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零の精霊剣  作者: 半熟紳士
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ヒュドラの呪い

 魔力で練られた弾丸が蛇の頭を砕き、そのままテオへと迫る。

 幸いなことに、この魔力の弾丸は通常の弾よりはるかに遅い。

 剣で撃墜できると振るった瞬間、弾丸は蛇の骨の形になって、刀身に絡みつく。

 そこから滑るようにしてテオの首筋にまで到達すると、二本の牙を突き立てた。


「え……?」


 警戒していた割には、随分と呆気ない。

 そう訝しんだのも一瞬のこと。

 一拍おいて襲ってきた激痛に、テオは崩れ落ちた。


「が、あ、ぎゃあああああああああああああああああ――!」


 喉が張り裂けんばかりに、叫ぶ。

 全身の細胞が断末魔の叫びを上げているようだった。

 肺が腐り落ちたように、息が出来ない。

 脳が攪拌されたみたいに考えがまとまらず、ただただ痛みを認識するだけの器官と成り果てていた。


「ヒュドラの毒というものがあるだろう? そいつの毒を受ければ、人間は苦しみ死ぬ。しかも解除不可能だ。不死の賢者ケイローンも激痛に耐えきれず、その権能を手放したって程の毒だ。で、この魔法は、その毒を呪いとして再現したものだ」


 悠々と弾を装填しながら、夜見は説明する。

 考えがまとまらない。

 耳に入ってくる言葉の意味を、うまく咀嚼できない。

 ヒュドラならば、この世界にも実在する。

 厄介な毒を持つモンスターではあるが、高位の解毒魔法を使えば対処できないことはないはずだ。

 それに、ケイローンとは、なんだ?


「ヒュドラは私がいた世界では神話上の生物だったから、呪いの効果はほぼ想像で作ったんだが……結果的に、実際のヒュドラより苦痛は上になったってワケだ」


 愉快げに、夜見は笑う。

 一方テオは、苦痛に全身を蹂躙され笑うどころではない。

 これ程の激痛ならば、即死でもおかしくない。

 だがこの呪いは、いつまでたっても肉体が魂を手放そうとしなかった。


『落ち着け我が主! 君の肉体は無事だ。これは君の神経や脳が誤解しているに過ぎないんだよ!』


 狂ったように何度も回復魔法や解毒魔法を自分にかけても一向に効果がない。

 それもそのはずだ。

 テオの肉体には、傷一つ付いていないのだから。


「この呪いは、相手に苦痛を与えるのが目的だからな。コイツを使えば、誰だろうと不死者の気分を味わえるって寸法だ。もっとも、味わえるのは不死であることの苦しみだけなんだが」

『癒やすのも水だが、腐らせるのもまた水って訳かい……』


 ギリッと歯ぎしりしたい気分だったが、剣になっている今はそれも出来ないゼロであった。

 元々回復魔法の代名詞と言われている水属性だが、同時に最も呪いと相性がいい属性とも言われている。

 ゼロ自らが解呪しようとしても、呪いはテオに、それこそ蛇のように絡みついている。

 テオがあまりの痛さに気絶するも、今度はその痛みで意識を取り戻し、また気絶――の繰り返し。

 それが秒単位で行われるのだ。


 全身から血が吹き出して腐り落ちるような感覚があっても、それは事実ではなく錯覚だ。

 視界はいつの間にか真っ黒に染まり、誰の声も届かない。

 ひょっとして、もう自分は死んだのかもしれない。

 しかし痛みは、今も執拗にテオを蝕んでいる。

 死んでしまいたいと、僅かに思った。


 終わらない苦痛を解放するには、死しかない。

 剣を突き立てる痛みも、この苦痛に比べればどうという事は無いだろう。

 だが――死んでしまえば、全てが終わってしまう。

 ダンジョンに潜ってゼロと契約したことも、フィオナと決闘して弟子入りしたことも、彼女達とくだらないことで喧嘩したことも。

 楽になるということは、それらを全て捨て去ることだ。


 ふざけんな。


「こんな、ところで」


 言葉になっているかどうかも分からないその声を、絞り出す。


「終わって、たまるかよ――!」


 叫んだ。

 実際に声に出ているかどうかは分からなかったが、テオは喉が張り裂けんばかりに叫んだつもりだった。

 弾かれたように立ち上がる。


「何っ――!?」


 目を見開く夜見の顔面に、拳を叩き付けた。

 骨が軋む感触。

 砕けたのはどちらの骨だったのかは分からない。

 呪いに全身を蹂躙されているテオにとって、新たな痛みなどあってないようなもの。

 一撃では終わらせない。

 何度も何度も、夜見の体を殴り続ける。


「兆候はない――こいつ、自力で動いてるのか」


 ほう、と僅かに感心したように声を漏らしながら、夜見は攻撃を捌いていく。

 威力自体は大したものではない。

 勢いがあったのは初撃だけで、呪いを受ける前よりも、ますます稚拙なものになっている。

 逆に言えば、それだけなのだ。

 本来この呪いは、どれほど屈強な戦士であろうと無様にのたうち回ることしか出来なくなるような苦痛を与えることが出来る。


 だが、テオ・リーフは止まらない。

 ただただがむしゃらに、剣と拳を振るった。

 呪いの影響か、既に体は鉛のように重い。

 全身に枷が取り付けられているみたいだ。

 意地なのか、それとも本当に勝機があると思っているのか。


 どっちだっていい。

 どっちでもいい。

 この体がまだ動いているということ。

 事実は、それだけでいい――!

 刀身に魔力を込める。

 もう屋外だの屋内だの、構っている暇はなかった。


「おまえ、まさか――正気か?」


 正気でいられるもんか。

 こんな呪いを食らって正気を保てるなら、そいつはハナから狂っている。

 遠慮なんてしない。

 あちらが切り札を使ったのなら、こっちだってブチかます。


「無為式・天衣無ほ――」


 ぐしゃり


「あ――?」


 振り上げた瞬間、

 体の内部で、なにか、壊れた、ような、音が。

 口から血が噴き出す。

 幻覚じゃない。


 本物の、血だ。

 周囲の景色が遠ざかっていく。

 もう、体が動かない。

 一撃。


 あと一撃で勝てるのに、とどかない――

 これ以上抵抗することも許されず、テオの意識は闇へと落ちていった。


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