14.ヒッポグリフのみぞ知る クラレイ
高度の高い場所から、降りようとしてこないヒッポグリフはとても厄介なものだった。
風魔法の適正がある者か、風魔法の支援を受けた者じゃないと、空を駆けることが出来ないからだ。慌てて飛び出してきた騎士団魔導師や、王宮魔法使い、そして少数の風属性魔法が使える魔法騎士たちは、先陣を切った、リーリアに良く似た顔立ちの男に続く。
俺も、ディナルドも風魔法は使えない。
そもそも、ディナルドは属性魔法に適正は無い。身体強化魔法しか使えない。
俺は、運良く電気魔法の適正を持つが、この状況ではやれることは少ない。仮に、雨が降り、雷が響き始めれば魔力で増幅させ、天からの鉄槌を自分の魔法で狙った場所に落とす事は出来る。
だが、ただ曇っているだけの現状、出来る事は自分の周囲十メートル付近に電気を発生させたり、微量な電気を流し、対象の生命体を麻痺させたり。
風魔法が使える者達が、こぞってヒッポグリフに向かう中、リーリアを抱き上げた、彼女と同じ髪色の男は距離を取るべく、風を纏い駆け出した。
かつて、ヒッポグリフがリーリアを狙っていたと漏れ聞こえた。
その時は運よくも退けられたようだが、そんな豪運が二度もあるとは思えない。
なにしろ、相手は伝説と頭に付くヒッポグリフなのだ。伝説と形容される生き物は、果てしなく強く、しっかりとした文献が残っていない為に、伝説と呼ばれる。
不機嫌そうに羽を広げ、風を巻き起こすと、蜘蛛の子を散らすが如く、空からバランスを崩した風魔法使いたちが落ちてくる。下で待機していた者達は、騎士や魔法使い、見習いも関係なく受け止めるために墜落地点を見極め、待機する。
バランスを崩して墜落はしているが、空は風の領分だ。勢いを風魔法で殺し、比較的ゆっくりと落ちてくる体を受け止める。
「くそ、ヴィー兄さん……! 逃げ切ってくれ……」
「大丈夫ですか? お怪我は」
「ん、あぁ。大丈夫、ありがとう」
俺とディナルドが受け止めたのは、リーリアと同じ髪色の男だった。
怪我の心配をすると、大丈夫と返事が貰えたものの、顔の左側が赤黒く腫れている。見ているだけで痛々しい。ヒッポグリフの前足で蹴られたのだろうか。
顔を上げると、ヒッポグリフはリーリア達が走って行った方向に飛んで行っていた。
男はまだ、諦めておらず、優しそうな目元には似つかわしくない怒りの炎が燃えている。リーリアの兄なだけあり、良く似ている。
「君たち、空を、飛んだことは?」
「ないです」
「ありません」
大丈夫と言われたものの、体力は相当消耗しているらしく、俺達を代わりに空に飛ばしたいらしい。リーリアが、良く風魔法で自分の体を押して走り回る姿は見るが、飛んでいる姿は見たことが無い。もしかして、コツが必要だったり、慣れていないと危険だったりするのだろうか。
「細いところでも歩ける? 飛ぶには体幹が強くないと――すぐ変なところまで吹き飛ばされてしまうんだよ」
途中、彼は左手の甲で赤黒く変色した右の頬骨辺りをそっと触れた。僅かに、顔を痛みに顰めるが、すぐに表情を取り繕い、俺たち二人をしっかりと見据える。
が、見たくないものを見てしまった様で、顔を引き攣らせ、目を瞠る。
「嘘だろ、――リア!」
「すみません、俺を、飛ばしてください!」
リーリアの兄の目線の先、ヒッポグリフの嘴に挟まれたリーリアの姿があった。大きな翼を羽ばたかせ、すぐにでも翡翠城を出て行こうとしている。
縋る様に、声を張ると、風が地面から吹き上げ、体が浮いた。リーリアの兄が、慌てながら腰に佩いた剣を鞘ごと抜いて渡してくれた。
必死に空中でバランスを取っている間に、風がヒッポグリフの元まで連れて行ってくれる。
リーリアはずっと叫びながら、嘴から抜け出そうともがいていた。
「離してえぇぇ! 誘拐だから! 私の意志を聞けぇ!」
「リーリア、大丈夫か!?」
見た感じ、怪我はなさそうだが、大きな魔獣の嘴に挟まれている状態は、見ていて不安になる。
リーリアは俺に気が付くと、困った様に、無意識だろうがこちらに手を伸ばしている。
ヒッポグリフは目的の獲物を手にしたおかげか、攻撃してくることは無く、黄金の瞳は何かを探る様にじとりと俺を睨みつける。
ヒッポグリフの横面に麻痺する程度に手加減した電気魔法を叩き込む。
そしてすぐさま嘴の隙間に手を差し込み、こじ開けて隙間を作ってリーリアの体を引き抜く。
リーリアが風魔法を発動させたのか、勢い良く後退した。
ヒッポグリフは空に立ち尽くし、一度羽を広げてから何処かへ駆けて行き、すぐにその姿は見えなくなる。脇に抱きかかえたリーリアが小さく身じろぎした。
「……時間を、…………わよ」
ヒッポグリフの背中に向け、何かリーリアが呟いたが、上手く聞き取れはしなかった。