10.ボッチPK冒険者時代を振り返る8
ドレッドノートベアが左腕の代わりに作った石の腕を振りぬく。鞭のように石の腕がしなって伸びて辺りを薙ぎ払う。その腕を身をかがめて近寄りながらかわし、懐に潜り込みながら胴を短刀で凪ぎながら駆け抜ける。短刀は胴に浅くはないが致命傷には届かない。しかし足を止めるわけにはいかない。
なぜなら後ろでドレッドノートベアと対峙していたオルトロスハウンドが爪を振りぬいていたからだ。その爪の攻撃の動きに沿って風の魔法で作られた真空の刃が襲い掛かる。その真空の刃はドレッドノートベアだけでなくこちらにも飛んでくる。それを右に転がってよけてすぐ振り向きながら立ち上がる。
最初こそこちらの動きを確認するそぶりを見せていたが、余裕がなくなってきたのかめんどくさくなったのかオルトロスハウンドはこちらをいないものとして容赦ない攻撃を繰り返している。
そのおかげかドレッドノートベアはすでに満身創痍だがこちらも連携してるわけではないのでいまいち決めきれない。どちらも高ランクの上位の魔物なのでさっきの攻撃ひとつとってもへたすると一撃で沈められかねない威力を持っている。
これはゲームではなく現実である。やられればそのまま待っているのは死である。やり直しなどはきくはずもなければ、死に戻りなどはもってのほかである。
この戒めを何度も頭の中で繰り返し、気を引き締めようとするがどうしてもわくわくするような楽しさが抑えられない。
<人魔大戦>にはまったのは、そのリアリティを極限まで求めた冒険の大変さと難しさとそれを乗り越えてクエストを達成した時の達成感からである。初心者の時はパーティを組んでいたがどうしても息が合わず、次第にボッチのソロ攻略者になってしまった自分はその大変さも生半可なものではなかったが、、、。
全然目的やクエストを達成できなくて、悔しい思いもたくさんしたがその分達成できたときの達成感や充実感、満足感はすさまじく、どんどん一人でこう難易度のクエストに挑戦するようになっていったのである。ある事件が起きるまでは、、、。
まあともかくこの戦闘に夢中になるあまりに、この辺りに近づく新たな集団の気配に気づかなかったのである。
時系列的にはシグマP9こと橘 悠人がリグル山に向かった日の夕方、ギルドの前に青い鎧を着た12人の集団がいた。鎧のふちに白色の装飾がはいった鎧を着た髪をオールバックにした壮年の男がこの集団ライアン教の聖騎士団第十一師団の団長であるクルドだ。
クルドは隣の胸に赤色の宝石の装飾を施した鎧を着た副団長のイズバルに部下たちをこの場に待機させ一人でギルドに入っていく。
ギルドは受付カウンターと報告カウンターに分かれており夕方のこの時刻は報告カウンターには人が並んでいるが、受付カウンターには誰も並んでいない。
クルドは受付カウンターの受付に声をかける。
「ライアン教本部から来たクルドだ。討伐対象の詳細報告を頼む。」
この言葉にギルドの受付が焦った声で問いかける。
「えっ、10日後の予定では? すいませんが何かありましたでしょうか?」
クルドは落ち着いた声で答える。
「なにエイロン川を中流を占拠していたケルピーの群れが、冒険者の協力でかなり早期に討伐できたのでな、前倒しでこちらに向かってきたのだ。緊急性の高い状況と聞いたが今の状況は?」
ギルドの受付は少し考えるそぶりをしてゆっくりと口を開いた。
「すみませんが今冒険者が依頼を受けて向かっている状況で、今は向かっていただくわけにはいきません。」
クルドは少し驚いた様子で
「なにっ、この依頼を受けて向かったものがいるのか? 結構難易度の高い依頼だと思うのだが大きなパーティーがこちらに向かったという話は聞いていないがどのパーティーだ?」
ギルドの受付は依頼表を確認しながら答える。
「え~っと、シグマというBランクの冒険者が一人で向かっているという状況ですね。」
クルドはそれを聞くと、彼は鼻でふっと笑い
「では明朝早くに出発し対象を見つけ次第討伐する。」
ギルドの受付は慌てて制止しようとするが、クルドはいらだった様子でギルド職員に
「どれに一人で挑む?AランクならともかくBランクなら絶対に5~6人は必要な案件であろう!!
遅れれば遅れるほど付近の住民に危険が及ぶような状況でそんな世間知らずのもののために時間を無駄にするわけにはいかん!!」
と一喝する。
その様子に諦めたのかギルドの受付が
「わかりました。ですがもし万が一戦ってたり、勝ってたら邪魔をしないようにお願いします。」
と伝える。するとクルドもうなずいて
「わかっている。遺留品も必ず持ち帰ってみせる。」
ともう死んでいる前提で答える。
なんともひどい話であるが、先に述べたように本来ならBランク一人で受けるような依頼ではないのだ。なので彼の行動はある意味合理的といえた。
そして聖騎士団一行は次の日の朝早く森の中に入っていく。