16.無自覚程恐ろしいものはない リーリア
妙に視線を感じる。間違いなく、これは勘違いではない。
何しろ先程、ヒッポグリフに連れて行かれそうになっていたのだ。目立たない訳が無い。
それでも、あちらこちらで地べたに座り込んだままの人達が気になったので、兄達を放置して足を向けた。
誰も言わないけれど、私のせいだから。誰も責めないけれど、私のせいだから。
とは言え、あのヒッポグリフの考えは良くわからない。
無理矢理住処に連れて行くな、せめて仲良くなってからにしろ、時間をかけろとうだうだ文句を言っていたら、「ならば、また日を改めて来ることにしよう」なんて大人しく帰って行った。
クラレイが私を助けに来た時、すでに日を改めようと考えていたのかも、と思い至る。そうでなければ、あんなに暴れていたのに大人しく攻撃を受けると思えない。
ともあれ、あのヒッポグリフは、私に会いに来た。
警戒した兄らが、私を隠そうとしたから怒って暴れた。
「すみません、怪我されている方……」
「君、ハールデントの妹ちゃんだろ? 噂には聞いてるよ。本当に小さいんだなぁ」
――あ、いい筋肉。
にやけそうになった顔を神経総動員で引締め、ぺこりと頭を下げる。
兄達と同じ、騎士団の人の様だ。揃いの騎士団の制服に身を包んでいる。
白い詰襟ジャケットに、綺麗にセンタープレスされた眩しいほどに白いスラックス。毎度、兄たちの騎士団の制服を必死に洗っている使用人たちを見かける度に思うことがある。
何故白にしてしまったのか。
黒では駄目だったのだろうか。汚れを落とすのが大変だろうな、と。
それは置いておくとして、随分と大きな男だった。ディナルドと並んでも遜色なさそうである。
二メートルはありそうな背に、鍛えあげられた筋肉で随分と厚みのある身体。私の腕では到底一周出来なさそうながっしりとした胸板に、思わず生唾を飲み込む。
白い騎士団服が似合う爽やかな顔立ちをした男の人だった。
程良く焼けた小麦色の肌や、海を思わせる深い青の瞳は穏やかそうに細められている。
身長のせいで子供扱いされているのは何となく分かるが、そもそも私はまだ学生の身。それに加え、入学したての――半年は経ったけれどまだ一年生だ――子供なので仕方がないだろう。
「兄がお世話になっております。リーリア・ハールデントと申します」
「俺はレイン・ライオネス。ところで怪我人を探してるのはなんで?」
「聖魔法が使えるので、まだ治療が済んでいない方がいれば、と」
「聖魔法を!? そりゃ凄い。卒業後は引く手数多だろうな。あ、でも今日来てるってことは騎士団希望? 入団を待ってるよ」
口を挟む余裕はなく、一人で納得しつつ話すレインは、本当に嬉しそうだった。
少しだけ気恥ずかしい。ありがとうございます、と小さく頭を下げる。
「あ、そうだ。俺もちょっと怪我してさ。治療してもらえる?」
「はい。どこですか?」
レインは大きな身体を屈め、左足だけスラックスを捲り上げ、足首を見せた。
捻ったか、強く打ちつけたか、痛々しくも赤紫に変色している。
私は掌を患部に向け、聖魔法を発動させる。
ふわふわと光の球が生まれ、足首に触れると、すっと吸い込まれていった。変色した足首は元の色に戻り、レインは息を呑んでいた。
「おぉ、凄いなぁ」
「あの、こちらにも! 是非!」
後ろから声を掛けられ、振り返ると、負傷したらしき騎士や魔術師、魔法使いが列を作って待っていた。別に構わないが、ここでようやく事態を理解する。
――想像していたよりも、聖魔法を使える人間が少ないことに。
ましてや教会で多額の金を寄付として納めなければ受けることの出来ない御業。
普段は薬やポーションで凌ぐことが多いのだろう。
(魔力、足りるかな……)
さっと見た感じ、酷い怪我をしている者はいないものの、妙に列が長い。
とりあえず、どんどん怪我を治していく。ヒッポグリフに襲われた怪我じゃなさそうなものもあったけれど、あえて気にしないふりをする。今更断るのも気が引ける。
並んでいた最後の一人の怪我を治し、お礼を言われ、はにかむ。
やりきった。私が役に立った! 飛んで喜びたいくらいだ。
「リーリア……」
「なにクラレイ――」
心配そうに名前を呼ばれ、振り返ろうとして、私は意識を手放したのだった。