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 ハルの情報提供から三日後。

 不透明だった拉致事件について目撃情報が早くもいくつか上がってきている。拉致そのものではなく。白い服を着た異質な人間についてだ。

 街の近郊でそんな奴がいたような気がするとか、そんな目立つ服を着た人間が誰それと話しているところを見ただとか、大半は見間違いや虚報なんだろうが確認して裏付けを取らないと事態は進まない。

 この事件について、ほんの少しだけ進展がある。ようやっとそんな実感が伴いつつある。ただ、最初の被害者に関しての生存は絶望的だろうなんて忸怩たる思いも、なくもない。

 そんな中で俺は再びあの廃教会へと足を運んでいる途中だった。あの場所の近くで見かけたという情報があったからだった。

 今回はレイを担いでいない。

 あいつにはハルにずっと物理的にくっ付いていろという特別な任務を与え、同時にハルにはレイの面倒を見るという役目を押し付けたからだ。

 頭脳プレイにほれぼれするね。

 まあ、あのガキんちょに自分の役目を自覚させて自我の成長を促す云々というお医者様のお言いつけを守っているだけだがうまくいくものなのかね。

 空は高く、日は燦燦と、風は冷たく気持ち良い。行商の車に乗せてもらって旅気分である。もっとも、あんまり性能の良い車ではなく安定性はないので目を閉じも寝られそうにはない。

 ああ、寝散らかしたい寝溜めたい。

「あー眠りてー」

「だいぶお疲れですね煌士さん」

 行商のおっちゃんが相槌を打ってくれた。

「あれですかぃ。凶星が起こしてるかもしれない殺人事件に噛んでいらっしゃるんですかぃ。それとも行方不明の方か。警察も協会に正式に依頼してるって話じゃないですかぃ」

 噂は誠ながらあくまで噂。職業意識の高い俺は機密保持という観点から曖昧な返答に終始する。

 ハルの扱いについて、あいつがどこの誰なのかは未だに分かっていないが基本的に他人に興味を持たないレイもなんとなく懐いているような気がしないでもないし、今のところ、支部内で軟禁みたいな状態である。

「で、どうなってるんですかぃ。情報の有無で結構な取引が出来たりするんですよ。ここは一つ、夜に盛り上がる大人の玩具でどうですか」

「どうですかじゃねーよ」

 何をお勧めしてんだこのおっさんは。というか、何を売ってんのこの人。

「ままま、落ち着いてくだせぃ旦那。あっしにゃあ全て分かっていますよ。出来婚でしょう」

「俺からどうやったら出来婚が読み取れるんだよ」

 そんなんはマッツ先輩にお任せだよ。

「夜の遊び方を知らねぇ若い男なら勢い前のめり過ぎて出来ちまったって不思議じゃあねぇ。そこで安心安全の薄くて丈夫な」

「今ちょっと考え事しているからね。割と真面目に考え事してるから黙ってね」

「差し出がましいようですが家族計画ってのは男の人生において棺桶に足突っ込むかどうかの大問題で大真面目に考えるべき問題……あっ、旦那はもう棺桶に入っちまってましたね」

 なに可哀そうな境遇のおじさんを見る様な目で見てくれてんのおじさんが。あってなんだ。限りなくむかつくんだけど。あと謝れ、全世界の出来婚の夫婦に謝れ。

「あっしも若かったですからねぇ。まさか出来ちまうとはね」

「あんたが棺桶入ってたんかい」

 このように、おっさんとの会話は終始、生きていく上で非常に考えさせられるものであった。

 つまり要約すると、棺桶から白の魔女を辿り復活へと至るのだ。

 白の魔女。三百年前。皇国建国当時の実在したらしい人物であった。初代王の敵対者であった。古に謳われる三女神さまの一柱、時女神の様な異能の持ち主で、かの女神の現身でもあったのではないかとさえあった。なのであった。

 まったくもって断片的すぎてむしろまったく分からない。これなら情報がなかった方が変な先入観に左右されないだけ良かったかもしれんとすら言える。

 なんか、色々とやべー奴だったからやべー真似仕出かされる前になんとかしようとしたものの、あんまりにもやべー奴だったから封印するぐらいしか出来なかったやべー奴だった、みたいな。

 俺の頭がやべーと叫び出す前に思考を切り替える。

 白の魔女っていうのは確かに俺の琴線に触れる言葉だ。見逃せない。その謎は白日の下に曝してやる。ただ、それはいつかであって、今じゃない。

 優先すべきは白の祈りの連中を見つけ出すこと。

 今更何か残ってるとは思わないし、すでに調べてもらった後でもあるけども、俺自身はあの教会に出張ってなかったので、目撃情報も相まって遅まきながら向かっているというわけだ。

「おっさん。白い服着た変な連中見たことある?」

「ふーん。ウェディングプレイですか」

 あんたの頭の中身そんなんばっかりか。

「……煌士だからって手出しできないと思ったら大間違いだからな」

「やだな。冗談ですよ冗談。ムキになんないでくだせぇよ旦那。こっからはマヂ本気トークですから。見たことあるなしって意味じゃありやせん。ただ奇妙な人間を運んだって話がありましてね」

 人を街から街へと運ぶ、要するに運び屋仲間のそのまた仲間が十人ぐらいのまとまった数の人間を運んだ時、白い服こそ着てないがそれ以外の見える部分、腕や爪、首や顔なんかを白く塗りたくった奴らだったらしい。世の中は広いし、ほぼ裸で乗り合わせたり、変な模様を描いてる人間もいたりするから、余人には分からん理由があるんだろうと運び屋仲間は酒の話の一つで提供したようだった。

 この時期にそんな話を聞くと流石に関連無しとするわけにもいかない。

「そいつらどこの街で下ろしたか分かるか?」

「ブルーノの街らしいですが……」

 俺がピリついてるのに気づいたのかおっさんの語尾が弱くなっていく。

「いつの話だ」

「一昨日当たりの話だったと思います」

 ハルとあいつらが揉めていたのは三日前。その次の日に、街に向かってもしかしたらと思わなくもない連中が運ばれた。街中でも目的の為に手段を選ばないかもしれない連中だ。

 通信機を取り出してディオスを呼び出す。

『ずいぶん早いけど報告だけど何か収穫でもあった?』

「いや、連中が街に入った可能性がある」

『……へぇ。それは一大事だね。分かった。支部と警察に共有しておくよ。他に誰かに伝えてるかい。二度手間は嫌だよ。僕も忙しいからね』

「嫌味ったらしいったらねぇな。誰かに伝えてるなら連絡しねぇよ。あとは、白い服装よりもその他の部分が白塗りかどうかの方で調べてくれ」

『白い服装の連中は街の郊外で見たって話が多かったけど、白塗りの人間なんて話は出てなかったね。おかげで先輩たちがまた出張る嵌めになって手が足りないったらないよ』

「ともかく頼むわ。俺はこのまま予定通り廃教会へ向かう」

『了解』

 通信を終わらせてあの教会へと改めて向かう。

 件の教会は三日前と変わりないそのボロくて粗末な姿をさらし続けていた。

 目撃情報があったのはここからちょいと外れた場所だがとりあえず先にこっちの方を確認しておきたかった。

 軽く見ておくつもりだった。なんか残っていて見落としがなければそれで良し。その程度の心づもりで訪れた。

 先客がいた。知り合いではない。教会のもうほとんど朽ちかけた長椅子に男が背を預けて崩れた女神像を眺めていた。

 後ろ姿から白い煙が見えた。タバコでも吸ってるらしい。ご禁制の薬だったらどうしようかね。

 無造作に束ねられた髪は長いが手入れなどとは無縁に見える。色は青味の強い藤色だった。

 この教会にたむろしていたバカモノの一人だろうか。

「あ~?」

 淀んで倦んだどろっとした目つきで俺を見た。その拍子で加えていたタバコがぽろりと落ちた。緩慢な動作でそいつを払いのけた。

 しばらくお互いを眺め見たのち、男はケースから一本取り出すと再び火をつけて煙を吐き出す。

「てめぇもやるか?」

「やらねぇ」

 目つきとは正反対のしっかりとした口調だった。

「そうかよ。俺はくだらねぇ仕事を済ませてくだらねぇ気分になってくそったれな女神を足蹴にしようとでも思ってきたんだけどよ。とっくに崩れてやがんの。もう壊れちまってるもんを壊しても面白くなさそうなんでこうして腐ってるわけだ」

「所かまわず女神の信仰を押し付けてくる抹香臭い坊主に聞かれたら説教されるだろうなその物言いは」

 のっそりと男は立ち上がった。俺よりも背が高い。いや、俺はまだ成長期だから絶対超えるだろうけど、現時点の俺より頭半分は高い。

 痩身だが無駄な贅肉はこそぎ落とされている。手足の長さも相まってどこか昆虫のような印象を受けた。

「小僧、てめぇ何の用でここに来た」

「そいつはこっちの台詞だよ。ここは馬鹿なチンピラどもの遊び場になってんだ。あんたみたいな如何にもな雰囲気の野郎がいちゃ面倒くさい因縁つけられちまうぞ」

「そりゃあ面倒だな。で、俺は今まさにチンピラに因縁ふっかけられてん最中って解釈で合ってるな。ああ、答え合わせはいらねぇよ」

 いきなり踏み込まれた。姿がぶれるほどの速さで殴り掛かられた。殴り掛かるというよりも引き裂くような開手での振り下ろし。以前にやりあった巨漢よりも鋭かった。

 そいつを払い落として体を捩じっての裏拳は止められた。それを振り払って距離を取る。

 くそ、タバコの臭いがついたじゃねぇか。

「へぇ、お前、落とし子か」

「俺がそうじゃなかったら死んでたんじゃないのかカマキリ野郎」

「サツってガラじゃねぇな。そのチンピラ面は。大方、凶星崩れの野盗かなんかって所だろうが。ここは俺がシマにしたんだ。遊び場探してんなら他の場所にしな小僧」

「あ、誰がチンピラ面だって」

 こいつ、人がちょっと気にしてることをずけずけと言いやがって。

 いかんいかん。落ち着け落ち着いてカナタ。冷静になれ冷静に。ひっひっふーひっひっふー。

「ふー、悪かった。喧嘩売りに来たわけじゃない」

「だろうよ。てめぇは誰彼構わず喧嘩売る身の程知らずのクソガキじゃあねぇ。雇われの凶星崩れか、あるいはサツの紐付きか。そんなところだろうよ」

「違ぇよ。導きの星協会ブルーノ支部所属、四等煌士。カナタ・ランシアだ」

「は? てめぇが? 煌士?」

 男はじろじろと俺を矯めつ眇めつ、上から下までじっくりと眺め見た。男に見られて喜ぶような特殊な性癖を持ち合わせてないのですごい嫌な気分を味わえた。

「で、何の用だ。協会には凶星専門の狩人(ハンター)がいるが、てめぇもその手合いかよ?」

 確かに協会にはそういう危険な輩だけを専門にして相手する人たちがいるが俺はそんなんじゃない。

 なぜだか楽しみにしているように男の気配が変わる。ばかでかい魔獣を前にしたような、踵を返して走り出したい威圧が滲み出る。

「ご期待に沿えずに悪いが俺はああいう人たちとは付き合えないね。お手手繋いで殺し合って踊りましょうなんてやりたくもない」

 だからお前をどうこうするつもりもない。そう言外に匂わせたつもりだ。

 凶星なんて大勢いる。いちいちそいつらとやりあっていたのでは命がいくつあっても足りない。人生は生き残ったもん勝ち。殺し合いに意義を見出せない俺と狩人さん達とでは根本的な価値観が違う。

 男はつまらなさげに鼻を鳴らした。大方、どっかから流れてきた力自慢の凶星ってところだろう。今はそれでいい。

「ここらで白い服を着た頭おかしい連中を見かけたって話があった。見なかったか」

「見たぜ」

「は?」

「なんだその間抜け面は。笑かすんじゃねぇよ。見ていてほしかったんだろ。望み通りの言葉を返したはずだぜ。喜べよ」

「わぁい」

「きめぇ」

「うるせぇよ」

 せっかくリクエストに応えてやったのになんだその返しは。俺がクレーマーだったら一生物のトラウマ刻みつけっぞ、お?

 確かに見ていてほしかったと思ってはいたが欠片も期待していなかったわけだし。むしろさっさと去りたいぐらいだったし。

「そいつらが何か残していたとか話していたとかって知ってるか。そいつら、拉致事件に関わってる可能性がある」

 どう見ても善良な一市民には見えないこの男が素直に協力するとも思えないが。

 男はもう一度長椅子に座り込むとタバコをくゆらせながら何事か考えているようだった。何度かタバコの煙が吐き出されるのをじりじりと見つめていた。

「おい」

「せかすなよ。教えてやるよ。しかも無償で。ただで。咽び泣いて感謝しろよ小僧」

 殴り掛かりたくなった。この手の男は嬉々として応じてくるだろうからしなかったが。

「襲うって言ってたぜ。街をよ。警察も協会も面倒な奴らは出払っていて警備も薄くなってる。この隙に乗じて石を奪い、女を奪い、ガキを奪う。これが連中が話していた内容。その要約ってやつだ」

 唐突すぎてうまく咀嚼出来なかった。

 襲う。街を。石を、奪う。女を、奪う。ガキを、奪う。

 いや、いやいや、いやいやいや。頭の中には入ってきている。頭の中に広がっていかない。固形物のまま頭蓋の内側をそれぞれがぶつかって弾かれてを繰り返している。割れて混ざらない。

「……本当だろうな」

「嘘に決まってんだろ」

「あ?」

「なんて言ったところでお前は戻らざるを得ないだろ。なぁ、煌士」

 舌打ちする。民間人に危機の可能性があると知らされた以上、取れる選択肢は少ない。

 男が言ったように少なくとも協会については主要な人員が出払っている。連中の規模がどれだけか分からないのなら俺も戻って奴らの警戒にあたるべきだ。

 体よく俺をおっぱらいたいだけの方便かもしれない。そうであっても男の言うとおりに戻らざるを得ない。

「いつ襲うって⁉」

「すごむなよ。今日だよ、今日。本日は晴天なりって。分かるか。今まさに襲われている最中かもしれないってこった」

 男が楽しそうにすればするほど俺は不機嫌になっていく。

「身分に捕らわれるってのは窮屈でいけねぇやな、小僧」

 口元に浮かべた笑み。俺の感性がおかしくなっていなければあれは紛れもない嘲笑で。明らかに馬鹿にされ、虚仮にされ、挑発されてるのが分かっていても、俺はこの場を背にして駆け出すしかなかった。

「よぉ、またあったら遊ぼうぜ、小僧」

 男の声など無視して街へ向かう。

 連中が狙う女の筆頭はハルだろう。だがガキってのは誰だ。どんなガキを狙う。誰でもいいんならハルのそばにいるレイが一番危ないに決まってる。

 くそったれが。

 通信機!

 だけど返ってくるのは砂嵐めいた音だけで一向にディオスに繋がらない。

 くそ、くそ、くそ!

 どうなってんだくそったれ!

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