1.目の保養がしたいだけ リーリア
宜しくお願い致します。
「ありえないわ…」
黄色い声を上げる令嬢達に囲まれ、胡散臭い――いや、これは私が彼の素顔を知っているからだ――傍目から見れば爽やかな笑みをたたえている男を冷ややかな目で見つめる。
すらりとした手足は長く、太陽の光を受けて輝く金髪は眩しく、夜空を切り取ってはめ込んだ如き藍色の瞳は心の奥底まで見抜かれてしまうのではないかと以前令嬢たちが騒いでいた。
物腰は柔らかく、誰に対しても平等。気遣いは細やかで、共に過ごす時間は快適、と言うのが皆口を揃える。
胡散臭い仮面を被る男の名はクラレイ・ヴェルベルド。
伯爵家次男。学園卒業後は騎士団入団が決まっている有望株である。
肩幅は広めだが、腰は細く、そこから伸びる足も細い。
しっかり鍛えているので筋肉はついているが、骨格の問題か、つければつけるほどに引き締まる筋肉のせいか、かなり細身だ。
「ありえないわね……。なんであれで満足出来るのかしら」
テラスの端の席、誰の視界にも入らない影で複数の令嬢に囲まれる男を眺めていたが、やはり私の趣味嗜好は一般的にずれている。
誰もが目を奪われる完璧構造の男に全く魅力を感じない。
まぁ、今更確認することでもないか。
私の好みは、クラレイとは真逆。筋骨隆々で不器用な人。
令嬢に囲まれたクラレイから少し離れた場所に立つ、ディナルド・ガルヴァ、その人をずっと目で追っている。
クラレイとディナルドは非常に仲が良く、よく行動を共にしている。
私はディナルドを眺めていただけなのだが、クラレイに気が付かれ、それをいじられている。
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学園に入学して、数か月の頃、理想の人を見つけた私はテラスの端の席を好み、そこから毎日時間があればディナルドを眺めていた。運が良ければ通りかかって、私は思う存分、愛しの彼の筋肉を眺めることが出来た。
短く刈り上げた赤茶の髪は、彼の男らしい端正な顔をよく引き立てた。少し太めだが形の良い眉は惜しげもなく晒され、切れ長の涼しげな空色の瞳は鋭い眼光を放ち、高い鼻は根本が一度折れたかのような鷲鼻であり、横に広い口は不器用に真一文字に結ばれている。
甘い顔立ちと評されるクラレイと共にいるディナルドは令嬢たちからは顔が怖いと嫌煙にされていた。
不可解だった。
クラレイよりもディナルドの方が何倍も素敵だ。
肩幅はがっしりと広く、後姿は壁のよう。腕は逞しく、女性の太もも程はありそうだった。
腰周りにもしっかりと筋肉が付き、くびれはない。おかげで制服を着ると太って見えるほど。
トラウザースは足の筋肉で張り裂けそうにも見える。どこか窮屈そうだ。
なおかつ、背も高い。
本当に壁の様だ。ただ眺めるだけでも幸せだった。脈打つ鼓動が少し早くなっても、なんだか心地いいと思えるくらいには。
知らず知らずのうちに、頬が緩んでいた。その時、クラレイに話しかけられたのだった。
「ねぇ、君。少し話をしてもいいかい?」
お前じゃない。顔に浮かびそうになった表情を必死に殺し、口を突きそうだった言葉は飲み込む。
どうにかこうにか笑みを浮かべ――きっと恐ろしくぎこちない笑みだったろう――はっきりと言う。
「今忙しいのでまた今度」
「……少しだけで構わないんだ」
目の前の男も笑みを浮かべてはいるが、口元だけだった。
目は全く笑っておらず、ぎらりと光る瞳は暗に断ることを許さないと主張している。
私も彼も伯爵家で、ここは平等を謳う学園で、従う理由はまるでないが、彼の後ろで表情無くこちらを伺うディナルドに釣られた訳では無い。断じてない、が、クラレイに従うことにした。
「少しだけなら」
「ありがとう。すまない、ディナルドはここで待っていてくれ」
「わかった」
何の話だろうか。
差し出されたクラレイの手を無視して行きたいところだが、ディナルドや周りの生徒の目もある。溜め息を必死に飲み込んで立ち上がり、その手に自らの手を重ねようとした。
だが、私は同年代の令嬢と比べて背がかなり低い。クラレイは私の身長を知らなかったらしく、差し出された手の位置は高い。
なんとも不格好な状態になる。まるで人形と手を繋いでいるみたいに見えるだろう。
「……すまない」
「いえ、あの。…みじめになるので謝らないでください」
お互い妙に顔から表情が抜け落ちる。かろうじて引っかかった口元の笑みだけがなんとか二人の表情を取り繕っていた。
背中に視線を受けながら、クラレイに手を引かれ、テラスを後にした。
連載している「再生の神子は一度死ぬ」の息抜きに書き始め、ある程度書き溜めたので予約投稿していきます。
途中からは書きながらの更新になりますので不定期になります。
身長差、体格差、筋肉と趣味を詰め込んだ性癖小説なのでお口にあえば嬉しいです!
暫く毎日22時で予約してます。