17.王手に手をかけた男 クラレイ
時は少し遡る。
それは、何処かへ向かおうとする小さな背中を追わんとした時、二人の腕が両腕を絡め取った。
蹈鞴を踏み、振り返るとリーリアの兄二人が、片手ずつ掴んでいた。
「えぇと……?」
「ヴェルベルド君、待ちたまえ。あのリアが君には随分と懐いている様だ。これはだな、つまり、アレだな」
「あぁ、春だろう! 今は秋だが」
ローレンがにやにやとしながら、横腹を肘でつついてきた。
ハーヴィンはハーヴィンで、訳知り顔して一人満足げに頷いている。
彼らが言いたいことを察したが、あえて知らぬふりをする事に決めた。この短時間で分かった。この二人、わりと面倒臭そうな性格をしている。流石はリーリアの兄と言ったところか。
「クラレイで構いませんよ。それに、リーリア嬢は、私に友情以外の感情は持ち合わせていませんから」
自分の持てる力を総動員し、どの角度から見ても完璧な笑顔を作り、にこやかに答えると、不満げな男が目の前に二人。
だが、こちらはもう知っている。リーリアはディナルドの事が好きだと言う事実を。
紛れもない真実で、覆せるものではない。
それに、この兄二人が認め、俺を婚約者に、と願ったところで、リーリアの心は手に入らない。
どうせなら、リーリア自身に選んでほしいと思う。俺とディナルドを天秤にかけたうえで、俺を選んで
くれたならばどれだけ嬉しいだろう。
「俺たちの事も名前でいいよ。ハールデントだと、俺達二人とも返事しちまうからな。でもな、いい話だと思うんだよ。リアの性格を知っていても君はあの子と仲が良い。あの子の為に体を張れるし、あの子も君に心を開いているうえに、信頼をしている」
ハーヴィンはまるで父親の目線で俺を見ている。
目は真剣ものもので、短い時間で、俺は彼の信頼を知らずの内に勝ち得ていたらしい。
「それにね、情であれば後からどうにでも出来る。ほら、友情も愛情も、一文字違うだけだろ? そう思わないかい、クラレイ君?」
肩を組んできて、至近距離で顔を覗き込んでくるのはローレン。
瞳の色は全く違うが、目元は驚くくらいにリーリアと似ている。心臓がどくりと跳ねた。
兄二人に名前を呼ばせていただくと前置きをして、改めて呼吸を整える。
「残念ながら、リーリア嬢の想い人を、知っていまして。勝ち目が無さそうで正直諦めているのですよ」
「あ、リアの事好きなんだ? なら良いじゃん。俺たちは推薦するし、父さんにこの話したら間違いなく君、婚約者になるよ」
「よし、今度帰る時に話をしてくる」
無意識に心情を吐露していた俺は、早速ローレンに揚げ足を取られる。
問題無い、といい笑顔のローレンはきっと止められない。それに加え、ハーヴィンまで便乗してきた。
ハーヴィンに至っては、本気のようだ。目が据わっているのだ。
「……本人の意思は?」
「逆に問おう。貴族の令嬢に恋愛の自由があるとでも?」
不思議な程、発言は厳しいが、表情は穏やかで。本心では無く、ただ俺を納得させる為の言葉なのだと思う。
真っ直ぐなハーヴィンの視線は、ぶれることなく、心を置くまで射抜く。
参ったな、と心の中で白旗を挙げ、ゆるりと首を横に振った。
肩を組まれたままだったローレンが、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「お好きにしてください。ただ、最終判断はリーリア嬢に」
「なんとお優しい。でも安心しな、リアは頷く。絶対にな」
諦めて、両手を広げて見せると、やけに嬉しそうなローレンが背中をばしんばしんと叩いてきた。
何処からその自信が来るのかは分からない。どんな手を使ってでも、リーリアに納得させる自信があるのか、それとも、リーリアが家族の頼みを断ることが無いと思っているのか、兄ならではの勘なのか。
話は終わり、ハーヴィンが軽く手を叩いた。
「さて、リアを止めに行こう。このままだと魔力切れで倒れる。あの子は案外自分の事に鈍いからな」
「いやぁ、流石のハーヴィン兄さん。奥さんにもそれくらい甲斐甲斐しくしてあげないと、また朴念仁って罵倒されて実家に帰られるよ」
「おい、その話はやめろ」
妙に気になる話ではあるが、今は聞くべきじゃないだろう。
リーリアは治療を待つ列を律儀に消化している。明らかにヒッポグリフと関係のない怪我を治してもらおうとしている人も沢山並んでいる。恐らく、半分以上はあの襲撃とは全く関係のない者だ。
「じゃぁ、任せたよ。未来の義弟君」
軽く背を押され、ローレンに送り出される。
片目を瞑って見せる男に、器用だな、と素直な感想を抱く。ともあれ、リーリアを止める役目を拝命してしまったので、有難く役目を全うさせてもらうこととする。
「リーリア……」
なんて言おうか悩んでいると、リーリアは振り返って「なにクラレイ」と返事をし、そのままこちらに倒れ込んできたので、咄嗟にしゃがみ込んで抱き留めた。