですか?」


そういうと興梠は俺の方に詰め寄り、いきなり胸ぐらを掴んだ。

東雲と金川先輩が咄嗟に止めに入る。


「会長、彼はけが人よ!離しなさい」


「そうです、夏夜はけが人です。怪我の具合が悪化したらどうするんですか」


「それもそれで致し方ない」


興梠は2人を払い除ける。

興梠の表情は、いつもより真剣だった。


「日向くん、ひとつ問おう。この計画が失敗したとおもってるかい?」


「あ、あぁ。ここまで警察沙汰になったら、こっちも動けないし、何より俺も回復の時間が必要になる」


「では、もう1つ。裏で糸を引いている人間は?」


「それは……」


興梠は俺を突き放し、もう一度胸ぐらを掴む。


「もう一度問おう。裏で絵を描いてる人間は?」


「……分からねえ。出てこなかった」


「そんな筈が無い。君は知ってるはずだ」


「なぜそう言い切れる」



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