8.勘違いはすれ違いを引き起こす リーリア
私はほくそ笑んで、令嬢たちに囲まれているクラレイを、テラスの端、私の特等席に腰を掛けて眺めていた。
わかりやすく胸元を強調した令嬢たちはお互いに体を押しのけながら豊満な胸をどうにかクラレイに押し付けようと必死だ。
放課後に私が「クラレイが豊満な胸が好き」だと叫んだ結果。
数日でこれである。噂が回るのは早く、自身の体に自信のある令嬢たちははしたなくも胸元のボタンをくつろげ、谷間を惜しげもなく晒し、クラレイに近づいている。
それでいいのか、とも思ったけれど、彼女たちは瞳に炎を宿し、誰もが必死に見える。
クラレイの好みと正反対な私の身体つきを憐れんだ誰かが「リーリアとは遊びだった」なんてどちらにせよ不名誉な噂が流れている訳だが。
あの日以来、嫌がらせは鳴りを潜めている。きっとクラレイを振り向かせるのに必死で私に構う暇なんてないのだろう。
「隣、いいだろうか」
「えぇ、どうぞ」
物好きもいるものだ。にこりと笑顔を作って顔を向けると、予想外にもそこにはディナルドがいた。
早速私の隣の椅子をひいてどかりと腰を下ろす。
「クラレイが、あぁなっているのでな」
「大変そうですよねぇ」
他人事なのでにやにやしながら答えると、ディナルドが不思議そうに僅かに表情を緩めた。
彫刻の如く硬質さを持つ顔立ちだな、とつい見とれる。表情を動かせば相当彼もモテそうだ。あぁ、でも貴族令嬢からすると筋骨隆々すぎて威圧を感じるのだったか。
「君は……、気にならないのか? クラレイが令嬢たちに囲まれて」
「はい。勘違いされがちですけれど、私は彼に恋愛感情を持ち合わせていませんから」
「そうか、不躾だった。忘れてくれ」
「お互い婚約者がいないから仕方ないのでしょうねぇ」
なにしろ、皆様噂話が好きですから。
そう続けると、ディナルドは深く息を吐き、「そうだな……」とぽつり。中々ディナルドは噂に振り回されて大変な経験をお持ちの様だ。
対して親しくないのに聞くのは失礼にあたるだろう。
好奇心は準備運動をしているが手綱を手繰り寄せ必死に抑える。
「この機を利用して、婚約者を見つけたらいいのです」
「……リーリア嬢はどうするのつもりだ?」
「ご心配ありがとうございます。意中の人が振り向いてくれればいいのですが……、まぁ、望みは薄いので」
ちらりと意中の相手――隣に座るディナルドは今日も素敵だ――にちらりと目を向け、すぐに空へと視線を動かし、はぁ、とわざとらしく溜め息を吐く。
多少は伝わればいいな、とは思うが、上手く運ぶわけもなく。
「君は、素敵だと思う。その、相手は……、君の魅力に気が付いていないんだろう」
「えぇ、本当に。臆病な私も悪いのですけれど。面と向かって断られるのが怖くて」
既に今、とても心情的にはかなりしんどいわけですが。
視界がぶれるのは気のせい、そう、気のせい。目が疲れた風を装ってそっと目頭を押さえる。
「成る様になります。今は自分で婚約者を探していいとは言われていますけれども、いずれ、お父様が婚約者を見繕ってくださるでしょう。えぇ、きっと!」
実はほぼ見放されているとは言いたくはない。
あまりにも奔放で、男勝りにも程があるじゃじゃ馬。それに加え、成長が全く見られない幼い顔と体型では婚約を申し入れたところで断られるのが関の山。
お父様には申し訳なくて仕方がない。
私には歳の離れた兄が二人。私は念願の女の子だったのでそれはもう姫の如く甘やかされ、可愛がられた。お父様も、忙しい仕事の合間を縫って遊んでもらった記憶がある。
いつしか、兄に混ざり騎士ごっこなどとしているうちに、令嬢にしては活発すぎる令嬢になってしまった。
可愛いから舐められない様にと、兄たちに鍛えられ、無駄に口も悪くなってしまった。
ちなみに、お母様が気が付いた時には現在の私だったので卒倒された。その後、矯正しようと令嬢のイロハを叩き込まれたが、上手く猫を被れるようになっただけだった。
「事情が、あるのだな。リーリア嬢も」
「きっとディナルド様が想像している様な深い事情はございませんわ」
誤魔化すために、柔らかく微笑んでみせる。中身とは裏腹に、顔立ちは穏やかなのできっと騙されてくれるだろう。
ディナルドは、なにか言いたげに眉根に皺寄せたが、口が動く事はなかった。
ただ、痛いほど真摯な目で、私を見つめていた。
勘違いさせていた方がいい方向に転がりそうな気がしたので、訂正するのはやめておこう。