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奪うもの 与えるもの(3)



   ◆ ◆ ◆




 毛先から滴り背中に流れ落ちていく水滴を、無意識に視線で追う。月明かりに照らされた白い裸体は、淡く発光しているように見えて、ファリスは視線の置き場に迷った。


 目を離すわけにはいかないのに、見ていると惹き込まれてしまう。


 前髪を掻き上げたことで露わになった横顔はこの世の者とは思えぬほどに美しく、その眼差しが憂えているからこそ、清廉でありながら悪魔的な色気があった。


「――っ」


 ギナカエラを握る手に、じわりと汗が滲む。指先に力を入れることで、ファリスは内に湧いた動揺を押し込めた。


 少し前の宴の席。アリヤの微笑み越しに、ファリスはその後ろ姿を遠目に見つけた。


 華奢な背中が夜闇に溶けていく様が、己がいる賑々しい場所とは対象的すぎて、奇妙な罪悪感を抱かされる。


 何かに突き動かされるように後を追い、ファリスは初めて、ヴィナ・ユナが水浴びをしている姿を見た。禍々しいはずの姿が神々しく見え、混乱する。旅の最中、ずっと抱き続けている淡い違和感に、ぎちぎちと心が締め上げられるようだった。


 なにか、とんでもない過ちを犯しているような焦燥が、紫色の瞳を盗み見る度に強くなっていた。


 だが、それこそがヴィナ・ユナの魔性だ。


(五感の総てが、抗いようもなく引っ張られる)


 その危機感が怒りに変わり、気がつけば、木の幹に拳を叩きつけていた。


 未知の引力に、ファリスの心も限界だったのだ。魅入られてしまう前に、化けの皮を剥がさなくてはならない。


「服……着たけど」


 ファリスの暗澹とした焦燥を敏感に察してか、すっかり意気消沈している様子で、ヴィナ・ユナが近づいてくる。偽悪的な言動をしなければ、庇護欲をそそる仔猫のように見える華奢な男が、ファリスは恐ろしかった。


 どうしてか、純粋に心が欲しいと訴えてきた眼差しを思い出してしまい、慌てて奥歯を噛み締める。


(惑わされるな。こいつはヴィナ・ユナだ)


 穢れた魂と、汚物に等しい肉体を持った、裏切り者の使徒。その思惑と目的を暴き、裁かなければならない罪人。


 そう己に言いきかせながら、ファリスはヴィナ・ユナに前を歩かせた。


「宴が終わるまでは、お前を軟禁する。総てはその後だ」


「……わかった」


 頷いたことで、細いうなじが露わになる。そこに刃を突き立ててしまいたい衝動を、ファリスは剣の柄を何度も握り直すことで堪えた。


 殺してしまえば、惑わされることはない。その安直かつ安易な解放を渇望してしまう程には、ファリスは既に、この男に惑わされていた。




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