19.ラブロマンス到来詐欺 リーリア
魔力切れを起こし、倒れてから早数日。私は、学園を休んだまま屋敷で過ごしていた。
めまぐるしく日々が過ぎ、気が付くと数日が経っていたのだった。
王宮の方から、ヒッポグリフに関しての調書を書くために偉い人がやってきてあれこれ聞かれた。
同じく、屋敷に身を置くローレンも一緒に過去の話まで事細かに聞かれ、正直かなり疲弊した。ローレンがいなければもっと疲れていただろうな、と思う。
昔、一度訪れたことなんて、私は全く覚えていなかったのだから。
聞き取りの途中、ハーヴィンも屋敷に顔を出してくれた。
過去の来訪に関しては兄二人が伝えてくれたおかげで、私は大人しく紅茶を飲む係に徹することが出来たので感謝の気持ちしかない。
さて、調書作りに必要な取り調べは終わり、騒ぎが落ち着き、体調も万全になったので、久々に登校してみると、やけに人が寄ってくる。
今までは、クラレイとの関係を勘繰り、私を探ろうとする令嬢や、これまたクラレイとの関係を勘違いし文句を言いに来たり、直接的に暴力に訴えようとした令嬢がちらほら居たくらいだ。
男女問わず、寄ってくる。
体調は大丈夫なのか、噂ではヒッポグリフに誘拐されかけたらしいが、クラレイとの婚約発表はいつなのか。取り囲まれ、矢継ぎ早に問われるが私は一度に複数人の言葉が聞き取れる才は持ち合わせていない。
一気に畳み掛けてくるのをやめてほしい。
「えぇ、体調は大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
正直なところ、この人垣を蹴散らすか飛び越えたい。
平均的に見ても背の小さい私は、人に囲まれると周りの様子が全く見えなくなる。
適当に歩き出そうにもどの方向へ進めばいいのかわからない。かと言って立ち止まったままでは埒があかない。
誰か助けてほしい。この際ヒッポグリフでも――いや、また騒ぎになるからいいや。
一瞬、ヒッポグリフからの念を感じたので、速攻断りを入れる。
なんなの、怖いんですけど。四六時中私の念を読んでいるのだろうか。怖い。
やんややんやとまた質問が降り注いでくる。
どうしようかと腕を組んで考えていると、腕を掴まれ、体が宙に浮く感覚が。
黄色い悲鳴が響き、私は誰かに担がれていた。
「あ、クラレイ……様」
「久しぶりですね、お加減は? すみません、リーリア嬢はお借りしますね」
横抱き、通称お姫様抱っこではなく、肩に私は担がれた。
本当こいつ私の扱い雑すぎないか。女扱いされていないのをひしひしと感じる。
それに、クラレイとの婚約が云々と言われている中で、この状況は火に油を注ぐのではないか。
いや、お互い気楽だからと普段からわりと距離が近かったので、仕方のない事かも知れない。あぁ、また面倒な事になりそうだ。
クラレイは長い脚を活かし、さっさと人気のない校舎裏に回ると、私を降ろした。
たまに思うが、この男は私のことを小さなお人形か何かと思っているのではないだろうか。扱いが、なんというか、貴族令嬢に対する其れではない。
誤解の発端に、クラレイの私に対する扱いや、私のクラレイに対する遠慮の無さは確実にあるだろう。
火のないところに煙は立たないのだから。原因はだいたいある。
「婚約がどうのこうのって、またそんな噂出てるの? しかも私が休んでいる間にこんなに蔓延して。少しは否定しようって気にならなかった?」
「残念ながら、君の兄二人がノリノリだったから、そろそろ君に話が来ると思うよ」
「は? え? なんでヴィー兄様とロン兄様が?」
疑問。疑問しかない。
いや、でも、思い返せば私が必死に怪我人を治している間、クラレイは兄に捕まっていた気もする。
そもそも、ヒッポグリフから私を取り返したのは――あの時ヒッポグリフにやる気があったかは定かではないが――クラレイなので、興味を持ってもおかしくはない。
「ふぅん、まぁ、災難だったわね。巨乳が好きなのに婚約の話が出たのが私で」
「別に胸で判断しないんだけど」
眉間を揉みながら、クラレイは横目で私を見た。
そして、ふと思う。
「うちの兄二人がノリノリでお父様に話を持っていくのはいいわ。でも、クラレイはどうなのよ。別に断ったって良かったのよ? 同じ伯爵家で大体同じくらいの力だし、家同士の結びつきと言ってもハールデント領は風の加護が強いくらいで特産品なんかは――」
「俺は、リーリアだから断らなかったんだ」
「そう。……もし、私がこんなだから嫁の貰い手がいなさそうだからっていう同情なら、やめてよね」
食い気味に否定するクラレイに、私はなんだか気後れしてしまい、なんとも情けない事を言ってしまった。
情けない上に、可愛くもない。けれども、一回言ってしまった言葉は撤回出来ないし、聞こえてなかったと言うこともあり得ないだろう。
クラレイは悪くないのに、八つ当たりしてしまったみたいで、恥ずかしい。つい俯く。クラレイの視線から逃れるように。
「同情で、婚約者を決めると思う?」
頭の上から降ってきた言葉に、顔を上げると、逆光で良く見えないが、クラレイはなんだか怒っているようにも見えた。
背の高いクラレイを見上げる首は痛く、こんなに威圧を感じていたっけ、とぼんやりと私は考えていたのだった。
サブタイトルのセンスが欲しいこの頃