21.わりと心配性な人 リーリア
かなりの時間を要し、落ち着いたらしいクラレイに降ろす様にと懇願し、私は地面を踏みしめた。
とっくに予鈴は鳴り、授業は始まっている。今更教室に行くのも面倒で、次の授業から出席しようと思う。クラレイも同じ考えのようで、この場を離れようとはしない。
「えっと、リーリア、別に無理して婚約を受けなくたって」
「しつこいわね。実は兄に気圧されただけで、私と婚約したくないとか? それとも私がこんな身体だから子供が出来ないんじゃないかとか考えてるわけ?」
「違う! ただ、ディナルドじゃなくて俺でいいのか、と。筋肉ないし」
別に筋肉が付いていない訳ではないだろうに。
顔が良いからと言って自分に自信があるかは別の話で。クラレイは今、顔じゃなくて筋肉の付きが悪いことを憂いている。
完全に、私が悪い。ディナルドの筋肉がどれほど素晴らしいかをクラレイに語り続けていたのだから。クラレイと比べた訳では無いが、自分とかけ離れたものに、嫉妬したとしてもおかしくはない。
「逆に問うわ。私は巨乳じゃないけどいいのかしら」
「だからそれは……! はぁ、俺は別に身体で決めたりしない」
「私もそうよ。それにね、見知らぬ人と婚約するよりも、私のこの性格を知ったうえで許容してくれる人じゃないと無理なのよ。それでいくと、クラレイは最適なの」
だから、もうこの話は終わり、そう突き放すように言うと、クラレイは神妙に頷いた。
思わず、深く息を吐くと、怪訝そうにクラレイがこちらを見る。なんでもない、と首を振るけれど、クラレイは引かない。膝を付き、肩を掴まれ、真正面に一対の藍色の瞳。
まるで、夜空をはめ込んだ様な。思わず見惚れてしまう。
「リーリア、なにか悩みあるんだろ」
「……え? あぁ、大したことじゃ」
クラレイの瞳を眺めていてつい反応が遅れた。
さらにクラレイの表情は渋くなる。この返答は気に入らないらしい。
悩みの種の原因は、辿ればクラレイなので、言ってもいいか、と思い至る。
クラレイが原因の一端にあるだけで、彼が悪い訳ではないので、前置きに悩む。
「以前、叔父様――ディルック叔父様に言った事なんだけれど、クラレイを慕う令嬢たちからの嫌がらせ。少し、度が過ぎてるのよ」
「……主犯格は誰だ」
「わからない。隠れてやるのが上手いのよ。正面から文句言ってくる人たちがこそこそする訳ないし」
例えばどんなことをされているんだ、と背中に黒いオーラを纏ったクラレイがせかす。
そうね、と私は嫌がらせの内容を思い出す。
「まずは、汚水が降ってきたわ。わりと大量にね。あぁ、心配しないで降り注ぐ前に逃げていたから。えぇと、後は――」
それから、中庭のいつも歩く脇道に落とし穴が掘られており、底には毒虫が詰まっていたこと。落とし穴に落ちた瞬間、風魔法で飛んだので難を逃れた。
何処からか液体が降りかかり、それが毒虫を寄せる薬で、蜂やら百足やら、毒を持った虫たちに追い掛け回されたこと。
他にも何個かあるが、妙に毒に関係のある嫌がらせが多い。
私を毒殺したいのか、それとも毒に関係する事しか出来ないのか。
「今度の休み、空いてるか?」
「空いてるけど」
唖然と聞いていたクラレイだが、少し考えた後、突然そんなことを言いだし、次は私が怪訝な顔をする羽目に。
「解毒の指輪か、ネックレス、腕輪でもいい。念のために付けて欲しい」
「あぁ、一緒に選んでくれるってこと? でも、そうね、聖魔法での解毒なんて私出来ないし」
それに、私は体が小さい分、致死量も普通の人に比べ少ない量で済む。
同年代の令嬢達が生死の境を彷徨うかも知れない量でも、私はすぐに死んでしまうだろう。
身体が小さいと言うことは、それだけ全身に巡りやすい。
クラレイに、心配しすぎじゃない? と言える問題ではないだろう。
「いつ、強行突破してくるかもわからないものね」
「出来るだけ、俺はリーリアの傍にいるつもりだが、四六時中は流石に無理だからな」
クラスも違うし、そりゃそうだ。
それに、クラレイと四六時中一緒にいると、視線がビシビシ刺さって痛いだろう。またあらぬ噂を流されるかも知れない。
婚約者同士になったとして、悪意のある噂を流す人間からしたら真実などどうでも良い。私の精神を傷付け、クラレイと引き離すことが目的なのだから。
クラレイと共に過ごせば、表立って嫌がらせする者はいないだろうが一人になった時が怖い。
あと、クラレイと共に過ごすことにより、お互いボロを出す危険性もある。
ついうっかり、普段通りに軽口を叩き合ってしまった時は、貴族らしくないと悪評が立つことだろう。
なんとも難しい問題が立ちはだかっているものだ。
込み上げそうになる溜め息を飲み込み、そっと空に目を向ける。
快晴の空に、小さな影が一つ。羽の生えたシルエットは、見えないふりをした。
あの羽の生えた馬、懲りない。
そうしているうちに、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。




