甘やかな時間
幸せだ、と思うのは、人生で何回目だろうか。
肩に寄りかかってしまったルナシェの寝顔を見つめながら、ベリアスはふと思った。
父から愛は受け取れずとも、母が生きていた頃は幸せだったように思う。
けれど、そのあと、幸せだと思った瞬間は、いったい何回あっただろうか。
「母がいなくなってから、幸せだと思えた瞬間すべてに、君がいる」
ベリアスは、きらきらと星屑のように輝くルナシェの髪を、そっと指先に絡めた。
「真っ暗な夜に輝くのは、君しかいない」
そっと、その胸に輝く瑠璃色の宝石を手に取った。
浮かぶのは、真っ先に手を差し伸べることが出来なかった、儚く笑うかつてのルナシェ。
そして、瞳の中に深淵をたたえながらも、けなげに立ち上がり、ベリアスに笑いかける、今のルナシェだ。
「愛している」
そっと、ネックレスから手を離し、もう一度髪の毛をそっと持ち上げて、ベリアスは口づけた。
***
(完全に、起きそびれてしまいました……)
ルナシェの中で、ベリアスはやっぱり職務を一番大切にしているという印象だ。
そんなベリアスの力になりたいと思っていたし、とても素敵だと思ってもいる。
(まさか、こんなことを言うなんて)
髪の毛にそっと触れられているのが、くすぐったくてしかたがない。
もし、今目を開けたなら、ベリアスはどんな表情をするのだろうか。それが、見てみたいと思う。
「ん……」
ルナシェは、身じろぎしてみた。
ベリアスが、びくりと体を震わせて、離れていく。
勇気を出して、ルナシェは目を開いてみた。
離れていったと思っていたのに、馬車の中は狭くて、思いのほかベリアスとの距離は近い。
「ルナシェ」
しかも、ベリアスの指先には、ルナシェの髪の毛が絡みついたままだった。
「……あの、私も」
「え?」
「私も、ベリアス様のこと、愛しています」
「……っ、いつから」
ベリアスの頬が、耳元が、赤く染まっていく。
ルナシェは、微笑むとベリアスの胸に頬を寄せた。
「秘密です」
そう、これはベリアスとルナシェだけの秘密の時間だ。
「でも、ベリアス様が幸せだと思う時間、私はこれからも横にいたいです」
「――――全部、聞いていたのか」
ベリアスが顔を覆った手を、そっと避けて、ルナシェは穏やかな草原のような瞳をのぞき込む。
ギアードには、あと数時間でたどり着く。静かな時間は残り少なく、甘やかに過ぎていった。
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