12.苦悩が増える ディナルド
一年の終わりが見えてきたこの頃は、肌を刺す様な寒さだ。
木々はすっかり葉を落としてしまっている。
そろそろ天から雪が降りそうな寒さだ。空を仰ぐと、灰色の厚い雲が空を覆っている。雪が降るのは時間の問題かも知れない。
俺は、筋肉があるのでそこまで寒くはないが、筋肉はおろか脂肪もろくについていないリーリアはかなり寒そうだ。
制服の上から上着を羽織ってはいるものの、歯の根が合っていない。ずっとカチカチと歯のぶつかり合う音が聞こえる。寒いなら室内にいればいいものを、とも思うが共に過ごせる時間なので、何も言わないでおく。
細身だが、筋肉はあるクラレイは、平然とした顔で立っていた。
「……これ、なんの修行かしら」
「ただの待機時間」
ぶるぶると震えながら発されたリーリアの声は、可哀そうなくらい揺れていた。
クラレイはそんなリーリアをちらりと見ただけだった。
今日は騎士団の見学で城に来ている。
ウィンブル王国の通称翡翠城。風の加護を受けており、常時仄かに緑色に発光している様が翡翠で作られた城に見える為、そう呼ばれる。
風の加護は相当に強く、この翡翠城の上空に鳥の影はない。空を駆ける魔獣も吹き飛ばすと言われている。
騎士訓練生と騎士団魔導師候補である生徒達は、教官であるディルック引率の元、騎士団の見学に来ている訳だ。
ディルックが、先に挨拶をしに行っている間、俺たちは外で待つほか無かった。
途中から訓練に参加したリーリアは、他の生徒から邪険にされるかと思いきや、すぐに馴染んでいた。
入学当初に、あまりにも幼い見た目で有名になった令嬢が突然訓練に参加すると告げられ、誰もが困惑したことだろう。しかも、歩くのが遅いことは大概の生徒には、周知の事実だった。
頻繁に訓練場へ足を運んでいるのは認識していたが、誰もがクラレイ目当てだと思っていたからだ。
だが、実際に訓練に参加して見てからは、誰もが認識を変えた。
彼女が得意なのは風魔法と聖魔法。そして、最近は音魔法まで使えるようになった。
火、水、氷、風、電気、土、毒、音、闇、聖の十属性のうち、一つでも適正があれば、職に困ることはない。二つあれば引く手数多。三つもあれば王宮魔法使いも夢じゃないと言われている。
風魔法と音魔法での支援は、的確であり、痒いところに手が届く様だ。
そして、風魔法を使った彼女の体の運びはとても素早く、小さなことも相乗効果を生み出し、中々捕らえる事が出来ないほど。
小さな体の何処に魔力を秘めているのか、不思議な程に、攻撃魔法は凄まじく、魔法の使えない人間相手なら十人くらい束になっても勝てないだろう。
加えて、聖魔法で回復や、浄化も可能で、騎士団魔導師ではなく、王宮魔法使いにだって難なくなれるだろう。
「風の加護の影響なのかしら。風が強いわ」
「飛ばされるなよ」
「流石にそれはないでしょ――」
リーリアの柔らかそうな若葉色の髪が風に大きく揺れていた。
クラレイが冗談まじりに笑いながら言った後、一際強い風が吹き、誰もが飛ばされない様に踏ん張った。
風が収まり、クラレイとリーリアの方に目を向け、見なければ良かった、と後悔した。
身体が小さく、体重の軽いであろうリーリアは先の突風で飛ばされかけたのだろう。
彼女のすぐ横に立っていたクラレイは、とっさにその体を抱き寄せたのだろう。覆いかぶさるように後ろから抱きしめていた。
「ちょっ……、本当心配症ね! 私は飛ばされてもだいじょう……ぶ……」
後ろから回され、絡みついているクラレイの腕をぺしぺしと叩いていたリーリアは、顔を上げた先になにか見つけたのか、目を見開いた。
不自然に言葉を途切れさせたリーリアの目線の先を、俺も追う。クラレイも、彼女から体を離し、目を向ける。
近くで様子を窺っていた、生徒達もつられるようにそちらに目を向けた。
そこには、不自然な小さな竜巻があった。
それからのリーリアは早かった。騎士団本部へ駆け込み、扉を勢いよく開け放った。
「無作法をお許しください! 緊急事態です! 翡翠城上空、北北西にて風魔法が発動しています!」
声に音魔法を乗せて放ったのだろう。騎士団本部はおろか、翡翠城に響いただろう。
至る所から人が出てきて、リーリアの言った方角を確認し出した。
小さな竜巻は収束し、弾け飛んだ。
そして、竜巻が発生していた場所に、上半身が鷲で、下半身が馬の、伝説の生き物と呼ばれるヒッポグリフが、ぎらついた目で地上を見下ろしていた。
クラレイ、自覚してからの過保護っぷりが凄い。