119,橘 悠人の過去(生い立ち)
<神様はいつだって残酷だ。どんなに頑張って手を伸ばしても、いつも望んだモノ(理想)にはいつも一歩手が届かない。>
これは前にも話したが、学生時代に読んだ小説で最も心に残っている一説だ。
この言葉はいつの間にか自分の中で大きくなって、なぜかよく思い出す言葉になっていた。
自分の力で精一杯やって届かなかったのならまだ納得できるが、それ以外の要素のせいでうまくいかなかったらなかなか納得できるものではない。
そんなときこの言葉をよく思い出すのだ。
けれどもし神様というものがいたとして、
「じゃあもしそういったものがなかったら理想の結果になった?理想の人生、思い通りの人生になっていたの?」
そう聞かれると俺は言葉に詰まってしまうだろう。
そういった要素があってもなくてもうまくいかなかったことのほうが多いしだろう、そんなことで順風満帆な人生が送れたら苦労はしないだろう。
結局は自分の力が足りなかったとか運がなかったとかという結論になってしまうが、何かそれも何か違うような気がしている。
一体どうすればよかったのか?何を思ってどういう行動をしていればうまくいっていたのか?何もわからないまま、時は無情にもどんどん過ぎていく。
うまくいかないままどんどん進んでいってしまう事態に、とにかくあらがうことしかできないまま俺の心はどんどんと冷たくなっていく………………
まず俺のことと生い立ちについてから語っていきたいと思う。
俺の名前は橘 悠人26歳…いやここに来て一年くらいたったような気がするのでもう27歳になっているか。まあそんな年の会社員だった。
次に、生い立ちについて語っていくと、俺は地方都市の農家の次男として生まれた。兄弟は兄と姉がいる。
親はそこそこ大規模な農場を経営していたが生活はそこまで裕福ではなく、普通ぐらいだったと思う。
親は小さいころからいろいろなことに挑戦させてくれて、何か一つ続けられるものを見つけなさいと言っていた。そうして幼いころから兄弟で習い事などをしていた。
スイミングから始まり、小学生になってからは、野球やサッカーなどいろいろひととおりさせてもらったが、俺には致命的な欠点があることに気が付いた。
他の人と連携をとることが極端に苦手なのだ。だから俺が入ったチームはチームワークが悪くなりだいたい負けてしまう。
こういうのは何回かやっていくと自分も周りの人もなんとなく察して、最終的にはいかにチーム分けの時に俺を相手チームにいかにして送り込むかに力を入れるようになってくる。それでもそのまま頑張って続けていればこの欠点も克服できたのかもしれないが、当時小学生だった自分にはどうしても自分が足を引っ張ってしまっていることと自分がチームに混ざるとみんなにため息をつかれる現状に我慢ができなかった。
そこから俺は個人種目中心にやっていくようになった。
そしてそんな生活の中、俺は剣道に出会った。
実家の近くに日本でも有数らしい剣道場に連れて行ってもらった時である。そこの人たちの練習風景がとても迫力があり、圧倒されたのがとても印象に残っていた。
当時そのころやっていた剣士がいろいろな騒動を解決していくという物語のアニメに夢中になっていて、俺もそのアニメの剣士みたいに襲い来る敵を、ばっさばっさと斬り捨てていくようになりたいと心の中で憧れていた。
そういったこともあり、俺はその時からその剣道場に入門して剣道一筋にのめり込むようになっていった。
そのころの俺はサッカーなどの集団競技で邪険にされたこともあって、何が何でも剣道で結果を出してやろうと躍起になっていた。
………………そのころの俺は少し異常だったと思う。
俺はそこから剣道に関するというか剣にかかわりがありそうなものは、片っ端からいろいろな本や漫画などの資料を読み漁り、そこに出てきた鍛錬法などをとりあえずで試していった。
さすがに命にかかわるものや、常軌を逸したもの、今の自分では身体的には無理なものを除いてすべて試していった。
そのほとんどは今思うと、あまり効果がなかったような気がしている。まあとりあえず俺は朝から晩まで剣道に没頭する小学生時代を送った。




