1.やり直し
記憶を読み返す必要もなく、はっきり覚えている。始まりは1年初、OTで熊本の阿蘇ファームランドに行った時。同じグループで活動してから。
その時からだった。一目惚れとか、そういう話をしたいわけではない。その時はただの好感、友達までいかずに、見知らぬ人にも抱けるほどの好感に過ぎなかったし、それ以上の感情に発展することはなかった。
そもそもそんなに仲良くなれたわけでもない。同じグループだし、まあまあ自然と距離が縮まっただけで、それ以外のイベントはなかったといっても過言ではないのだ。友達だとも呼べない、ただOTで偶然同じグループになっただけの、それ以上も以下もない関係。その時はそれで説明済みだった。
それが変わって行ったのは1年の授業が進んで新しくできた友達がきっかけだった。初めてできた友達と『姉さん』が知り合いだったおかげで、友達と呼べるほどには仲良くなることができたのだ。
愛とは比べて、500ピースのパズルというか、最初はその感情がなにか全然知らなくて、半分くらい組み立てたときにうっすらと浮かび、最後のそのピースを挟み込んだときにそれがなにかわかるようになる。
だがそれだけのことだ。格好つけて片思い、単純な熱病に過ぎないその感情は、内で燃えるように俺を苦しめ、結局灰になって体の奥に積もるだけだった。
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「まあ…これくらいかな」
話を終え、テーブルに置かれたマグカップに手をやる。半分くらい残った、生暖かいカフェオレ。苦い恋話にちょうど似合う適当な甘さ。
「いや、いやいやいや、重い!重い重い重い!」
「え?」
でもその組み合わせがあまり気に入らなかったのか、テーブルの向こう側に座っている女性、霧島沙跡は顔をしかめて呆れたように話を続く。
「一体何?なんで急にそんな重たくて聞き辛くて不愉快な話をだすわけ?!」
「いや、お前が話してって…」
「お願いしてないわよ、そんなこと!」
「声、声がでかいって…」
「あ、そうだ、すみません、すみません…」
知らないうちに大声を出してしまった霧島は、周りに座っているお客たちに腰をぺこぺこしながら謝罪する。
「上野…!」
「俺はわるくないと思うがな…」
顔を赤く染、俺を睨む彼女の不合理な怒りを揉み消すように咳払いをし、先の話題を繋いでいく。
「だから確かに…『恋に落ちたときはあるのか、少年?』と聞いただろ?」
「ちーがーう!『ヒロインと恋に落ちたときはあるのか』って聞いたの!一番大事なことを抜いてどうするの?!」
「そ、そうだっけ…」
でも思えば、その前までは『愛されるヒロインとは』について真面目に話し合っていたんだな。現実の恋話がでるには確かに不自然なところがある。
「ごめん、いきなりの話をして…最近結構辛くてな、つい」
「しかもあっつあっつの現在進行系だし…!」
小さい声で絞るように言った霧島は、ため息をつきながらテーブルに頭を横に乗せる。
「ふむ…」
現在進行系…か。多分違うと思うけどな。ただ傷が治ってないだけだろう。アマゾンのショッピングカートで『やっぱいらんわ』と物を出すように気安く忘れられる感情ではないのではないか。
そう心の中の感情の定義について苦悩していると、霧島は顔をあげて軽い声でいう。
「まあ、いいや!どうでもいい話はここまで!」
「おい、どうでもいいはやめろ…」
勘違いから出てきた話題ズレの話だって言ってもな…自分にとっては誰かに言いにくい胸痛む恋話なんだけどな…
「ゲームよ、ゲーム。大事なのはそっちでしょ?」
「そりゃまあ…」
その通り、いま俺たちに大事なのは恋の失敗談なんかじゃなくて、新しいゲームの企画なのだ。
俺と霧島が午後八時になっていく今の時間まで学校のあるビルの地下、御茶ノ水サンクレールにあるカフェで座りこんでいるのは単純な暇つぶしでも、デートでもない、俺と彼女、二人っきりのサークルのゲーム制作企画会議…なんだけれども。
「大事っていうか、もうやばいんだよな…」
「うるさい!誰のせいだと思ってんの?!」
霧島沙跡。明るい茶色のセミロングに、左目のしたにある泣きぼくろと左目の横にある一筋の編み髪がポイントである、大学二年生の彼女とこのサークルを作ってからもう六ヶ月、半年が過ぎているのだが、なんと驚き、そのうちちっとも進んでいない。
企画自体がなかったわけではない。大体霧島のアイディアで、いくつか企画案が出たことはあったが、ヒロインの魅力がたりない、シナリオが面白くなさそう、なんていうか、あまりぐっと来ないんだよね〜などなど、色んな理由で没になり、白紙に戻った末に、今の状態に辿ってしまったのだ。
「この調子だと卒業まで何も完成できないんだって…」
憂鬱しみったため息を付きながら、テーブルに腕をまっすぐにのせ、うつ伏せになる。
「企画も、メンバーもないもんな…」
「だからうるさいってば…」
少し力抜けのツッコミをいれてくる霧島。
「ていうか、卒業前に〜とか、そんなふうに時間に追われてはいい作品なんて作れいないだろ」
「でも…このままだと結局大学卒業までなるがままに時間だけ潰して、流れに逆らえず積極的に就活を初めて、卒業と同時に堅実な会社に入社して、毎月もらう月給で生活する誠実なサラリーマンになってしまうんだって…」
「希望的なのか絶望的なのか…」
「絶望だけだよ〜会社とかヤダ〜仕事ヤダ〜毎日毎日出勤して、社会に歯車になるなんて嫌だ〜」
テーブルにうつ伏せになったまま駄々をこねる霧島。まあ、俺もそうだけどな。できれば就職もなにも卒業前に商業デビューして学校も中退したいから。もちろんアマチュアのバカみたいな夢に過ぎないんだってわかってるけど。
「はあ…てかさ、あんたはなにもないの?」
「ないって、何が?」
「企画よ、企画」
「き、企画…?」
「何、その『な、なんで俺がそんなことを…』みたいな反応は?!あなた、毎日私の企画にケチつけて没にするだけで、その本人はなんのアイディアも出してないんじゃない!」
「いや、それはまあ…」
その通り、俺がこのサークルでやった仕事は霧島の企画にケチつけて没にすることだけだ。でも、そこにははっきりした理由がある。
「アイディアがないんだよな」
「あ、あんた…!」
アイディアがない。そう、アイディアが一節なかったとは言えないが、結局企画書で輪郭をつかむ過程でいろんな問題点が発見され、廃棄になるため、結果的にわざわざ話すようなアイディアはなかったと言えるだろう。
「じゃあ私のアイディアでやってみようって…」
霧島が出したため息まじりの言葉に、それでも堂々と向き合う。
「それはだめだって」
「…」
もう何度も似たような話を繰り返してきたからなのか、『なんでだよ〜』と聞き返す彼女だったが、まあ、流れ上話をしないわけにもいかないか。
「やるなら完璧に。妥協はなし。これはあんただって納得しただろ?」
「それは…そうだけど」
駄々をこねながらも、俺の言葉を否定しない霧島。それほど彼女の覚悟も軽くはないわけだ。
やるなら一生懸命。できるだけ完璧に。すくなくとも俺と霧島が完璧だって思える作品を。
そうでなくちゃなんの意味もないはずだから。
「だから、また最初から。了解?」
「了解、だけど…」
彼女は仕方ないと言わんばかりに答えながらも、少し迷いまじりの一言をなげる。
「…『ツインテイル女子高生四人との誘拐で幸せな学園ライフ』企画をもう一度…」
「そろそろ帰ろっかー」
「あ、なんで〜絶対うけるって、これ!!」
#
カフェを出て、サンクレール出口階段から覗かれる空はすでに黒く染まっている。
霧島のくどいツインテール論を聞きながら(長い上にしつこいなので、文字にするにはページが惜しく、わざわざ書いたりしないけど)…いや、『聞きながら』は違うな。聞き流しながら、まだ人影の多い夜に近い夕方のサンクレールを歩く。過ぎ去って行く人々はちょっと前の暑さが嘘だったみたいに長袖で固く体を守っていて、もう秋なんだなと、一年が赤く染まり落ちていく時期が来たんだな、と軽く感傷に浸る。
新御茶ノ水駅の改札を通り、長く高いエスカレーターに乗るに連れ、彼女のツインテール論講談が静まる。「私の話、聞いてた?」「いいや」「…」前から怖い目で見上げてくる霧島に前を見ろと安全上の注意をし、エスカレーターから降りて駅のホームを歩く。比較的に人が少ない列に並ぶと、もうすぐ駅に電車が入りますとアナウンスが聞こえる。二人はカバンを前に持つ。
ガタンゴトンと走る電車に、カバン2つを挟んで向かい合って立つ。ピークタイムに比べれば人が少ない方だと言え、結局座れないほど混んでいるのは変わらないし、ギリギリ手すりをつかんでいる俺に霧島が体を軽く凭れる。
「もう秋か…」
「だな」
俺と似たような感傷を抱いていたらしく、霧島がため息をするように口ずさむ。そう、『もう』秋なのだ。知識も、実力も足りない二人がとにかくゲーム作ろう〜とラインを交換してからもう半年という時間が経ってしまったのだ。
何かを言おうとし、すぐやめる霧島の表情はあまり明るくない。下を向き、口をぐずぐずしながら、多分これでいいのかと、そんな心配をしているのだろう。だがそれを口にするのは行けないという判断が立ったのだ。
「…夏コミまではなんとかしよう」
もちろんそのうちには、彼女に巻き込まれてしまった俺に感じる責任感があるかもしれない。ただ「小説書いてご飯食べたいな」と呆然と思っていた俺に「小説書いてご飯食べたいな」と呆然と思っていた彼女が思い切って出した挑戦状を撤回するときが来たのかと悩んでいるのかもしれない。
そんな、霧島が抱いているのかもしれない誤解を解くため投げた一言に効果があったのか、彼女は笑いながら答えてくる。
「バーカ。締め切りきつすぎでしょ」
「それはそう」
電車が揺れるせいか、霧島はもうちょっと体を凭れる。
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以降、『そう、もうちょっと頑張ってみよっか!』モードになった霧島の意欲にのり、俺が降りるはずだった駅を過ぎて、彼女と一緒に綾瀬駅に降りる。エスカレーターで上がって、北綾瀬行きの電車に乗り、ボーと窓の外を見渡す。少し東京から外れた街の地味な風景にはもうなれて、過ぎていく看板の文字を一つ二つ読み上げていると、電車が止まる。
「スーパーよってこう」
「なんもないのか?」
「うん。空っぽ。なんもない」
「マジか…」
そんな話をしながら、駅から出る。
「何にしよっかな…」
街をあるきながら、霧島は寒いらしく開けておいたトレイニングジャンパーのファスナーを胸元まで閉める。
「どうせ唐揚げとかピーザだろう?」
「違うって。おつまみじゃなくて、ゲームの話」
「あ、そっちか」
目を細めて俺を睨んでから、見せるようにため息を大きくつく。
「『ツインテール美少女天国』企画は一応没で …」
「一応も何もないぞ」
「そんなに固く言わないでって…」
ていうか、なんなの?その名前は。どう聞いても健全ものではないだろ。
俺の答えに少し拗ねったように、彼女は話を続く。
「だからまあ、心機一転して新しい企画を考えましょう、って話」
「そうか…じゃあ『何にしよう』ってのは?」
霧島は少し悩み、思い浮かんだようにいう。
「上野ってさ…」
「うん?」
「どんな話が書きたいの?」
視線は前を向いたまま、過ぎていく話みたいに軽く聞いてくる彼女。
「さあ…」
でもそこに軽い答弁を返すことはできず、視線を空に回しながらため息をつく。
どんな話が書きたいんだろうな。簡単な疑問みたいで、すぐ答えは出てこない。黒い空には月だけが寂しく浮かんでいる。最初から星などなかったみたいに、雲ひとつない空には明るいとは言いにくい月だけ寂しく。
「あんたはどう?」
「質問に質問で返すのはだめだって学んでないの?」
飽きたように俺を見てくる霧島に「うん」とはっきり答えてあげると、眉間のしわがもう少しだけ深くなる。
だが仕方ないと言わんばかりにため息をし、正面を向ける霧島
「私はまあ…かわいいツインテールヒロインがでる、わいわい楽しい話かな」
「まあな」
そんな答えが迷いなくスッキリとできることが彼女のかっこいいところかな。なぜそんなにツインテールに執着するのかは不明だけど。
「そうか」
でも異常な答えではない。むしろ理想的まである。大衆性を考えても彼女の感性は何一つおかしいところはない。ツインテールは置いといて。
ライトノベルでも、アニメでも、ゲームでも、結局現実とは離れた、一つの趣味に過ぎない。気安く、現実を忘れて逃げられる場所。
そこまできて見辛い現実の話を見たい人は少ないだろう。誰にも現実は過酷だ。学業、将来、恋愛、お金、死に至るまで、想像以上に生きるってことは頭痛くなる面倒くさい仕業なのだから。
だからそれを忘れられる場所が必要なのだ。誰もが。
「それが普通だろうな…」
「でしょ?じゃあやっぱり『ツ…』」
「だめ」
「だよね?」
今度は冗談だったのか、あははと軽く笑う霧島。その笑みを浮かべたまま、からかうように聞いてくる。
「じゃあなあに、上野は。そういう話はいやってわけ?」
「いやってわけではないけど…」
「じゃあ?」
「なんていうか…」
少し悩み、言葉を紡いていく。
「俺の話が、単なる逃げ場になるのはいや…ていうか、誰かの現実の一部になってほしいなあって」
「…ふむ?」
理解できないらしく、聞き返してくる霧島。
だがそう聞かれても困る。
過ぎていく作品じゃなく、面白かったで終わる作品じゃんくて、誰かの身に、心に触れ、その人生の一部として残るような作品が作りたい…
とは流石に言えないから。
俺が答えられずうずうずしてると、霧島はまた聞いてくる。
「それって、売れるの?」
できるかどうかの話をしないのがまた彼女らしいなと思い、つい笑ってしまう。
「さあ、それは知らん」
「じゃあだめでしょ〜」
その通り。
別に売れそうではない作品を自己満足のため作りたいとは思ってない。結局売れる作品になるのが目標だから。
「じゃあ、売れるってことで」
「適当過ぎでしょう…」
苦笑いを浮かべつつ、彼女は前を向く。
それぞれいろんなことを考えつつ、黙々と歩く。
街灯照らす町並み、彼女の横顔、薄い香水の香り、涼しい秋の風。
まあ、やってみようじゃないか。売れる作品、作りたい作品を作って、一生遊びまくるほどお金を稼ぐのだ。よし、頑張るぞ。
と思っていると、霧島が思いついたようにいう。
「まあ、かわいいツインテールヒロインを…二人くらい?入れとけば売れるでしょ」
「…」
言いたいことが一瞬で山程、胸を押し付ける気分になったが、ギリギリ我慢しつつ、また空を見上げる。
寂しい月は変わらず、その姿をあざ笑うように、眩しい街灯の光が視界の筋で浮かんでいる。
その眩しい光は長ければ十年ももたず光を失ってしまうけれど、その月、その寂しい月はいつまでも薄い光で俺たちを照らすだろう。
そんな作品が作りたい…というのは、初手にしては欲張りすぎるのか。
「本当、どっちにしようかな…」
霧島は、真剣な声で口ずさむ。
「本当な…」
「ピザもいいけど、からあげもたべたいし」
「そっちかい」
まあ、月光というのも結局太陽の光を反射しただけだけれど。どうでもいいだろう、今は。
#
駅付近、小さいワンルームメンションの五階、廊下の一番内側にあるドアのまえでじっと待っていると、すぐドアが開き霧島が顔を出す。
「お上がり〜」
「失礼します」
白い半袖に黒のドルフィンパンツ、ピンク色の薄いカディガーンという軽々しい姿になった彼女に連れ中に入る。
「…捨てろよ」
「ごめん〜朝出るときに捨てようと思ったけど」
最初に俺を迎えて来るのは、下駄箱の横においている一杯のゴミ袋。メンションの一階ゴミ捨て場があるのにも関わらず、二度に一度の頻度でこんなゴミ袋が俺を迎えてくることを見れば、彼女の自炊生活がどれだけめちゃくちゃなのか予想できる。
「別にいいでしょ?いつでも捨てればいいんだし」
「はい、はい」
まあ、部屋はいつもきれいにしてるしそれでいいか。
ちなみに彼女の冷蔵庫だって二度に一度くらいは空っぽになっていて、空っぽじゃないとしても大体ビールがいっぱい入っていることが多い。何度か「もう料理する!マジで!」と言いつつ米やいろんな食材を買ってくることもあったけど、その覚悟が一周も続いたことはない。
なれた手草でビニル袋からビールとお菓子をだし床に並び、悩みに悩んで結局両方買ったレトルトのピザと唐揚げを出す。表に書かれた加熱時間を確認しながら電子レンジを操作してると、プシュッーと缶を開ける音がする。
「……ぷは〜」
「先に飲むのか…」
「味見だよ、味見」
自分が愛用するでっかいクッションに体を埋め込んだまま、我慢せずビール缶を開いては飲み始める霧島。
まあ、家を貸してもらう立場だ。ため息一つで不満を消し、ピザが入っている電子レンジを可動してから、彼女に向かって床に座る。
エビ味のお菓子と短いレモン味のビールを手に持つと、「そんな弱々ちいおちゃけでだいじょぶでちゅか?」と腹立つ発音で挑発してくる霧島に、「うるせ、おっさんか?」と返し、片手でビールを開ける。
すると、少しにやけた顔で、すっと缶をもった手をこっちにやってくる。
「…まあな。今日もお疲れ様」
互いの缶を軽くぶつかりながらそういうと、霧島も「お疲れ!」とハイテンションの答えを返してくれる。ビールがゆっくりと喉をすぎる音、電子レンジが回る音、メンション前の駅に電車が入ってくる音が交わる。
「だから、こんなどうでもいい話をいつまでやるつもりなんだよ!」
「どうでもよくないって!てかそんなに怒ることもないでしょうが!」
霧島の足にぶつかった空っぽの缶が音を出しながら倒れるが、二人ともちっともそっちに気にする気配はない。
話の発端は、霧島が「容華さんが告白したら付き合うの?」と、デリカシーの足りない質問をしたことで…あ、『容華さん』ってのは例の『お姉さん』だ。上野の片思いの相手だった。
「それは俺のセリフだろ!」
上野は腹立ったようにいいながら、手に持ったビールをごくごく飲み込む。酒が弱いほうの彼は普段飲みすぎないように自重していたのだが、今はもう空っぽの缶が3つも彼の横で話を盗み聞きしていた。
「別に怒ってないもん!」
「『しっかりしろ!』ってしつこく聞いてきたのはお前だろうが!」
「その通りでしょ!もう容華さんは諦めたと言いながらも、告白されたら付き合うとか、矛盾してるでしょ!」
「矛盾なんかじゃないって…!」
上野は酒臭い手草で長いビールをもう一つ持つ。幸いに、といえばいいだろうか、霧島が余裕もってビールを買ってきたおかげで酒が足りないのではないかと心配する必要はなかった。
「告白されることがないって、絶対にないって納得して理解したから諦めたんだ!可能性のないことに毎日苦しむほどアホではないから!」
日差しと水がないと木は育たない。結局枯れ果ててしまった木のように辛く叫ぶ上野の言葉に、霧島は口を閉める。
今更、上野は軽い傷ではなかったのか、と気づく。酒に溺れ普通口にすることのない恋話をぺらぺら喋るとか。短い沈黙でだんだんと自分の姿が見えてきた上野は、気まずさに耐えず、開けたビールを口まで運ぶ。
夜は深まり、もう一時を過ぎている。しばらく聞いてきた電車の音さえ聞こえなくなった、静かな部屋には、目を合わせない二人の男女が自分の酒を口にするだけだった。
霧島はなんでそんなことを聞いていしまったんだろうと、ちょっとだけ後悔していた。でも気になって仕方なかったし。カフェで話してたときには怒ってごましたけれど、彼が容華の話をするときに浮かべたその表情が……
彼女は頭を振る。しらん、しらん。軽く、無理矢理話を出した本人を呪いながら、霧島はもういっぱいになったお腹に無理矢理ビールを入れる。私のバカ。一体何がしたいわけ?
ため息をつく。こんな雰囲気はいやだな。だから霧島は、魔法の一言を口にする。
「まあ、どうでもいいけどね〜」
「お前が言うな、お前が!」
上野は呆れたように叫びながらも、そう、どうでもいいよな、と思う。つい先自分の口で言ったばかりだろ。
「ビ〜る〜」
「本当、お前な…」
霧島が空っぽの缶を床に置き、クッションに埋め込まれたまま両腕を前に出すと、上野はため息をつきながらビールを投げる…ことはせず転び渡す。彼女は足元に着いたビールをうんうんとうめきながら拾い、なれた手草で開いてから迷いなくごくごくと飲む。
「ぷは……」
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫…ではないけどね〜ぎりぎり限界って感じ?」
「じゃあ飲むなよ…」
「別にいいでしょ、お家だし。このまま寝てもよし、吐いてもよし」
「よくないだろ…」
そう心配そうに言う上野も、いつもの酒量をすでに超えたせいで体を操るのがうまくできてない。ゆらゆらと動こうとする上半身を止めようとしながら、勢いに任せ開いてしまったビールを後悔まじりの視線で見つめていると、霧島が小さく話しかける。
「ごめん…なの?」
「なんで疑問なんだよ。普通にごめんだろ、これは」
そんな上野の反論が届いてないのか、男の純情を苦しめた霧島はもう死にかけた姿勢で言葉を繋いでいく。
「でも、私も…、不安だったから……」
「不安?」
上野が意味わかんないと言わんばかりに眉をひそげ霧島を見つめると、彼女は目を合わせ薄く微笑む。
「ほーら、女に……気を取られては……、夏コミ、に……絶対……合わせない、か…ら……」
うとうとと、目をつぶる霧島にふざけんなと一言言ってあげようとした上野だったが、力が抜けた彼女のてから落ちたビール缶が倒れ、中身がぶわっと床に広まって行ったせいで、そうすることはできなかった。
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