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神乃乙矢(1)





 あんたがアリヤにそう願ったように


 俺もあんたの幸福を願おう




 押し付けるだけだった俺の恋が


 運命だと勘違いした俺の恋が




 愛ってやつに変わるといい




 奪おうとするものから与えるものに


 


 変わるといい






 ただ純粋に、そう思ったんだ










 ◇ ◇ ◇






 暫くすると、リドが行李(こうり)を抱えて戻ってきた。重そうに床に置いて、ふうと息を吐き出しながら背を伸ばす。


「大丈夫だったか?」


「はい」


 俺が声をかけるとリドは安堵したように微笑んで、行李の蓋を開いた。中身を次々と引っぱり出し始める。


「よくこんなに持ってこられたな」


「アリヤ様が輿におられたのでは目立つだけなので、セナルの奥にある洞窟に女官達と避難されたようで――」


 見咎める者がいなかったため、持てるだけ持ってきたのだと、邪気のない笑顔でさらりと告げる。


 それでいいのか、リド? いや、取ってこいって言ったのは俺だけどさ。


「そのお衣装、以前お召しになっていた物ですよね。とてもお似合いです。濃い色味が白い肌に映えて、お美しい」


 リドのお子様感覚な讃美には二日で慣れたが、一つ気になって問いかける。


「白い肌って、ここらじゃ新鮮に見えるもんか? 例えば、神秘的に見えたり、とか」


「そうですね。見かけないこともありませんが、オトヤ様のように、透けるように白い肌はとても珍しいと思います。滑らかできめも細やかですし。正直に言うと、二日目から露出を控えたお召し物に変わって、リドは安心しました。ファリス様のご判断は正解です。お召し物から覗く素肌に邪な視線を寄越すディン様の足を、何度偶然を装って踏みつけたことか」


 なぜ誇らしげに語る。なんだろう、セナルに着いてから、リドの印象がどんどん過激な方向に更新されていく。


「ちょっと過剰反応なんじゃないか? 瞳を見られないから他に視線を置いてただけだろ?」


「何をおっしゃいますか! オトヤ様はご自覚がなさすぎます! ヴィナ・ユナだと畏怖しながらも、遠目から盗み見ていた不届きな輩は大勢いたのです! だから、だからリドは気をつけていましたのにっ――あの男!」


 ギリっと歯ぎしりしながら、リドが地団駄を踏む。おそらくはレキオラのことを言っているのだろう。


「いや、遠目からのは怖い物見たさだろうし、レキオラはどっからどう見ても変態だろ? ちょっと落ちつけって。お前は俺と一緒にいすぎたから、贔屓目になってんだよ」


 ああ、でも顔はともかく、体はイケるってことか?


 一瞬だったが、ファリスも動揺させられたし。ならもうちょっと、露出しとくか。


「リド、なんか腰帯とかないか? 飾り紐でもいい」


「ありますよ、こちらに……ってオトヤ様!?」


 金細工に赤い宝石が入った革製のベルトを渡してくれたのでそれを腰に巻こうとしたら、慌てて止められた。


「まままま待ってくださいっ。ズボン脱いじゃったんですか!?」


「だってこの方が足が出るだろ」


 ちなみに、俺の手足のむだ毛は処理され済みだ。


 輿で移動してる最中、リドに手入れだなんだと言われて全身マッサージとかやってもらったりしていたんだが、一度、最中に寝たら手足をつるっつるにされたのだ。


 うっかり寝た俺も悪かったが、かなりへこんだ。元々薄かったから、数時間で諦めはついたが。


 今となっちゃ、手間が省けてリドに感謝だな。


「ななななんで、そんな必要がっ」


「そのほうが有利かなぁって思って。あ、手首にも適当に見繕ってくれ。耳飾りとかねえかな。でかいの。顔よりそっちに視線が行くような――」


 レキオラだって、俺の顔よりも体って感じだったもんなぁ。さんざん覗きに来てたわけだし。


「わかりましたけど、お願いです。せめて革帯の前にもう一枚腰巻きをっ」


 涙目で薄手のパレオもどきを渡される。透け感のある素材だったので、俺は快く承諾した。あーだこうだとリドとやっているうちに、結構悪のりしてはしゃいだが、段々リドのテンションが下がってくる。


(この世界じゃ不細工な顔の男が、アリヤの装飾品で仮装してるんだから、気分を害さないわけない、か)


 俺は申し訳ない気持ちを押し殺して、最後の仕上げとして、薄いレース編みの布を被った。ローブだと総てが隠れてしまうので着飾る意味がなくなってしまうが、これならちょうどいいヴェール代わりになる。手足を動かすたびに、重ね付けした細い腕輪と足輪がシャラシャラと鳴った。


「どんな感じだ?」


「――お綺麗です」


 声にいつもの覇気がない。すっかり意気消沈しているが、頬は紅潮しているので言葉に嘘はないのだろう。ただリドだからな――。鏡がないから、自分じゃ確かめようがない。


 できれば、大人の意見も聞きたいところだ。


「リド! やっぱりここに戻っていたのか。お前が怪我をしたとお聞きになったらしくて、アリヤ様が心配しておられたぞ」


「えっ、アリヤ様が!?」


 ナイスタイミングで戸口から顔を覗かせたのは、ゾラとディンだった。その後ろにファリスがいることを期待したが、残念ながら二人だけのようだ。


「天幕から勝手にいなくなったらだめだろう。今すぐ、アリヤ様に元気な姿をお見せしてこい」


「ですが」


 迷うようにリドが俺を見たので、行って来いと促す。


「ただでさえ不安なんだぞ、余計な心配までさせるな」


「……わかりました」


 頷きながらもしゅんとされてしまったら、さすがに絆されてしまう。だから俺は、リドの手を掴んで引き寄せた。


「オトヤさ……」


「お前に、太陽神と月女神の加護があらんことを」


 春日が俺にしたように額にくちづけてやると、花弁が散るように、光がリドの体を包んだ。上手くいったように思えたが、リドが零れ落ちそうなほど見開かれた目で見上げてきていて、ちょっと焦る。


「え、俺、なんか失敗した? 大丈夫か?」


 顔を覗き込もうとしたが、俯かれてしまう。俺が何を言っても、リドは「平気です」と、首を横に振るだけだった。


「悪かった。祝福するのは初めてだったんだ。俺、自分がユナだって知ったの、ついさっきだったから――」


 気まずげに告げると、ようやくリドが顔を上げてくれる。その両目から、涙が溢れていてびびった。


「え、マジで大丈夫か? どっか痛いとか!?」


「す、すみませっ……リドは、リドは嬉しいのです。やはり貴方様は、ヴィナ・ユナではなかった!」


 ぎゅっと腰に抱きつかれたので、その頭を撫でてやる。不思議とこれからすることへの不安が和らいで、温かい気持ちになれた。


「散々振り回して悪かった。事情は戻って……戻って来てから、話すよ。とにかく今は、アリヤに顔見せてこい」


「はいっ」


 リドを送り出してから、さっきから微動だにしない二人を交互に見つめる。その視線が俺から逸らされていないことを確かめてから、口を開いた。 


「似合わないか?」


 衣装がよく見えるように両手を広げてやると、二人ともが赤面して身を震わせるもんだから、ちょっと不安になる。


 他人が見ても恥ずかしくなるくらい滑稽ならば、やり直さなきゃならない。


「いえ、その……私はっ」


 言葉を選びあぐねているのか、ゾラがだらだらと汗をかきはじめる。ディンに至ってはぽかんと口を開けて俺の顔に視線が固定されていた。


「ああ、顔は入れるな。顔は。それならマシか?」


 ヴェールを少し引いて目元まで隠すと、ゾラが訝しげな顔をした。


「まし、とはどういう意味ですか?」


「うん? リドが白い肌は珍しいし綺麗だって言ってたから、顔が見えなきゃなんつーかこう、ちょっとは神秘的に見えるかって意味で」


「おっしゃる意味がわかりません。なぜ、それほど麗しく着飾っておられるのかは存じませんが、美しく見せる必要があるならば、お顔はお出しになるべきかと思います」


 えーと、とりあえず格好は大丈夫らしい。が、言われてる意味がわからん。


「………………顔を?」


「顔です」


「ディンも同じ意見か?」


 ゾラと見つめ合っても向こうの冷や汗が増えるだけみたいだから、仕方なくディンにも意見を求める。こいつはある意味、リドより信用ならない気がするが。


「綺麗つーか、エロいっす」


 ガンっとすかさずゾラの拳が後頭部に入った。入った瞬間、あろうことかディンが鼻血を噴いた。


「うわっ、汚ぇな! 何やってんだよっ」


「この馬鹿……!」


 俺は咄嗟に距離を取ったが、ゾラはディンの予測不可能な言動や巻き起こる事態に慣れているのか、懐から手布を出して鼻に突きつけていた。


 その勢いは、余計に血が出るんじゃないか?


「オトヤ様はむちゃくちゃ綺麗っすよ。それに足、ふとももが……だっ」


 鼻を押さえてふがふが言いながら、ディンはやはりまったく参考にならない意見を言った。もちろん、ゾラにまた殴られている。


「よくわかんねーけど、お前等みたいな男でも世辞とか言うんだな。ファリスなんか遠慮も配慮もないっつーか、いや、俺にそんなことする必要なかったんだろうけど、はっきり醜悪だって言ってたぜ?」


 日本人の中じゃ、美形の部類だったのに。そういや、ゴツイ顔した女が海外だとモテたりするって聞いたことあった気がする。美意識って国が違えば全然変わるんだから、世界が変わればもっと変わるものなんだろう。


「そんなことを、ファリス様がおっしゃるわけが……」


 動揺したゾラが思わず、と言った感じで零す。フォローは有り難いが、知りたいのは客観的事実だけだ。


「まあいいさ。格好が変じゃなきゃいいんだ。それと、お前達に手伝って欲しいことがある。悪いが頼めるか?」


「なんすか?」


 ゾラはまだ何か言いたそうにしていたが、無理矢理に話を変えると、ディンが会話を拾ってくれた。


 ナイスだ。邪魔もするが、たまに役に立つなお前。




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