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エードルフと兄上と蜂蜜酒

 着替えを済ませて応接間で待っていると、程なく兄上は侍従を連れてやってきた。


「夜遅くにすまんが、どうせそなたも眠れんだろう?」


 兄上は子供のように笑い、侍従に持たせた酒瓶に目線を流す。


「兄上には敵いませんね。頂きます」


 俺は侍女に軽いつまみを持って来させると、兄上が人払いをしてくれた。

 俺の命では離れなくても、兄上の命なら聞いてくれた。


「こうやって一緒に呑むのも久しぶりだな」


 兄上は手ずからグラスに氷を入れて酒を注ぎ、渡してくれた。

 今日はそのまま飲む酒らしい。


「そうですね。王宮にいた頃はよく夕飯にお招きいただきました。義姉上はお元気ですか?」

「ああ、元気だよ。最近は私を放り出して熱心に孤児院の活動支援をしておる」


 カチンとグラスを合わせて、氷を入れた黄金色の酒を一口飲む。

 これは名前よりもずっと甘味を控えてあってとても飲みやすい。

 懐かしい香りにほんのり甘い、優しい味がした。


「いい蜂蜜酒ですね。寝酒にぴったりだ」

「だろう? 最近はもっぱらこれだ。妻は更に蜂蜜を入れて飲んでおるよ。甘さで歯が溶けないのかね?」


 くすくすと兄上は笑みを浮かべる。

 俺と兄上はカラカラと氷を手の熱で溶かしながら、二口、三口とするすると飲み下す。

 グラスの半分がなくなった頃に兄上はぽつりと言った。


「先ほどは其方の味方をしてやれなくてすまなかった、エードルフ……」

「兄上、突然どうしました?」

「とぼけるでない。そなたが契約を続けたいと願うのは、その隠しに入っているもののせいであろう?」


 兄上に俺の右側を指さされ、驚いて目を見張った。

 ここにはハルナのリボンが入っている。

 一体いつから気づいてたのか。


「本当に兄上には敵いませんね」

「これでも其方よりは長く生きておる。()()()()感情も其方より経験は豊富だぞ」


 ふふんと兄上は胸を張り、だがなと続ける。


「わかっておろう。過去の罪から我が王家は聖女と関われぬ。だが其方の願いを叶えてやりたい……」

「十分わかっております、兄上……」


 王家に席を置くなら、飽きるほど聞かされてきた話だ。

 過去の王が聖女に恋をした。

 だが、聖女が愛したのは王ではなく、身近にいてそばで支えてくれた王の側近だった。

 嫉妬に駆られた王は側近の持つ婚姻の石を取り上げて壊した上に無実の罪を着せて殺した挙句、聖女を自分のものにしようと強引に契約し、記憶をすり替えて閉じ込めてしまった。

 偽物の記憶に偽物の関係。月の采配か夢はすぐに覚めた。

 聖女は真実に狂い、王も正気を保てなくなったのか、聖女と自分の婚姻の石を破壊し無理心中という最悪の結末。

 この時、国内は荒れに荒れ、惨憺たる状況になったと伝えられている。

 以降、王家は聖女の婚姻に関わることを自ら禁じて今に至る。


「いや、エードルフ。其方は付き合わずとも良い。王籍に戻らずそのまま新たに家門を立てて……」


 今ならまだシュヴァルツヴァルトの養子、そのまま独立して一貴族としてハルナを迎えろと兄上は言いたいのだろうが、王族である生まれまで変えられる訳ではない。


「兄上、そのような事はできません。明日にはハルナの存在を知られてしまうのに、私だけ特別扱いでは他の者への示しがつきませんし、兄上のお立場に関わります」


「エードルフ……だが……」


 兄上は諦めきれないのか歯切れ悪く、手の中でグラスを弄ぶ。


「それに私だって何も策を用意しなかった訳ではありませんよ」


 その策が何なのかさっぱりだけどな。

 ルドヴィルが力を貸すというのだから、状況くらいは打開できるだろう。

 いかん、楽観的なのは空きっ腹で酔ったのかもしれないな。


「そう心配なされなくとも、きっと青の月が良き方向にお導きくださいます」


 何せ青の月は王家の象徴で守りだ。

 俺が窓の外の月を見ると兄上も一緒に月を眺める。


「そうさの。ちょうど明日は其方の生まれた青の5の月の空であるから、これもめぐり合わせかもしれぬな。うまくいったら何か望みはあるか?」


「そうですね。東の塔の畑を貰えれば十分ですよ。あの一帯はとても畑に向いた土地ですから」


 少しは貯金もあるし、ハルナと一緒に改良を始めたミニトマトもある。

 ミニトマトが新品種になって流行れば、それほど困ったことにはならないだろう。


「ふむ……。ならば塔ごと一帯をお前にやろう。畑でも放牧でも好きにせい」


 兄上は面白そうな顔で何か思いついたような顔をしていた。


「ありがたいですが、それでは示しがつかないと……」


 さっき言ったような気がするが。


「私だって多少の弁は立つぞ。其方よりずっとな」


 ニヤリと笑ってグラスを突き出されたので、思わず俺もグラスを合わせた。

 兄上、何を考えてるんだろうか。

 無茶な事を考えてるかもしれないから止めてくれと義姉上に教えといた方がいい案件か、これ?

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