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王宮内 謁見の間 (エードルフ)

 そして次の日、宰相の宣言通り、俺は謁見の間に立たされていた。

 罪状はハルナを隠したこと、勝手に契約した事。

 被告人の俺は弁護人もいない一方的な裁判だ。


「これは実に由々しき問題ですぞ、陛下。率先して民に範を示すべき王弟殿下自らが範を破り、ましてや聖女様と知りながら契約を盾にご自身の騎士団で働かせていたとは言語道断!」


 うわぁ、どうしてハルナ雇ってた事、知ってるんだろ。

 ああ、宰相が事前に広めといてくれたのか。

 調子づいた他の連中が、おかわいそうにとか、なんて事をとか、おいたわしいとか、ご無体な事を……よくもまぁこれだけと思うほど出てくる。


「聖女様に対し、強引に借金を迫ったとも聞いておりますぞ! なんと酷な事をなさるのか」


 あ、前借りまでバレてる。

 でもそれ、発案はルドヴィルで俺じゃないぞ。

 彼らには俺がハルナを脅迫して強引に契約し、借金を盾にして下働きさせていじめるおとぎ話の悪役王子に見えているようだ。

 うん。大筋があってるだけに、微妙に言い返しづらいな。


 だけど契約は事故だし、借金は表向きだけで、実際はすべて貯金してある。

 本人は知らないけど。

 このまま言われっぱなしも悔しいし、言い返してやろうと身じろいだところに、兄上の隣にいた宰相は静まるよう示し、威厳たっぷりに言った。


「殿下はこの件を大変反省しており、罪を認め、言い訳はしない、どのような処分にも従うと申されました。その殿下のお心に免じて、陛下はお許しになられたのです。本日は陛下のご信頼に応えるため、殿()()から、本日の謁見を求めたのです。そうでございますね、エードルフ殿下?」


 宰相は氷の魔術よりも冷ややかな視線で、玉座の隣から俺を見下ろしてる。

 俺に釈明の機会も与えない気か。

 悔しくて階下から宰相を睨んでも臆する様子はなく、さっさと忠誠を誓ってマントを差し出せともの凄い圧をかけてきた。

 どいつもこいつも黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。

 大体、公式謁見だからこの先ずっと記録に残るんだぞ。

『聖女と知りながら借金で脅して強引に契約を結び、下働きをさせてこき使った悪徳王弟』って

 一言二言、訂正言ってもいいよな。


「陛下、宰相閣下。私は……」


 全てを言い終えぬうち、自分の隣に転移陣が刻まれ、白い光の壁が転移陣を覆う。


「あわわわっ!!」


 ちょっと間抜けな声で、転移陣から現れたのはハルナだ。

 一人で転移したのは初めてのせいか、足をつき損ねて少しよろめいた。

 俺はハルナの手をとり、背中を支えて立たせた。


「ハルナ、どうしてここに……」


 と、思って自分のブローチが目に入った。

 そうか。契約の影響か。俺の魔力に引かれてハルナは転移した。

 じゃあ、送り出したのはルドヴィルか。


「団長。ルドヴィルさんがこれを二人で読めって……」と言って、ハルナは俺に手紙を差し出してキョロョロしていた。


 やっぱりルドヴィルか。俺はハルナから手紙を受け取って読んだ。

 たった一言しか書いてなかったが、ルドヴィルが考えた作戦とやらの本当の意味をようやく理解できた。


(確かに()()、公式の場でやれば記録にも残り、宰相どころか兄上でも文句は言えないな)


 俺は苦笑した。

 こちらは騎士限定、まさに一回限りしか使えない契約。


「あのー、団長サン? ここはもしや?」

「王宮内の謁見の間」


 だけどダメだったらその結果まで永久に残り、下手すりゃ義父上どころか兄上にまで恥をかかすことになる。

 だから心を決めろって、そういうことか。

 そんなもの、とっくに決まっていた。


「じ、じゃあ……、あの一段高くて、ご立派な椅子に座ってるのが?」

「国王陛下だね。ねぇ、ハルナはこれ読んだ? ハルナ聞いてる?」


 ハルナは状況に蒼白でオロオロするばかり。

 ダメだ。まるで聞いてない。


「わ、わたっ、私っっ、不敬罪で打首の上、圧倒的獄門ッッ!!」


 ハルナは“うちくび”や“ごくもん”など、よく分からない事を叫んでいたが、今は俺の話の方が大事だ。

 聞き流して、マントを外してハルナに着せかけた。


「ちょっ、何で団長はマント取っちゃう……」


 俺は跪き、ハルナの左手を取ると、周りの貴族達は一斉にざわめき立った。


「ハルナ、俺のマントを受け取ってくれるか?」


 ハルナは少しの間黙り込み、目を見開いて一瞬笑顔を見せたかと思うと。何かを言おうとして、押し黙ってしまった。

 やっぱり帰りたいのだろうか。

 取った左手には、あの日解いた茶色のリボンの幻が見える。

 俺はもうハルナの飯以外食べたくないし、ハルナを元の世界に帰したくない。


「あ、あのね、団長。私、返事をする前に聞いて欲しい事があるの……」


 ハルナは言い淀みながら、俺を立たせる。

 何だろう。ハルナの聞いて欲しい事って。

 急に緊張感が増した。


「私、本当は40歳なのよ。もうあなたの子供だって産めないかも知れない。本当にそれでもいい?」


 思い詰めたような不安気な顔を見せて、ハルナは俺を見上げてのぞき込む。

 だけど聞いた瞬間「なんだ、そんな事だったのか」と拍子抜けした。


 若返りを使ってるから、俺の年などてっきり推察済みかと思っていたけど、二人で一度も年齢の話をしたことなかったし、俺の元の姿をハルナは一度も見た事がない。

 ちょっと集中して、石への魔力を一時的にせき止めてやる。


「断った方がいいなら……」


 ゆっくり術が解けていく俺の姿にハルナは心底驚き、慌てて自分の手を確認して、愕然とし、最後に笑う。

 やっぱりハルナは年を取った自分でもちゃんと誇れる人間だ。

 つられて俺も笑う。


「俺、実は45歳。ハルナよりずっと年上だよ? それでもいい?」


 ハルナはようやく首を縦にした。


「はい! こちらこそよろしくお願いします!!」


 ハルナの返事が響くと、貴族達がまたざわついた。

 俺は再度跪いて、もう一度ハルナの左手を取り、小さな甲に額を当ててハルナに忠誠を誓うと、兄上へ向きなおった。


「国王陛下、そして宰相閣下。この先、私の忠誠はすべて聖女のために使います。どうかお許しを!!」


 兄上はしかめ面で、顎を手で撫でながら大きなため息をついた。


「ならぬ。と言いたいところじゃが、マントの誓いは私でも覆せぬ一度きりの神聖なもの。だが、犯した罪の贖罪は必要。のぅ、グリューネヴァルト公?」

「……左様でございます。陛下」


 宰相閣下の口調はいつも通りに聞こえるのだが、怒らせてる自信がある。

 俺は二度と見ないことにした。


「エードルフは聖女を隠した罪で王籍を剥奪し、東の塔へ蟄居させよ!」


 兄上の裁定に俺は目を見開き、貴族達は再びざわめいた。


「シュヴァルツヴァルト伯よ」


 兄上の声で義父上が俺の隣に進み出て、優雅に腰を折った。


「はい、御前に」

「エードルフを東の塔に蟄居させている間、一帯の開墾作業なり、魔の森の監視と討伐に使うなり、労役を課すが良い。多少は伯の役には立つであろう」

「畏まりまして。陛下」


 お手本のようなお辞儀をして、義父上は下がると兄上は俺を呼んだ。


「エードルフ」


 呼ばれて俺は膝をつき、騎士の礼を取る。


「はい、陛下」

「其方の言を信じる。心して励め」


 そう言って兄上はトラウザーズの右を二度軽く叩いてにこりと笑った。

 瞬間、目頭が熱くなり、必死で涙を堪えた。

 そんなの卑怯です、兄上。

 俺を泣かせて謁見をめちゃくちゃにするおつもりですか?

 俺は握った拳に力を入れて右手を左胸につけた。


「……はい! この身命と騎士の誇りにかけて、必ず!!」


 俺は兄上から人生で最高の餞と祝いを頂いた。

 きっと俺は今、世界一の幸せ者だ!

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