21.ボッチPK冒険者時代を振り返る19
俺は呪文を発動する。
「シャドウレギオン!」
呪文の発動とともに、俺を中心に半径5メートルの範囲に黒い沼のような質感の闇が広がり、そこから黒い人影が次々現れて周りに襲い掛かる。
この魔法はPK職の最下職であるキラーが持つスキル影魔法である。影魔法は雷魔法のような独立した特殊な魔法というものではなく、闇魔法の派生であり、その能力は本家である闇魔法に及ばないとされている。これは影魔法に明確な弱点が存在するからである。
影魔法は光魔法の光の魔力に極端に弱いのである。攻撃魔法は当然のこと、(サーチライト)のような辺りを照らすだけのような魔法にも容赦なく散らされる。
なので影魔法は常に光の魔法を警戒しなければならない。だが当然のことだがこれは周知されているわけではない。なぜなら影魔法は外れ枠で誰も極めようとしない魔法だからだ。
習熟度を上げても攻撃魔法を覚えず、大体が攪乱か逃走、姿を隠したり、気配を欺いたりといったダメージソースになる攻撃がないのだ。
魔法で必要なものと言ってまず出てくるのが攻撃と回復の魔法になると思う。もちろん先に挙げた効果は必要とされるものであるし、上に行くほどなくてはならないものになってくるが、同時に上に行くほど攻撃と回復の魔法がないのがネックになってもくる。
この世界では複合スキルがあるが、スキル枠は有限である。大体は魔法にもスキル枠を消費するし、魔法の習熟度を上げるのにも手間がかかるし、だいいち妨害系の魔法はほかの属性にもある。
つまり妨害系は影魔法の専売特許ではないのだ、上位互換はないにしても代替になる魔法はたくさんある。それなら攻撃と回復、妨害を覚えられる魔法に誰もが時間を費やす。そうしてどんどん影魔法は外れ枠で、あまり知られなくなり、文字通り影の薄い魔法になってしまっていた。
ただでさえステの低いキラーに与えられる魔法が妨害特化の影魔法である。PK職であるキラーがどれだけやばい環境になっているかわかってもらえるだろう。
なお彼はこの時はまだ知らないが、ライアン教では影魔法を罪人の魔法として禁じている。だから聖騎士団は、ほとんど全くと言っていいほど影魔法についての知識や対処法について知らないのである。
これらの説明からわかるように、この魔法はたいそうな名前のわりに出てきた影人間は何もできない完全なこけおどしの攪乱魔法である。
しかしこの影人間はダメージを与えられない代わりに、光魔法の光以外では何をしても術者が術を解かない限り消えることはない。なので術者自身を相手が見失いやすくなるし、ダメージにならないとしても襲い掛かってくるものを気にしないのは無理だし、動き回られるだけで気を散らされることになる。そこを狙うのだ。
聖騎士団にとってこれは全くの想定外のことであった。高威力の魔法を唱えようと詠唱をしていたバーティスは、これまで何度も絶妙のタイミングで妨害され、いらだち焦っていた。
そのせいで相手が放った影人間に気付くのが一瞬遅れた。本来ならただのこけおどしなので何もする必要はないのだが、そんなことを知らない彼は詠唱を中断して影人間を薙ぎ払う、しかし剣も自分自身も影人間は通り抜けていく。
「なんだ、こけおどしか」
一瞬でこの魔法の特性を見抜きほかの影人間も無視して詠唱を再開しようとしたときに、それは起こった。
向かってきていた気にしないようにしていた影人間の、胸のあたりから急に剣が生えてきたのである。
「なにっ!」
反応するより早く剣は彼の胸に吸い込まれていき、彼を貫く。そして影人間から仮面をかぶった人間があらわれる。シグマである。
バーティスはせめて彼の動きを制限しようと彼につかみかかるが、それも読まれていたようで彼はさっと剣を引き抜きしゃがみ込む。
それと同時に彼の後ろから、誰かが剣を突き出し猛スピードで突っ込んできた。副団長のギリーである。
彼はずっと後ろから斬りかかる機を窺っていたのだ。そして、彼がバーティスを攻撃した瞬間を狙って影人間を突っ切って突撃してきたのである。しかしその攻撃はすでに致命傷を負っていたバーティスに突き刺さってしまう。影人間に視界が邪魔されたことが災いして反応が遅れたのだ。
「しまった」という顔をしたギリーと、バーティスの目が合う。その瞬間ギリーの頭に剣が生える。
しゃがんだシグマが剣を上につき上げたのである。その攻撃は彼のあごから脳天を貫き一瞬にして彼の命を奪う。そしてゆっくりと視界を失っていくバーティスをしり目にその場を後にする。
あたりが喧騒に包まれる中、そこにだけ静寂が訪れる。彼はここを切り抜けるため次の獲物に向かう。




