守り月の幸運
「えーっ! こっちにないの!? 誕生日!!」
「ないよ。何それ?」
「マジか~~!!」
またもや知ったこちらの常識に驚きの声を上げたのは、生活魔術も使えないへっぽこ聖女の私。
どうも皆さん、おひさしブリーフなハルナでございます。
始めは何気ない会話から誕生日をゲットして、サプライズでプレゼントを渡そうと思っていましたが、なんとこの世界に誕生日がないんだそうだ。
「じゃあ、みんなどうやって年齢決めてるの?」
さすがに年齢の概念はあったはず。
団長も自分で45歳って言ってたし。
「年齢はプルファの夜を超えたら一歳増えるんだ。みんな一緒にね」
プルファの夜とはこの国の大晦日。普段は青と白の二つの月が、その日だけ紫色の月の光に包まれる妙にムーディーな夜。
私もまだ一回しか体験したことがありませんが、この国の人達はこの日をとても大事にしています。
団長達を始めお貴族様は神殿やお屋敷で来年の豊穣を願う儀式と晩餐会、平民達は一年の労をねぎらいあうパーリーナイト。
どちらも共通なのが、女子はみーんな左手に髪の色のリボンをつけていて、紫色の月の光の下でリボンをほどかれるとお持ち帰りに同意したことになり、一夜の恋人となる。
ちなみにこのルール、夫婦だろうが恋人だろうがお互いの同意さえあれば成立する。
「倫理観!」とか「不倫はちょっと……」ってツッコミはなしね。
郷に入れば郷に従え、異世界でも従っとけば波風は立たないのよ。
そして次の日が新しい年の始まり。
当日の夜に生まれた赤ちゃんでも、プルファの夜が明けたら1歳になるって事だ。
「でも、一斉付与ってなんかこう……有給みたいで特別感がないね。じゃあ誕生日プレゼントもパーティーもないのか……」
ちえっ。こっそりリサーチしてプレゼント贈ろうと思ってたのに。
「あ! でもね。毎月生まれた日はあるよ。守り月っていって、俺は青の5の月の日が守り月の日!」
「守り月の日?」
どの月の空に生まれてきたかで、その子の性質が決まり、以降毎月その日が本人にとっての幸運日だそうだ。
ちなみに青の5の月に生まれは、苦境に強くて自信家になるそうだ。
「成長しても全然そうならなかったけどね!」って、団長は笑った。
団長曰く、守り月は捨て子でもない限り、大抵本人や家族が覚えているそうだ。
「守り月はね。いつでもその人を月が見守っていて、守り月の日にいいことすれば何倍にも大きくなって自分に返ってくるって言い伝えがあるんだ」
いい事をすればいい事が、悪い事をすれば、悪い事が大きくなって返ってくる。
だからスリや泥棒もこの日は避けて仕事するらしい。
本人が守り月を知っていれば、だけれども。
「そっかぁ。いつだったかパメラさんが店番した日にお店に行ったら、結構安くしてくれたの。“いっぱい幸運を返してもらうんだ”って言ってたけど……」
「それは守り月の幸運を期待してるやつだね。商店なんかは客に割引やおまけつけて商売繁盛って訳だ」
商人だけじゃない、普通の人も誰かに親切にしたり、ちょっとした助けになったり。
お返しの下心満載でその日はいいことをしまくるそうだ。
いわゆるちょっとしたゲン担ぎみたいなようだけど、こちらは魔力の存在する世界だから、本当にありえそうな気がするよ。
「団長は守り月の日、何してるの?」
「親しい人や世話になった人へ手紙を書いたり、基金や神殿に寄付したり、使用人にちょっとしたものを贈ってたよ」
なるほど。幸運を期待して逆プレゼントって事か。
それはそれで素敵かも。下心もあるけれど。
「ハルナのところは? 誕生日のパーティーって何?」
「生まれた日のお祝いで年一回、プレゼント貰って、年の数のろうそく付きケーキでお祝いがメジャーかな」
生クリームののったいちごのケーキやチョコレートクリームの手作りケーキだったり、デパ地下のちょっと奮発したケーキがプレゼントを兼ねて、だったり。
この辺はルドヴィルさんがものすごく食いつきそうだけど。
「じゃあ俺、毎月ハルナからケーキにプレゼントまでもらえるの!? いいね誕生日。やりたーーい!!」
やりたーい、やりたーいと団長は左右のステレオで連呼してるけど。
「ちょーっと毎月プレゼントは大変なので、そこは年一回、プルファの夜のプレゼント交換で手を打って下さいね!」
「ええーーーっ! そこまで言ってナシとかずるいよっ!!」
そ・れ・よ・り・も・!
「だって私には守り月ないんだよ。そっちだってズルい! 私も幸運欲しい!」
私は口をとがらせる。
確かに誕生日はあるけど私は27日生まれ。20日でひと月のこちらのカレンダーでははみ出てしまうのだ。
2月29日生まれが4年に一回みたいな気分よね。
「じゃ、ハルナがこっちに来た日にすれば? 守り月」
「……」
私は途端に口ごもり、そっと目線を逸らした。
夜だった事は覚えてるけど、あの日の月の形まで覚えていないんだよね。
唐突に挙動不審な私に団長は「もしかして……ハルナってば、初めて出会った日、忘れちゃったって事!?」と、途端に団長はむくれる。
「ほ、ほら……。だってあの時はこっちに来たばかりだし……」
私は言い淀みながらも、慌てて釈明する。
「大体あの日は初めての異世界ショックに、それどころじゃない乙女のピンチな状況だよ! 心理的配慮を求めますっ!」
瞬発力に任せたら、まともそうな聞こえの言い訳が口から出た。
「……じゃ、その髪飾りをあげた日は?」
団長はむくれたまま私の髪飾りを指さす。
良かった。これはちゃんと覚えてる。
「確か小麦粉の定期納品の日で、街に買い出しへ行く日だったから青の5の月って……」
ええ? まさかこれって!!
「うん。ハルナがこちらに来た日は俺の守り月とおんなじ日で、それは守り月の幸運のおすそ分けのつもりだった」
そうなのか。あの時は呑気に喜んでいたけど、すごい偶然だ。
あ。だからかな? 契約解除になかなか同意してくれなかったのって。
思い入れがあるって言ってたし。
記念日を忘れないって、団長は意外とロマンチストさんだ。
「幸運、たくさん返ってきた?」
「返ってきたよ。もう充分すぎるほどに、ね」
団長は私を見て満足そうに笑う。
「じゃあ、今度の青の5の月から私もおすそ分けする! やっぱりお会計5%引きからスタートかな!!」
「待って! そこは俺におすそ分けって流れじゃないの!?」
「え~~? どうしよっかなぁ~~。だって家族には絶対しなきゃいけないって決まりはないんでしょ?」
私はニヤニヤと笑う。
「いやいやいや。身近な人ならお返しもきっと大きいよ! だから、ね?」
団長は私を拝み倒しそうな勢いで欲しがっている。
まぁ、確かに。守り月の幸運用にケーキくらいは作ってあげてもいいかな。
ショートケーキはスポンジの練習が必要だけど、朝食に出してるクレープの応用でミルクレープなら失敗なく作れそうだし、今から作って冷やせば夜のデザートにちょうどいい。
「ま、夕飯までに考えるよ。ほらほら! ご飯食べ終わったなら食器片付けるから、団長は午後の仕事に行っといで!!」
そうと決まれば早速準備しないとね。
私が追い立てると、団長は渋々の体で席を立って午後の畑仕事へ向かった。
後ろ姿はちょっと凹んでいるようだった。
よしよし。今日はこれでOKだ!!
「まさか今日が守り月の日だったとはね!」
私はキッチンの出窓に飾られた花をちょんとつついて微笑み、私はクレープの生地を焼く準備を始める。
ウチの庭に植えてない白水仙。森に咲いてたからなんてきっと嘘。
わざわざ領主様のお城に転移して摘んできてくれたに違いない。
白水仙は窓辺の日差しの中、気持ちよさそうにふわふわと風にそよいでいた。




