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金髪ツインテールと風紀委員会  作者: クロモリハルト
第2章
3/6

風紀委員会

俺は今、人生の窮地に立たされていた。

無駄に広い生徒会室に、俺と興梠が居る。

執務机にゲン○ウスタイルで腰掛ける興梠。夕日の逆光でメガネは光って見えるが、絶対これは狙ってるだろ。

そんなバカみたいな演出に、俺は2択を迫られていた。


「さて、日向夏夜くん。君には2つの選択肢がある。いや、2つの選択肢しかないのだが、どちらとも修羅の道ではあるだろう。もちろん、第3の選択肢は存在せず、君には是非この件を速やかに遂行して頂きたい」


「あ、あんた。それが目的で俺を強制的に入会させたってことか」


「もちろんだとも。君が入試を受けた時点で、この計画は始まっていたのだよ。寧ろ感謝するべきではないのかね? この崇高なる計画に君はうってつけの人材なのだよ」


「なに言ってんのか訳わかんねえな。てかよ、もし俺がこの学校に合格してなかったらどうする気だったんだよ」


「ふふっ。君は少し自分を過小評価している節がある。そんなこと、絶対に有り得ないのだよ。前に言った筈だ。君には期待していると」


「期待されても困るね。俺はあんたの思い通りにはならない」


「残念、思い通りになるのだよ。なぜなら、君は大いなる計画の一部なのだから。諦めたまえ。これは生徒会長直々の勅命だ。拒否権はない」


八方塞がりってやつだな。

なら仕方ない、やってやるよ。

このクソキモ生徒会長の手のひらで踊らされるのは癪だが、やってやる。


「わかった。あんたの計画に乗ってやる。だが、一つだけ約束しろ」


「なんだね?」


「東雲は巻き込むな。いいな?」


「無論」


興梠の不敵な笑みが、生徒会室をこだました。




遡ること4時間前。

この学校に入学して1週間が経った。

通常授業が始まり、さすがは屈指の進学校、授業のレベルが高く、着いていくのに必死だ。

そんな神経が擦り切れる授業を乗り切ってお昼休みが終わり、5限目の授業。週に1回のホームルームの時間だ。

この時間はこの学園の通達事項やクラスの取り決めなどを決める時間で、今は絶賛委員会決めを行ってる。


「はい、てことでー、委員会を決めるがー、全員が委員会に所属する必要はねーぞぉー。やりたいやつがやれー」


やる気がない言い方をする担任、大門健二おおかどけんじ先生は、言い終わったら大あくびをこいていた。

専門教科は歴史学。高校の中でも不人気上位に入る教科で、簡単に単位をくれる先生としても有名だ。

もし、ベストやる気無い賞ってもんがあったら、この先生が満場一致で獲得するだろうな。

なんせ、やる気の無さが表に出すぎて、英語のザマス先生から怒られてるとこ見ちゃったからな。

ザマス先生は想像してくれ。多分理解できる。


「ってことで、まずは学級委員、やりたいやつは?」


「はい、私がやらせて頂きたいです」


「お、えーと、名前なんだっけ?」


それはさすがに酷いですよ? 先生。


「先生に名前を覚えて頂けてないということは、私の努力不足ですわ。秋山有紗あきやまありさと申します」


その場で立ち上がった有紗。

なんとも姿が凛々しい。

普通怒る場面なのだが、そんな事では怒らない有紗。

まるで聖女だな。うん。


「そうかー、すまんなー。んじゃあ秋山決定で。んで、男子はー?」


は? そんなに即決することなのか?

普通、他の立候補者とか聞くもんだろ。


「先生、私で即決していいのですか? 他の候補者も名乗り出るはずです」


「あー、いいのいいの。こういうのは早い者勝ちだから」


明らかに面倒くさがってるだろこの先生。

でも仕方ない。このクラスの担任が言ったことだ。

変に対立候補を増やして時間が延びるなら、即決して次の委員決めに入ったほうがスムーズだな。

すると、ひとりの男が手を上げる。


「なら、僕がやるよ。有紗ひとりじゃ心もとないし」


「冬馬、お前いいのか?」


「なにが?」


珍しくピシッと手を挙げた冬馬。

こういうことするようなキャラじゃないのに、どういった風の吹き回しだ?


「いや、お前こういうことやるようなタイプじゃないだろ? なんなら委員会なんてめんどくさいって言うタイプじゃねえか」


「あー、簡単だよ。内申点目当て。面倒なことは有紗に任せればいいから」


「こら冬馬、私に聞こえてますよ!」


教室中がドッと笑いに包まれた。

そんな理由で学級委員でこの先大丈夫なのだろうか.....。

ちらほら周りの女子から、私も立候補すればよかったーとか、そういう声が出ていた。


「んじゃ、えーと名前なんだっけ?」


長谷川冬馬はせがわとうまです」


「んじゃ、長谷川、決定な」


学級委員の2人が決まると、有紗と冬馬は教壇に立った。

ここからは2人が委員会決めを仕切るらしい。


「それでは、次に、風紀委員会を決めたいと思います。やりたい人いますか?」


「はい!俺やる!」


「俺が風紀委員会をやるんだ!」


「私もやりたい!」


「ちょっと私が先よ!」


なんだなんだ?風紀委員会ってめちゃくちゃ人気じゃねえか!

なんでこんなに風紀委員会が人気なんだ?


「なぁ、東雲、なんでこんなに風紀委員会って人気なんだ?」


「なんだ、夏夜知らないのか。この学校の風紀委員会は他の委員会と違って、進学に有利になるんだ」


「は? 普通学級委員とかの方が内申的には華があるだろ」


「普通に考えればそうかもしれないな。だが、この学校の風紀委員会は、多くの著名人が所属した委員会で、大学や企業、ましては政界界隈ではかなり評価が高くなる、一種の暗黙のルールなのさ」


そんな裏事情があるのか。

自分の将来を考えるなら、風紀委員会に所属して内申点を多く稼いで進路を優位に進める、有りな話だな。

しかし、俺には無縁の話だ。

どうせ出世欲とかないし、この学校で楽しいスクールライフを満喫出来ればいい。

やりたいやつがやれば、俺はそれで万々歳だ。


「困りましたね。これだけ希望者がいるのであれば、投票になりますが.....」


「あー、悪ぃ。風紀委員会は俺が決めるわー」


目を瞑って寝ていた、大門が少し大きな声で、周りを静止させた。

でも、風紀委員会を先生直々に決めるとは、大きな出来事なのだろう。

みんなも反論をせず、固唾を飲んで見守っている。


「風紀委員会は、生徒会長直々のご指名があったからよー。おい、日向、東雲、お前らがやれ」


みんなの視線が一気に向く。

その目はなんでお前なんだの視線だ。

悪ぃ、俺もなんで俺なのかさっぱりわからん。


「おい、先生、なんで俺なんだよ」


「知らねーよ。俺も聞きたいくらいだ」


「例え指名だとしても、俺はやる気ねえぞ。やりたいやつがやればいいじゃねえか」


「はぁ.....。これだからガキは.....」


大門は大きなため息をつきながら立ち上がり、俺に詰め寄る。


「あのな日向、俺も困惑してんだよ。なんでお前なのか理解できねえし、風紀委員会とは無縁の人間だって思ってる。けどな、そのお前を、興梠は指名して来たんだ。断れねえってことだけは理解しろ」


「いいや、断る」


生徒会長自らのご指名であっても、俺に風紀委員会をやる理由が全くない。

やる気もなければ、道理もないのだ。

ましてや委員会なんてダルいのひと言に尽きるし、俺の大事なスクールライフの足枷になっても困る。

あのクソキモ生徒会長、なんてことしやがんるんだ。こちとらいい迷惑ですよ。


「断られると困るなー。おい、東雲、お前はやるのか?」


「指名を頂いたのなら仕方ないです! なあ、夏夜、お前はやらないのか?」


瞳を潤ませながら上目遣いで俺を見る東雲。

ちょっと!そんな目で見られたら、断ってる俺が悪者じゃねえか!


「ったく、仕方ねえな! 風紀委員会でもなんでもやってやるよ。だがな、俺はあのクソキモ生徒会長の言いなりにはならねえからな!」


「夏夜! よろしくな! にひー!」


こんな屈託のない笑顔向けられたら、調子狂うよ。

まぁでも、東雲と一緒なら退屈しないだろうし、なにせ毎日風紀委員会がある訳でもない。

出世欲とか無いから、本当に面倒な仕事を押し付けられたが、俺は一つ心に誓った。

あのクソキモ生徒会長、絶対一発ぶん殴る。


そのあとはなるように委員会が決まっていったが、全ての委員会が決まった所で授業終了のチャイムがなった。

今日はこのまま下校になるのだが、委員会が決まった面々はこれから、各委員会があるらしい。


「あー、そうだ。学級委員と風紀委員会は合同でやるから、大講堂に集合な。以上、お疲れさーん」


そういうと大門は教室を後にした。

学級委員と風紀委員会が合同か。

てことは、俺と東雲、有紗と冬馬が一緒ってことか。

なんだ、いつものメンツじゃねえか。


「私たち合同で委員会とか、仲良しですね」


ニコニコと寄ってくる有紗。

自然と東雲も笑顔になっている。有紗の乳を見ながら両手をガシガシしてるのは、見なかったことにしておこう。


「そうだね。でも、学級委員と風紀委員会が一緒だなんて、なにかするのかな」


「なんだ、何でも知ってる冬馬ですら分からないのか」


「僕は全知全能ではないよ」


「そんなことより、早く移動しましょ?」


俺たち4人は、大講堂に向かった。


俺たちが大講堂に着くと、既に多くの生徒が席に着いていた。

俺たちは指定された自分たちの席に着くと、すぐさまひとりの男が壇上に姿を表す。

まさかな.....。


「ふふふ、はははっ!!! 学級委員、そして風紀委員会の諸君!良くぞここまで来てくれた!感謝するぞ! この私が生徒会長のぉー!!こ、う、ろ、ぎ、だぁっ! だっ、だ.....」


そのセルフエコー飽きたって。

多分毎回やってるのであろうが、他の先輩方すげぇ真顔だもん。

その鋼のメンタルどこから来るの? てか、自分で面白いって思ってやってる? だとしたら、こいつ頭イカれてるぜ。


「さて、毎年恒例となった合同委員会だが、込み入った事情があってだな、ひとりひとりの自己紹介は省かせて頂こう。金川くん、あとは頼む」


興梠が近くの椅子に座ると、代わって金川先輩が登壇した。

先輩美人でかわいいよな。


「興梠生徒会長からこの場を預かりました、生徒会長副会長兼風紀委員会委員長の、金川彩花かながわあやかが仕切らせて頂きます」


え? 先輩って風紀委員長も兼任してたの?

それちょっと負荷でかすぎない?

金川先輩は淡々と喋り始めた。


「毎年、前期の行動指針を本日決めさせて頂くのですが、とある事情のため、前期の行動指針は我々生徒会で決めさせて頂きました。その名も、落第者の撲滅です」


聞こえが物騒なのは気のせいだろうか。

しかし、エリート学園になると、勉学に追いつけず落第する人間も後を絶たない。

授業初日で大門が言っていたのだが、1つの教科で落第をすると、全ての教科が落第扱いとなってしまい、学期末で追試があるらしい。

しかもその追試は、全教科80点以上を取らないといけなくて、追試で落第すると、次学期から別教室での授業となるらしいのだ。

大門はそんな奴は絶対に出したくないって言ってるから、甘めの単位取得基準にしているらしいが、入学式で興梠が言ってた言葉が妙に刺さってくる。

入学式でふざけ倒してた興梠の話は真意だったってことか。

真面目にやれよ、興梠。


「エリート学園のプライドのため、落第者が居ることは最大の汚点です。既に落第となり、別教室で授業を受けている面々も必ず各クラスに戻れるよう、先生方も努力している最中です。ですので、現行クラスに在籍している生徒には、気を掛けて頂きたい」


だが、ここで疑問は存在する。

落第者を撲滅するというプロパガンダは理解できる。だが、俺らも勉強をしなきゃならないのは事実で、そこまでリソースが割けるかと言ったら無理ではないものの、厳しい状況下にある。

ましてや1年生はこの学園に入学してから日が浅い。

授業のレベルはめちゃくちゃ高いし、正直ついていくのがやっとだ。

そこに他人の心配までしなきゃいけないとか、言っちゃ悪いがバカにもほどがある。

すると、ひとりの男が挙手をした。


「はい、そこの君」


「お言葉ですが、我々にも勉学を勤しむ時間が必要です。正直、何故落ちこぼれた人間に手を差し伸べなきゃいけないのですか? 義務教育ではないのですから、そういうのは全て自己責任が伴うのではないですか?」


発言が終わると男はしてやったりの顔で着席した。

メガネクイクイさせてるし、なんかむかつくから、クイクイくんってあだ名つけてやろ。

センスない? うるせー、ほっとけ。


「確かにあなたの意見はごもっともです。しかし、我々は誰も見捨てません。それでも毎年落第者が出てしまうのは事実。我々の力不足です。前期はそれを無くすため、皆様に協力して頂きたい」


「理解できませんね。僕は前期の行動指針に反対です」


「そうだ、俺たちにも時間がある」


「その時間を使ってでも相手の面倒を見るなんてお人好しだわ」


「こういうのは落ちるヤツが悪い」


無理も無い。

大講堂は批判の嵐で渦巻いていた。

実際に授業についていけなくなって落第するのは、本人の責任だし、俺たちにそうならないよう、時間を犠牲にしてまでも面倒を見るなんて、ムシが良すぎる。

これは誰もが反対する案件だ。

しかし、その言葉はひとりの男によって一蹴される。

そう生徒会長だ。


「君たちは内申の為に学級委員、風紀委員に入ったかもしれないが、楽を出来ると思ったかい?」


さっきまでのふざけたオーラが消え、誰も喋れないほどの空気に変わる。

登壇している金川先輩ですら、冷や汗をかいている。


「まあ、別に強制するつもりはないよ。なんてったって行動指針というのは言い替えれば目標ってだけであって、達成出来ないものは仕方ない。しかしだ、決められた事をやろうともせず、頭ごなしに否定し、批判を扇動して収集をつかなくさせる、どうもこのやり方は好きになれない。さて、そこのクイクイくん、君は学級委員かい?」


あ、パクられた。

でもあいつと同じセンスなのは嫌だな。

どうでもいいか。


「クイクイくん? 僕ですか? 1-Aの学級委員です」


「1-Aですか。エリートクラスですね。そのエリートクラスの君が、自分のことしか考えないとそう仰るのですね?」


「そうです。他人の為にやるなら自分の時間にリソースを割きたいですね」


エリートクラスってなんだ?

興梠とクイクイくんの討論が全くわからん。

俺は隣に居る東雲に問うた。


「なぁ東雲、エリートクラスってなんだ?」


「なんだ夏夜、そんなことも知らんのか?」


「悪ぃ。話の内容がさっぱりわからん」


「仕方ないのう。エリートクラスとは、内部進学者が集まるクラスで、A組とB組に在籍する生徒を指すのだ」


「ちょっと待て、内部進学者は100人居るはずだろ?1クラス35人とすると、あとの30人はどこに?」


「足りない脳みそで考えるのも大事だぞ?夏夜」


東雲は俺の言葉に、ホッとため息をつく。

なんかバカにされた気分だ。


「70人から漏れた人間は外部進学者と同じ成績順にカウントされるんだ。だから、C組にも内部進学者がいるはずだぞ。でもプライドが許さないから、自ら名乗り出ることは無いがな」


それなら納得できる。

けどさ、そんなプライド小さすぎるから要らないのに。

でも、常に上を目指す人間からしたら、外部進学者と一緒のクラスにさせられるのはたまったもんじゃないし、エリートクラスの人間も勉学に限って言えば全員宿敵なのだ。

そんな奴らを押さえて首席入学した東雲さん、あんたすげえよ。


「でもよ、首席で入学した東雲がC組っておかしくねえか? いくら内部進学者で構成されたエリートクラスを、首席のお前が入れないって格差付けすぎだろ」


「やめてくれ夏夜。あんなプライドの塊のやつらと勉学を共にするのは自殺行為だ。外部ってだけでいじめられるんだからな。それは死んでもごめんだ」


「まぁ、それを考えたらC組は安全だろうな」


「もっともバカそうな夏夜がC組にいるのは、何かと不思議ではありますがね。にゃははっ!」


「お前なぁ、見てくれだけで俺を判断すんなや」


「冗談だ。君の頭の良さは理解してるよ」


なんかそう言われると、ちょっとこそばゆい気持ちになった。

頭の良い奴に褒められるのってちょっと嬉しいな。

ん? 褒められたのか? わかんねえ。

東雲の話を理解して、聞く耳を興梠に戻すと、どうやらクイクイくん、凄い冷や汗垂らしてますね。

やべ、聴き逃した。


「どうしました? 君には悪い条件ではないですよ?」


「そんなの横暴です。撤回を.....」


「横暴ですか、困ったことを言いますね。忘れて欲しくないのですが、前期の行動指針は決定事項。即ちあなた方は、この行動指針を遂行する義務があります。達成するかどうかは置いといて」


「あんた、強制するつもりはないって!」


「ええ、強制するつもりはないですよ。しかし、そこまで批判されると人の気は変わるものです」


「こんなの、独裁だ」


「ええ、独裁と言われて結構。さあ、選びなさい。行動指針を遂行するか、あなたが学級委員を辞め落第のペナルティを受けるか」


確かにすげぇ横暴だ。

強制的に行動指針の遂行を選ぶことになる。

途中のやりとりは東雲と話していたからわからないが、クイクイくんが不利になる駆け引きをしたのであろう。


「くっ.....。前期の行動指針を、遂行させて頂きます.....」


「最初からそう言えば言いものの!生徒会長に楯を突くのは良くないよ? よって、1-Aは追加でミッションを与えます。もし、1人でも落第者が出た場合、連帯責任として全員が落第の追試を受けて頂きます」


大講堂中がどよめきの嵐に包まれる。

誰でもこの追加ミッションに驚きを隠せない。


「はぁ!? ふざけるな!おい!メガネ!てめぇやってくれたなぁ!!」


「ご、ごめん、みんな.....」


これはさすがに酷すぎる。

クイクイくんはただ自身の気持ちを口にしたまで。

結果的に従うことになったのに、この追加ミッションは寧ろ制裁だ。

こんな事が通っていいはずが無い。

俺はその場に立ち、大声を発した。


「おい!興梠!それはいくら何でもやりすぎだろ!」


「やあやあ、日向夏夜くん!また会ったね!やっぱり君とは何かと縁があるものだ」


「その件は後で話があるから首洗って待っとけ。興梠、いくらなんでも今の追加ミッションはやりすぎだろ!」


「君もそのことを言うのかい。つくづく呆れるものだよ。生徒会長に楯突いたらこうなるって分かってたはずだ。もちろん君も例外ではないよ?」


「そ、それは.....」


「夏夜、ここは引いてくれ。生徒会長に迷惑は掛けられない」


事の重大さを理解しているのか、東雲も必死な顔で俺をいさめてくるが、納得できないものは納得できない。

悪ぃ、東雲。俺はこいつを許せねぇ。


「どういう経緯でそうなったか話半分で聞いてたからよ、俺は全てを理解してねえけど、落第者を撲滅ってプロパガンダを掲げる割には、達成できなかったらクラス全員落第って矛盾してねえか? 」


「矛盾? してないね。無論、達成できた暁には、このクイクイくんには生徒会役員の椅子まで用意するって言ってあるからね。要は取引の一部だと考えて貰いたい。でも、話半分で聞いてる君には正直ガッカリしてるよ」


「話を聞いてなかったのはすまねえ。おい、クイクイ、その約束ホントにしたのか?」


「き、君C組の人間だろ? 下劣なクラスが、ぼ、僕に話しかけないで頂きたいね」


「今そんなことどうでもいいだろ」


俺はクイクイくんを睨んだ。

今ここで内部だの外部だの、そんな小さなプライドはいらないのだ。

クイクイくんは俺の睨みにビビったのか、メガネを激しくクイクイしながら無言で頷く。


「おい、興梠。お前ら生徒会長が掲げた前期の行動指針は、賛同してやるよ。せっかくエリート学園に入れたんだ。落第して高校生活棒に振るなら、誰1人欠けることなく卒業した方が気分が良い」


「なら言うまでもないですね」


「でもだ、その平等に見えてリスクがでけぇ取引は無効にしろ」


「何を言い始めると思いきや。これは決定事項だよ? 日向夏夜。それとも、君のクラスも同じミッションを追加されたいのかな?」


「そ、それは.....」


すると横に座ってた東雲が立ち上がる。

鋭い眼差しで興梠を見ていたが、それは決して敵対の意味での眼差しではなく、決意を述べる時の眼差しだった。

入学式の新入生代表の挨拶で見せた真面目モードだ。

その挨拶も話半分で聞いてなかったっけ。


「どうしたんだね?東雲くん 」


「興梠生徒会長、我が学友、日向夏夜の無礼、謹んでお詫び申し上げます」


「お、おい、東雲」


「日向くんは黙っててください」


東雲の凛とした姿、口調に俺は圧倒されて、言葉が出てくることはなかった。


「確かに日向くんが言うことに一理あります。然しながら当然、興梠生徒会長の言うことにも一理あります。ですが、その追加ミッションを実行する場合、元々のプロパガンダが形骸化してしまう恐れがあります。ここはどうか、従来通りの前期の行動指針だけで収めて頂けないでしょうか。よろしくお願いいたします」


「東雲.....」


深々と頭を下げる東雲。

いつもはヘラヘラしてて厨二病おっぱい星人のくせに、こんな真面目にされたら、俺は飛んだ噛ませ犬じゃねえか。

悔しかった。俺が止めに入って収まりを付けようとしたのに、結果返って話が拗れてしまった。

そこに東雲が立ち上がって、興梠に頭を下げている。

本当は俺がやらなきゃいけないのに。

何やってんだ.....俺は.....。


「仕方ないですね。首席入学の東雲姫奈くんが言うんです。私もそこまで鬼ではないから、ここは折れましょう。追加ミッションは取り消し。従来通り、前期の行動指針だけで行います。皆さん異論はないですね?」


大講堂中に拍手が鳴り響いた。

でも俺は拍手ができなかった。

悔しいからだ。

東雲にああまでさせて、俺は何を守りたかったんだ。


「東雲.....」


「ん? なんだ?」


「すまん。ありがとう、助けてくれて」


「気にするな! 困った時はお互い様ではないか」


いつものヘラヘラとふざけた東雲に戻っていた。

東雲に助けて貰うのはこれっきりにして、俺がしっかりみんなを助けられるようにしねえといけねえ。

さっきとてつもない無力感を感じたからこそ、もっとしっかりしなきゃ。


「さて、次の議題だが、1学年の代表選定に移らせて頂く。金川くん、説明をしてくれたまえ」


ん? 1学年の選定?

なんじゃそりゃ。


「当学園には、組織を取り纏めるために、各学年に1人、代表者を決めて頂きます。生徒会長をトップに置き、その次に風紀委員長の私、並列して学級委員会委員長、その下に各学年の代表が組織されます」


何故合同で委員会を行ってるか分かったぞ。

生徒会、風紀委員会、学級委員会はひとつひとつは独立した組織だが、大きく纏めれば1つの大組織になるのか。

その頂きに興梠が居て、その下が次々と連なってくシステムになるのか。

この3つの委員会は学校運営の基盤になるから組織されるのは理解できるが、蚊帳の外に置かれる他の委員会がちょっと可哀想だ。

金川先輩の話は続く。


「1年生の代表選定を今から決定させて頂きたいのですが、こちらに関しては自薦他薦問いません。候補者はいらっしゃいますでしょうか」


金川先輩の問いかけに、1年生のほぼ全員が手を挙げた。

どんだけやりたいんだよ。

するといきなり、壇上に座っていた大男が声を張り上げる。


「おいおい、全員が手を挙げねぇって、今年の1年は随分消極的だなあ!!」


「大神!今日はお前の出番は無いぞ!」


大神と呼ばれる男はずかずかと登壇し、金川先輩の目の前に立つ。


「あやちゃん、ここは俺に任せとけよ」


「あやちゃんって呼ぶな!」


「1年、紹介が遅れて申し訳ねえな。生徒会書記兼風紀委員会副委員長の大神廉おおがみれんだ!お見知り置きを」


筋骨隆々の体躯に、ガッツリと日焼けした肌。

短髪ツンツンヘアで、金髪。

風紀委員会副会長ってのは頷けるが、この人生徒会の書記なの?

お世辞にも字が綺麗って思えないタイプの人間だ。

すげえ殴り書きしてそう。てか、文字書けるの?


「んで、こういう1年代表選定の時ってよ、みんなやりてえやりてぇってうるさくなるんだ。けど、ちらほら挙げてねてやつも居るじゃねえか」


辺りを見回すと、俺を含め、東雲と有紗、さっきのクイクイくんは手を挙げていない。

冬馬は? うん、寝てます。

君はいつでもどこでも寝てますね!

でも、俺が挙げない理由なんて簡単だ。

俺はのんびり平穏にスクールライフを謳歌したいだけで、面倒な仕事は増やしたくない。

興梠が強制的に俺を風紀委員にしやがったが、それ以外を除けば、後は勝手にしやがれなのだ。

だが、大神は俺が手を挙げてない所を見逃してくれるはずがなかった。


「おっと? さっき威勢良く興梠に歯向かった一年坊は代表になりたくねえんだな。お前はやると思ったんだがな!」


皆の視線が俺に向く。

止めてくれよ.....。

そんなめんどくさいことしたくねえって。


「んなめんどくせえことしたくねえって。これって自薦他薦問わねえんだろ? ならさっきのクイクイくんにやらせればいいじゃねえか」


「ちょっ、僕は手を挙げてませんよ! そこの不良!」


「んあ? 誰が不良だ」


「ひぃぃぃぃ!」


そんなにビビんなくてもいいじゃん。さすがに傷つくよ?

君の栄えある将来の為に推薦してあげてるのに、それはないじゃんか。お兄さんもう知らない!


「面倒臭いか。お前面白いな。よーし、気に入った、お前が1年代表をやれ。日向夏夜」


「はっ!? てめえ、話聞いてたのかよ!」


「そういう奴がこういう代表に向いてんだよ」


「てめえの妄言には反吐がでるね。俺はやらねえからな」


ここで流れに身を任せてしまうと、取り返しのつかない事になってしまう。

やりたくないことははっきり突っぱねないと、雰囲気に押されて1年代表をやらされることになる。

あとは興梠が余計な事を言わなければ大丈夫。きっと.....。


「どうするよ興梠」


大神は困った顔で興梠を一瞥する。

お願いします、余計な事は言わないで!

俺はやりたくない、やりたくないんだ!


そんな俺の願いなどお構い無しにニヤリと嗤い、おもむろに喋り出す。


「先程は失望させられたが、ここは彼にチャンスを与えるとしましょうか。日向夏夜くん、君を1年代表に選出させて貰うよ」


「お、おい、ちょっと待て! 俺はやらないって!」


「私の決定に異を唱える、そういうことかな? 日向夏夜」


ダメだ。どんなに反論をしたところで、興梠の決定を覆せる材料が無い。

何故ここまで興梠は俺に固執するんだ。

確かにこいつは俺の正体が黒鬼だってことは知っている。

金川先輩も俺の正体を知っているし、もしかしたら、あの大神って野郎も俺の正体に気づいているはずだ。

しかしだ。俺が黒鬼だからって、このエリート学園に俺みたいな人間の力など必要無いはずだ。

風紀委員会なんて、学校の風紀を守ってればいいし、喧嘩に発展することなんてそうそう無い。

平和な学校だからこそ、俺よりも真面目で正義感も強く、校則に遵守じゅんしゅする人間が登用されるべきだ。

身に余るとかではない。

俺が代表をやるのは、間違っているのだ。


「待ってください、生徒会長」


俺が返事をしあぐねてると、ひとりの男子生徒が手を挙げた。

いかにも清潔感の塊で、若者に流行っているマッシュヘア。鼻筋がスラッとしていて、身長も175センチ程度か。そこそこの高さだ。


「ん? どうしたんだい?」


「彼が1年代表を務める事に異議を申し立てます」


なんだ? 助け舟が来たのか?

なんか良く分かんないけど、ありがとう!見知らぬ学生!


「日向くんが早く承諾しないから、異議申し立てがきちゃったじゃーん。んで、君は?」


「ご紹介が遅れてしまい申し訳ございません。僕は1-Bの風紀委員会、相澤樹あいざわたつきと申します」


彼が名前を言った瞬間、周りがソワソワとする。

助け舟はありがたいけど、この学校って誰かが何かを発言すると、ソワソワする習慣でもあるんですかね?


「君が相澤くんか。噂はかねがね」


「光栄です。生徒会長」


なんだよ噂って!

すげぇ気になるじゃん!

てことで、お隣の姫ペディア.....もとい、東雲に聞いてみましょう。


「東雲、あいつ有名なの?」


「貴様、知らないのか!?」


貴様! いや、聞き慣れてるけど、そんな驚いた表情で言われても、知らないものは知らないのよ。

顔だって初めて見るし?

なんかの有名人だったらごめんなさいだけど、俺そういうのに疎いから。先に言っておく。


「な、なんだよ.....」


「夏夜が知らないとは驚きだな。彼、相澤樹は相澤コンツェルンのご子息だぞ!?」


え、マジで凄いじゃん。

てか、ボンボンってことでしょ?

やっぱ生まれが良いと、ルックスも良いんですね。

明らかに女子からモテそうだもん。

うん、ダメ。やっぱ平民の俺からしたら敵です!

東雲の話は続く。


「しかも、タレント活動もしていて、雑誌やテレビで見ない日は無いくらいの有名人だぞ。最近はボクシングの大会まで出てるらしいな」


東雲さん詳しいですね。

もしかしたら、彼のファンかもしれないですね。

有名人を目のあたりにしたウキウキ感、あなたからダダ漏れですよー。


「俺テレビとか見ねえから分かんねえな」


「夏夜は普段なにして生きてるんだか」


そんなため息つかないでくださいよ、東雲さん。


「それで、相澤くんはどうしたいのかな?」


「恐れ入りながら、1年代表の座をかけて、彼と勝負を申し込みます」


ん、え? なんで?


「だからさ、俺はやりたくないって言ってるじゃん。相澤某くんだか知らないけど、君がやるなら俺は大歓迎よ?」


「相澤樹だ!! 人の名前はすぐ覚えるんだな。日向夏夜」


鋭い目付きで俺を睨んでくる相澤。

そんな熱い眼で見ないでよ。

俺が女の子なら惚れる通り越して孕んじゃうよ?

.....いや、言いすぎた、ごめん。


「だいたい、君という人間は何なんだ。諸先輩方に敬意を払わない態度。口を開けばマイナスな事しか言わない。君は風紀委員に相応しくない所かこの神聖なる聖麗学園に在籍していることすら疑問に思う」


うわぁー、全部言われた。

俺の事否定する為に全部言われた。

メンタル弱い子だったら、今すぐうずくまって号泣ですよ?

そこまで否定しなくたっていいじゃんか! 俺だってやりたくて風紀委員に入ったわけじゃないし! 君が敬意を払っているどこぞのクソキモ生徒会長のせいでここに居るんだし!

あーあ。本当なら今頃家に居たんだろうな。

そう考えたらムカついて来た。

ここは一丁、ガツンと言ってやるのも悪くは無い!


「わりぃな、相澤某くん。人の名前覚えるの苦手でよぉ。お前の名前何回聞いても存在感薄くて覚えらんないわ」


「貴様!」


「だいたいさ、人の名前をどうとか言う前に、てめえも俺が代表やりたくねえって言ってんだからそこは理解しろよ。自分の名前覚えて貰う前に、人の話はちゃんと聞きましょうねぇ!!」


相澤は苦虫を噛み潰したような顔で俺を見る。

だが、俺のラッシュは終わらない。


「言っておくが、俺が敬語を使うのは、俺が心から尊敬する人と、年上の女性だけだ。関係もクソもねえヤツらに、敬語使う理由、道理がねえんだよ。あとそうそう、この風紀委員会に入ったのは俺の意思じゃねえ。あそこに居るイカれた生徒会長のご指名だ。風紀委員会? 1年の代表? はっ、ふざけんな。俺はそんなのに1ミリも興味ねえんだよ!」


俺は言いたいことを吐き捨てると、満足気に椅子に座った。

さすがのこの言いっぷりにも、相澤は何も言ってこないだろう。

ここまでやる気の無さを表明したら、さすがにあのクソキモ生徒会長も相澤にやらせるだろう。

だが、俺の思いは、興梠の言葉によって儚く塵と化した。


「面白い! 実に面白い! 素晴らしい演説だよ! 日向くん!だからこそ、君を風紀委員会に招集したんだ。君はこの委員会に対して実に無欲!だが、困ってる人をほっとけない優しさと正義心が心に備わってる。そんな人間が1番の適任者だと思わないかい?」


「やる気がないなら、そもそもやる必要性がないだろ」


「今は無くていいさ。今はね」


どこまで人をオモチャみたいに扱うんだ、興梠は。

そろそろ俺も我慢の限界ってもんがある。

でもここで暴れてしまったら、退学になってしまう。

俺にとって、暴力で解決することは簡単なことだ。

だが、その暴力で解決したところで、根本はなにも解決しない。

けど、俺は興梠の思い通りにはなりたくない。


「さて、対決の方法はどうするかい? 相澤くん」


「ここは男らしく殴り合いで決着をつけましょう」


「ほぉーう、それは大きく出ましたね」


「しかし、素人相手に僕が本気を出してしまうと彼が可哀想です。僕は右手だけで勝負します。日向くん」


「あ? なんだよ」


「君、後悔しても知りませんよ? ここまで育ててくれた親御さんに感謝してくださいね? でも、こんな風に育てた親の顔を見てみたいですけどねぇ!!」


俺の中で何かがブチッと切れた音がした。

ダメだ。俺はこいつを絶望に陥れるくらい、ボコボコに下さなきゃならねえ。

俺の事は幾ら言っても構わない。でも、母ちゃんの悪口だけは許さねえ。

母ちゃんの苦労は身をもって知ってる。だから、迷惑かけずに必死に勉強だって頑張ってきた。

クタクタで帰ってくる母ちゃんにメシだって作ってたし、家事は俺がやってる。

そんな俺の事や、母ちゃんの苦労なんて知らずにこいつは軽々と侮辱した。

俺は許さない。絶対に許さない。

俺は気づかなかったが異様なオーラが放出しまくってたらしい。

いや、周りなんてどうだっていい。俺は舐めてかかる相澤をぶちのめしたい。その怒りと衝動だけが俺をつき動かしていた。


「舐めた事言ってねえで本気でかかって来いよ。ガキ」


「あー、怖い怖い。不良って睨んでれば相手がビビると思ってるから、心がみみっちくて可哀想になってくるね!」


「てめぇ、後悔すんなよ」


「後悔するのは君です」


「言ってろカス。おい、興梠」


「なんだい? 日向くん」


「この対決で、何を得る」


「何って、君が代表になることと、何か1つお願いごとでも叶えてあげるかな?」


言ったなこいつ。

やっぱ無しとか言わせねえからな。


「では、僕が勝ったら、1年の代表に就任するのと、日向夏夜、君には退学してもらう」


は? こいつどこまで俺をコケにすりゃ気が済むんだ。

ボコボコに下すのは生ぬるい。こいつは半殺しにしなきゃ目が覚めないようだ。


「いいぜ。乗ってやる。ここじゃなんだからよ、武道会館行こうぜ」


「君が仕切るのは癪だね」


俺と相澤は大講堂の隣にある、武道会館に足を運ばせた。

他の委員の面々もそれを見届ける為に武道会館に足を運ばせるが、正直、皆の表情は少しばかりか不安が募るような表情が多かった。

無理も無い。喧嘩なんて無縁のエリート達が、今からそれを目のあたりにするんだ。

中には殴り合いなんて生まれてからしたことも無い人だっているだろう。

そういうのを見させられて不安が募らないわけが無い。

俺の後ろを歩いてる東雲すら、不安な表情をしていた。

でもごめん、東雲。こればっかりは俺のプライドが許さねえ。


武道会館に着いた俺と相澤。

武道会館は剣道と柔道を主に行う場所で、3面ずつ場所がある。

広大な面積の為、たまに大会などで貸し出してるんだとか。

そんな神聖な場所で喧嘩とか、クロ〇ズかよ。

柔道エリアの真ん中の畳に立ち、俺と相澤は対峙する。

副会長の金川先輩は、どこから持ち出して来たのか、俺と相澤にヘッドギアを手渡した。


「日向くん、なにもこんな事しなくていいのに」


「すみません、金川先輩。売られた喧嘩は買わなきゃ男じゃないっすよ。しかも、俺には退学がかかってますからね」


「ばか。そんなの私がさせないわよ。でも、頑張ってね。応援してる」


「ありがとうございます。金川先輩」


金川先輩は畳から離れる。

今畳の上には、俺と相澤だけになった。

こいつの顔、見れば見るほどイライラが増すな。


「おい、相澤」


「なんだい? 始める前に忠告しておくが、今なら謝罪を受け入れるぞ?」


「その言葉、そのままそっくりてめえに返してやるよ。んで、最初てめえから殴らせてやるよ。3発ぶち込んで来い」


「はっ! 舐めてるにも程があるよ。その3発で立てないようにしてあげよう」


「それでは準備は出来たかな? 両者、始めえええい!」


興梠の合図で戦いの火蓋は切って落とされた。

相澤は勢い良く俺に詰め寄ってくる。

俺はノーガードで相澤を待ち受けた。


「うおおおおおお!!!!」


相澤の右ストレートが、俺の左頬に命中する。

その威力は、さすが大会に出てる男だけある。鈍い音が武道会館に響き渡った。

すぐさま、次のパンチを繰り出した相澤。

最後は俺の左脇にボディブローを決め込む。


「これで3発だ。応えただろ? 立ってるのもやっとじゃないか?」


確かに相澤のパンチは威力がハンパなかった。

最後のボディブローだって、並の人間なら骨の一本や二本折れていたかもしれない。

だけどよ、そんなパンチ、死ぬほど受けて来たんだわ。

ボクシングに憧れて、物見真似で撃ったパンチにしかすぎない。俺には響かない。

これが相澤の本気なら、少々ガッカリだ。


「は? な、なんで嗤ってる.....」


「お前、ボクシングの大会出てるんだってな。少し期待してたが、どうやら俺の見当違いだったらしい」


「あ、あれを喰らってなぜ平気な顔してる。ぼ、ぼくは仮にもプロだぞ!」


「プロ?今のパンチが? 笑わせるな」


「き、貴様!」


「んじゃ、次は俺の番だな。覚悟しろよ?」


そう言うと、俺は相澤にお返しと言わんばかりの右ストレートを放つ。

咄嗟にガードする相澤だが、そのガードごと俺は吹き飛ばした。

後ろによろける相澤だが、俺の攻勢は止まらない。

続けざまにパンチを繰り出す。

防御するのに手一杯の相澤は、反撃が出来ない状況だ。

俺は攻撃の手を一切緩めない。


「おいおい、俺を負かすんじゃなかったのか? 口だけのガキかよ!手応えねえなぁ!」


相澤のガードが顔に集中していて、俺はガードを崩す為に、右にボディブローを打ち込む。

当たった瞬間、鈍い音が俺の拳に伝わった。

これ、多分折れちゃったよ?

相澤は身体を1歩引く。


「君、相当強いね。ずっと喧嘩ばっかしてたのかい?」


「あ? 喧嘩なんか嫌いだよ。でも、売られた喧嘩は買わなきゃ男じゃねえ。そう思わねえか?」


「なんとも不良らしい振る舞いだね。けど、ここからは僕のターンだ!」


相澤は俺に飛びかかってくる。

性懲りも無く繰り出される右ストレートと左フック。

動きが単調すぎて面白くない。

俺はそれらの攻撃を軽々と躱す。

当たらない事にヤケを起こしたのか、相澤は俺の頭を掴んで、ゼロ距離パンチを繰り出した。

もうボクシング関係ねえじゃん。


「どうだ! これで君も応えただろ!」


「あーあ、お前に合わせてボクシングで相手してやったのに、お前からその枷を外すんだな?」


「何を今更。誰もボクシングに限定しろって言ってないぞ」


「確かにな。俺が勝手に思い込んでたのかもな。なら、これからなんでもやらせて貰うぜ」


俺は軽く2、3回ジャンプすると、その勢いのまま相澤に走っていく。


「冬馬、夏夜大丈夫なのか?」


「あー、大丈夫だよ東雲さん。なんてったって夏夜の得意技は蹴りだからね」


「確かに、サンドバッグ蹴ってるとこ見たことあるけど、夏夜の蹴りは早すぎて見えないわ」


「そんなに凄いのか?」


「すごいってもんじゃないよ。神速だね」


周りから見たら早すぎて何も見えないだろう。

でも、俺の目にはゆっくり見えている。

蹴り出した足の一閃、インパクト時に見える相手の歪んだ顔。全て俺の見える世界はゆっくりと鮮明に映ってるのだ。

相澤もさすがに蹴りが来ると思ったのか、反射的に左腕でガードをするが、そんな事をしても意味がなかった。

ガードをした腕もろとも、相澤を吹き飛ばしたのだ。

バキっと鳴る鈍い音。

吹っ飛ばされた相澤は左腕を押えながらその場にうずくまった。


「あぁぁぁぁあ!! うあぁぁぁぁあ!!! う、腕がぁぁぁぁあ!!!」


痛みに耐えられず叫ぶ相澤の頭を強引に持ち上げる。


「ご、ご、ごめんなさい! もう歯向かいません! やめてぐだざい!!」


「ぬるいんだよ。まだ叫ぶ体力があるなら出来るってことだよな?」


「無理でず! む゛り゛でずぅ゛ぅ゛ぅ゛!!」


「じゃあ、俺の勝ちでいいんだな」


相澤は涙でぐちゃぐちゃになった顔で縦に振った。

俺の怒りは治まり、相澤を投げるように離した。

周りの人間たちは絶句していた。

まるでこの世のものとは思えないものを見てしまったかのように。


「な、なぁ、興梠……」


「なんだい? 大神くん」


「お前は見えたのか? あの蹴り」


「見えてたよ。凄く早かったねぇ」


「俺は知ってる、音速のように切り抜ける蹴りを繰り出す人物」


「あなたの思ってる通りよ」


「あやちゃん、知ってたのか?」


「えぇ、知ってたわよ。彼がそうだもの」


「興梠、お前とんでもねえ奴連れてきたな……」


大門の額からはかなりの冷や汗が溢れ出していた。

興梠の前に着いた俺は、興梠の胸ぐらを掴む。


「どういう風の吹き回しだい? 日向くん」


「それはこっちのセリフだろ」


「苦しいから離してくれないかな。意外と呼吸ができない」


涼しい顔してるくせに良く言うよ。

俺は興梠を投げるように突き放す。


「勝負は俺の勝ちだ。なんでも願い叶えてくれるんだよな?」


「あぁ、勝負に勝ったらだ」


「なにが言いたい」


不敵な笑みを零す興梠。

そう、勝負はまだ終わってなかったのだ。


「夏夜! あぶない!!」


東雲の声で咄嗟に振り向いた俺の目の前には、竹刀を持った相澤が迫り来ていた。

振り下ろされる竹刀。

ダメだ、これは避けられねえ。

バチンと音が響く武道会館。

俺の額から薄らと血が流れた。

そのまま畳にうずくまって泣き叫んどけばいいものの。

そして、何度も何度も相澤は竹刀で殴打してきた。


「君が、君が悪いんだ!! 僕は僕は負けちゃいけない! 相澤家の名誉のため! 日本のため! 僕は全てを手に入れなきゃいけないんだ!いずれかはこの学園の生徒会長になって、全てを牛耳る!他なんてどうでも良いのさ!僕が生徒会長になったら、君の大事な友達は、みーんな、辱めを受けさせてやる!そう、社会的にもだぁ!! けどさぁ、けどさけどさけどさぁぁぁあ!!! こんなゴロツキ相手に不覚を取ったなんて世間に知れたら、僕の評価はガタ落ちだよ! 芸能の仕事も何もかも全部失っちゃうんだよ!! そうだよ、全部!全部君が悪い! 日向夏夜、てめぇが全部悪い!! だから死ね!死ね!死ねぇぇぇえ!!」


どいつもこいつも自分勝手な事言いやがって。

結局は自分のエゴのためかよ。

そんな奴が上に立って牛耳る?

そんなことしたら、ここに居るクソキモ生徒会長と一緒じゃねえか。

くだらなさすぎる。全部、全部!!

俺は何度も殴打する相澤の竹刀を素手で止めた。


「お前、地獄に堕ちる準備はできたか」


「え、あ、やだ!やだ!!死にたくない!死にたくない!!」


酷く怯える相澤。

もうどうにでもなっちゃえ。


「夏夜、ヤバい。本気でキレた」


「冬馬、夏夜の事止めて」


「当たり前。彼の正体は晒しちゃダメ」


冬馬が俺に近づいて来る。

ただ冬馬だけじゃない、大神も、金川先輩も、彩花も、東雲も、俺を止める為に駆けつけて来てる。

なのに、なのに、相澤だけは葬り去りたかった。

こいつに正義は無い。

こいつは誰の上にも立っちゃいけない人間だ。

こいつだけは……殺さないと。


「夏夜、大丈夫。みんなここに居る。だから安心して。どこにも行かないよ」


微かに見える誰かの面影。

そうか、俺は……。


冬馬の言葉に俺は我に返った。

気づいたら俺は、相澤の首を絞めていた。

手を離すと相澤はゲホゲホと咳き込む。


「ごめん……ごめん、相澤。そんなつもりじゃ……」


「僕も申し訳なかった。1年の代表は君がやるといい」


「いや、ダメだ。俺に代表をやる資格なんてない」


「じゃあ、誰がやるっていうんだ」


「分からない。俺は……」


--パチン!

頬を叩く音が響いた。

東雲が涙を流しながら俺の頬を叩いたのだ。


「東雲……?」


「何をしているんだ君は! こんなことしなくても君は勝てた。私はそんな君を見たくない!」


大量の涙を流している東雲を見て、改めて自分が犯してしまった罪とぶつかる。

俺は本当にバカだ。

俺の事を信じて慕ってくれている人を泣かせてしまったのだ。謝罪の言葉だけでは足りない。

それだけの事を俺はしてしまったのだ。

泣きじゃくる東雲に、有紗は心配そうに寄り添う。


「姫奈ちゃん、大丈夫よ。私たちがキツく言っておくから」


「そうだね。夏夜はやりすぎた。僕たちからキツく言わないと、また同じことをする」


そう言い、東雲を宥める冬馬と有紗。

確かに、この2人が怒るとすげえ怖いんだよな。


「夏夜」


「冬馬。……ごめん」


「夏夜は仲間想いで良い奴だよ。でも君はすぐ熱くなりやすい人間だから、もう少しクールになって欲しい。毎回僕らが止めに入れるわけじゃないからね」


「あぁ、気をつける」


「そうよ、私だってあんなおっかない夏夜止めるの嫌なんだから、次はああいった行き過ぎた事はしないでよね。本当に退学になっちゃうわよ?」


「有紗もごめん。心配かけて」


「全くよ」


有紗の顔が少し赤くなってたのは、泣きながら有紗のおっぱいを揉んでいた東雲のせいだろう。

お前抜け目ないな。東雲さん。

でも俺は皆に迷惑を掛けたのは事実だ。

そういえば、この戦いで勝者はひとつだけ願い事を叶えられるんだったよな。

俺は立ち上がると、目の前に立っている興梠の胸ぐらを掴む。

興梠の胸ぐらを掴んだ瞬間、皆俺を引き剥がそうとしたが、興梠がそれを静止した。


「大丈夫ですよ皆さん。彼は既に戦う意志はありません」


「何故そう言い切れる」


「君自身が見せた、先程の殺意が消えてるからです。さぁ、願い事を言いたまえ。叶えれる範囲ではあるが」


「じゃあ言わせて貰うぜ。俺を風紀委員から解任しろ。あんたならそれが出来るだろ」


「ちょっ、夏夜!何言ってるのよ!」


「夏夜、それはダメ」


困惑した表情のみんな。

でもごめん。これしか思い浮かばなかった。

俺はここに相応しくない人間だ。

誰かを傷つける事しかできないダメなやつだし、そんな俺がここに居たら、また誰かを傷つけてしまう。

楽しいスクールライフ? バカみたいだ。

てめえの手でぶち壊したじゃねえか。

そんな目標も達成できない人間が、誰かの前に立つなんて、そもそも間違いだろ。


「少々困りましたね。日向くん。君は何も分かってない」


「はっ? あんたも見てただろ? 俺は誰かを怖がらせ傷つける人間だ。風紀委員に居ちゃいけない人間なんだよ」


「誰が言ったんです? 君が怖いなんて、傷ついたなんて」


「バカかあんたは。そんな事言わなくても、周りの目を見れば分かるだろ」


「愚かなのは君だ。日向夏夜。誰か彼が言ったように怖いって言ったものは居ますか? 傷ついたものは居ますか?」


辺りはしーんと静まり返ってる。

なんで誰も何も言わないんだ。

困惑してる表情をしてるのに、なんで誰も言わない。

誰かが言ってくれれば、俺はここを立ち去れる。

分かってくれ、これはみんなの為なんだ。

だが、誰も何かを発してはくれなかった。


「これが結果ですよ、日向くん 」


「そんなことは!」


「そんなことはあるんですよ。誰もが思っていても、心に感じても、口に出して伝えないとそれは思ってないのと同じ。感じてないのと同じなんです」


興梠は俺の手を掴み、引き剥がす。

こんなヒョロガリの身体から出てくる力はなんだ?

プロの柔道家のような力してるぞ、これ。


「何も驚くことはありません。並みの力ですから」


このバカ力で並みだったら、他の人たちはミジンコじゃねえか。

俺は咄嗟に興梠の手を振り払う。


「とにかく、君を辞めさせるわけにはいきません。君にはやってもらうことがたくさんあるからね」


「やってもらうこと? なんだよそれ」


「ここでは言えません。後で2人でゆっくり話ましょう。それと1年代表の件ですが」


そうだ。俺と相澤は、1年の代表の座をかけて戦っていたんだ。

一応俺が勝ったことになるが、ここでまた代表をやらないってゴネたら、上手い具合に言いくるめられて終わりだろう。マジでやりたくないんだよな。

でも、ここで辞退したとしても、この学園はエリート思考の人間が大半を占める。

そんな奴らが上に立ってみろ? バカみたいに権力を振りかざして、ただただ優越感に浸る人間が生まれるだけだ。

あと、俺の辞退を受け入れられて他の奴がやったとしよう。まず、俺の事をあの手この手を使って排除しようとして来るのは目に見えている。

冬馬たちが代表をやってくれればその心配はないのだが、これだけ内部と外部で発言の格差が生まれてる学園だ。

冬馬たちが代表になることは無いだろう。

ならば道はひとつだ。


「興梠、分かったよ。俺が1年の代表やってやるよ」


「ようやく、腹を決めましたか。もし断ってたら退学になってましたよ」


まじかよ。

まぁそりゃそうだ。

普通に考えたら俺と相澤がしたことは決闘で、決闘罪という法律に抵触するし、明らかに殺意を持って首を絞めた俺は、これも殺人未遂罪で法律に抵触する。

他にも色々とヤバいことしてると思うが、それでも俺を1年の代表にしようとしてる興梠は、もっとヤバいってことを理解してくれ。興梠はイカれてる。


「まあ、日向くんは私の風下に立つ人間です。これからの彼には期待をしてるので、今回の振る舞いについては目を瞑りましょう」


「興梠……。あ……ありがとう、ございます」


皆が驚いた顔をしたのは言うまでもない。

むしろ、興梠までもが目を丸くしていたのだ。


「や、やめてくれ日向くん、吐きそうだ」


お礼を言っただけなのに吐きそうとか失礼だろ。

確かに俺がこいつにお礼を言うなんて、天地がひっくり返ってもありえない事だが、今日くらい良いだろ。


「とりあえず諸君、1年代表は日向夏夜くんに決定した。異を唱える者はおるかね?」


興梠が高らかと宣言すると、拍手が沸き起こる。

皆が本心で拍手していることには幾分疑問が残るが、1年代表になったからには、気を引き締めて行動しなければならない。


「1年代表になった日向夏夜だ。俺が1年代表になったことに納得いってない奴、不満に思ってる奴も居るだろう。けど、これだけは誓う。今日みたいなことは二度と起こさない。もし今日みたいな事を起こしたら、いつでも退学する覚悟はある。だから、俺を信じてくれ」


また拍手が起こった。

でもやっぱり皆の表情はどこか曇っていて、不安が拭いきれないのは言うまでもない。

けど、これからの事は俺次第な訳だし、代表をやるって言った以上、やり遂げてやる。

男に二言はねえよ。


「期待してるよ。日向くん」


「あんたに言われなくてもやり遂げる」


「その意気だ」


ここで、今日の合同委員会は解散となった。

他の面々は切り上げて行く中、俺と興梠は生徒会室に向かった。

生徒会室に入ると、目の前には6人ほど腰掛けられるテーブルと椅子があり、奥の窓の前には生徒会長専用の執務机がある。

執務机に収納されたソファに腰掛けた興梠は、いきなりゲ○ドウスタイルになる。

夕日で逆光するメガネのせいで、それっぽく見えてしまうのは腹立たしい。


「まずは、1年代表に選出おめでとう」


「何がおめでとうだよ。半ばあんたの強制じゃねえか。だいたい、あの決闘で俺が負けてたらどうしたんだ」


「君が決闘に負けるなんて有り得ないよ。なぜなら君は黒鬼と畏れられた、この街の伝説だからね」


「お前がその忌み名で呼ぶな」


「これは失礼したね」


「んで、なんで俺と東雲を風紀委員にした。てめえの計画ってなんだよ」


これ以上の無駄なやりとりは意味が無い。

本題に入って、興梠の真意が俺は知りたかった。


「君は知っているかね。落第者の末路」


落第者とは、このエリート学園の授業についていけず、かつ追試で落第し、皆とは別の教室で授業を受けている生徒たちの事を指している。

でもそいつらが興梠の指す計画になんの関連性があるんだ?


「とりあえず、成績が回復するまで、別の教室で授業を受けてるくらいだろ?」


「表面上はそうなってるね。けど、実際は違う」


「どういうことだ?」


俺と興梠の間に不穏な空気が流れる。

こういう時は大概嫌なことが起きる。

いや、今から興梠が嫌な事を言うんだ。


「この学園には留年というものがない。落第者たちも春になれば進級が出来る。が、落第した3年生はどうなると思う?」


「留年が無いからそのまま卒業だろ? 簡単な話じゃねえか」


「甘いですね、君は。落第した人間たちはいくら頑張っても卒業できず、卒業式前日に退学扱いになるんですよ」


は? マジで訳分からねえ。

確かに落第してしまったのはそいつらの責任だから仕方がない。でも、この学校には落第しても救済措置はあったはずだ。


「落第しても成績が回復したら元のクラスに戻れるはずだろ? それは卒業認定試験も同じじゃないのか?」


「あぁ、あのくだらない救済措置か。そんなもの存在しないよ」


「おい、どういうことだよ。」


「さっき金川くんが先生たちも元のクラスに戻れるようにと言っていたが、あれは嘘だ。落第した時点で終わりだ」


「待て待て、留年者を出さないってのは良いことだけど、それが嘘ってどういうことだよ。勿体ぶらず話せ」


「君はせっかちだな。ここからはこの学校の闇の部分だ。落第した生徒は、まず自分が落第したことに絶望し勉強をしなくなる。だが、中には元のクラスに戻ろうと必死に勉強するが、それにも限界が訪れる。何故なら、落第クラスは全て自習になるからだ。それで幾ら頑張っても元のクラスに戻れないと現実を突きつけられる」


「それは幾らなんでも可哀想だろ。先生たちは何をしてんだ」


「可哀想? そんなの詭弁だよ、日向くん。勉強を怠った生徒が悪い。自業自得さ。そんな奴らに割くリソースなど先生方は無駄だと思ってる」


確かに興梠が言ってることは間違いじゃない。

でもだ。ここは世間が認めるエリート学園。勉強の成績が全てのこの学園で、余りにも非道な扱いを受けている生徒が居て、無駄だと決めつけて救済しない先生がいるんだ。

ましてや、卒業式前日に退学を突きつけられるなんて最悪だ。

留年が無く、卒業出来ずに退学にさせられるのであれば、他の学校に編入させたり、それくらいの慈悲があってもいいだろう。なんでその事もしないんだ。

だいたい、卒業式前に大量に退学者を出したら、それこそ学校の評判に傷が付く。

俺はその事を興梠に伝えると、興梠は静かに笑った。


「確かに同じ日に退学者が大量に出てしまったら評判はガタ落ちだろうね。けど、そんなことなどこの学園はどうでも良いんだよ。現に毎年たくさんの受験者で溢れかえってる。卒業認定試験に合格できず、留年より退学を選んだって公表してしまえば、批判なんて来ないんだよ」


「腐りきってんな、この学校は」


「もちろん。だが、私はそこに一石を投じるつもりだよ。そこで日向くんが私の大いなる計画を遂行するために現れてくれた」


さっきからなんだよ、その大いなる計画って。

事の次第によっては断るけど、9割断ることは俺の中で決まってる。

こいつに踊らされるのはごめんだ。


「んで、日向夏夜くん、君には落第者の2、3年生を自主退学もしくは校則違反で退学に追いやって欲しい」


「は? そんなこと出来るわけねえだろ! 馬鹿なこと言うな」


何言ってんだこいつ。

どんなに頑張ってもどうせ退学させられるなら、待てばいいじゃねえか。

なんで俺がそんな事しなきゃいけないんだ。


「私が在籍している間に、この学園のシステムを変えたい。今落第クラスにいる奴らは救いようが無いが、これから落第者を出さない為でもある。この計画に乗ってくれると嬉しい」


「計画も何も、この学校のルールを決めてるのは理事会だろ? 生徒会長のあんたが動いた所で、何も変わらないだろうよ」


「残念、それが帰られるのだよ。生徒会長は理事会と同等の権力を持ってるからね。私がシステムを変えることは容易なことなのさ」


「だったら、システムを書き換えて今いる落第クラスの奴らを救ってやれよ」


「それが出来たら苦労しないさ。何故なら奴らはこの学校の不良に成り下がった人間たちだ。自習ばかりで先生方も見放してる。かつ元のクラスに戻れることも無く、卒業式前日に退学が待ってる。留年も無ければ、クラスが隔離されてるからどんな校則違反を犯しても在学中に退学にもならない」


「それって無法地帯じゃねえか……」


「そうさ、無法地帯さ。だから、せめてもの救いで君が引導を渡して欲しい。手段は問わない」


「仮に引き受けるとしても、なんで俺なんだ」


「君は頭が良い。そして、腕っ節もある。問題児たちがどうしたら問題を起こすかの理屈もしっかり理解している。君以上に適任は居ないと思うよ?」


なんだよそれ。

結局は貧乏くじ引かされたってことじゃねえか。

自分の手を汚したくない、そう言えば良いのに、こいつはどこまでも卑怯だ。

何が大いなる計画だ。

そんな事をしてもこの学園はいい方向に進まないし、俺に至っては問題を吹っかける方だからリスクがある。

どうせ、俺が用済みになったら切り捨てるのがオチだろう。


「ちなみに成功した暁には、日向くん、君を生徒会の一員として受け入れてあげよう。元々庶務の椅子が空いてたからね。今後の君の為でもある」


「要らねえよ、そんな椅子。んで、失敗したらどうなるんだ」


ここが大事だ。

この計画は成功する可能性は低い。

俺が落第クラスに行って問題を吹っかけても、相手が乗ってくる保証はない。

その時の最悪の想定として、失敗後の俺の去就も気になる。


「もちろん、退学だよ」


は? こいつ今なんて言った?

退学って言ったよな?

どこまでふざける気だ、興梠。

俺は咄嗟に興梠の胸ぐらを掴む。

俺、今日何回人の胸ぐら掴んでんだよ。


「てめえいい加減にしろよ。落第クラスか俺かどっちかじゃねえか」


「そうだ。リスクは承知の上だと思って貰いたい」


「ふざけるな。俺はなぁ、クソみてえな喧嘩の毎日から脱却して、楽しいスクールライフをただ平穏に送りたいだけなんだよ。今日でその夢はズタズタにされてんだ、俺をどこまで弄んだら気が済むんだ? あ?」


「それは残念だったね。君はこの学園に入学してから既に計画の一部なんだよ。それとも、学園を去るかい?」


こんなの横暴だ。

A組のクイクイもこんな気持ちだったんだろうな。

俺は興梠の胸ぐらを離し、近くの椅子に座る。


「納得いかねえ。納得いかねえよ!!」


「なら、納得いかせる為に、もう1つ条件を付け加えよう」


「あ? なんだよ」


「君が失敗したら、東雲姫奈くんも退学してもらう」


俺の中で何かが切れる音がした。

俺は興梠に近づき、胸ぐらを掴み、額に興梠の額をぶつけ睨みつける。

だが、興梠は怯む様子は無い。

こいつは完全に言っちゃいけねえ事を言った。

俺の本能が言ってる、こいつは危険だ。

排除しないと。


「てめえ、東雲は関係ねえだろ。あいつは俺よりも遥かに優秀で、友達想いで、良い奴なんだ。東雲を巻き込むんじゃねえ」


「なら、君がこの計画で成功するしかない。賽は投げられた。もう君に逃げ場など無いのだよ? それともこの計画を遂行せずに退学するかい?」


ダメだ。こいつに対抗できる策が見当たらない。

全ては興梠の手のひらで踊らされていたのだ。

興梠は全部見透かした上で、俺と取引をしてる。

自分が生徒会長が故に、権力を持ち、全て優位な状況で取引を吹っかけて搾取する。

こいつ程の悪魔を俺は見たことがない。

俺の心は段々と、興梠と争う気持ちが薄れていった。

いや、戦意を喪失したのだ。

勝ち目などなくて、俺は興梠の計画に乗って実行するしかない。ただの駒と気づいてしまったからだ。

俺は興梠の胸ぐらをゆっくり離し、また椅子に座る。


「なんだ、もう反抗するのは止めたのかい?」


「あぁ、結局やらないといけないなら、どうでも良くなった」


「助かるよ。君に期待して私は良かったよ」


「そーですか」


「では改めて聞こう」


別に改まる必要はないんだけどな。

興梠は再び○ンドウスタイルになる。

もう突っ込まねえよ? 気力が無い。


「さて、日向夏夜くん。君には2つの選択肢がある。いや、2つの選択肢しかないのだが、どちらとも修羅の道ではあるだろう。もちろん、第3の選択肢は存在せず、君には是非この件を速やかに遂行して頂きたい」


「あ、あんた。それが目的で俺を強制的に入会させたってことか」


「もちろんだとも。君が入試を受けた時点で、この計画は始まっていたのだよ。寧ろ感謝するべきではないのかね? この崇高なる計画に君はうってつけの人材なのだよ」


「なに言ってんのか訳わかんねえな。てかよ、もし俺がこの学校に合格してなかったらどうする気だったんだよ」


「ふふっ。君は少し自分を過小評価している節がある。そんなこと、絶対に有り得ないのだよ。前に言った筈だ。君には期待していると」


「期待されても困るね。俺はあんたの思い通りにはならない」


「残念、思い通りになるのだよ。なぜなら、君は大いなる計画の一部なのだから。諦めたまえ。これは生徒会長直々の勅命だ。拒否権はない」


八方塞がりってやつだな。

なら仕方ない、やってやるよ。

このクソキモ生徒会長の手のひらで踊らされるのは癪だが、やってやる。


「わかった。あんたの計画に乗ってやる。だが、一つだけ約束しろ」


「なんだね?」


「東雲は巻き込むな。いいな?」


「無論」


興梠の不敵な笑みが、生徒会室をこだました。


生徒会室後にした俺はカバンを取りに教室に戻った。

窓から見える景色は夕暮れに包まれていて、1日の終わりを告げるかのような静寂さがあった。

さすがに冬馬たちも帰ったのだろう。教室に近づくにつれ、静けさがそれを伝えてくる。

だが、教室に入ると、ひとりの可愛らしい女の子が外を見ながら座っていた。


「東雲……帰ってなかったのか」


俺の存在に気づいた東雲は、頬がプクッと膨れ上がる。


「夏夜!遅いぞ!いつまで私を待たせる気だ」


いや、待っててくれってひと言も言ってねえよ。

でも、ちょっと寂しかったから、東雲が待っててくれることに嬉しさが胸をくすぐった。


「悪ぃ。んで、冬馬と有紗は?」


「デカパ……えぇと、有紗は用事があって、冬馬はバイトって言ってたぞ」


まだ有紗のことデカパイって呼んでたのかよ。

そろそろ可哀想だからやめておかない?

でもそんな有紗の事、ことあるごとにおっぱい揉んでる東雲さんを俺は知ってるからね?

羨ましいとか微塵も思ってないですよ!?

思ってない、思ってない……。

いや、ちょっと思ってる。


「そっか。もう暗くなるからさ、帰りながら話すか」


「うん!」


俺たちは学校をあとにすると、帰り道はすっかり暗くなっていた。

学校を出てしばらく歩くと住宅街にでるのだが、その住宅街を500メートルほど歩くと商店街に出て、その商店街を通り抜けると、聖麗学園前駅がある。

俺はここが地元だから、住宅街と商店街の間に家がある。

わりかし家から学校まで近いのだ。

でも東雲ってどこに住んでるんだろうな。

意外と遠かったりするのかな?


「東雲は帰りは電車か?」


「ん? そうだぞ。 でもここ最近はお迎えがあるが、今日は遅くなるから断っておいた」


逆に遅くなるからお迎えって必要じゃない?

でもお迎えがあるって、大事にされてる証拠だ。

俺も母ちゃんにお迎えされてー!楽してー!

甘ったれんじゃないわよって怒られそうだからやめとこ。


「じゃあ、駅まで送るよ」


「別にいいのに!私はひとりで帰れるぞ」


「こんな夜中に女の子ひとりは危ないだろ。最寄り駅着いたら迎えに来て貰えよ?」


「夏夜は過保護だなぁー、まるでお母様みたいだ」


東雲はお嬢様って思う瞬間が多々ある。

今みたいに自分の母親をお母様と呼んだり、人前に立つ時はしっかり綺麗な言葉遣いをする。いつもふざけてはいるが、お嬢様特有の立ち居振る舞いが滲み出てて、たまに別次元の人間だって思わされる。

今日だって、俺を守ってくれる姿はかっこよかったし、正直嬉しかったんだよな。

厨二病おっぱい星人なのは残念なポイントだけど。


「東雲さ」


「ん? どうしたのだ?」


「今日はありがとな。そんですまなかった」


「何を今更。手のかかる子供だと思って見てたよ」


「ふっ。俺はまだまだガキだな」


「大丈夫でちゅよー、なちゅやくぅん」


「お前それは煽りすぎ」


「にゃははー!」


なんだかんだ、東雲と居るこの時間が楽しいのかもな。

だから、俺が守ってやらないと。

興梠の計画から東雲を遠ざけないと。

貧乏くじを引くのは俺だけで良い。

俺だけが十字架を背負えばいいのだ。


「どうしたんだ? 夏夜」


「ん? あぁ、なんでもない」


考え込んでいた俺に、東雲は顔を覗き込んできた。

俺は東雲の頭にぽんっと手を置き撫でる。


「でも本当にありがとう。東雲のお陰だよ」


すると、東雲の顔がカァーっと赤くなった。

そんなに赤くなることか?


「な、な、な、な、なぜお父様みたいなことぉ!今日は大雨が降るぞ!今から降るぞー!」


何言ってんだか。

しかし、東雲の妄言は見事的中してしまう。

ポツンポツンと降り出した雨は、次第に雨足を強くしていった。

やがてそれが大雨に変わる。

え? 東雲さんエスパーかなにかですか?


「おい!マジで雨降ったじゃねえか!」


「私は知らん!夏夜が余計な事をするからだ!」


「とりあえず、もう俺ん家近いから、走ろう!」


俺と東雲は黙って俺の家まで走った。

家に着くとブレザーはびしょ濡れだったが、幸い中のワイシャツは濡れてなかった。


「どうした東雲、入らないのか?」


東雲は玄関で立ち尽くしていた。

そんな所にずっと立ってたらいつか風邪引くぞ。

あ、そうか。多分異性の家に入るのは初めてなんだろうな。

俺は有紗がしょっちゅう来るから気にはしてなかったけど、普通の女の子はそういうの気にするよな。

別に有紗が普通じゃないとは言ってない。

俺も有紗の家に遊びに行くことだってあるし、昔から異性の友達が居るってなると、そういうの当たり前で気にしなくなるもんな。


「風邪引くから入れよ」


「う、うん……」


東雲は靴を脱ぐと恐る恐る家に上がった。

俺は部屋から取ってきたパーカーを東雲に渡した。

マジで風邪ひくと困るからね。


「とりあえずそれに着替えろよ。脱衣所はあっちだから」


「うん、ありがとう……」


ちょっと!なんなの!このぎこちないやりとり!

アタシまで気まづくなるじゃない!

東雲のお嬢ちゃん!早く慣れてー!

大した家じゃないから!

でも、今家には俺と東雲しか居ないから、緊張するの初めてじゃね?

そう考えたら緊張するのって当たり前じゃね?

やば、俺まで緊張してきた!

てか、俺デリカシーなくね?

自分のパーカー渡して、それに着替えろよとか、どうする彼女が潔癖だったら?

いや、ちょっと人の着るの生理的に無理なんで……とか言われたら俺泣くよ? いや、泣いていいよね?

あー!考えるな!

考えたら負けだ! 心頭滅却、心頭滅却!


「ま、待たせたな」


そんなアホな事を考えているうちに、東雲は俺のパーカーに着替えていた。

え、ちょっと、俺のパーカーなのに新鮮味がすごいんだけど。

これは!俗に言う、彼ピ服か!

誰が彼ピや!これは善意、ぜ!ん!い!


「さすがに夏夜のだからブカブカだぞ」


「わ、わりぃ、それしかなくて……」


「ううん、大丈夫だ。それと夏夜の匂いもするしな」


「あ、臭くないか? 大丈夫?」


「大丈夫だ。むしろこの柔軟剤の匂い、私は好きだぞ」


好き頂きましたー!

俺テンションおかしくなってない?大丈夫?

萌え袖にしてニコニコしながら匂いを嗅いでる東雲。

てか、東雲ってやっぱマジでかわいいんだな。


「どうしたのだ? 」


「あ、いやなんでもない」


見惚れてたなんて言えませんよ!

こんな小動物みたいに可愛くされてたら、もっとなでなでしたくなっちゃう!

東雲をリビングのソファに誘導すると、キッチンに居た俺はお盆にホットミルクが入ったマグカップ2つと、角砂糖が入ったケースを乗せて、リビングのソファに移動し座る。


「ほら、東雲が好きなホットミルク」


「うぉ!夏夜、有難いではないか!私の好きな飲み物だ」


なんで東雲がホットミルクが好きかって?

この人、1度だけ耐熱の水筒にホットミルク持ってきてたんすよ。

さすがにあの時はツッコミ入れましたけど、その時東雲が言った言葉は、


『今日は遅刻ギリギリだったのだ!毎朝これを飲まないと1日が始まった気がしないのだ!文句あるのか!?』


って言ってたもんで。

ちなみに、


「角砂糖は2個までだぞ。それ以上は不味くなる」


だそうです。

ルンルン気分でホットミルクを嗜む東雲。

え、ちょっと、俺、幸せな気分なんですが?

あ、あれか! ホットミルクを一緒に囲んで飲むと、幸せな気分になれるのか!

納得した! なーんだ簡単じゃないか。

……なわけねえだろ。

浮かれるな日向夏夜。

彼女は雨が降ってきたから仕方なく俺の家で雨宿りしてるだけ。

別に俺と東雲はカップルではないし、俺は東雲に特別な感情を抱いてるわけではない。

あれだ!一種の妹と楽しく過ごしてるお兄ちゃんだ!

だが、その幸せな時間もつかの間。

東雲の表情は真剣な目つきになった。


「それで夏夜、興梠と何話したのだ?」


いつかは聞かれると思いました。

そりゃ、東雲も気になるわな。

東雲も巻き込まれそうになってたってことは伏せておこう。

もし知ってしまったら、彼女は興梠の所に抗議しにいくからな。

そんなことでもしてみろ?

せっかく俺だけのミッションになったのに返って東雲まで参加せざるを得なくなってしまうからな。

でも、待てよ。

なんで東雲も興梠指名で風紀委員になったんだ?

そこを聞いてなかった。


「あいつのクソみたいな計画に加担することになったんだよ。全く、あいつはどクソが付くほどのペテン師だよ」


「何があったのだよ。詳しく話せ」


俺は事の顛末を東雲に離した。

喋ってるうちにまた段々と怒りが沸いてくるが、我慢出来ないほどではなかった。


「ってことがあってよ。あいつは卑怯にも、自分で手を汚さず、人にやらせてるんだ。そんな奴が今この学校のトップを張ってる。俺は非常に不愉快だ」


「そうか。なら夏夜はきっかけ作りの斥候ってとこか。なんともいやらしい人間だな。興梠ってやつは」


ただ、学園をより良いものにしたいという熱意だけは伝わってきたから、興梠と直接話して、その本気度は本物だ。

けど、この計画には色々と不安要素が絡んでるし、実行する俺でさえ不安や恐怖は拭えない。

そして、東雲は絶対に巻き込めない。

先の見えない不安が闇が、俺を襲う。


「夏夜? どうしたのだ? そんなに暗い顔して」


「あ、ううん。何でもねえよ!」


「何かあったらすぐ言えよ。私も風紀委員で、夏夜の力になりたいからな!」


「ありがとな。何かあったら東雲の力貸してもらうよ」


「でも、今日みたいな無茶は絶対にするでないぞ? 本当だったら、退学になってもおかしくないのだからな?」


うっ……。痛いとこ突いてきますね、東雲さん。

今日みたいな戦いは結構稀まれなんだけどね。

普段あんなに怒ることないから、落ち着いた時は、懺悔と羞恥で頭いっぱいだっし。

しかもそのあとすぐ興梠と生徒会室に行ったから、落ち込む時間もなかったからね。

なんか、今思うとその感情が溢れ出して来て心が痛い……。


「す、すみません。極力気をつけます」


「極力ではない! 無理をするな!」


「は、はい……」


「だいたい、夏夜は--」


--ぐぅぅぅぅぅ。


「はうぅっ!」


頂きました。

美少女がお腹を鳴らす瞬間。

まあ、無理も無い。

もうすぐ8時を回るし、育ち盛りの俺たちのお腹がなる事なんて、当たり前な事だ。


「ま、待て夏夜。これには深い訳があってだな? 私のお腹は腸内活動が活発でお腹が鳴る体質なのだ! だから決して空腹という訳ではなく、その体質のせいでお腹が鳴ってしまい、誤解を招いてしまう現象が起きてだな? だから、あの、その……」


顔を赤くしながら必死に言い訳してる東雲、かわいいですな。

こんな姿を有紗が見たら卒倒するんじゃないか?

あいつ、東雲の事妹みたいでかわいいって言ってたし。

それで毎回、東雲が妹じゃないぞ!って言って、有紗のおっぱいを揉みしだくんだよな。

もう見慣れた光景だから別になんとも思わないけど。

やっぱ周りの男子からしたら、目に毒だよな。

そういうことから縁のない奴らが多そうだし。


「わかったよ。んじゃ、行くか」


「どこにだ? しかもパーカー借りたままだし、ブレザー乾いてないし……」


「パーカーは今度返してくれればいいよ」


そういうと俺は東雲の荷物を持って家を出る。

あとには東雲がついて来て、不安そうな顔をしている。

俺の家は3階建てマンションなんで、エントランスから出ると、そのまま隣の喫茶店に入った。

ちなみに俺ん家の部屋は1階な?


「ういっす。おじさん」


「よぉ、夏夜。今日は珍しく女の子の連れがいるんだな」


「そうだよ。ちなみに彼女じゃない」


「んだよ、つまんねーなぁ」


俺と話してるのは、ここの喫茶店のオーナー、日向徹夜ひゅうがてつやだ。

俺の母ちゃんの弟。

褐色の肌に黒髪短髪、メガネを掛けていて、筋骨隆々。

街の腕相撲大会で優勝するくらいのバカ力で、独身。34歳

元々大手の外資系企業に勤めてたが、脱サラして喫茶店のオーナーになったららしい。

小さい頃から面倒見てもらってるから、兄貴みたいな存在なんよな。


「あ、お兄ちゃん! 遅いよ! ご飯もうそろそろできるよ!」


水色の髪の毛でどことなく俺に似ている妹、日向千夜ひゅうがちよが、奥の厨房から顔を出す。


「悪ぃ悪ぃ千夜。あのさ、今日もう一人分用意してくんね?」


それを聞いた東雲は、顔を赤くしながら俺を静止させる。


「ちょっ、夏夜、私はこのまま帰るから遠慮するぞ!」


「んだよ、気にすんなって。食べてけよ、腹減ってるんだろ?」


「それはそうだが……」


まぁ、食欲には勝てないもんね。

東雲の存在に気づいた千夜は、俺たちに近付いてきて、東雲を凝視する。


「お兄ちゃん、このお人形さんみたいにかわいい女の子は誰?」


「あー、同じクラスの東雲だよ」


「ご紹介が遅れてしまい、申し訳ございません。日向夏夜くんとは同じ学窓がくそうで学ばせて頂いております、東雲姫奈と申します」


丁寧に深々とお辞儀する東雲。

でた、東雲のお嬢様モード。

いつ見ても、俺とは別の次元の人間だと錯覚してしまう。

でも不思議だよな。

育ちも考えも違う俺と東雲が友達になるなんて。

感慨深いというかなんと言うか。


「お兄ちゃん!」


「な、なんだよ千夜!」


千夜はいきなり、俺の腕を掴んできたのだ。

どういうこと?とおじさんに目配せするが、おじさんも驚いている。

まじでどういうこと??


「お兄ちゃん、このお方がどういう人か分かって接してる?」


「は? 同じクラスで同じ風紀委員の東雲姫奈さん」


「お兄ちゃんのバカ!! てか風紀委員に入ったの!? 凄いけど似合わない!」


「おい、夏夜! 聖麗の風紀委員とかエリートだぞ!」


おじさんそういえば聖麗のOBだっけ?

もう顔が青ざめてますよ。


「とにかくお兄ちゃん、このお方は日本最大財閥、東雲財閥のご令嬢様だよ!」


ふーん。そんなにすごいんだ。

東雲も大変なんだな。

ん?日本最大財閥? 東雲財閥? 東雲姫奈?


「まじか? 東雲」


「バレちゃいましたね。隠してるつもりは無かったのだけれど」


凛とした笑顔。

まるで高嶺の花のような美しさに、神々しく光り輝く。

厨二病おっぱい星人の東雲姫奈さん、貴方は謎です。

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