小学生の頃の恥ずかしい思い出を未だに思い出す時があるよ。夜中に叫ぶんだ。アーッて。
「さて、皆様のスキル鑑定が終わった所で──」
女神が指を鳴らすと扉が現れた。扉の中は暗く、見透すことが出来ない。
「この扉は……」
「おっサキにー!」
女神の作り出した扉に光の身体と化した室田が飛び込んで行った。あいつどんな能力を貰ったんだ。
「……この扉は、私の統べるこの空間と異世界を繋ぐ扉です。皆様の旅は、ここから始まります」
聴衆から感嘆の声が上がった。めいめいに自分の友達と話し合っている。僕とよく話す相手はもう扉に飛び込んだから僕は黙ってる。
「一つ、注意して頂きたい事があります」
女神が今までと違った声色で切り出し始めた。
「この扉は各人に開かれた扉です。入り口は重なっているけれど、出口はそうじゃない。どういう事だか分かりますか?」
張り詰めたような女神の声に一人、また一人と黙っていく。
「貴方たちの旅には困難が付き纏います。これは初めの試練だと思ってください。運良く、友達と近い場所に落ちるかも知れません。ここにいる誰とも出会えない、孤独な旅が始まるやも。運命は制御が効かない、私よりもっと大きな物なのです。」
今や喋る者は誰も居ない。
皆、一様に不安そうな顔をしている。
いや、そうでもない人もいる。速水クンは相変わらず穏やかな表情で目を閉じているし、美恵ちゃんはスマホを耳に当てて何かを聞いている。何をしてるんだ?
「……魔王討伐の旅に出る勇気が出た者から、この扉の中に踏み出してください」
女神はそう話を切り上げた。
だが、数分、十分と経っても扉の向こうに行く人は居なかった。今更になって皆、頭を抱えたり、ブツブツと何かを呟いている。
速水クンの言った通りだ。今から大事になるのは、力では無く、心。皆の支えとなり、皆に支えられる。僕たちにとってはそれが一番大事なんだ。
急に使命感が湧いてきた。そういえば速水クンも僕がクラスメイトの中で一番優れた心を持っていると言っていたぞ。ならば、僕がすべき事は。
皆を一つにまとめ上げる事だろう!
僕は一歩前に出た。皆の視線が僕に集まるのが分かる。ひとつ咳払いをする。心配するな。皆の不安、僕が払拭してやるからな。
「なあ、皆!力ではなく心……」
その時、爆風が僕を包み込んだ。話そうと思って開けた口に砂が大量に入ってきた。
皆が作る輪の中心に砂煙が立っている。その中に居たのは──。
「ようやく戻ってきたね、木村くん!」
「ああ、行ける限りの上空に飛んでも受信も送信も問題なし!」
速水クンは木村とハイタッチした。
何が起きたのか一切分からない。皆も同じようで、ざわめいている。
「はーい私から説明するねー」
緊張感の無い、間延びした声と共にネイルをバチバチに決めた手がすっと伸びた。美恵ちゃんだ。その手に持っているのは、さっきから彼女が弄っているスマホだ。
「これ、私の『機械仕掛けの神』で作ったスマホなんだけどー。どうやら使えるんだよねー」
「で、この俺木村が『法則揺るがす手』で遠くに飛んで、どれだけ離れたら使えなくなるかテスト飛行をしていたって訳よ!」
美恵ちゃんが次々と虚空をつまみ、スマホを取り出しては地面に落としていく。
「どれだけ離れても電波バリバリ。落としても割れないし耐久性は抜群。電池切れもしないよー」
みるみるうちにスマホの山が出来た。
速水クンがその前に立ち、その、聴衆を魅了する声で、語り始めた。
「分かるかい、君たち。僕たちは、一人じゃない!例え旅に出た直後は一人でも、すぐに仲間と繋がる事が出来るんだ!だから、心配はいらない!僕たちは違う世界へとやってきた。魔王討伐なんて話、目眩がするよな?でも、僕たちの知恵と勇気、そして支え合う心があれば不可能な事はない!青臭いかもしれないけれど、僕はそう、思っているんだ!」
万雷の拍手喝采が起きた。皆が飛び上がって地面が揺れる。女神がウンウンと頷く。
僕は。
皆を鼓舞しようと一歩踏み出した僕は、何も出来ずに固まっている。
今から僕はどうすれば?
「いっち、いっち!」
拍手の隙間を縫って小声が聞こえてきた。山田の声だ。
彼女は身振り手振りで下がれと僕に言っている。そうだ下がればいいんだ。
巨大なガムを踏んだように足が重い。顔から火が出そうだ。あまりの恥ずかしさに茫然としてきた。
皆がスマホの山に手を突っ込んでいる。そうだ、僕も取りに行かないと。
僕はスマホの山の中から普段愛用していた物と同じ、ベゼルの付いた物を取り出した。画面には通話やメールと書かれたアイコンが並んでいる。
「これソシャゲは……」
「剣城ー。出来る訳ないでしょ?」
恥の上塗りだ。今日の僕にはどれだけ酷いことが起きるんだ。
僕が肩を落としていると、美恵ちゃんがネイルの先で僕のスマホを突いた。
美恵ちゃんクエストというアプリが追加された。
「はい、これでいいー?」
「……うん」
僕は楽しそうに話し合う皆の輪から離れ空を眺めた。今日はこっぴどくやられたな、剣城。白夜に輝く星がそう言っているような気がした。
待てよ。なんで僕は星の声なんか聞いてるんだ?僕が凹んでるこんな時にはもっとうざったい事が起きたはずだ。
何かを忘れてないか。
僕は手に持ったスマホを弄って、通話アプリを起動した。
クラスメイトの名前が表示される。その中に僕が、僕たちの忘れていた物があった。
「室田……」
僕の呟きに、皆が一瞬静まり、声を揃えた。
「あっ!!!」
室田。今日の僕は最悪だと思ってたけど違うぞ。
お前が最悪だ。