18.見た目に騙されるのは未熟者 クラレイ
18 見た目に騙されるのは未熟者 クラレイ
子供と変わらぬ体躯は、細く軽く。
片腕で抱き留めた意識の無いリーリアの体はくたりと俺の胸に凭れ掛かる。
颯爽と現れたローレンは両手を広げ、まるで舞台上にいる役者宜しく声を張り上げる。あえて、人目を集めたいらしい。
俺とリアは仲が良いと印象付けさせたいのだろう。既に外堀を埋められ始めているとは、行動の速さには瞠目する。
「ほら、クラレイ君ぼさっとしない! 兄の僕自ら救護室へ案内しようじゃないか」
「リアは軽いぞ。持てるだろう?」
もっと恐ろしいのは、ハーヴィンだろう。真顔でリーリアを抱き上げろと催促してくる。
ある意味既成事実でも作らせようとしている。婚約者でもない異性を抱き上げる許可を、非常時とはいえ令嬢の家族が許すとは、つまりは、そういうことだ。
発表はしていない、もしくは、現在進行形で婚約の話が進められているのではないか、と。
周りにそう思わせたいのだろう。リーリアの兄二人からは隠し切れない高揚感が伝わってくる。
それ程までに、リーリアの婚約者探しが難航していたのだろうか。
それはさておき、ローレンの先導に着いて行く。ずんずんと城内を進む騎士二人の背中は逞しく、とても広く見える。
陽気だと思っていたが、とても頼りになる後姿だ。騎士とは、凄い。
いつかそうなりたい、と密かに噛み締める。
妙に視線を感じるのは、制服だからか。
騎士団見学は、一応学園の時間外授業の扱いなので、参加した生徒は皆、制服に身を包んで王宮にやってきている。
「王宮で制服は、やはり目立つのですね」
「いやぁ、これは君の顔に皆、目を奪われているのだよ?」
そんな馬鹿な、と言いたいところではあるが、それとなく笑顔で周りを見渡すと、こちらを注目していた侍女たちがきゃあきゃあと嬉しそうに思い思いに喜んでいる。
あぁ、ここでもか。心の奥底が冷えていく。
学園では、最近俺を取り巻く令嬢の数が減った。
ディナルドかリーリアが傍にいることが多いので、遠慮、もしくは諦めた者が多い。
それに、人は見慣れる。学園に入学し、早くも半年過ぎた。俺の顔にも見慣れ、見飽きた者だっている。――いや、そう思いたいだけかも知れない。
「嬉しくは無いです」
「はっはー、未来の義弟君。目が笑ってないよ。あぁ、リアが気に入るはずだ」
ローレンはこららを振り返り、清々しい笑顔を見せる。
良く喋る男だと、思う。それに、リーリアの兄だからか、人の裏を見抜くのが早い。リーリアが仲良くなる男だから、普通じゃないと最初から疑っていたのだろう。
ローレンはしっかりとした足取りではあるが、浮足立っているのも分かる。俺の人間性を気に入ってくれたらしい。有難い限りだ。
それに比べると、ハーヴィンはずっと静かで黙り込んでいる。
非常に表情が穏やかなので、きっと心配は要らないだろう。
救護室に着き、リーリアをそっと寝かせている間にハーヴィンが王宮勤務の医師を連れてきた。
医者はリーリアの様子を確認し、少し寝たら回復しますよ、と言い残して立ち去った。
ヒッポグリフの件での怪我は無かったらしく、ほっとする。あの大きな嘴に挟まれているリーリアを見た時、胆が冷えた。
じたばたともがいている姿が見え、元気なのはわかってはいたが、ぞくりとするものがあった。
魔獣にとって、人間の身体なんて脆い物で。リーリアの細い体なんてひとたまりもないだろうから。
「俺はディルック叔父さんに報告してくる。ヒッポグリフが現れた事で見学どころじゃないだろうし」
「ありがとう、ハーヴィン兄さん。あぁ、クラレイ君はハールデントの馬車で送らせてもらうよ」
ハーヴィンは安らかに寝息を立てているリーリアを見て安心したらしく、すぐに救護室を出て行った。
確かに、王宮には時間外授業の一環で訪れているので、俺とリーリアがいなくなってしまい、ディルックも困っていることだろう。今は騎士でもないディルックは勝手に王宮内をうろつけない。
一言残しておくべきだった、と悔やんでも過ぎたことは仕方がない。
帰りの手段はあるから、ここでリーリアが起きるのを待て、と静かな圧力をかけてきたこのローレンは、にこやかだが、狙った獲物は絶対に逃がさないのだろうな、と思わせるには十分だった。
優しい目元と雰囲気が隠しているだけで、中身は恐ろしい。
「本当、貴方は敵に回したくないです」
「ありがとう。僕、その言葉大好き」
歯を惜しげもなく見せ、屈託のない笑顔を浮かべる男は、顔だけはリーリアにとても良く似ているのだった。