6.それはそれ、これはこれ クラレイ
ディナルドの背はかなり高い。軽く二メートルを超えている。
筋肉の厚みと、高い背が合わさり、裏で巨人と言うあだ名が付けられているくらいだ。
比べて、リーリアはかなり低い。制服を着ていなければ子供にしか見えない。
制服を着ていても子供に見えるが、そこは慣れ。たまに二度見しそうにはなるが。
子供と見間違えそうに小柄で、肉付きも悪く華奢と言えば聞こえはいいが、細い体。
二人が並ぶとお互いに目立つ。
「リーリア、猫被るのやめたら?」
「嫌! ディナルド様の前ではなにがなんでも猫を被るわッ!」
人の名前を叫びながら走ってきた癖に、ディナルドの前でお淑やかにしようとしているリーリアがちょっと面白かったのでつついてみた。
想像通り、俺に向かって返事をしたリーリアの勢いは凄まじく、被ろうとした淑やかな令嬢の皮を全力で床に叩き付ける。どこか抜けているリーリアは、まんまと罠に引っかかってくれた。
「意外な、一面があるのだな」
「俺と似ているだろう? だから仲良くなったんだよ。ただの友人だ」
「……ってクラレイ! はめたわね!?」
最初の登場が強烈だったおかげか、二度目のリーリアの素顔にはディナルドは僅かに表情を動かしただけだった。
ディナルドと俺は幼い頃からの付き合いで、元々暴れん坊だった俺も、成長の過程で仮面を被る術を覚えた俺も、彼は傍で見てきているので、人の裏表に関してはある程度許容出来るらしい。
目も眉尻も垂れたまま、顔を瞳とお揃いの紅葉色に染めたリーリアはきゃんきゃん吠えた。
声もどこかしら柔らかさを感じさせる質なので、全く怒っている風には聞こえない。
「ディナルド様、違いますから!」
「元気なリーリア嬢も、いいと思うが……?」
誤解です、と恥ずかしさからか目にうっすらと涙の膜を張ったまま、必死に縋り付く様に上目遣いでディナルドを窺うリーリア。
お世辞が得意ではないディナルドは、思ったことしか言わない。
それを知っているリーリアは一転、目をきらきらと輝かせ、うっとりと想い人を見つめていた。
だが、すぐに夢見るような表情は消え、リーリアはディナルドと俺にそれぞれ目を向け、軽いお辞儀をした。
「今日は帰りますね、お邪魔しました」
「用事があったんじゃないのか?」
「急ぎじゃないから大丈夫。どう見たって私の方がお邪魔でしょう」
訓練お疲れ様。それだけ残し、若草色のゆるいウェーブのかかった髪を揺らしながら、ぽてぽてと小さな歩幅でリーリアは去って行った。
リーリアは歩くのはかなり遅い。角を曲がるまでその姿は見えていた。
令嬢が走り回るのははしたないことだと、淑女教育で叩き込まれる。
良くも悪くも、異性として意識されていない俺相手だったからこそ、逸る気持ちを抑えきれずにリーリアは人目の少ない場所だからと走ってきたのだろう。あと、彼女のことだから走った方が早いと思っていたのだろう。
ディナルドが残っていると想定していなかったせいで、痴態を晒す羽目になっていたが。
「……リーリア嬢は、活発なのだな」
「以外だよな。わりと思ったことズバズバ言うし、感情の起伏は激しい。歩くのは遅いけど、運動神経はかなり良い。令嬢らしくないから大人しくしろと、家族に口酸っぱく言われて普段はあえてあの擬態をしているらしい」
「俺に言っていいのか?」
「むしろリーリアなら伝えろと怒るだろうな」
もっとも、前半はいらない情報だと怒りそうだ。
珍しく、ディナルドが穏やかな表情を表に出している。おや、と思っていると、剣だこで固くなった分厚い手がぐしゃぐしゃと俺の髪をかき混ぜた。
「良き友人を得たのだな」
「あぁ。リーリアの心の準備が出来たらまたご飯でもどうだ?」
「俺は、怖いらしいからな。準備が出来るまで待とう」
リーリアに関しては、お前に心底惚れているからであって、お前を怖がっている訳ではない。
そう言いたいところだが、流石に口を噤む。これは、本人が伝えるべき事だ。
「……リーリアは、嘘は言わないんだ」
だから、ありのままをディナルドが受け入れてしまえば、いい。
つきりと痛む胸は、素知らぬふりをした。




