【番外編01】 片恋巡り
「たーいーくーつーだぁっ」
「わぁっ、オトヤ様!? やめっ、やめてくださいいぃい」
セナルを離れてから三日目。
精神的なストレスからは解放されたが、思い悩むことがなくなると、次のオアシスまでの移動時間が恐ろしく退屈だった。たまにリドに飛びかかり、その反応のよさで遊ぶしか楽しみがない。
だがそれもやりすぎると、外にいるゾラに窘められる。
かといって、オアシスに着いてもファリスは相変わらず忙しいし、手が空いたら空いたでちゃんと休まないといけないからあんま絡めないし。
それに、ファリスが俺を熱っぽい目で見たのって、セナルにいた最後の日しかないんですけど? いくら禁欲期間だからって、もうちょっと、こう、我慢してるような素振りをみせてくれてもよくないか? それともなにか? よっぽどの雰囲気がない限り、俺には性的な魅力を感じないってことか?
なんだ、この温度差。そもそも、あんな筋骨隆々な男に欲情してる俺が有り得ない。しかもめちゃくちゃ欲求不満になってるとか、意味不明なんですけど。なんだこれ。
俺って絶対、ノーマルなのに。今、冷静に考えても、セックスするなら女がいいと思う。
なのに、本能が欲情するのはファリスだ。
なんだこれ? 溜まりすぎて見境がなくなってるとか?
いやいや、それでも、最初にファリスにはいかねぇだろ。
まず女だって。女がいなかったとしても、もっとこう、女に近い――。
「……オ、トヤ、さま……苦しいです~」
「あ、悪ぃ」
リドをぎゅうぎゅうと抱き締めたままだった。
少し腕を緩めてやると、リドがぷはっとか言いながら顔を上げる。頬が真っ赤で、でかい瞳がうるうるしていた。どちらかというとガキは嫌いなほうだが、リドはなかなか可愛い。いじめたくなる系の可愛さだが。
「あ、そうか。女がいなけりゃ、普通こっちだな」
可愛くて、まだ柔らかそうな、少年。
「…………想像だとしても、ここに辿り着くとへこむな」
男って、最低だな。
「オトヤ様……?」
「なんでもない。お前、可愛いんだから貞操には気を付けろよ?」
「え!?」
俺の言葉に目を剥いたリドの頭をぽんぽんと撫で、ついでに自分の心も慰める。
とりあえす、リドを差し置いてファリスに欲望を感じる俺は、どう足掻いてもファリスが好きなんだろう。
なんだかんだ言って、アリヤっつー極上の美女がいるのに、全ッ然興味ないし。
(ああ、それはそれでへこむ)
しかし、ファリスに禁欲期間だから耐えてる、という素振りがないのがマジで不安だ。惚れた腫れたと口では言っても、そもそもお互いノーマルだし。
抱き合ったり、キスしたりなら、雰囲気さえあれば可能かもしれないが、その先ともなるとまた違ってくるよな?
これってシェラディアが終わっても、もしかしたらキス止まりの可能性大?
「ありえねぇ!」
「はうっ!?」
いつものパターンだと、そろそろ解放しているから油断していたんだろう。再びぎゅむっと俺が抱き込むと、力を抜いていたらしいリドの体はあっさりと俺に密着した。
唐突な圧迫に対抗できなかったのか、抱き込むと言うより潰した感があったが、まあ、悪意はないんで許せ。
・ ・ ・
「まったく、どうしてリドで遊ぶんですか。可哀想だとは思わないんですか!?」
少し前にオアシスに辿り着き、今は野営準備待ちで木陰で休んでいる俺だったりするんだが、今日も今日とてすっかり小姑みたいになってるゾラの説教だ。
もちろん、内容は右から左。隣では真っ赤な顔でふらふらしているリドを、ディンが手のひらで扇いでやっている。
「オトヤ様? ちゃんと聞いて下さい。リドだってもうすぐ十二になるんです。それをまるで小さな子どものように扱って。周囲に要らぬ誤解を招きますよ」
「誤解? 誤解ってなんだよ」
「誤解は、誤解です」
「…………お、俺はリドに欲情したりしてないぞ!?」
「当たり前です! 逆を言ってるんです、俺はっ」
「は? 逆?」
「そうです。十二は一人の男として扱われる歳なんですよ! 皇族や貴族なら妻や側室を迎える歳です。リドは立派な若い男なんです! もっと気を使ってあげてください。生殺しじゃないですか!」
「……俺も男なんだけど」
俺がそう言うと、ディンがああ、と手を打った。
「なんだよ」
「なんか、ほんっとに自覚がないなぁって思ってたんスけどね、もしかしてオトヤ様がいた国って、女がたくさんいました?」
「たくさん、っつーか普通に男と同じくらいいたと思うけど」
「やっぱり。あのですね、この大陸の、特にこの地域は女がとても少ないんスよ。おまけに数が少ないからか、そういう血統なのか、女もどちらかというと逞しい」
「あー、確かに。アリヤも俺よりでかいしな」
「アリヤ様は華奢なほうっすよ」
「え、でも女官達はアリヤと同じくらいだよな?」
「そりゃあ、いろいろありますからね。わざわざアリヤ様と同じ背格好の者を集めてるんすよ」
「ああ、なるほど」
皇族には皇族の事情ってのがあるってことか。
「えーと、それで結局、何が言いたいんだ?」
「同性愛者は火炙りだという国もあると聞きますが、セッダはむしろ数や環境のせいで、男同士で婚姻を結ぶ者も多い――ということです」
「……俺がファリスにべたべたしてても周りの反応が普通なのは、俺がユナだからってわけじゃなかったんだな」
「それもありますが、異質ではないのは確かです。だからこそ、自覚してください」
「……何を」
いまいちわからなくて俺が戸惑うと、ゾラも言葉を選びかねたのか押し黙る。その沈黙を、ディンが破った。
「あれっすよ。オトヤ様は、自分のこと、巨乳美女だと思って行動しろってことッスよ」
あまりに突飛な意見に、瞠目する。ゾラの突っ込みがすかさず入ると思ったのに、意外なことに「それだ!」と同意された。
いや、俺、巨乳美女じゃねーし。
物の例えだと説明されたが、いまいち理解できなかったので、適当に話を切り上げて逃げる。なんで俺がリドに抱きつくことが、巨乳美女に迫られているのと同じことになるのか――。
(いみわかんね)
そんなことより、今はファリスだ。
近づけても、傍にいても、手を出してもらえないんじゃ面白くない。
百歩譲って、手をだす素振りくらいは欲しい!
つか、普通に野郎同士が有りなら、今の俺の状況はやばくないか? それとも、ファリスの俺に対する好意ってのは、性欲を含まないのか?
つか、男同士の恋愛ってなんだ?
もしやプラトニックが多いとか?
(え、じゃあ、ファリスに欲情してる俺が異常なのか?)
わからない。今更のように、ゾラ達にもっと詳しく聞いておけばよかったと後悔する。
あの夜のファリスは、今思えば場の雰囲気に流されただけっぽい気がするのが痛い。
相変わらずファリスの上に乗っかって寝ているが、ファリスの心臓の音が乱れたことなんかないし――。
「あれ?」
そういや、ファリスから俺に触れたことも、あれ以来ない気が……。
おーっと、なんか凄いことに気付いちゃったぞ、俺。もしかしなくても、ファリスに好きだとか、愛してるとか、言われて……ねえな。
別に女じゃあるまいし、そういう言葉に拘るつもりはないけど――。
・ ・ ・
「何がしたいんだ貴様は」
「キス」
「だめだと言っただろうが」
「キスぐらいいいだろ、別に」
「だめだ」
強引に迫ろうにも、頭をがしっと押さえられてしまえば俺の力じゃどうしようもない。舌打ちして俺が後ろに顔を引くと、ファリスの手はあっさりと頭から離れた。
ムカつく……! 平然としやがって。
「なんだ、どうした?」
訝しげなファリスの視線を無視して、俺はファリスの胸にドンっと手を当てた。
うむ、脈拍正常。心音も穏やか。健康そのもの。
(――って、俺らは余生を過ごす老夫婦か!?)
今の俺達に必要なのは、穏やかな安らぎよりも、もっとこう、なんていうか、情熱的な何かじゃねーの!?
「なあ、ファリス。お前、男だよな?」
「……俺が女に見えるのか?」
「気持ち悪いこというなよ。そうじゃねえって。なんであんた平気なわけ?」
「何がだ」
「何がって………」
俺ってば、マジで性的魅力はゼロなんだろうか?
「…………なんでもねえ」
「うん? おかしな奴だな」
「……やっぱ、俺がおかしいのか?」
「オトヤ?」
「……なんでもねえよ。さっさと寝ろ」
胸にぼすっと頭を落とすと、ファリスが少しだけ息を詰める。それを無視して、俺はそのまま目を閉じた。
べつに、キスをしなくたっていいんだ。セックスも、本気でしたいわけじゃない。
実際、よくわかんねーし。
ただ、もうちょっと、あんたも俺を求めてくれたっていいじゃん。
(ああやべぇな。一緒にいられることがすげぇ嬉しいのに、同じくらい寂しい……かもしんねぇ)
ファリスの規則正しい寝息が聞こえても、そのまま暫くは様子見をしてから、そっと頭を持ち上げる。むかつくくらい愛しい寝顔を堪能してから、いつものように触れるか触れないかのキスを。
別にいいさ。今はまだ、俺の想いの方が強くても問題ない。そもそも、俺がファリスの傍にいたいんだし。
なにもかも、まだ始まったばかりだ。
なのに――。
なのに何で俺は、こんなに焦ってるんだろう?
「なあ、ファリス。手を繋いでいいか?」




