頼むから異世界無双させてくれ
「貴方の異能は『永劫の焔』です。貴方の心に宿る火は艱難辛苦の中でも燃え盛る灼熱となり、敵を焦がす力となるでしょう。貴方に女神の幸運を」
「あざまーっす!」
志賀クンが大きな声で礼を言い、拍手が起こった。志賀クンはニコニコ笑って嬉しそうだ。無理もないだろう。さっきから女神がスキル名を教えるついでに述べる一言がいちいちキマッてて雰囲気がバツグンだ。
「うおおーっ!?」
志賀クンが腕から炎を出している。
志賀クンだけではない。既に女神にスキル名を教えてもらった奴らはもう自分に何が出来るのか試している。『機械仕掛けの神』の美恵ちゃんは虚空からスマホのようなものを取り出して弄っているし、『常盤たる心音』の久留米さんはさっきから俺と室田の心の声を繋げようとしてくる。女神のオッパイやっぱでかいなあ。ほら久留米さん成功したよ。もうやめてくれ。
それにしてもこうして実際にクラスメイトが異能を操っている所を見ているとウズウズとしてくる。あと一人で僕の番だ。僕には一体どんな力が宿るのだろう。そしてどんな冒険をしちゃうんだろう。もしかして、僕が魔王を討伐しちゃったりして。
「わああああ」
木村が重力を反転させて上に落ちていく。拍手。口笛を吹いた奴もいる。
女神は僕の方に向き直ると、唖然とした顔を引っ込めてにこりと微笑んだ。さあ時はきた。それだけだ。僕にはどんな力が宿るんだ?
「銀髪の少年。いつもあなたは周りをよく観察し、よく考える。寡黙なようで雄弁。そんなあなたの力は──」
来たぞ……!
「『否定』です」
「え?」
今なんだって?
「説明しますね。貴方が否定した行動や現象は無かった事になります。能力の範囲はあなたの精神力によって変わります。貴方に女神の幸運を」
そこまで言うと、女神は踵を返した。一拍置いて、拍手。心なしかまばらだ。見渡すと、首を傾げてる奴までいる。
やっぱりそうだよな。
僕の能力、よく分からないぞ。
「さて、貴方の能力は『雷龍の」
「ちょっと待ってください!」
「なんですか?」
「いや…あの」
非常に切り出しづらい。先生の説明をぶった切って質問する時みたいだ。
「僕の能力について、もう少し詳しく聞きたいんですけど」
女神は眉を潜めた。『雷龍の』まで言われてお預けを食らった山田も眉を潜めた。お前はいいだろ絶対かっこいい奴じゃないか。
「えっと……まず気になるのは、僕の否定した現象は無かった事になる、ですか。僕の能力は」
「はい、そうですが」
「概念的すぎません?」
「は?」
なんだか女神の圧力が強い。普段の僕ならもう意気消沈している所だがここは踏ん張りどころだ。
「あの、他の人は凄いパワーだって言うのが分かりやすいんです。炎を出すとか、機械を作るとか、死人の力を借りるとか。僕だけなんというか、異質じゃないです?具体的じゃないんです。凄くふわふわした感じ、なんか響かない感じですよね?あと名前も凄く短いです」
「ふむ…そう言われると」
女神は唇に指を当てて考え始めた。ようしここが押しどころだ。ここは中学の時からしたためていた思いをぶつけるべきだろう。
「あのですね僕の名前は剣城逸刀と言うんです。すごくテーマが統一されてますよね。この名前なら僕にふさわしいのは例えば刀を作り出す能力とかじゃないですか?」
「何よ、じゃあ私は山田だから山を作る能力がいいの?」
失笑が起きた。なんだこいつ。今このタイミングでそんな安い笑いが欲しいのか。
「山田さんの言う通りです。『雷龍の咆哮』の力を持つ少女はユーモアのセンスも持ち合わせているようですね。『雷竜の咆哮』はリヴァースの北部にある沈黙の森に座していたと言われる雷竜の力をその身に」
「流れで話を元に戻さないでください」
女神はやれやれ、と言った感じで首を振った。さっきから、なんだこの人。僕に対する態度だけおかしくないか。
「先程も言いましたが、私には顕現する異能を操作する力はありません。嫌だと言っても貴方の能力は『否定』ですよ」
「そんな事言ってたの?」
「チッ!!」
「えっ女神サマ?」
女神は微笑みながら手を振ってきた。今の舌打ち絶対あんただろ。
「今の舌打ち絶対あんただろ」
「違いますけど?」
女神はそう言うとアヒル口になった。なんだこいつ
「分かりました。僕の能力はよく分からない『否定』。でも輪をかけてよく分からないのが精神力によるって部分ですよ。例えば魔王を否定すればもう話は終わりになりますよね」
女神はふざけた顔を取り下げ、神妙に切り出した。
「それは…可能性はあります。しかし、貴方は確固たる自信を持って魔王の存在を否定出来ますか」
「え?魔王はいるんでしょ。女神サマが言ったんですよ」
女神は神妙な顔を取り下げわざとらしくため息をついた。
「なら貴方には魔王の存在は否定出来ません。何か貴方が確固たる自信を持って否定するものはありますか?」
「オルゴイホルホイ」
「ならオルゴイホルホイは存在しませんよ」
「嘘だろ剣城!卒業したら金貯めてゴビ砂漠にオルゴイホルホイの痕跡を探しに行くのが夢だったのに!」
『死霊の怨嗟』の張本くんが嘆いた。すまないな張本くん。オルゴイホルホイは元からいねえよ。
しかし、これでは僕の能力の謎がまるで解けない。元から存在しない物を否定したって……。
バリィ、と胸に衝撃が走った。
山田が鬼のような形相で僕のことを見ている。
「いい加減にしなさいよイッチ!変なことばっかグチグチ言ってさ!ベルヘルメルヘルか何か知らないけど場の空気ってのを読みなさいよっ」
「お前……マジで……」
イッチ、というのは僕のあだ名だ。幼稚園の頃から山田は僕をそう呼んでいる。
というかなんだこれ。身体に力が入らない。足が痺れて、へたり込むしかなかった。
「山田さんお見事です!今のは雷竜が獲物を生け捕りにする時に使った技の一つでで……」
女神の声が小さくなっていく。山田、女神、室田、みんなの顔が弧を描いて眼の端から端まで飛んで、空が見えた。不思議な空だった。明るいのに星が見える。星の隙間を縫うように飛んでいる物が見える。鳥か飛行機か。いやあれは重力を自在に操り空を飛ぶ木村だ。
ああ、ダメだ。僕はわざわざ異世界くんだりまで呼び出され、よく分からない能力を貰って、幼なじみに感電させられ、意識を手放そうとしています。
さようなら。チート無双は短い夢でした。
お元気で。
ご健勝を。
最後に一つだけ。
オルゴイホルホイは絶対存在しない。100年くらい前から目撃談が散発するのに何も見つからないなら無いんだよ。宇宙人ならNASAがエリア51に収容してるかも知れないし妖怪なら点描画の上手な漫画家が木造のボロアパートに匿ってるかも知れない。だけど砂漠の虫なんか誰も存在を隠したりしないだろ。それに『死霊の怨嗟』の張本くんのように痕跡だけでも見つけたいと思う好事家は山ほど居たはずだ。それなのに見つからないんだぞ?目撃談ってのもUMAの話にありがちな誰かが見たと言ったから見た気になったパターンでしかないね。