瑠璃色の瞳を沈める涙と本音
ルナシェは、深い知的な瑠璃色の瞳を瞬く。
こうしてベリアスに抱きしめられていると、今まで起きた出来事は、断頭台に消えたルナシェが、最後の瞬間に見ている都合のいい夢なのではないかと思えてくる。
(婚約破棄を告げに来たはず。……それなのに)
その言葉を伝えたくなんてないと、ルナシェは心底思った。
それなら、ルナシェは何を伝えたいのだろう。
婚約式に、一人で立たされたことへの憤りだろうか。
(……いいえ、違うわ)
婚約から三ヶ月間も待たされて、たった三日間しかそばにいてくれなかったかつてのベリアス。
そのことについてだろうか。
(それも……違う)
ベリアスの腕の中は、安心できる場所だ。
こんな風に、抱きしめられたまま、してくれなかったことを並べ立てるなんてルナシェにはできない。
そもそも、今のベリアスは婚約式に来なかったこと以外、まだ何もしていない。
「――――夢じゃないんだな」
ルナシェを抱きしめていたベリアスの腕の力が、不意に緩む。
息苦しさから解放されると同時に、安心できた場所から急に表に出されてしまったように、ルナシェは不安を感じた。
「……どうしてここに?」
ルナシェは顔を上げて、まっすぐにベリアスの瞳をのぞき込んだ。
鋭い視線を和らげるみたいに優しい緑色をしているその瞳。
燃えるような、癖が強くていつもボサボサしている髪の毛。
男らしく引き結ばれた、薄い唇。整った鼻筋。
黒い騎士服に身を包み、最後に別れたあの日のままのベリアスが、目の前にいる。
ルナシェは、思わずベリアスの服の袖を握りしめた。
「――――ベリアス様は、私の婚約者になったのですよね?」
「…………ああ、そうだな。婚約式に出なかったことで、婚約破棄をしに来たのか? だが」
たしかに、ベリアスの言うとおりだ。それを伝えるために、ルナシェは、こんな場所まで押しかけてきた。
(そんなに人の考え方というのは、大きく変わらないのかもしれない)
婚約式に一人で立つことがおかしいのだと理解しても、やはり王国の栄えある第一騎士団長が、この戦いの一番重要な要所から離れるなんてできないのだと、ルナシェはわかっている。
「……会いたかったから」
「え?」
「…………ベリアス様に、会いたかったからです」
断頭台に無理矢理連れて行かれたことが、ルナシェの心に大きな傷をつけたのは事実だ。正直今も思い出すと叫びだしてしまいそうになるほど怖い。
でも、あの瞬間、これでようやくベリアスにもう一度会えるという安堵があったのも事実で……。
ベリアスは、ルナシェがどれだけ会いたいと願っていたかなんて知るはずもない。
たんなる政略結婚をする予定の婚約者が、こんな場所まで押しかけてきて困惑しかないだろう。
けれど、そんなルナシェの卑屈になってしまった思考は、次の瞬間塗りつぶされる。
ベリアスが、眉根を寄せて笑ったから。最後になってしまった別れの日に、必ずルナシェの元に帰ってくる、と約束した時のように。
ルナシェの瞳は、あっという間に涙の海に沈んでしまう。
これは、前回は流せなかった、ルナシェの涙に違いない。
ボロボロと真珠みたいに大きな粒になって、涙がこぼれ落ちていく。
「お、おい。泣かせるようなことを言ったか? いや、婚約式に行かなかったからか!?」
それを見たベリアスが、なぜかひどく慌てて、袖を掴まれていない右手で、不器用にハンカチを取り出すと、ゴシゴシと泥がついた子どもの顔でも拭くようにルナシェの頬を拭う。
拭われても、拭われてもルナシェの涙は、止めどなく流れ落ちていく。
「ふっ、うえぇ……」
「な、泣かないでくれ」
いつの間にか、騎士団長の様子がおかしいからと追いかけてきていた騎士たちに囲まれていることにも気がつかないまま、ルナシェは涙を流し続けていた。




