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冬に向けて変わりゆく未来


「そうだ、ところでジアスは……」

「……もう、今回の出来事の処理のため飛び回っておられますよ」


 ベリアスとともに発見されてから、一日。

 たった一日、休息をとった後から、副団長ジアスは、ベリアスの代わりに執務室であふれかえる今回の出来事の処置を行っているという。


「あいつ……」


 ジアスの怪我は、ベリアスよりも重傷だったはずだ。

 だが、ベリアスが反対の立場だったとしても、同じことをしただろう。


「俺も、さっさと復帰しなければな。課題はまだ、山積みだ」

「あまり、無理をなさらないでください」


 そうルナシェが言った瞬間、ベリアスが少しだけ不機嫌なまま、唇をゆがめた。


「ルナシェ?」

「は、はい」

「どの口がそんなことを言ったんだ? 危険を顧みず、戦地に二度足を踏み入れたのは誰だ?」

「…………それは」


 ルナシェにも、無茶なことをしたという自覚がある。

 そっと、瑠璃色の宝石を握りしめて、うつむきかけたルナシェの顎に長い指が添えられて、上を向かされる。


「俺は、待っていてほしいと言ったはずだ」

「…………それは無理です」

「なぜ?」

「ベリアス様が、死んでしまったら、どこにいたって同じなんです」


 上を向いたままのルナシェが、どこかとがめるように、ベリアスを見つめる。


「――――記憶を取り戻したというのなら、結婚式の後、私に言った言葉を思い出しましたよね?」


 かつての人生、結婚式を終えたルナシェに、ベリアスは帰ってくると言ってはくれなかった。

 ただ、幸せになってほしい、と告げただけだ。

 砦はすでに落ち、それでも戦いは続いていたから、あのときのベリアスは、すでに覚悟を決めていたのだろう。


「幸せになってほしいと……」


 ルナシェに幸せになってほしい。それは真実だが、ベリアスの心中を正確に表しているわけではない。

 ベリアス以外の男の腕の中で、幸せに笑っている姿なんて、想像するだけでおかしくなってしまいそうだ。

 それでも、ルナシェの幸せを願って、諦めただけで……。


「ベリアス様がいなかったら、幸せになんてなれません」

「ルナシェ……」

「そもそも、あの後、私は神殿に入ると心に決めていました。ベリアス様のことだけを祈って暮らそうと思っていたんです……。まあ、その前に断罪されてしまいましたが。えっと、つまり私が言いたいのは」


 抱き上げられ、上を向いたままのルナシェは、そっとベリアスの肩に両手を絡めて体を伸ばした。

 ルナシェからのキスは、ほんの一瞬唇が触れあっただけだ。

 それが、今のルナシェの精一杯だから。


「――――私のことを、ベリアス様が幸せにしてくれるという約束がほしいです」


 離れていった唇を追いかけるみたいに、ベリアスが背中を曲げて前屈みになる。

 もう一度合わさった唇。息ができなくて、苦しくなるほどに濃厚な口づけ。


「俺は、君を幸せにできるだろうか」

「……できますよ」

「戦いしか知らないような男だ」

「……意外と知らないんですね? 私は」


 幸せなのだと、ベリアスに伝えるように微笑んだルナシェの瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。

 もう一度恋に落ちたように、ベリアスは動くこともできないまま、呆然とルナシェを見つめる。


「ベリアス様が、そばにいてくれるだけで、幸せなんですよ? 簡単でしょう?」

「そうか……」


 かつての人生、二人がどれほど望んでも、手に入らなかった最高難易度の幸せだ。

 そばにいるだけで、幸せだなんて、こんなにも小さな願いなのに、たったそれだけを叶えるために、ずいぶん遠回りをしてしまったようだ。


「本格的に冬が来ますね?」

「ああ、結婚式をしよう」

「ふふ、婚約式をして三ヶ月しか経っていないのに」

「俺は、いや俺たちは、もう十分なほど待ったはずだ」


 以前とは違うデザインの白いドレスが、ルナシェが袖を通すのを待っている。

 すでに、未来は変わったのだから、今度は結婚式の後の幸せな時間を過ごすことだって、できるに違いない。


「さ、そうと決まれば、さっさと片をつけてくるか」

「ベリアス様……?」


 今回の出来事に関して、優秀な副団長は、各所から情報や証拠を得て裏切り者に近づいているだろう。

 それは、信頼であり、確信だ。

 二度と、ルナシェが罪を着せられるようなことさせはしない、そうベリアスは誓う。


「ルナシェ、すぐに終わらせるから、一緒に帰ろう」

「――――ベリアス様、ここにいていいのですか?」

「……ルナシェは、一人にすると、無茶なことばかりする。手紙を読むたび、俺がどれだけ気をもんだかなんて、きっと君は知らないだろうな。……さあ、おいで?」


 ベリアスは、起き上がると、痛みなど感じさせない動きで、ルナシェの手を引いて歩き出した。



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