32.敵ばかりの茶会の始まり リーリア
足取りは重く、溜め息しか出ない。面倒臭い気持ちは私の足を掴んでいる様だ。
授業を終え、迎えた放課後。のろのろといつも以上に遅い歩みで廊下を進む。
目的地は、招待、もとい、呼び出しを喰らった茶会用の部屋。教室のある建物とは別の場所にあるため、少しばかり歩く必要がある。
ゆったり歩いている間にも、数人に追い越されていく。
学園には自分よりも背の高い生徒しかいない。成長が遅い自分だけ、幼少期で足を止めている様な気持ちに陥る。
入学当初は、子供の来る場所じゃないとよく声を掛けられたものだ。今では、皆慣れたのかそんなことはないが。あぁ、でも、思わずと言った風に振り返る生徒はまだいる。
うんざりしてしまう。人と違うことが、そんなに気になるのか。
ただ、私の個性の一つとして受け入れては貰えないのか。
(わかってるのよ、ただ拗ねているだけってことくらいは)
その場に立ち止まりそうになる足をなんとか地面から引き剥がし、一歩一歩確実に進める。
仮にも自分より高位の令嬢からの誘いである。すっぽかすわけにもいかないし、行く気が無いところを誰かに見られて告げ口されていらぬ敵意をもたれたくもない。
学園ではみな平等、などと声高らかに宣言しているが、実際にそんな事があるわけが無い。
(でもやっぱり行きたくない。完全に私一人で対峙しなきゃいけないんだもの!)
うだうだ悩んでいても、目的地は学園内。既に目の前だ。
唇を引き結び、眉間に力をいれる。女も度胸、と自分を奮い立たせ、指定された茶室へと向かう。
茶室棟と言われるここは、茶会の模擬授業や、放課後に茶会を開くための部屋で構成されている。
今日もここを利用する生徒は、自分たち以外にもいる様で、微かな話し声や笑い声が風に乗って耳に届く。風魔法の使い手でもある私は、他の人よりも、情報が耳に届きやすい。
風が運んできてくれる。良くも、悪くも。
「……本当なら一対一でお話がしたかったのだけれど」
「いけませんわ、クラレイ様になにか卑怯な手で近付いたと噂されていますもの、何か盛られでもしたら」
「過保護ですわね。全く、あんな子になにが出来ると言うの……」
何か盛られでもしたら、なんてこちらのセリフだ。
風に乗って届いた会話に、思わず顔から表情が抜け落ちる。いけないけない。
自分を茶会に招いた張本人、メリーエンヌとその取り巻きの会話に、込み上げた溜め息を飲み込む。どうにか笑みを張り付かせ、会話が止んだ瞬間を見計らい、ノックをする。
「入っていらして」
「失礼いたします」
優雅に出迎えてくれたのは、メリーエンヌだ。先程の見下したような発言からは想像も出来ないほど、可憐な笑みを、美しい顔に讃えている。
空いている席に着き、どうにか楽しそうな声を振り絞る。
「本日はお招きいただき光栄です」
「えぇ、一度ゆっくり話してみたかったの。肩の力は抜いて頂戴ね」
メリーエンヌは完璧なくらい、私に対しての敵意を滲ませない。
周りの令嬢はばれていないとでも思っているのだろう、目の奥に敵意を燃え上がらせている者や、口元に冷笑を浮かべているものもいる。
一番酷いのは、最初から敵意をまるで隠さない一人の令嬢。
メリーエンヌが「私の友人達ですわ」と一人ずつ名前を教えてくれた。
テーブルについているのは、自分とメリーエンヌを含め、六人。
左から、アマリリス、ジュリア。メリーエンヌを挟んでその隣が、カリベル、シアン。
ずっと敵意を隠そうともしない令嬢の名はシアンと言うらしい。
給仕のメイドが紅茶を注いでくれる。円形のテーブルなので、その周りをぐるりと囲む様に六人が座っている状態であり、私の右隣はシアンで、長い前髪の隙間からはじりじりとした視線を受け続けている。
メリーエンヌが場を仕切り、紅茶の説明を始めたところで、シアンが動いた。
シュガーポットから角砂糖を一つ、小さなトングでつまみあげ、私のティーカップに落とした。
呆然としていると、私だけに聞こえる小さな声で「甘いもの、好きでしょ」と乾燥してひび割れた唇を歪ませた。
「さぁ、飲んでみてくださいな」
メリーエンヌのその言葉は、悪意など何もない。現に、彼女はシアンが勝手に私のカップに角砂糖を入れたことに気が付いていないのだから。
曖昧に微笑み、カップに口をつける。飲んだふりは許されないだろう。シアンがぼそぼそと飲み干せと訴えかけてくる。
(……腕輪、あるし。流石に致死量を飲ませるなんてしないはずよね)
恐る恐る一口分飲み下す。腕輪がじりりと熱を帯びた。
「おいし、いですね」
少しばかり舌がしびれる。大丈夫、大丈夫、と暗示をかけ、メリーエンヌに答えるが、彼女は訝しげに眉根を寄せた。
なにか言いたげに口を開きかけたが、ちらりと左右に視線を動かし、黙る。
メリーエンヌの瞳には、確かに私を心配する色が見えた。
シアンが分かりやすすぎますね。