エードルフ、コソ泥ゴブリンを捕獲する(臭い付き)
俺はひょこひょこ動くゴブリンを捕まえたが、それはゴブリンではなかった。
会話が成り立つ人間の女だ。
自宅で気を失い、気が付いたらここにいたのだと本人は言う。
名前はハルナ、罪人のように肩にも届かないくらい短いふわふわした切っぱなしの茶色い髪に、くるくるとよく動く茶色い瞳。
空腹の俺にはとても刺激が強い、ほんのりとニンニクの匂いのする、血まみれ女。
畜生、いい匂いさせやがって。
あまりにもニンニクがいい匂いすぎて、ガーリックバターのじゃがいもが食いたくなるじゃないか。
こっちは5日も食べてないというのに!!
傷の原因を聞いたが、擦りむいたとの事で、魔物に襲われた訳ではないらしい。
治療の時、こっそりと確認したが確かに噛まれた跡などではないし、スライムの酸で焼けた傷でもない。
魔の森の真っ只中で血を流していれば、あっという間に魔物や獣に襲われるというのに、かすり傷しかないなど聖女の力以外ありえないし、何より亡くなられた先代聖女様と似た気配。
多分このニンニク女は聖女だ。
そして都合の悪いことに……。この女は俺のマントを勝手に身に纏い、ブローチに自分の血まで付けたという。
俺はブローチを凝視し、頭を抱えた。
非常にまずい。この女と俺が完全に契約状態に入り、俺の魔術の影響を受けている。
このブローチに使われている石は『婚姻の石』と呼ばれる魔術具で、一生に一度しか作れない。
本人が扱える魔力量によって形や大きさは違えど、この国の人間なら生まれた時に必ず作る代物だ。
我々はこの石に血を混ぜ、この地と契約することで、初めて魔力を使うことができ、婚姻して子を成す際にはお互いの石に血を混ぜ合って初めて子ができる。
だ、だから……そういう商売も、成り立つ。
俺は一度行ったっきりだ。詳細は聞くな!!
空を仰ぎ見ると、月は細い。
契約解除のできる満月まで幾日かかかるし、かといってこのまま聖女をここへ放り出す訳にもいかない。
塔へ連れていき、もう少し詳細な事情聴取と保護が必要だが、ブローチの事はともかく、ルドヴィルあたりにマントの事をペラペラとしゃべられては、俺が困ったことになる。
何とかして事情を悟られないよう、ハルナの口を塞がなければ!
ハルナを抱えて塔へ帰る道すがら、少し緊張しながら話を振る。
「ハルナ。ひとつ頼みがあるのだが……」
気づくな……気づくなよ。
「はい、何でしょうか?」
「その……。このまま連れていくとウチの連中の質問攻めが予想されるが、ブローチの契約は事故、マントは俺が貸した事にしておいてくれないか?」
ハルナはきょとんとして俺を見つめて言った。
「構いませんが、理由を聞いても?」
うーむ、理由……。異世界人なら騎士の流儀もしきたりも知らなくて当然だ。
これは何も馬鹿正直に『マントを盗られるのは騎士として最大の恥辱』などと言う必要はないか?
うまく騙せ……いや、言いくるめてすべてなかった事にできるのではないかという打算が働いた。
「騎士がマントを渡すのは結婚してくれの意思表示、ブローチと契約は婚約者の特権だからだ。ハルナだってよく知らない男と結婚したくはないだろう? マントは俺が貸した、ブローチは事故ということにしてくれないか?」
俺は言い方を少し変えただけだ。嘘は言ってない。
大体ルドヴィルに「実は水浴び中、女性にマントを盗られた」なんて知られたら、俺の騎士の矜持が黒い霧になる。
それだけは絶対に嫌だ!!
「ははぁ。なんか裏がありそうですが、確かに結婚はちょっと困るので、口裏は合わせますよ」
ハルナは微妙に疑いつつも、提案に同意してくれた。
「ぜひとも、そうしてくれ」
よし。これで俺の矜持は守られた。明日からは素晴らしく平和な一日になるぞ。
ああ、それにしても腹が減ったな。
普通の飯が食えるようになったら、ガーリックバターの焼きじゃがいもが食べたいものだ。