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Cafe Shelly

Cafe Shelly 儚いもの、叶うもの

作者: 日向ひなた

 夕暮れ時、いつも切ない気分になる。しかも冬の季節はなおさら。外に出ると寒い木枯らしが吹いている。マフラーに手袋をして帰宅の準備。

「ヒロ、今日はまっすぐ帰るの?」

 同級生にそう声をかけられた。同級生といっても、私よりずっと若い。

「うん、旦那が帰ってくるの早い日だから」

「たまには寄り道してもいいんじゃない?まだ時間早いんだし」

 気さくに声をかけてくるのは若い証拠だな。というより、まだ社会を知らないと言ったほうがいいのかも。といいつつ、この子も私と同じくらいの子どもを持つ親。

「千夏も保育園のお迎えに行かなくていいの?」

「大丈夫よ、一時間くらいは遊んで帰れるから」

 そうやってサバサバとできる性格がうらやましいな。

「あ、石井さん。明日は日直でしたよね。その件でちょっと」

 帰ろうとしたときに先生に呼び止められた。

 私は今、職業訓練校に通っている。いわゆるパソコン教室なんだけど。今まで飲食業一本で働いてきたのだが、あまりにも狭い業界のことしか知らなかったのでパソコンも使えない状況。そのため、もっと自分の見聞を広げる意味でも勉強をしようと思って訓練校に通いだした。おかげで世代を超えた友達はできたのだが。

「石井さん、明日ちょっとお願いがあるんですけど」

 ここのパソコンの先生、ちょっと面白い人。普通はパソコンの使い方が中心なんだけど、ときどきパソコンを分解して修理の仕方なんてのも教えてくれる。私はそういったのには特に興味はなかったんだけど、おもしろいのはその時に話してくれる内容。

「私は一度リストラされて、妻と別れたんですよ。でね、そのときに出会った人のお陰で立ち直って、また妻と復縁できて。そのときのクリスマスの日は感動的だったなぁ」

 先生はパソコンそっちのけでそういう体験を話してくれる。パソコンという一見無機質なものと向き合いながらも、そこに人生の様々なドラマがあることを教えてくれる。それを聞くと、私もそういったドラマティックな人生を歩んでみたいと思ってしまう。

「どんなことでしょうか?」

「最近みんな朝のスピーチがマンネリ化してるでしょ。そこでね、ちょっと面白くするために一工夫したいんだけど」

 朝のスピーチとは、私達が就職面接などで人前で話すのを慣れさせるために、どんなテーマでもいいから日直になった人が毎日三分くらいのスピーチをする。最初は慣れなかったが、二回り目くらいからなんとなく慣れてきて。

「どんな工夫をするんですか?」

「テーマをね、自分の夢に絞ろうと思って。今はみんな、最近あった出来事とかばかりでしょ。それはそれでおもしろいんだけど、どうせなら聞いていてワクワクするような、そしてみんなが応援できるようなものがいいなって思ってね。で、突然そんなこと言っても準備できないだろうから、明日までになんとか考えられないかな?」

「わかりました。ちょっと考えてみますね」

 言葉ではそういったものの、あらためて自分の夢と言われると考えこんでしまう。私、今なにがやりたいんだろう。学校から自転車で帰る途中も、そのことで頭がいっぱい。

 保育園に息子を迎えに行って、そのまま買い物へ。いつも行くスーパーに、息子のお気に入りスポットがある。

「わぁ」

 息子はそこに行くと、目を輝かせて夢中になる。そこは小さなパン屋さん。スーパーの中にテナントとして入っているところらしいが、いつもとても変わったパンをつくってくれる。この前はお正月用の鏡餅みたいなパンがあったな。節分の季節には赤鬼、青鬼のパンもあったし。クリスマスの時はまるでケーキみたいなクリスマスツリー型のパンも置いてあった。私もここにくるのが楽しみ。

「翔太、今日はどのパンがいい?」

 私の毎日のささやかな楽しみは、子どもの翔太とこのパン屋にきてパンを選ぶこと。翔太は目を輝かせながらどれにしようかを選ぶ。

 だが今日はなんだか感じが違った。翔太のパンを選ぶ姿を見て、私の夢が明確になった。うん、やはり私はこれしかない、これしか考えられない。

 その日の夜、私は夫にこんな話を切り出した。

「明日ね、訓練校の朝のスピーチで自分の夢を語ることになったの」

「へぇ、でヒロの夢ってなんだい?」

「うん、私ね、今まで飲食業でしか働いたことなかったでしょ。カフェ・バーとかレストランとか。それだけじゃ自分の幅が広がらないからって、訓練校に通ってみたんだけど」

「そうだったよな。せっかく務めていたところを辞めてまで勉強したいって言ったから、僕もそれを薦めたんだよ」

「でもね、わかったの。飲食を離れたからこそ、自分がなにをやりたいのかが」

「で、なにをやりたいんだい?」

 ここで一度、話すのを躊躇してしまった。これを話すことで、夫にまた迷惑をかけてしまうかもしれない。でも、夫にも話せないことをみんなの前では話せない。

 少し間を空けて、顔を上げて夫の目を見る。夫は黙って私の言葉を待つ。

「カフェレストランをやりたいの」

 思い切って口にしてみた。

「そうだよな、ヒロにはやっぱそれが似合ってると思ったんだよ。どうもパソコンで事務をやっている姿って想像できなくて。そうか、カフェレストランか」

 夫はにこやかな顔で私の言葉を受け入れてくれた。それに乗じて、私は今の自分の気持を素直に夫に話してみた。

「今、毎日翔太とスーパーのパン屋さんに行っているの。そこで翔太、目を輝かせてパンを選ぶのよ。あんな感じで、子どもと親が安心してショーケースに入ったケーキやメニューの料理を選べる。そんなレストランを作りたいの。子育て中のお母さんが安心して通えるお店って感じかな」

 言いながら私の頭の中でイメージがだんだんとふくらんできた。

 初めて口にした思い。言えば言うほど明確になる。私はさらにお店のイメージを具体化していった。

「へぇ、そこまで考えているんだ。うん、ヒロの夢はきっと叶うよ」

 夫はそう言ってくれる。だが言えば言うほど不安も膨らんでくる。果たしてそんな理想的なお店を開くことなんてできるんだろうか? 資金も料理の腕もそんなにあるわけじゃない。理想を口にしては見たものの、私にないものが逆に明確になっていく。

 夫があっさりと理解してくれたことはありがたい。だがそれも不安要因の一つでもある。夫は私の言葉を単なる夢物語としてしか受け取っていないのではないだろうか。

 現実は厳しい。それはよくわかっている。だからこそ、もう少し真剣にいろいろと突っ込んで欲しかった。

 そんな少しモヤモヤした気持ちを持ちながら、翌朝を迎えた。

「今日から三分間スピーチのテーマを変更します」

 先生が朝、そう伝える。

「テーマは私の夢。これに絞ります。早速今日の日直の石井さんからお願いします」

 私はみんなの前に立つ。みんなはいつもより目がランランと輝いているように見える。私の口からどんな言葉が飛び出すのか、それを期待しているように感じる。

 心臓がいつも以上にドキドキする。その勢いにのまれそうになるが、私は一呼吸おいて自分の夢を語り始めた。

「私の夢は、カフェレストランを開くことです」

 言い始めると、意外にも言葉がスラスラと出てくる。言いながら頭の中で自分の理想とするカフェレストランが浮かんでくる。それをまた言葉にする。気がつくと、熱く語っている自分がいた。

「お店がオープンしたら、ぜひ皆さん食べに来てください」

 ようやく私の話が終わる一瞬の静寂の後、大きな拍手。終わってから席に着くと、隣の千夏が小声でこんなことを言ってきた。

「私、ヒロのお店に子どもを連れて行きたくなっちゃった。ヒロの夢、絶対に叶えてね」

 うれしい。こんなふうに反応があると、ますます本気になる。

 私のスピーチで話した夢のカフェレストランはさらに波紋を呼んだ。

「オレ、実は調理師免許持っているんだ」

 同級生の士門くんが休み時間に突然そんなことを言い出した。これは初耳だ。

 士門くんはクラスの中でもお調子者でムードメーカー。だが彼がどんな経歴を持っていたかなんて話は初めて聞く。

「日本料理が専門だったけど、専門学校時代にはフレンチもイタリアンもひと通りこなしたぜ。ヒロのお店がオープンしたらぜひ雇ってくれな」

 どこまで本気かわからないけれど、そうやって言ってくれる人がいるのはうれしい。さらに放課後、先生がこんなことを言ってきた。

「石井さん、カフェレストランを開くのだったらぜひ一度足を運んだほうがいいお店があるんだよ」

「どんなお店ですか?」

「うん、喫茶店なんだけどね。ちょっと変わったところなんだよな」

「変わったってどんなふうに?」

「一言で言うと、夢をかなえてくれるお店かな」

「それ、教えてくださいっ」

 夢をかなえてくれるお店だなんて言われたら、行きたくなるのは当然。私は思わず身を乗り出してしまった。

 先生からは地図を書いて教えてもらった。明日は土曜日なのでちょうどいい。夫を連れて家族で行ってみるか。帰ったら早速夫にそのことを話してみた。

「へぇ、そんなお店があるんだね」

 意外にも冷静な反応。

「それよりも、今日のスピーチはどうだったんだ?」

「うん、みんなね、すごく興味を持ってくれたの」

 それから今日あった出来事を話す。私はかなり興奮していたみたい。夫は黙って首を縦に振りながら私の話をうなずいて聞いてくれたが、気がつくといつの間にか私の夢のプランがどんどん広がっていく。お店の広さ、色、メニュー、スタッフ、などなど。話せば話すほど具体化していく。

 そしてこんな一言も付け加えてみた。

「そしてね、そのお店の経営にあなたも加わってるの」

 このとき、笑顔だった夫の顔つきがちょっとだけ変化したのは見逃さなかった。だが夫はこう言うだけ。

「そうか、おれもそのお店で働いているんだね」

 否定はされなかったが、そのことについてあまり心地よく思っていないのではないだろうか? その本音はわからない。

 そんな不安も抱えながら、土曜日に一家で先生から教えてもらった喫茶店に足を運んでみた。

「あ、この通りにあるんだ」

 地図を片手に入った通り。パッと目にするのは、パステル色に彩られたレンガの道。その両脇にはレンガでできた花壇と、冬なのに元気に咲いている花々。それほど人通りは多くないけれど、なんとなく賑やかさも感じるお店たち。こんな一角でカフェレストランができたらいいなぁ。

「おい、ここじゃないか?」

 夫が指さしたところには、黒板に書かれたお店の看板がある。

『ひとりじゃない、みんなあなたのみかたです』

 そんな言葉が書かれている。なんとなくその言葉に気持ちが惹かれた。けれどまだまだ不安のほうが大きい。

「いくぞ」

 夫は翔太の手を引いて先に進んでいく。私はその後を追いかけるようにして階段を上がっていった。

カラン・コロン・カラン

 心地よいカウベルの音。同時に聞こえるいらっしゃいませの声。入った瞬間に包み込まれるコーヒーと甘いクッキーの香り。たったそれだけなのに、ほわっと心が温かくなる。なんだろう、この気持ち。

「こちらのお席にどうぞ」

 女性店員に通されたのは窓際の半円型のテーブル席。心地良い感じで日に照らされる。

「いらっしゃいませ。こちらがメニューでございます」

 女性店員にメニューを渡される。ここでパッと目についたのはこの言葉。

『今よりも幸せな気持ちになりたい貴方に』

 メニューの一番上に書かれているオリジナルブレンドの紹介である。

「あの、これどういう意味なんですか?」

「あはっ、それは飲んでみればわかりますよ。当店で一番お勧めのオリジナルブレンドです」

 なんだかちょっとワクワクするな。コーヒーで今よりも幸せな気持ちになれるってどういうことなんだろう?

「じゃぁ、私はこれで」

「オレはキリマンジャロをもらおうかな」

 ちょっと夫は通ぶっているところがある。それに文句を言っても仕方ないが。

「翔太はジュースにしようか。りんごでいい?」

「うん」

「それではシェリー・ブレンドとキリマンジャロ、そしてアップルジュースでよろしいですか?」

「はい、それで」

「マスター、オーダー入ります」

 注文したコーヒーがくるまで店内を見渡す。なんだか落ち着く空間だな。ちょっとシックな感じがして大人の雰囲気がある。店内にはジャズが流れているし。

 先生はこのお店の何を参考にさせようとしているのだろうか? 私の思っているお店とはイメージが違うんだけど。

「ねぇ、ボクお名前は?」

女性店員が翔太に話しかけてくれた。

「しょうた」

「しょうたくんっていうんだ。いくつかな?」

 翔太は照れくさそうに五つの指を大きく広げている。

「そう、五歳なんだ。食べ物で何が好きかな?」

「んとね、パンが好き」

「そう、パンが好きなのね。どんなパンが好きなの?」

んとね、アンパンマンのパンと、チョコレートのと、クリームの入ったのと」

 店員さんはとても子どもなれしているみたいで、翔太も徐々に話をするようになった。

「しょうたくん、クッキー好き?」

「うん、大好き」

「じゃぁ、おねえちゃん特製のクッキーをあげるね」

 女性店員はそう言うと、お皿に何枚かクッキーを入れて持ってきてくれた。一緒に翔太のアップルジュースも。翔太は早速クッキーの一つを口に入れ、満足そうな顔をしている。

「おいしい」

 子どもの素直な感想。その翔太の笑顔を見て私はなんとなく微笑ましくなった。うん、こういう子どもの姿を見たいんだよな。

 私のカフェレストランでも、子どもが安心して食べていられる。そんなことをイメージしていた。

「よかったらお父さんもお母さんもどうぞ」

「えっ、いいんですか?」

「じゃぁ遠慮無く」

 夫はすぐに反応。私も真っ白のクッキーを手に取り口に入れる。

 うん、これおいしい。口の中でとろける感じがする。

 ちょうどそのタイミングでコーヒーが運ばれてきた。まだ口の中に残っている甘いものを流しこむようにコーヒーを口にした。口の中で甘さと苦さがうまく調和して、さらに世界が広がる。同時に、たくさんの人の顔が思い浮かんできた。

 千夏、士門くん、先生、他にもまだ見たことのない人たち。多くの人が私に手を差し伸べてくれる。次々とその手を握っていく私。みんな笑顔だ。こんな感じでたくさんの人に支えられ、そして一歩ずつ階段を登っていく。その度に不安が安心へと変わっていく。そして私自身も笑顔になっていく。そんな映像が頭の中に思い描けてきた。

「お味、いかがでした?」

 店員さんのその声でハッと我に返った。

「えっ、あぁ、おいしかったです」

「うん、最高においしいね、これ。ここで売っているんですか? 今度会社に持って行こうかな」

 夫はクッキーの味に満足した様子。でも私はさっき見た不思議な光景が頭から離れない。

「奥様は何か感じたものがありました?」

「えぇ、まぁ」

 まさか幻覚のようなものを見ていただなんて言えない。さっき見たものはなんなのだろう?

「奥様、失礼ですが今叶えたい夢ってお持ちですか?」

 この店員さん、エスパーなのかしら? 私が答えるより先に、夫が答えてしまった。

「妻はカフェレストランを開くのが夢なんですよ。子ども連れが安心して集えるよな場所をつくりたいんです。でもこの喫茶店もなかなかいいですね。ここはどちらかというと大人が安心して集える場所だなぁ」

「わぁ、ステキ。でもひょっとしてですけど。その夢は叶えるのが難しいって思っていたんじゃないですか?」

 これもその通りだ。

「えぇ、そうなんです。資金もないし調理師の資格も持っていないし。そんな一介の主婦である私が大それたことできるんでしょうか?」

「うふふ、その答えが先ほど見えたはずですよ」

「えっ、さっき見えたって、どういうことですか?」

「奥様が飲まれたコーヒー、シェリー・ブレンドには魔法があるんです。その人が望むものの味がするんです。さらに先ほど食べていただいたクッキー。これはあるところから取り寄せた牛乳を使っているんですけど。これとあわせてシェリー・ブレンドを飲むと、その人が欲しがっている答えを見せてくれるんです」

 そんな不思議なことが…でも実際にさっき強烈な印象で映像が見えた。

「お前、何か見えたのか?」

「うぅん、見えたような見えないような」

夫にそう尋ねられたが、なんだか恥ずかしくて口にはできないので曖昧な返事。

「マイ」

「はぁい」

 店員さんがカウンターにいるマスターと思える男性から呼ばれた。

「ちょっとマスターから呼ばれたから、またあとで来ますね」

 そう言ってマイと呼ばれた店員さんは一度カウンターへ。私はさっき見た光景をもう一度思い出してみた。

  多くの人が私に手を差し伸べてくれる。けれどこんなこと、本当にあるのかしら。それが私の今の問題の解決になるのかしら。まだ不安が大きい。

「ねぇ、私の夢って本当に叶うのかしら?」

「ん、なんとかなるんじゃないの?」

 夫は気楽に答えてくれる。昔っから楽天的だとは思ったけど。でも、何一つ具体化していない。

「それよりも、魔法のコーヒーを一口味あわせてくれよ。オレもそれを頼めばよかったなぁ」

 そう言って夫は私のコーヒーを一口すすった。そして…

「へぇ、おもしろい味だな」

  第一声がこれである。

「どんな味がしたの?」

「新しい車に乗ったときに独特の匂いがするじゃないか。 あんな感じだよ」

 夫は車を新しくしたいと前々から言っていたな。まさに欲しいものの味なんだ。

「ヒロもなんか味がしたんだろ? どんな味だったんだよ?」

 夫がしつこく聞いてくるが、私の場合は味ではなく映像が見えた。そんな幻覚みたいなもが見えただなんて言ったら、バカにされるに決まっている。するとマイさんがこちらに戻ってきた。

「失礼ですけど、ひょっとしたら笠井さんのパソコンスクールに通っている生徒さんですか?」

「はい、今笠井先生のところで学んでいます」

「今井ヒロさん、ですよね?」

「えぇ、そうです」

「笠井さんから聞いてます。夢は子どもづれが安心して来れるようなカフェレストランを開くことだって。それをみんなの前で発表されたんですよね」

 笠井先生、そんなことまで話しているんだ。

「でも、今自信がないんです。言ってみたものの、本当にそんなことができるのかって。考えれば考えるほど、不可能に思えてきて…。なんだか私の夢って、儚いものなんだなって思えてきちゃって」

「儚いものかぁ。そうね、夢である以上は儚いものかもね」

 マイさんからそう言われて、ちょっと落ち込んでしまった。やはりそうなんだ。

「ちょっと今の言葉はないんじゃないですか? どうしてヒロの夢が儚いものなんですか?」

 夫のほうがムキになっている。

 すると、カウンターの方からマスターが夫にこんな声をかけてきた。

「旦那さん、儚いってどう書くか知っていますか?」

「儚いって、にんべんに夢だろう?」

「どうしてそう書くんでしょうね?」

「そ、それは…」

「そもそも、夢って寝ているときに見るものですよね。それを自分のやりたいことや目標の意味で使われたのはごく最近なんです。寝ているときに見ているものは、残念ながら現実ではありません。だから、自分のやりたいことを夢と思っている間は現実にはならないんです」

「じゃぁ、夢は叶わないってことか?」

「えぇ、自分が夢と思っている間は」

「じゃぁどうすればいいんだよ?」

 夫はまだ不満気な口調ではあるが、マスターの言葉に飲まれている。私もマスターの言葉を聞いてなるほどと思った。そして先ほどのマスターの問いかけに対して、私は一つの答えを見出した。

「目標にすれば、現実味のある言葉にすればいい。そうじゃないですか?」

「そう、その通り!」

 マスターの言葉に思わず微笑んだ。私は頭にひらめいた言葉を続けた。

「自分ができると思えばそれは目標になる。でも夢だと思えば、自分にはできないと言い聞かせている。だから儚いものだと思い込んでいる…」

「そうなんです。全ては自分が決めていることなんですよ。儚いものと思えば儚くなる。叶うと思えば叶う。けれどそれは一人の力では無理です。多くの人の協力があって、初めてそれが叶うものなんですよ」

 マスターの言葉でようやくさっき見た映像の意味がわかった。私が求めている答え。それは多くの人の協力。そのためには、私の夢を目標に変えないと。

「奥さん、何か気づかれましたね」

 マスターが私の方を向いてそう言った。

「はい、わかったんです。私がさっき見たものの意味が」

「そう言えばヒロ、お前コーヒーを飲んでどんな味がしたんだよ」

 今度は言える、自信を持って言える。

「私ね、実は…」

 私が見た光景の話をしてみた。

「へぇ、たくさんの人の笑顔に支えられて階段を上がっていくかぁ。まさに今のヒロに必要なことじゃないか」

 夫は私の言葉に感心してくれた。

「もうすでにそうなっているのにお気づきですか?」

「もうなっているって?」

 マスターの言葉の意味がよくわからない。

「笠井さんがここを紹介したでしょう。これも一つの協力ですよ」

 そういえば先生は飲食をするならぜひ行っておいたほうがいい店があるからと、このカフェ・シェリーを紹介してくれたんだった。

「私の夢は、いや目標は本当に叶うんでしょうか?」

「もちろん。自分がそう思えばね。私も以前は高校教師をやっていましたが、こんな喫茶店をやりたいと思い行動を起こした結果が今なんです。思いは行動を引き起こします。まずはできることを考えてみませんか?」

 このときのマスターの笑顔は、私にとっては最高のプレゼントとなった。

 うん、できるかもしれない。根拠はないけれど、とにかく動いてみよう。

「ありがとうございます」

 このお店に来てよかった。そういえば先生は「夢を叶えてくれるお店」って言っていたな。その意味がようやくわかった。

 その日、帰ってから早速何から手をつければいいのかを考え始めた。まだ調理師免許も持っていないし、どこでお店を開くかも考えていない。開業のための資金もなければ、お店づくりのノウハウもない。けれど、とにかく思いついた行動から始めてみるしかない。

 そこで私は一冊のノートをつくることにした。そのノートの表紙にはこう書き記した。

「夢を現実にする魔法のノート」

 夢は夢のままではいけない。一つずつ現実にしていくことが大事だ。そのために、このノートには思いついた行動やアイデアをどんどん書いていくことにした。

 まず最初に書いたこと。それは先生にカフェ・シェリーであったことを報告する、である。たったこれだけのことなんだけど、それがとてつもなく大きな意味を持つような気がした。

 そして月曜日。

「先生、カフェ・シェリー行ってきました」

「今井さん、早速行動したんですね。で、どうでした?」

 私は先生に、魔法のコーヒーの話をして、そこで見た光景まで伝えてみた。

「なるほどね。じゃぁ私から一つプレゼントをあげますね」

 そう言って先生が取り出したのは一枚の名刺。

「この人を訪ねてみてごらん。きっと力になってくれると思うよ」

 その名刺には「経営コンサルタント 唐沢三郎」と書かれてある。

「経営コンサルタントだなんて、そんなお金…」

「大丈夫。世の中にはいい制度があってね。唐沢さんは商工会議所のアドバイザーってのもやっているから、商工会議所を通じて正式な相談をもちかければ、こちらの費用は無料なんだよ。でもその前に一度会っておくといい。私からも話をしておくよ」

「ありがとうございます」

 なんだか具体的に一歩進んだ気がした。私はその日の夕方に早速名刺にある連絡先へ電話をした。

「はいはい、笠井さんからの紹介だね。話は聞いてるよ」

 唐沢さん、とても気さくな人でサバサバしている。時折妙なジョークも飛び出すけれど、なんだか信頼できそう。早速時間をあわせてカフェ・シェリーで会うことになった。

カラン・コロン・カラン

 カフェ・シェリーの扉を開くと、コーヒーと甘いクッキーの香りが私を包み込む。

「いらっしゃいませ。唐沢さん、いらっしゃってますよ」

 マイさんがそう言って私を店の真ん中の丸テーブルに誘導してくれる。そこにはイメージ通りの男性が待っていた。

「こんにちは、今井さんですね。さてと、早速だけどカフェ・レストランを開きたいってことだったよね」

「はい、子ども連れがが安心して過ごせる空間を作りたいんです」

「なるほどね。じゃぁさ、まず何から手をつけていけばいいのか、それを一緒に考えようか」

 気がつくと唐沢さんのペースに乗せられていた。私は自分の「夢を現実にする魔法のノート」をとりだし、話し合ったことをそこに書き落としていく。

「じゃぁまず調理師の免許を取ること。同時に店のイメージを固めていく。そのあと物件の検討をつけて、資金の計算。そしてスポンサー集め。よし、まだ大雑把だけどやることは決まったな。じゃぁ次回はもっと本格的な指導をするから」

「ありがとうございます。それにしても、こんなにスムーズにやることが決まるなんてびっくりです」

「そりゃそうさ、シェリー・ブレンドが手助けしてくれたんだからな。それに俺様のアドバイスが加われば完璧だぜ」

 唐沢さん、自信満々にそう言う。けれどそこに嫌な感じはしない。本当に唐沢さんの助言のお陰でやるべきことが明確になったんだから。

 私は帰りに本屋に寄って、調理師免許の資格取得のための本を三冊も買い込んだ。さらに飲食店の写真が載った雑誌も購入。

 帰って早速始めたのは、自分のイメージに近い写真を切り取って「夢を現実にする魔法のノート」に貼り付けるのだ。この方法はカフェ・シェリーのマスターから教わった。

「自分が欲しいもののイメージを目につくところに貼っておいて、それを頻繁に目にすることで潜在意識にその実現イメージが焼き付けられるからね」

 これは先生からも聞いたことがある。先生から聞いたときはそうなんだと思っただけで実行に移さなかったが。今はやってみないといけないという気持ちが強くなっていた。

 こうやって一つずつ形にしていくと徐々に実感が湧いてくる。そうか、今までは頭の中だけで考えていたから「夢」だったんだ。そこからさらに奇跡と思うしか言えないことが起き始めた。

「ヒロ、こんなのみつけたんだけど」

 千夏が持ってきたのは、私がやりたいと思っているカフェを実現した人の載った雑誌の記事。子どもが安心して食べられるものを出し、そして安心して遊べる空間もある。そしておもしろいのは、営業時間が昼間だけ。

「私は主婦ですから、夜は家庭のことをしっかりやりたいんです。だから時間がつくれる昼間しか営業しません」

 その雑誌にはそう載っている。なるほど、この人も主婦で私と同じようなことを考えてこのレストランを始めたんだ。

 この人にぜひ会いたい。けれどこのカフェは四国の方で開いているということ。さすがにそこまでは行けない。

 千夏はその雑誌を私にプレゼントしてくれた。私は家に帰るまで食い入るようにその雑誌に目を通した。そして…

「もしもし、初めまして。私、今井ヒロと申します」

 雑誌に掲載しているこのお店の番号に思い切って電話をしてみた。お店を開いたのは川添ゆみさんという方で、私より少し年齢が上。今から家事をやらなければいけないという忙しい時間にもかかわらず、私の電話に丁寧に対応してくれた。

「今井さんは私と同じ思いなんですね」

「はい、まさに川添さんと同じ動機でこれをやりたいって思ったんです」

「ちょうどよかった。私は今四国に住んでいますけど、今度そちらに講演に来てくれって呼ばれているんですよ。よかったらお会いしませんか?」

「えぇっ、いいんですか!」

 まさに奇跡の出来事。私みたいな人と話をしてくれただけでもすごいのに、その人と会えるだなんて。お互いにメールアドレスを交換し、以降はメールでやり取りをすることになった。早速そのことを夫に報告。

「それもヒロが本気で動こうとした結果だよ。そんなヒロにおみやげ」

 そう言って渡されたのは賃貸情報の雑誌。すでに付箋が何箇所か貼ってある。

「オレの目線だけど、こんなところからどうかなってのを探してみたよ」

「あ、ありがとう」

 一見すると協力してくれるのかなって感じなんだけど、気がついたらこんな細かいところを手伝ってくれる。私は家事そっちのけで賃貸情報とにらめっこ。おかげで晩御飯は超手抜きだったけど。

 そんな感じで数日が過ぎていった。私が思い描いていたカフェ・レストランはまだその形にはなっていないのに、頭の中ではすでに出来上がっているといっても過言ではない。私のノートも二冊目になっていた。そしてすごいのは、こういう人と知り合いたい、こういう人に話を聞きたいとそのノートに書くと、それがどんどん実現されてしまうこと。先日は内装のことで誰かに相談したいなと思ってノートに書いて、それをクラスの人に見せたら

「うちのおじさんが内装の仕事をしてるよ」

って教えてくれて、早速相談に行ってきた。また、カフェの中で子どもの遊び道具をどのようにしようかと考えていたところ、偶然にも街中で木のおもちゃで遊ばせるイベントがあり、そこでおもちゃコンサルタントの先生と知り合いになった。カフェの話をしたら、ぜひ自分の木のおもちゃを提供させてくれとのこと。しかも無料だ。

 こんな感じで細かいところにどんどん手が届いていく。まるで樹木が早回しで成長していくかのように枝がどんどんと伸びていくことが実感できる。

 もちろん自分の勉強も忘れてはいない。毎日必死になって調理師の勉強も行なっている。やりながら気づいたのだが、私って熱中することに対しては記憶力がいいんだ。今まで飲食に務めていたせいもあったおかげか、必要なことをどんどんと覚えていく。わからないところは士門くんに聞くとすぐに教えてくれるし。私はホント恵まれている。

「なんかさ、ヒロの夢を応援したくなるんだよね」

「今井さんの夢、私も乗らせてもらいたいな」

 そんな風に言ってくれる人が徐々に多くなってきた。だが私にはいまだに気がかりが一つだけある。それは夫の本音だ。

 夫は本当に私のことを理解し、考えてくれているのだろうか。もしかしたら義理で付き合っているだけではないだろうか。形の上では協力してくれているけれど、まだ夫の気持ちがよくつかめない。

 少しだけそんなモヤモヤを抱えている中、いよいよ四国の川添さんとお会いする日がやってきた。もちろん、川添さんが呼ばれた講演会にも参加した。そこでは夢を実現したことのプロセスが紹介されていた。まさに今、私が直面していることそのものじゃない。

 川添さんも自分のノートを作り、いろいろな人に自分の夢を語っていくことで多くの人の援助をもらうことができたとか。そして何より、自分のパートナーである夫の援助を最大限にもらえたこと。今日も四国では子どもたちの面倒を見てくれているとか。

 講演後、私は川添さんと約束した場所へ向かった。

「ご講演ありがとうございます。とても勇気が出ました」

「大したことしていないんですよ。気がついたらこうなっただけで」

「でも、どこかで思い切って行動を起こさないとそうならないんじゃないですか?」

「それがね、不思議なの。このノートをつけ出して、いろんな人に話をしたら、そうしなきゃいけないような状況にどんどんなってきちゃって。言い方は変だけど、周りに流されてこうなっちゃったって感じ。一番勇気が必要だったのは、最初に自分の夢を人に話したことだったかな」

 これも私に似ている。一番最初にそのきっかけをくれたのは訓練校の先生だった。先生が日直の私に自分の夢を語ってって言わなければ、今はなかった。

「川添さん、もう一つ質問していいですか。ご主人に反対はされなかったですか?」

「反対どころか、どんどんやれってけしかけられちゃって。自分も手伝うからって」

 ここはちょっと私と違うかな。夫は協力はしてくれるけれど、それを手伝ってくれるのかがよくわからない。私としては将来的には一緒にお店がやれればと思っているんだけど。そのことを川添さんに話してみた。

「うぅん、こればかりは相手の意志を尊重しないといけないかなぁ。無理やり引きずり込んだら、後から恨まれそうだしね。でも反対はされていないんでしょう?」

「はい」

 確かにそれが救いではあるが。

「あ、そうだ。お店を始めるならぜひ会っておいたほうがいい人を紹介するね。雑誌社の人なんだけど」

 そう言って川添さんは一枚の名刺を私に渡してくれた。

「あ、これって川添さんが掲載された雑誌の」

「そうなの。実はこの人とはブログで知り合って。私の夢に共感してくれて、いろいろと応援してくれたの。そしてお店がそれなりに出来上がったときにわざわざ取材に来てくれたのよ。今井さんもきっと話が合うと思うわ。私からも話しておくから、ぜひ連絡をとってみて」

「ありがとうございます」

 川添さんに深々とお礼をして、頂いた名刺をしみじみと眺めた。これで私のお店も川添さんと同じように取り扱ってくれるかしら。そうなったらどんどんお客さんが入ってくるかもしれない。なんだかワクワクしてきた。

 家に帰ったら早速夫に川添さんとの会話を報告。

「へぇ、よかったじゃないか」

 夫は口ではそうやって言ってくれるものの、なんだか態度がよそよそしい。その日の夜、翔太が寝た後に私は思い切って夫の気持ちを聞いてみることにした。

「ねぇ、私がカフェレストランをやること、本当に賛成してくれてる?」

「急に何を言い出すんだ。もちろんじゃないか。何をいまさら」

 夫はそう言ってくれる。その言葉を信じるしかないけれど、何か違和感が残る。でもそれを追求すると、夫はきっと嫌がるに違いない。

 夫の真意を知りたい気持ちと、そうしないほうがいいと思う気持ち、両方が交錯してジレンマに陥る私。その気持ちとは別に、私のカフェレストランの計画はどんどん進んでいく。

「ここなんですけどね。掘り出し物の物件ですよ」

 ある日、経営コンサルタントの唐沢さんから一つの物件を紹介された。どうやらここは以前イタリアンレストランをやっていたのだけれど、店主の都合で厨房機器や椅子、テーブルなどといった全てをそのままにして売りに出したところ。

「ここなら今すぐにでもお店を始められますよ。唐沢さんから話を伺った直後に出た物件ですから、まだ他には紹介していないんですよ」

 不動産屋さんはそう言ってくれた。私はここを一目見て気に入った。少しだけ内装をいじれば、ほとんど理想通り。

「ここなら開業資金も安く抑えられるしな」

 唐沢さんはおおまかな見積書を私に見せてくれながらそう言った。

「でも…やはり大きなお金が動くから、今すぐ私の一存でってわけには…」

「旦那さんは休みの日に連れてこれるのかな?」

「まぁ、たぶん」

 早速帰って夫に話をしてみた。

「あぁ、じゃぁ土曜日に行ってみるか」

 言葉は前向きなんだけど、ニュアンス的になんだかまだ夫に違和感を感じる。これってなんだろう?

 そして土曜日。

「うん、なかなかいいじゃないか。で、どのくらいの資金が必要なんだ?」

「このくらいになるんですよね」

 同行してくれた唐沢さんは先日私に見せてくれた見積を出してくれた。

「なるほど、思ったより破格値だな。よし、ヒロ、ここでいいのか?」

「ここでいいのかって。お金はどうするの? まだ借りるメドは立ってないんだよ」

「このくらいあれば大丈夫だよな」

 そう言って夫はジャケットの内ポケットから貯金通帳を取り出した。そこにある金額。それは開業には十分すぎるもの。

「ど、どうしたの、こんなお金…」

「この前から言わなきゃってずっと悩んでたんだけど…会社、辞めることにした」

「えっ!?」

「その退職金をちょっと前借りしたんだよ。妻がお店を開きたいから、お金がいるからって」

「で、でも、あなた…」

「オレにも手伝わせてくれないか。ヒロの夢…夢じゃなかったな、目標を達成するために。そのためにオレもいろいろ勉強しているんだから。ね、唐沢さん」

「ど、どういうこと?」

「奥さん、実は旦那さんうちで経営のことを勉強していたんですよ。奥さんの役に立ちたいっていうんでね」

 それを聞いて、私は思わず涙が出てきた。

「どうして黙ってたのよっ」

 口ではそう言っているものの、心ではとても感激している。

「ごめん。会社をやめること、なかなか言い出せなくて。オレもヒロの思い描く人生に協力させて欲しいんだよ。それに、これはオレの夢…違った、目標でもあるんだから」

「あなたの目標?」

「そう、脱サラして経営者として自分の力で勝負する。その舞台をヒロが与えてくれたんだから。オレも全力で頑張るよ」

「あなた、ありがとう」

 唐沢さんや不動産屋さんがいるにもかかわらず、私は夫に抱きついてしまった。

「ラブシーンは帰ってからゆっくりやってもらうとして。早速契約に移ろうぜ」

 唐沢さんの言葉でちょっと恥ずかしくなったけど。

 気がつけば私が思い描く未来はすべて形になっていった。カフェレストランは私が厨房に入り、夫はその経営全般と営業を行うことに。おかげで調理師の免許もとれたし。厨房には訓練校で一緒だった士門くんも入ることに。さらにフロアスタッフとして千夏も手伝ってくれる。

 そしていよいよこの日を迎えた。

「わぁ、ねぇママ、これが欲しいなぁ」

 ケーキの並んでいるショーケースに子どもが顔をベタッとくっつけて、どれにしようか迷っている。店内にはにぎやかなこどもの声。普通のレストランでは叱られる子どもも、ここならば安心して声を出せる。そしてお母さんたちはその様子を見ながら、ゆっくりと自分たちの時間を楽しんでいる。

 私の思い描いたカフェレストランがとうとうオープンした。気がつくと前評判が高くなっていて、初日から多くのお客様が来店された。けれど私は厨房でてんてこ舞い。まだ慣れないキッチンオペレーションではあるが、唐沢さんが連れてきてくれた助っ人のおかげでなんとか店内を回すことができた。今日は夫もホールスタッフとして忙しく動きまわってくれている。

 親子で安心して過ごせる空間。そこには笑顔が溢れている。そして、その笑顔が周りを取り囲む家族や友達に広がってくれれば。その思いでつくったカフェレストラン。

 夢は夢のままでは儚く終わってしまう。大事なのはそれを目標にして人に伝えること。カフェ・シェリーで教わったこの大切なことを、これからもしっかりと胸に刻んでおこう。

 よし、これからもたくさんの人を笑顔にしていくぞ。


<儚いもの、叶うもの 完>

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