15.弱い者は選ばれない ディナルド
ヒッポグリフからリーリアを奪還されるのが見え、リーリアの兄らしき男は、安堵した様にその場に崩れ落ちた。
「……大丈夫ですか」
「あ、あぁ。あの子は僕らの妹で、いつまで経っても幼くて小さくて可愛くて……か弱いリアなんだ」
屈み込んで、視線を合わせると、穏やかな山吹色の瞳は潤んでいた。
微かに震えている背中をぎこちなく撫でると、笑われた。「なんだか、俺の方が騎士見習いみたいだ」と、堪え切れなくなったのか、ポツポツと地面に黒いシミを作っていた。
泣いているのを隠す為に、彼は服の裾で目元を拭うが、顔の痣を思い切り触ったのか、呻き声を漏らした。
「ロン兄様!」
いつの間にか戻ってきていたリーリアが足を縺れさせながら、自分の兄に駆け寄った。
泣いていることに気が付くと、無理矢理顔を上げさせ、右側に痛ましい痣を見て、息を呑むリーリア。
ロンと呼ばれた男は、泣いているのを見られたことと、顔の怪我を見られたことが気恥ずかしいのか、あらぬ方向に目を逸らすが、リーリアは垂れた目を見開きながらも、優しく傷に触れる。
「痛そう……、治療はなんで受けてないの? あぁ、もう動かないで」
「こんなの唾つけときゃ――いや、なんでもない。リア、目が怖い! でもいいのか?人の前で聖魔法を使えば面倒なことに」
「別にいいわ。ロン兄様が痛いままなんて嫌だもの」
二人の会話に、疑問が募る。
そして、思い出す。当たり前に、分け隔てなくリーリアは聖魔法で怪我の治療をしてくれるが、本来聖魔法は、教会に勤める聖職者に寄付金を納めなければ受けられない奇跡なのだ。
聖魔法を使える者は、八割が無理矢理にでも教会に連れて行かれ、一生を神に捧げることになる。とは言え、貴族で聖魔法が使えるものは僅かである上に、教会も本人の意思に反したことは出来ない。
教会は貴族の寄付で成り立っている様なものだからだ。
リーリアは小さな掌で男の顔を包み、聖魔法を発動させた。
キラキラと黄金の光の粒が掌からふわりふわりと浮かんで、怪我に沁み込むと、たちまち痣は消えていった。
「……ありがとう、リア」
「どういたしまして」
男は、そっと腕を伸ばして、リーリアを抱きしめた。しゃがみ込んだ彼の頭は、背の小さなリーリアの胸の辺りにある。
ぎこちなく、リーリアはその頭を撫でていた。
「ロン、リア! 大丈夫だったのか!」
猛スピードで突っ込んできたのは、リーリアのもう一人の兄。最初、彼女を担いでヒッポグリフから距離を取った件の。
「あぁ、勇敢なる若者のおかげでね。ほら、あそこの顔の綺麗な彼だ」
「大したことはしてません。それに、貴方様のご助力無くしてはあり得ませんでした」
話を急に振られても咄嗟に反応するクラレイには、舌を巻く。
輝かんばかりの笑顔で謙遜する姿に、嘘偽りは無い様に見える。
「君が行ってくれなければ今頃リアは何処か遠くさ。僕はローレン・ハールデント。ハールデント家次男さ」
「ハーヴィン・ハールデント。ハールデント家長男だ」
「私は、クラレイ・ヴェルベルドと申します。ヴェルベルド家次男です」
にこやかに挨拶を交わす様を、ただ眺めることしか出来ない。
何も出来なかった不甲斐なさに下唇をひっそりと噛む。鍛えられたのは図体ばかりで、心は何一つ鍛えられてやしない。
想いを寄せた令嬢一人、助けようと動けなかった。未知の生物に、身動きが取れなかった。体が竦んで、恐怖が先立った。
クラレイは、怖くなかったのだろうか。
自分たちより、遥かに実力のある人達がいつも簡単に吹き飛ばされているのを見ていても、リーリアが連れ去られそうになっているリーリアを見て、飛び出したクラレイは。
「君が噂の、ね。騎士団で待ってるよ。まぁ、君は俺達よりすぐ上の方に配属されそうだけど」
「学園で、まだ一年なのに騎士団入団確定。有望株だな。ヒッポグリフに突っ込んでいく勇気ある、と」
ローレンは未だリーリアを抱きしめたまま、話を続けている。
ハーヴィンは真顔のまま、深く頷く。なんとも対照的な兄弟だ。真面目な長兄と明るい次兄。
「クラレイ、ありがと」
ローレンの腕を引き剥がし、顔をクラレイに向け、短くリーリアはお礼を告げる。
二人の兄はにやりとした。そして二人はなにやらこそこそと話始めるが、リーリアは無視して何処かへと歩いていく。
クラレイはリーリアについて行こうとしたが、二人の兄に腕を捕られ、無理矢理会話の中に引きずり込まれている。
俺は一人、眺めているだけ。
頑張れディナルド。彼には後々頑張ってもらう予定です。