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「私がお姫様になるには、アリス様が邪魔なんです……。もし貴女がいなければ、アーネスト様は……」

  ふらりと近づいてくる彼女の目は、昏い色を帯びて、口の端は大きく裂けるようにつり上がっている。ぞくり、と背中に走った悪寒。

  キラリ、と光輝いた銀色。

  ルチアはポケットから、ナイフとフォークを出していた。

  彼女が軟禁されていた折に手に入れられた最低限の武器がそれなのだろう。


「貴女が居なければああああ!!」


  出鱈目な動きでナイフとフォークを振り上げるルチアの目は血走り、口は大きく開かれ、もはや聖女とは言えないくらいに恐ろしい形相だった。

 ──だけど、遅い。

  アリスは冷静に俯瞰していた。ルチアの手の動き、足の動き、呼吸の何もかもも。

  迫る元聖女に、アリスは習っていた護身術の型を取りつつ、避けようとした。滅茶苦茶な動きだが、避けられない程ではなかった。


  無力化させて戦意喪失をさせるつもりだった。


「あがっ!」

  こちらが迎え撃つ前に、ルチアはアリスの目の前で何か見えない壁にぶつかったように叩きつけられた。

「え?」

  妙な呻き声を上げながら、白目で倒れるルチアを目にして。

「きゃっ……!」


  視界が白く染まった。


「にゃああああ!」

「にゃあ」


  猫の複数の声が重なって聞こえる。


  視界が元に戻った時、目にしたのは、白い猫。

  黒猫と白猫がアリスの目の前に、似たような格好でお座りしていた。

  にゃあ……と2匹の猫が尻尾を振りながら振り返る。


「調停者……と、もしかして」

  対の姿をした白猫は、竜の片割れの化身のような存在なのだろう。

  ルチアに力を与えた竜の化身。聖女を選び、対話を求める精霊たちの王の片割れ。


 ──私を守ろうとしてくれた?


「ふしゃああああ!」

  黒猫よりも白猫の方がルチアを威嚇して唸り声を上げていた。

 ──まるで猫みたい。


  この表現があっているのか分からないが、竜であるということを忘れそうな光景だ。

  そして純粋に白と黒の猫が並んでいると。

「か、可愛い」

  たぶんそんな場合ではない。


「痛あああい! なんなの、これは!」

  透明な壁をガンガンと乱暴に叩く彼女は、2匹の猫を睨みつける。

「なんでそっち側にいるのよ! 白い猫が!」

  喚きながらひたすらに罵倒。仮にも聖女だった者がそんな品性で良いのだろうか?

  白猫がアリスの足元までテコテコと歩いてくると、「にゃあ」と鳴いて足元でじゃれついた。

  白猫が体に触れた瞬間、アリスは全てを理解した。

  体に電流が走って、脳裏にも突き抜けて、白猫から膨大な情報を一瞬で伝達されたのだ。


「そうだったの……」


  アリスは元聖女に残酷な真実を告げる。

  先程から伝えようとしていたことだ。

  アリスは冷たい双眸でルチアを見据えると、口にした。


「もう貴女は聖女ではないということですわ、ルチア様。貴女にはもう加護はないのです」



  ぽかんと口を開けたと思えば、案の定、ルチアは喚き始める。

「何を言っているんですか!? そんなことない! 私は聖女なの! 今、魔法が使えないのはたまたまです! 調子が悪いだけ! だから、魔法が使えないの! 調子が戻れば精霊たちも!」

「精霊たちも声に答えてくれる?」

「そうです! 今、呼んでも来ないのは、不調だからです。今は周りに居ないけれど──」

  彼女は気付いていないのだ。

  精霊たちがルチアの求めに応えてくれないという訳ではないことに。

  アリスは真っ直ぐにルチアを見つめて真実を突き付ける。



「もう、貴女には見えていないのよ。精霊たちの姿が」

 


  それはルチアにとって、残酷な真実だろう。

「ルチア様、精霊たちの姿を最近全く見ていないでしょう?」

「ち、違う! 精霊たちは隠れんぼをしているだけで……」

「ここには竜の化身が2柱も居るのに?隠れんぼする必要があるのでしょうか?」

「あああああああああああぁぁぁあああああああぁぁぁ!! 私は! 聖女なのよぉぉおおおおぉぉおおおおおおぉ!」

  ルチアは発狂した。

「私が居なければ、預言だって伝えられないの! 私が居ないとこの国は助けられないの!! ああああああぁぁぁお!」

  もはや人として何か大切なものを落としてきたようにすら見える。

  だが、アリスは知っている。白猫から伝達されたおかげで、知ってしまった。


「貴女は、預言を伝えなかったでしょう? その使命を果たさずに、求めてばかりいましたわね」

「私は聖女なの! 私は聖女で!」

  狂ったように繰り返すルチアは滑稽ですらあった。

「聖女なら、預言をすぐに伝えなかったのは何故なのですか?」

「もっと大変な時に奇跡を起こす方が聖女っぽいし、それを人に言ったところで、どうにもならないです!」

「人の力を侮っていらっしゃるのね、ルチア様」

「私が居れば何の問題もありません!」

「残念ながら、ルチア様。今回、貴女が居なくても災害を、この国の滅びへの道は断ち切りました」

  アリスが知った真実。それはたまたま避けることが出来た運命だった。

  聖女が伝えるべきだったこの国に降り掛かるかもしれなかった災い。

  聖女が伝えなかったことで、降り掛かるかもしれなかった災い。


「隣国との戦争」


  ぽつりと口にする。


「嵐によって川が増水し、この国と隣国を分かつ川は氾濫する。被害が出た両国は限りある資源を巡り対立する……それが2つの国の因縁の始まりになる……それが今回伝えられた預言ですわね」

「何故それをアリス様が知っているんですか!?」

「聞いたから」

  チラリと白猫に視線をやると、猫たちは機嫌良さそうに声を合わせて鳴いた。

「その両国の悲劇をどうにかするために貴女に出来たことはありました」

「だから嵐の時に私の魔法で!」

「自然の力に真っ向から挑んで、確実に勝てるとお思いですか?少しの被害も出さずに、それは出来ましたか? 貴女と精霊の力で、川の全てを抑え込むことが本当に?」

「出来るかもしれないじゃないですか! 戦争にならないくらいまでは防げるはずです!私は真の聖女に──」



「お黙りなさい」



  思っていたよりも冷たい声だと自分でも思った。よもや、自分がこんな声を出せるのかと。

  真の聖女でありたいという下らない願いのために人の命を失わせるつもりだったのだろうか。

  少しでも被害を出さないために出来ることを考えたりはしなかったのだろうか。

  民たちがどうなっても心は痛まないのだろうか?彼女に少しでも良心が残っていると信じたかったアリスが馬鹿だったのだろうか?

  人間たちは彼女が思っている程、無力ではない。

「両国を繋げる橋が修繕されたことをご存知ですか? ……これは全くの偶然ですが、殿下が下水道などの水の問題にも着手された結果、隣国から1つの提案をされたこと」

  国庫を滅茶苦茶にして遠くに移動した財務大臣。精々役に立ってもらうというアーネストの計らいにより、以前から問題視されていた件に着手する結果になった例の件。

「下水道などに着手し、その流れで水害などの問題を解決しようとしていた殿下に触発された彼の国の者から提案されました。両国間で協力し、堤防を新たにつくる大規模な工事を行うと」

「ただの工事じゃないですか。そんなの知りませんし」

  ルチアは完全に侮っているように見えた。彼女の顔には反抗心しかない。

「あら? 新聞などはお読みにならないのです? よく載っていたはずだわ。……とにかく、お互いの予算や技術を惜しみなく、使うべき時に使った結果、大嵐に見舞われても大勢の命が失われることはないでしょうね」

  ルチアにはこの意味は分からないのだろうか?この瞬間に未来が変わったことを。

  ぽかんとしていた彼女に諭すように殊更優しい声をかける。

「両国が協力し、関係が深くなったということは、すなわち戦争という未来から遠のいたということ。縁が出来たのだからそれは尊いことです」

  ここでアリスは挑発的に笑い、意地悪く目を細めて見せた。

「貴女の力なんてなくてもどうにかなってしまいましたわね?」

「……!」

  零れそうなくらいに見開かれた目がこちらに向けられる。

  自分は何て性格が悪いのだろう。だけれど、彼女に言わずにはいられなかった。

  内心に渦巻くのは怒り。熱くて仕方ない程に。

  彼女を引き止めておこうという冷静な思考は一瞬吹っ飛んでしまった。

  ルチアを心底軽蔑していたから。

  初めて人に向ける悪意。

 ──止まらない。


「貴女が聖女である必要性なんてどこにもないわね?」


  人を嘲笑うことが出来るなんて知りたくなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんと予言はあったのですね。愚かだっただけで。 実際にできるか類似のもので試しもしないで大災害級の嵐を止められると確信するなんて自信過剰にすぎる…… [気になる点] アリスは聖女になった…
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