24.二人の情の名前はまだ違う リーリア
店の奥には、扉がいくつか並び、そのうちの一つが開かれていた。
さぁ、どうぞと白髪交じりの髪を綺麗に撫でつけた眼鏡の店員に促され、部屋に入ると、机とソファーが並んでいた。
机の上には柔らかな布が敷かれたケースと、その上に装飾品が並べられ置かれている。
机はあまり大きなものではなく、横に長かった。足の短いローテーブルだった。
その机を挟む様に三人は座れそうなソファーと、一人掛けのソファーが鎮座している。
私は広い方のソファーに座り、横にクラレイが腰を下ろした。
一人掛けのソファーには店員が腰を下ろす。
「クラレイ様からお伺いし、こちらの方でいくつか解毒のアクセサリーを見繕っております」
穏やかで警戒心を持たせない声で、男性店員はゆるりと笑む。
手を広げ、こちらです、と視線を誘導された先には、指輪や腕輪、ネックレスなどが五、六個並べられている。そしてそれらはペアなのかふたつずつ。
「……ペア?」
「俺と揃いは嫌か?」
思わず疑問が口をつく。
クラレイは少し困った様に眉尻を下げ、こちらを伺う。
特に異論はない。これ以上事態の悪化はないだろう。
どう足掻いても変な噂はたつだろうし、私を狙う誰かは手を引くことはないだろう。
むしろ、嫌がらせをされていたことがクラレイに知られたので、彼は時間の許す限り私の傍にいるだろう。なんだかんだ言いながらも、面倒見がよく、心配性だから。
「いいえ。クラレイが毒を盛られても安心ね」
「そんな状況は来なければいいけどな」
「間違いないわ」
軽口を叩き合うのを見て、店員は僅かばかりだが、表情を緩めた。
「仲がよろしいのですね」
「あぁ、気が楽だ」
長い付き合いなのか、クラレイは店員に対し、砕けた態度をとっている。
今まで気にしていなかったが、クラレイは指輪や腕輪、イヤリングなど様々な装飾品を身に着けている。全て、魔導具だ。
毒や薬、ありとあらゆるものに耐性を持つ装飾品に見せかけた、魔導具。
「ふぅん、クラレイも大変なのね。何個つけてんの?」
「あー、何個だ……? 重ね付けとかもしてるからなぁ」
モテる男も大変そうだ。
後先考えない猪突猛進なご令嬢に薬を盛られたり、才能に嫉妬した同性に毒を盛られたり、とかあるのだろう。
そんな世界とは無縁に、兄や親に真綿で包まれるように育てられたので未知の世界である。
そもそも、学園に入るまでろくに家族や屋敷で働く使用人以外との交流がなかったのだから。
「そんなに着けてるなら、別にクラレイは買わなくてもいいんじゃないの?」
「今着けている分と交代させるだけだ。何も変わらない。それに、俺はリーリアと同じものが着けたいんだ」
至る所に、さりげなく添えられた装飾品達を眺めながら、つい口を滑らす。
クラレイは気にした様子は無く、世間話のようにさらりと言うものだから、「そんなものか」と納得しかけ、驚きに目を瞠った。
クラレイの直球な言葉に、訳も分からず全身がドクドクと脈打つ様だ。
友人と呼べる存在は、クラレイが初めてであり、お揃いの物を持つなんてことはしたことがない。
兄らを真似て、両親に騎士服を強請ったことはあるが、その程度だ。
簡単に言うと、照れている。友人と揃いの物を持てるということに。
「えっと、その、友人とお揃いの物を持つ、って憧れてたの……」
「…………友人」
え、友人でしょ。
思わずクラレイをまじまじと見つめてしまう。
「あぁ、うん。今は友人でいいよ」
「なんか含みのある言い方ね」
含ませてんだよ、と毒を吐くクラレイに、店員はひそひそとなにやら伝え始めた。
聞こえそうで聞こえない。耳元に顔を寄せ、口元に手を当て、クラレイにだけなにかを伝えている。
気になる。聞こえそうで聞こえない。
もういいや、と意識を無理やり並べられた装飾品に目を向ける。
身を守るために着ける魔導具にはなるが、装飾が凝っていたり、石がはめ込まれていたり、武骨な印象はまるでない。
お洒落の一環として着けても、なんらおかしくはないだろう。
「どれがいいかな……」
顎に手を当て、一人、私は唸りだしたのだった。