11.三角形を描く クラレイ
悩みを振り切る為に頭を横に振って、思考を振り切って手早く着替えた。
二人の元に戻ると、リーリアがディナルドの心配をしているところだった。
「無理に話して欲しい訳ではありませんから。えぇ、理由はおっしゃらないで構いません」
「……だが、その」
「吐き出せばすっきりはするでしょう。でもおいそれと口に出来ないから、悩んでいらっしゃるのでは? それに、私よりも適任がいますわ」
リーリアは、眉尻を下げたまま、俺に目を向けた。
リーリアは真実、自分はディナルドから興味を持たれる存在だと全く思っていない。だから、悩みの原因が自分だとは、露ほども思っていないのだ。
そして、彼の悩みを聞くには、不相応だと思っている。だから話さなくていいと諭し、俺を待っていたのだろう。
いつもは伸びた背筋が心なしか曲がって見える。ディナルドは、なにかに苦悩していることは間違いない。
理由はわからないが、原因がリーリアなのは、もう間違いないだろう。
「引き止めて悪かった。訓練で張り切りすぎて魔力を枯らすなよ」
「失礼しちゃうわ、全く。ディナルド様、ご無理はなさらぬよう。じゃ、クラレイ」
「またな、リーリア。今度またカフェで話そう」
にこりとはにかんでからリーリアは走り込みを終えた生徒達の中に入って行った。
小さいながらも堂々とした態度は見ていて惚れ惚れする。それはどうもディナルドも同じようで。
「…………」
「さて、いつものカフェでいいか?」
「……あぁ」
眩しいものを見た時みたく、目を細めてリーリアの背を眺めていたディナルドに話しかけると、一瞬の間は空いたものの、返事はちゃんと返ってきた。
やや呆けたディナルドを置いて先を歩く。
見なくても、表情を読まなくてもわかる。ディナルドは、リーリアのことを思っている。そこにある感情が、友情なのか、親愛なのか、懸想なのか、憧憬なのか、それとも庇護欲なのかは、知らないが。
ふと空を見上げると、橙色に染まり始めていた。
いつもの、貴族街にあるカフェに着き、一息吐くためにまずはお茶を口に付ける。
薫り高い茶葉が使われた紅茶は、鼻にも舌にも心地よく馴染んだ。
お互い甘いものは得意ではないので、茶請けに選んだのは塩の効いたプレッツェル。
ぱりぽりと食みながら、俺はディナルドに「で?」と促す。
「先日、リーリア嬢の婚約者事情を聞いてしまってだな。重い事情がありそうで……」
「そんな深い事情はなさそうだけど」
「だが、気丈に振る舞っていたが、ハールデント伯爵が婚約者を見つけてくれないかも知れない、と不安を口にしていた」
どちらかと言えば、ハールデント伯爵は大事な愛娘の為、必死に条件の良い婚約者を血眼で探していることだろう。
問題があるとすれば、あまりにも幼すぎる見た目と、強烈すぎる性格だろう。
お淑やかでおっとりした令嬢に見せかけて、跳ねっ返り娘。わりと普段からもズバズバとした物言いだが、俺に対しては恨みでもあるのかと思うぐらいには容赦がない。
幼い見た目で打診さえもしてもらえない状況なのは、明白だ。
仮に、上手く事が運んだとして、顔合わせの際にリーリアは無意識に爆弾を投下するだろう。
両親から――特に母親――人前ではなるべく口を開くなと言われているくらいだ。
ちなみにこれはリーリア本人から聞いたことだ。
「それをどうしてお前が気にする必要がある?」
「……なぜだろうな」
「俺は、言わないからな」
いつもは、ディナルドの感情を推測し、言って欲しいと思っているだろう言葉を掛けるが、今回ばかりは譲れない。かつては、リーリアの淡い恋心が実ればいいと思っていたが、今はそう思えない。
きっと最初から、あの蕩けた夢見る乙女の顔をしたリーリアを発見した時から、意識していた。
「俺は、彼女には幸せになってもらいたいと、思う。令嬢に怖がられるばかりの俺に、初めて臆さず笑顔を向けてくれたから。だが……婚約者が宛がわれないかも知れないと聞いたとき、どこかで喜ぶ自分がいた。こんな浅ましい気持ち、許されるわけがない」
「もう答えは出ているじゃないか」
苦しそうに吐き出す親友を、苦い気持ちで眺める。
嫉妬なんて、誰でも持ち合わせる感情であり、恥ずべきことではない。現に俺も、ディナルドに嫉妬をしている。リーリアに想いを寄せられている、ディナルドに。
「俺は、負けるつもりはない」
「クラレイ、お前……、そうか。では、今後は恋敵と言うことか」
どこかすっきりした面持ちのディナルドは、しっかりと俺を見据えた。
「望むところだ」
「そういえば、彼女は懸想する相手がいるが、想いを伝えるのが怖いとも言っていた。……誰のことなんだろうな」
実際、俺はディナルドに負けることはほぼ確定している。格好付けてはいるが、内心穏やかではない。
あと、リーリアの懸想する相手はお前だ。絶対教えてやらないがな。
俺は性格が悪いんだ。ついでに意地汚いし。
やっとはっきりとした三角関係スタートです。