9.教官の事実 クラレイ
がつんがつんと模擬剣のぶつかる音が至る所から響く。
今日は放課後の騎士見習い訓練の日だ。そこそこ広い訓練場に詰め込まれた生徒は皆必死に汗水流し、鍛練に夢中である。
俺は、いつも通りディナルドと組んで打ち合いをしているのだが、何故だか今日はディナルドの剣は鈍い。勢いは無く、剣筋に迷いが見て取れる。隙が多く、どこか心ここにあらずと言った様子。
「ディナルド、悩み事か?」
「いや、すまない」
予想通り、聞いたところで誤魔化される。申し訳なさそうに顔色を悪くするのも、想定済みだ。
ディナルドの腕の付け根を狙い、模擬剣を叩き込み剣を落とさせる。普段の彼ならば簡単に避けてカウンターまで仕掛けていてもおかしくないだろうに。
「今日は帰ろう。その様子だと訓練しても時間の無駄だ」
「大丈夫だ、クラレイ。気にしないでくれ」
「あのな、張り合いが無いんだよ。今日のお前は。話くらいなら聞くから」
ディナルドの落とした模擬剣を拾い上げ、わざと強い語気で言う。真面目で頑固なディナルドには優しく諭したところで梃子でも動かないのは今までの長い付き合いでしっかりと理解している。
なのであえて強く言う。
眉根に皺が寄ったが、すぐにディナルドは俺に向き直る。
「すまない。今度埋め合わせさせてくれ」
「じゃ、教官に言ってくるから先に着替えていてくれ」
ディナルドに引き止められる前にさっさと教官の元に向かう。
肩書きは講師だが、扱いは教官だ。実際に誰もが教官としか呼ばない。
教官は厳めしい見た目だが、その実、小さいものと可愛いもの、甘いものに目がない。時折訓練場に現れるリーリアを孫の様に可愛がっている姿が見られる。
大きな熊のような男が小さな少女を構っている構図は、正直事情を知らない者が見たら騎士団か警備隊か、なんにせよ通報されそうである。
「教官、ディナルドの調子が悪いので今日はもう帰らせていただきます」
「あぁ、わかった。お前たちは真面目だし今までの訓練も皆勤だ。たまには休養も大事だからな」
顰め面に見えるが、怒っているわけでは無い。
講師であり、かつて騎士だった男――ディルックと言う名前だ――は口を引き結んで鷹揚に頷いた。
短く刈り上げた頭をざらりと撫でながら、ディルックは珍しく口をもごもごとさせた。基本的に何事もはっきり言う彼の姿はあまり見ない。
小さいものと可愛いものと甘いものが好きだと言われた時以来である。
「……最近、色々な噂を聞いていてだな、お前とリーリアのこととか」
「あぁ、嘘ですよ」
きっと彼は俺がリーリアの恋心を弄んだと言う噂について言いたいことがあるのだろう。
それにしても、彼がリーリアを呼び捨てなのに少しばかり驚く。
「すまんな、リーリアは姪にあたる。兄の娘だ。……兄はリーリアをそれはもう真綿で包む様に大切に育ててきたからか心配性なんだ。偶然講師として学園に勤めている俺を呼び出してリーリアのことを聞く程度に」
それは程度と言えるのか。
ディルックも相当にリーリアを可愛がっているのを見ているので妙な説得力がある。
「リーリア嬢にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。友人としてのお付き合いはさせていただいているのですが……誰かが嫌がらせで流しているのでしょう」
「そうか。すまんな、引き止めて。兄は君のことを気にしていたからいつか――」
「ちょっと叔父様何言ってるのよ」
この場に似つかわしくない穏やかな声が、大男を責める。
ちらと視線を下に落とすとリーリアが仁王立ちで上目遣いで――どうみても睨んでいるように見えないのが可愛らしい――ディルックを見つめていた。
わかりやすく狼狽えるディルックは「違うんだリーリア」と弁解しようと必死になっている。
「お父様の戯言を真に受けないで頂戴。彼が挨拶に来たら婚約者にどうかって打診する気満々じゃない。私は嫌よ。ただでさえ友人としての付き合いしかないのに嫌がらせされているのよ」
ズバズバと切り捨てるリーリアは容赦がない。
本人が目の前にいるのに臆しないところはリーリアらしいとも言えるが。
改めて異性として意識されていない事を突き付けられ、絶妙に精神的ダメージを食らう。流れ弾に当たった人はこんな気持ちになるんだな、と遠い目になる。
それにしても。
「嫌がらせを受けているのか?」
「嫌がらせを受けているなんて聞いていませんよ」
ディルックと声が被さった。




