瑠璃色の瞳と幸せな未来
***
この場所が、敵の本拠地かもしれない、という言葉に緊張していたルナシェ。
(ここが敵陣って、どういうことですか?)
その言葉が、ルナシェの喉から出かけたが、ベリアスにようやく降ろされて、聞き出すタイミングを逃したまま食事が始まる。
「……このスープ」
なぜかとても懐かしい味がすると思っていた矢先に、アベルから声をかけられて、ルナシェは、スープを飲み込んで顔を上げる。
「……好きだっただろう?」
「え?」
その言葉に、思わずルナシェはアベルの瞳を凝視した。
(たしかに大好きな味で、なぜかとても懐かしい気がするけれど、初めて食べたわ?)
アベルは、ルナシェの様子に何か気付いたらしく、軽く瞠目した。
「……ああ。初めて食べたのだったか。すまない、勘違いしたようだ」
記憶力が優れている兄が、そんなミスをすることはめったにない。
けれど、気まずい沈黙に、そのことをそれ以上聞くことがルナシェにはできなかった。
「おいしいです……」
「そうだろうな」
「お兄様……?」
「……ルナシェは、気に入ると思った」
いつもなら、会話が弾むはずの食卓。
けれど、アベルもベリアスも、どこか物憂げだ。
どこか気まずい雰囲気の中、すべての食事が、初めて食べたはずなのに、懐かしく、ルナシェの口に合う。
まるで、遠い昔に誰かが作ってくれた、故郷の味のように。
「……お兄様、魔塔に来てからの話をしてもらえませんか?」
「――――ルナシェ」
「私に以前届いた手紙は、先代魔塔主からだと聞きました」
「……ああ。それは」
以前の人生では、ルナシェの手元に手紙が届くことはなかった。
その手紙が届いた意味を、ルナシェは知らなければいけないと思った。
「グレイン……。まだ、その手紙を処分してはいないだろう?」
「はい……」
青い炎とともに、燃え尽きたはずの黒い手紙がグレインの手の中に現れた。
「開けてみるといい」
ルナシェは、恐る恐るその手紙を開く。
「きゃ!?」
次の瞬間、ルナシェは、一番最初に呼び寄せられた、瑠璃色の光があふれる部屋に立っていた。
ほどなく、何もなかった空間にアベルが現れる。
その意味に気がついて、ルナシェは思わず震える。
「……もし、グレインが止めてくれなければ」
「ああ、ルナシェを断頭台に送り、瑠璃色の瞳を手に入れる事に失敗したせいで、焦っていたのだろうな? この場所に、直接ルナシェを連れてこようとしたのだろう。だが、おかげで、思い出してすぐにこの場所の痕跡をたどってたどり着くことができた」
「先代……魔塔主は」
「……ルナシェは知らなくてもいいことだ」
アベルがそういうのであれば、すでに先代魔塔主は存在しないのだろう。
つまり、この場所には、もう敵はいない……。敵はいないはずなのに。
「……これからは、幸せに過ごせるはずだ」
「お兄様?」
微笑んで、ルナシェを見つめるアベルの瞳は、迷いがない。
「……ギアードがベリアス様のものになったんです。私とベリアス様が結婚すれば、この場所とミンティア辺境伯領を隔てるものはもうないんですよ?」
「ああ、そうだな?」
「だから、この場所から動けなくたって、お兄様はミンティア辺境伯として」
「……ああ」
瑠璃色の瞳を持った妹は、いつだって不幸な最後を迎えていたという。それは、ルナシェの知らない出来事だ。
……本当に知らない?
その結末が覆されたとしたら、一体何が起こるのだろうか。
『瑠璃色の瞳は、いつだってたった一組しかない』
『その力が、強すぎるから、もう一つは運命に排除されてしまう』
グレインの言葉が、ルナシェの脳内で反響する。
もうすぐだ。もうすぐ、ルナシェとベリアスは結婚式を挙げる。
ベリアスが帰ってこなかった戦いは、一足早く終わりを迎えたし、ルナシェを陥れた、フィアット・シェンディアはすでにいない。
(今度は、みんなで幸せになれるはずなの)
それなのに、この場所に、囚われてしまったままのアベル。
二組存在することができない瑠璃色の瞳。
「そんな顔をするな。結婚式をこの場所でしてくれるなんて、楽しみで仕方がない。祝福するよ。これから先、ルナシェには、幸せしかないはずだ」
――――お兄様も、一緒に幸せの中で笑っていますか?
ルナシェは、その質問をどうしてもすることができなかった。
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