目覚めたなら、そのそばに
最期まで、毅然としていたルナシェの姿にベリアスの心が痛んだ。
以前の人生は確かに存在していた。
ベリアスは、ルナシェよりも先に命の炎が消えてしまったから、その最後を見ていないはずだ。
だが、たしかにベリアスは見たのだ。
瑠璃色の宝石を握りしめて、ベリアスに会いたいとつぶやいたルナシェを。
あんな目に遭ってすら、涙一つ流さなかったルナシェ。
今、その目は真っ赤になり、再びぽろぽろ滴が美しい瑠璃色の瞳から流れ落ちる。
間違いなく、べリアスのために流された涙だ。
「ルナシェ……。待たせたな」
「……ベリアス様?」
「今度こそ、君のことを救ってみせる。今度こそ大切なものを間違えたりしないから、過去のふがいない俺を許してくれないか」
「それは一体どういう……」
ベリアスに抱きついたままのルナシェが、身じろぎした。
離れてしまうことが耐えがたくて、ベリアスは腕をその細い体に巻き付けた。
「やり直してくれるか。たった三日間では伝えきれなかったんだ」
「えっ?」
ベリアスは、左腕でルナシェを抱き寄せたまま、右手を寝台について起き上がった。
やはり、肋骨が折れているのだろうか。全身の痛みは残っているが、体が動かせないほどでもないようだ。
「…………あ、あの。ベリアス様は、もしかして」
「一人で抱えさせてすまなかった。全部思い出したよ」
思い出した、伝えることができずに押し殺した気持ちも。
ようやく手に入れた、ベリアスの人生で最も輝いていた三日間も。
最後の瞬間に、もう一度会いたいと願ったことも。
「あのときから、ずっと愛していた」
「――――ベリアス様は、前の人生でも私のことを好きでいてくれたのですか?」
「好き? 好きでは足りないな。……ルナシェだけが、俺の人生の宝物で、どんな手を使っても手に入れたいほど愛していた」
「なぜ、言ってくれなかったのですか」
「…………俺は騎士団長だ。いつ死ぬか分からない人間だ。だから、もし生き残ることができたら、その時に伝えようと思っていた」
両手で抱きしめられた感覚は、むしろ苦しいくらいだ。
もし、思いを伝え合っていたら、二人の運命は変わっていただろうか。
「…………ところで、俺が倒れて何日たった?」
「……三日ほど」
ルナシェは、その言葉を聞いた途端、そわそわといたずらしてそれがばれそうになった子どものような仕草を見せる。
「なるほど。どうしてルナシェはすでにここにいる?」
「うっ」
「…………正直に答えてくれるな?」
ベリアスが滑落し、怪我をしたという連絡が来てから、三日間でルナシェがここにたどり着けるはずがない。辺境伯の領内だと言っても、ルナシェの普段暮らす中心部から、この北端までは馬車で一週間かかる。
「馬車を乗り継いで、休まずに来たので」
馬車は各所にガストが用意してくれた。
ルナシェは、途中で宿に宿泊することもなく駆けつけたのだ。
「そうだとしても、おかしいだろう? 手紙が届き、それからここに駆けつけるなら、二週間近くかかるはず」
「……夢で見たので」
実は、ベリアスの窮状を告げる連絡がミンティア辺境伯家に届いたとき、ルナシェはすでにその場所にいなかった。
ベリアスが、滑落する瞬間をルナシェは夢で見て、いても立ってもいられずに飛び出してしまったのだ。
「なんて危険なことを」
「……会えないままに後悔するなんてもう耐えられません!」
心の底から絞り出したようなルナシェの言葉。
その言葉は、まっすぐにベリアスに突き刺さり、二の句を告げなくさせる。
「目が覚めたときに、私がそばにいてどう思いましたか?」
「……うれしくて、愛しくて、幸せだった」
その瞬間、ルナシェが顔を上げて満面の笑みを見せた。
それは、これまで過ごしてきた時間、ベリアスがまだ見たことがないルナシェの表情だ。
やはり、それ以上の言葉を告げることなんてできないまま、ベリアスはもう一度、愛しいその存在を腕の中に閉じ込めた。




