26.結局のところ色恋に縁遠い二人なので リーリア
クラレイのトンデモ発言により、恥ずかしさに身悶えて体力を消費したが、気持ちを切り替え、店員に持ってきてもらった宝石の色見本に向き直る。
ほんの僅かに色の違う宝石たちが各自五個ずつ並んでいる。
店員だけが澄ました顔をしていて、私もクラレイもなんだかそわそわしてしまっていた。
お互い、あわあわと横に添えられていた手袋を着け、宝石を持ち上げて光に透かし、色の違いを確かめ始める。
店員は邪魔にならない程度にそっと言葉を添えていく。
「あぁ、そちらは一番色味が深いです。ほら、一番右端と比べると光をあまり通さないでしょう?」
「本当だ。でも、リーリアの瞳はもう少し明るい色だな……」
「お嬢様、そちらは希少な宝石でして、光を蓄積できるのですよ。暫く照明にかざしてみてください。ほのかに熱を持ちますから」
「へぇ……、宝石の種類も色々ご準備くださったのですね」
それからすっかり悩んで、悩んで、悩み抜いて。
ようやくお互いの瞳の色に近い宝石を選んで、店員に託す。宝石を着ける装飾品はネックレスにした。
毒が体に入ると宝石が熱を放つらしい。そして、石の許容量を超えると、無残に砕け散るんだとか。
最悪の事態を回避する為の物だけれど、初めての、誰かとのお揃いに少しだけ心が浮足立った。
一週間前後で宝石を付け替え、対毒作用を付与し、家にまで届けてくれるらしい。
丁寧に深々とこちらの姿が見えなくなるまで腰を折って店員は、見送ってくれた。
また、クラレイとはぐれないようにと手を繋ぐ。
店に入る前の約束通り、クラレイは私の気になる店を一緒に回ってくれた。
なにしろ、私の見た目は恐ろしく幼い。貴族子女と思われる幼女が一人で街に来て、店に迷い込んだと思われて街の駐在騎士に引き渡されるのが目に見えている。
クラレイと手を繋ぎ、店に入るとあら不思議。素敵な兄に付き添われた好奇心旺盛な女の子の完成。
何故か行く店々でサービスとして色々貰った。
飴屋さんでは瓶に詰められた飴を、クッキー屋さんでは包装された数枚のクッキーを、洋服屋さんでは髪を結ぶリボンを、装飾品屋さんでは子供用の腕輪を。
いちいちクラレイが、子供扱いされる私を見て笑いを堪えていた。少しくらい否定してくれても良かったと思う。
なにしろ、クラレイは「とても可愛いでしょう? 僕にべったりなんですよ、この従妹は」なんて嘘をつらつら騙りやがった。おまけに頭を撫でたり抱き上げたりなんておまけつき。
なんだか茶化されているみたいで、可愛いと言われても恥ずかしくはなかった。
胸がもやもやしただけで。なんだろう、この感じ。
子供扱いされたのが不服なだけ、とは違う気もするけれど、クラレイに聞くのはなんとなくやめた。
なんとなく、からかわれそうだったから。
「……従妹ねぇ?」
「冗談だろ、リーリア。良いじゃないか、沢山サービスしてもらえたし」
「全く、クラレイが楽しんでいただけだわ!」
思わず地団駄を踏み掛け、思いとどまる。いけないいけない、子供扱いされたから心が童心に返ってしまっていた。
とりあえず、口をへの字にするだけで怒りを表現してみる。
「そんな顔しても可愛いだけだ」
急に真剣な顔で、私をしっかりと見据えてそう言うクラレイに、しゅるしゅると怒りが萎んでいく。
絆される私も私ね、と肩を竦めた。
「今回だけよ。次したら、えっと、……、……誘拐犯だって騒ぐわ」
「それは本当に勘弁してくれ」
他に反撃する材料が無かった。
お互い妙に据わった目で向かい合う姿は異様なものだったのか、街行く人が何故か私達を避けて歩いていた。
色気の欠片もない婚約者候補たちだな、と、頭の端で俯瞰してぼんやりと思った。
正直なところ、婚約者同士になっても甘い空気だとか、とろけるような甘い言葉を交わしあうだとか、全く想像が出来ない。
変わらずに軽口を叩き合い、友人関係の延長にしかならない気がする。
そりゃあ、不意打ちの可愛いは、心臓にきた。
全身が熱いくらいだった。なにしろ耐性がない。兄達や両親くらいにしか可愛いなんて言われなかったから。
きっとこれからも不意打ちで身悶えることはあるだろう。
でも、いつも通りに口を開けば、そんな発言は出ることはない。
――と、私はこの時思っていた。
忘れていた、クラレイは外面が非常によく、口が良く回ると言うことを。
将来、がっちりと捕まえられ、恥ずかしさで発熱するまで延々と口説かれる未来が待ち構えているとは、この時は露ほども思っていなかった。