31.弱虫から脱却するとき ディナルド
いつも、クラレイは人々の中心だった。
人の目を惹きつける端正な顔立ちに、彫刻の様に引き締まりしなやかな筋肉。すらりとした手足は長い。まるで、作り物みたいだと、誰もが口にした。
それに加え、誰に対しても平等に接し、物腰柔らかな態度は、彼の人気をさらに高みへと押し上げた。
俺といる時だけは、ころころと表情を変え、冗談を言い合ったり、些細なことで喧嘩したり、まるで別人の様なクラレイに、心を許してもらっている、と思っていた。
間違いなく、心を許されていたし、今でもそうだ。
だが、年を重ねるにつれ、芽吹いた劣等感は、次第に奥底にまで根を張ってしまった。
クラレイと比べられ、クラレイに近付く為に利用され、クラレイにはふさわしくないと陰で笑わられ。
俺自身には、なんの価値もない気がした。
クラレイと一緒にいる男。ただそれだけ。
勿論、クラレイに非は無い。俺の心が弱かっただけだ。いや、今もそうだ。
自分に自信が無いのを、クラレイのせいにしたいだけだ。
クラレイに恥じぬよう、剣の稽古に精を出した。筋肉をつけるためにトレーニングに励んだ。
ただ、クラレイはその倍頑張っていただけだ。評価されるクラレイと自分を比べ、才能が無いからだと、いじけた。
振り返ると中々に情けない。
呆れられてもおかしくない。
情けなさと、恥ずかしさで重くなった口をなんとかこじ開ける。いつまでもぐるぐると考えたところで、何も伝わらないのだ。
心の中を盗み見る魔法でもあれば、相手に伝わるのかも知れないが、生憎、そんな魔法は伝説の話だ。
「……俺は、昔からレイと比べられてきた」
「あぁ」
視線は自然と落ちていく。クラレイとは目が合わない。合わせていない。
いつから、こんなに臆病で、卑怯になってしまったんだろうか。
俺と対照的に、クラレイの返事は真っ直ぐ俺に向かってくる。
「クラレイと並ぶと、より恐ろしい。クラレイは格好いいのに、貴方は残念だ。クラレイはなんでもできるのに、貴方はそうでもないのね。……なんて沢山言われて、呼び名を変えて、そんなに親しいわけじゃないと思わせようとしたんだ」
「そう、続けて」
やけに強張った返事が返ってきたので、思わずクラレイの顔を見ると、感情が抜け落ち、どこかを見つめていた。
あぁ、飽きられた。きっと怒っているんだ、あまりにも俺が情けないから。
「お前は、何も変わらないのに。俺だけが逃げていたんだな」
「いいや。ディーは悪くない」
思わず溜め息を落とすと、間髪入れずにクラレイが言い放った。
おもむろにクラレイは立ち上がり、口元だけに笑みを浮かべた。目はまるで笑っていない。
「ディー、お前に悪口を言ったやつ、男女問わず名前を教えろ」
「……いちいち覚えてなど」
「覚えている分でもいい」
「だが」
「なんだ? 庇うのか? お前は傷ついたんだろ、少しくらい報復したって許されるさ」
クラレイが怒っているのは、俺にじゃなく、俺にそう思わせた人間に対してだった。
そうだ、この男は人の為に怒れる。どうでもいいと思った人に対してはどこまでも残酷な程に優しくなれるが、懐に入れた人に対しては、こちらが引く程感情をぶつけてくる。
「もう、いいんだ。俺が気にしなければいい話だ」
「俺の気が済まない」
「当事者がいいって言ってるんだ」
ぎろりと睨まれるが、無視する。
どうせ、クラレイは自分の持てる手段を使って調べるだろう。そんな男だ。
「リーリア嬢が可哀そうだな」
「はぁ? なんだ、負け惜しみか?」
「お前が相手だと苦労しそうだ。束縛に耐え切れなくなっらいつでも俺に変えていいと伝えてもらってもいいか」
「随分元気になった様で」
顔を顰めながら椅子に深々と座りなおしたクラレイに、思わず笑いが込み上げた。
あぁ、なんて簡単な話だっただろう。ただ、自分の弱さを認めるだけで良かった。
それだけで幾分と心が軽くなった。
これから、さらに努力を重ねればいい。
俺だけの強みを伸ばせば、クラレイに敵う日は来るだろう。真似をしても意味が無い。
「いつか、お前に勝つよ。レイ」
「望むところだ、ディー」
握手の代わりに、互いの手を叩いた。
もっと時間をかけてディナルドの話を書くべきかな、とも思ったんですけど、うじうじいじいじはあまり似合わないのでさくっと。
更新がのんびりになっています。
今同時連載中の「再生の神子は一度死ぬ」はスマホで、こっちはPCでの執筆になっており、仕事がたてこんでいる時は中々PCを立ち上げることが出来ず…。
この作品は自分にちょっとした縛りを決めているのでより執筆に時間がかかっています。
のんびりお待ちいただければ幸いです。